第六章 平坦地の事前調査③
翌日も山賊共の荒っぽい挨拶を受けた後でルイスさんの所に行くと、お弁当屋の話になった。
「やあ、ベアトリクス。早速だが、仕出し弁当屋の件なんだがね」
「どう? 悪くないと思うわよ。猟兵は自炊が基本だから料理人もいないし、朝早く起きて作るお弁当が仕出しになったら丁度いいでしょ?」
「そこなんだが、自炊は訓練も兼ねていてね」
「あら? 駄目なの?」
「自給自足と自炊は我らの任務遂行に必須なんだよ。ところで、ちと相談があってね」
どうやら、自炊の腕を上げるために、アンジェリカさんの指導の日に、生徒として参加したい者が結構いるらしい。
「大丈夫だと思うけど、手は足りてるの?」
「そこは問題ない。休暇の時に参加させるよ。隊としてではなく、個人での参加だ。授業料を払っても良い」
「一応アドルフさんに話しておくけど、孤児院の厨房使うからエプロンとほっかむり付けなきゃだめよ。王国軍的に大丈夫なの?」
これは院長先生とジェニファー先生が作ったルールだ。孤児院生も料理当番があって、先生方と一緒に作るのだが、衛生面を考慮してエプロン、ほっかむり、手洗い、はセットでやらなきゃいけない。
「そこは心配いらない。我らは表向き猟師と言う事になっているから、その位は問題ない」
山賊の間違いじゃなかろうか、と思いもするが、まあいいだろう。休みの日に料理を学ぼうとするとは、向上心が……。あれ?
べアトリクスも首を傾げている。
「もしかして、出会いを求めてるの?」
目が泳ぎ始めた。
集まって来るお母さん達は皆未亡人だ。つまり、結婚相手になり得る。
「いや、その、なんだ。我らは山の中で男だけで過ごしておるのでな。ジャンヌ達が来ている時は、目立たないのだが、やっぱり殺伐としていてな。喧嘩も多いのだ。その、なんと言うか、日々の語らいと言うか、潤いと言うか……」
目が泳いでいる。図星だな。
「いいわ。アドルフさんとアンジェリカさんに話しといたげる。普段私達を守るために戦っている人達なんだから、日々の安らぎが必要よね」
「そ、そうなのだ。理解してもらえるとありがたい」
ルイスさんが口元を綻ばせてベアトリクスの手を取る。
対して、ベアトリクスはルイスさんの手をつねりながらニヤニヤしている。
「その代わりと言っちゃあ、何なんだけどさ……」
結局、うちのパン釜で焼いたパンと乾パンの試食を、明日と明後日にしてもらうことになった。
ルイスさんは、お安い御用だ、と請け負ってくれた。
隊長室を出て早速話を聞いてみる。
「ねえ、ベアトリクス、大丈夫なの? 私達が作るやつじゃ、まだ出せないわよ」
自作のパン釜だ。調整が必要らしく、上手く焼けない。
「大丈夫よ。いつもお昼ご飯食べてる食堂の御主人に調整して貰えるから」
「いつの間に、そんな話まとめたの?」
「昨日よ。集会所行って自警団の皆と話したの」
あそこの御主人は街区長だ。レヴァナント騒動の時は槍を担いでいた。
「上手くいけば、うちのパン釜で王国軍用の乾パン扱えるかもしれないわよ」
「もしかして、それも……」
「そう、生活に困っている人対策の一つよ。ついでに、うちで出すパンと」
話がどんどん広がっている。
「凄いわ、ベアトリクス。見直したわよ!」
「私じゃないわよ。アイデアは自警団の皆が考えてくれたの。私は実行できそうなのを選んで調整しただけ」
「それでも凄いわ。なかなか出来る事じゃないもの」
抱きついていくと、ニヤニヤ笑っている。
さては何か見返りを貰ったな。
「今夜鳥の頭亭に行くでしょ? 晩御飯の後で自警団の集会所に行くからさ、祭衣着て騎士杖持ってきてくんない?」
嫌な予感がする。
「皆見たがってるのよ。ジャンヌ神官騎士様の晴れ姿を」
「ちょっと、待って。流石にそれは恥ずかしいわ」
「だめよ。もう決まったんだから。大丈夫、話はパウルさんが全部してくれるから。あんたは適当に騎士杖振り回してればいいの」
どうして決まってるんだ?
「ほとんど話せないことばっかりよ」
「大丈夫。答えられないこと聞かれたら、メディオランド王家に関わることですから口外出来ません、って言えばいいのよ。メインはロバーツ様がジェームズ様やグラディス様と一緒にいかにドラゴンと戦ったか、でしょ?」
どうやら、ウィルソンさんとメルはおろか、ヘンリー様やエレノア様も登場しないようだ。
私達のネズミ退治の鮮やかさに感銘を受けた王太子様に頼まれて土砂くずれの現場を調べに行ったら、謎の洞窟を見つけて一緒に探索し、巣くっていたオークやドランゴンと戦って退治した。ライトの魔法で終始先頭に立って戦っていた私は、騎士に叙任されたと……。
かなり無理がある気がするが……。
大体、一国の王太子様がネズミ退治なんかに興味を持つわけがない。
「ロバーツ様やジェームズ様の名前出してもいいの?」
「大丈夫よ。話はつけてあるから。ジャンヌがお貴族様になった理由を聞かれた時に何て言えばいいかを、アドルフさんやパウルさんと一緒に考えたの。で、ロバーツ様に伝えて貰ってOK貰ってるから」
そう言えばお祭りの時にロバーツ様と話をしていたな。
「あんた、ホントに凄いわね」
王族相手に調整したんだ。
「じゃあ、今夜頼むわよ。ジャンヌ神官騎士様」
「あっ、ちょっと待って……」
逃げられてしまった。もう、お椀に乗ろうとしてるし……。
ベアトリクスがパウルさんに話かけると、パウルさんがこっちを見て頷いている。どうやらやるしかないようだ。
「私も見に行くからねえ」
ボニー、あんたには全部話してるでしょ!
二つ目の穴はコウモリなので、やり方はもう決まっている。空を飛んで餌を取りにいっているから共食いもない。マルセロさんと私のホーリーで、都合二十三匹無傷で倒して簡単に終わってしまった。
勢いに乗って、本命の穴に行く。
平坦地の真ん中の丘の上にあるので、直ぐに分かった。
ルイスさんが岩山と言っていたが、なるほど、ところどころに大きな石の出っ張りが見える。
丘は草が生えているだけのこじんまりしたもので、コウモリ退治で行った砦の丘とよく似ている。
周囲は荒れ地に囲まれていて、まるで砦にしてくれ、と言わんばかりだ。南側の少し離れたところに森があるので、狩りも出来るだろう。井戸が掘れたら何の問題も無く砦を作れるんじゃなかろうか。
「この岩の下だ。穴が空いているだろう?」
丘の中腹、南側斜面にその穴はあった。
大きな平べったい岩があり、その下に穴が空いている。しゃがまなければならないが、そう狭くは無い。
「熊の冬眠用じゃないの?」
「我々もそう思っていたのだ。しかし、春になって確認すると、穴の先に深い洞窟がある事が分かったのだ」
パウルさんが中に潜って調べた結果、穴の続きが判明した。
丁度岩を天井にしたようになっていたのだが、途中で二股に別れ、右の小さい穴に行くと行き止まりだ。左の大きい穴の奥に行くと地下に続く縦穴が空いていた。人間一人ならスッポリ入るらしい。
ライトで照らすが何も見えない。
早速、ゴブリンが二人入って行く。
半時間程待つと、ゴブリンが慌てた感じで出て来た。
さてはゲジゲジでもいたか……。
また共食いでもして大きくなっていたら嫌だな。
「地下に広い横穴があるそうです。その横穴にこれが落ちていたと……」
ゴブリンが、袋から出してきた黒い塊を地面に出して見せてくれた。土のような気もするが何となく触りたくない雰囲気がある。ゴブリンも触りたくないようで、袋を捨てていた。
「これは大物がおるかも知れんな」
パウルさんは知っているようで木の棒でつついている。嫌な予感がする。
「何ですか? これ?」
「ヘビの糞だ。大きさからしてかなりデカい奴だな」
「今度はヘビ?」
ベアトリクスが一緒になってつついている。
予想通り、棒の先をこっちに向けて来た。
もう、止めてよ。子供じゃあるまいし。
きゃあきゃあ言いながら逃げるボニーを、追い回している。
「どうやって倒すんですか?」
「何、餌があれば簡単に喰いついてくると思うぞ」
「キツネとか?」
「蛇の餌と言えば鼠だろう。中の原でネズミを掴まえて来るぞ」
えーと、ヘビ退治の前にネズミ退治ですか……。
「報酬は幾らになるの」
満足したベアトリクスが話に戻って来た。
棒はボニーの手に渡り、きゃあきゃあ言いながら逃げるゴブリンを追い回している。
「ヘビはDランクだな」
「クマより強いんだ」
「長いのに巻き付かれたらフェンリルでも危ないぞ」
これはもう猟兵隊の出番だろう。
ルイスさんを見ると頷いている。
「僕は蛇が嫌いなんだ。よろしく頼むよ。ジャンヌ神官騎士殿」
仕方ないな。
ボニーを呼んで棒を貰い、きゃあきゃあ言いながら逃げるルイスさんを、追い回すことにした。
ひとしきりルイスさんを追い回して満足したところで、皆の所に戻ると、ヘビ退治の算段をしている。
ネズミを仕掛けておびき出したところをロビンソンさんが操ってみるらしい。
「問題はその後だな」
「何かあるんですか?」
「この辺りの蛇は地面に穴を掘らん。元々あった穴に入り込んだんだろう」
「他にも何かいるとかですか?」
「うむ。この丘は古代人の墓かもしれん」
「墓?」
大昔、教会に記録が残っている時代以前の大昔、有力者は山の様な墓を作ったらしい。その墓室は大きな石を組み合わせて作った。石の下には地下に空間があり、棺桶があり……。
「レヴァナントですか?」
「そうなるな。おるかも知れん」
幸いな事にピュリフィケイションを新しく覚えた。まだ使った事はないが一発で一体くらいなら倒せるかもしれない。
「後は、幽霊と呪いだな。マルセロ、どうすればいい?」
そう言えば元専門家がいた。
「墓に近づいただけで発動する呪いは、今まで確認されていないはずです。ですから、まずは中を確認し、墓があった場合は教会に任せた方が良いですね」
教会の学術研究の対象とされるらしい。
「その場合、ここには砦は作れなくなるのか?」
ルイスさんとしては、そちらが心配なのだろう。駄目なら適地を探さなければならない。
「教会に確認を取らなければなりませんが、墓室に手を加えなければ大丈夫なはずです。実際に、古代人の墓の上に砦を作っている例もあります」
「そうか。それならば良い」
地下の穴から井戸が掘れたら楽なのだろうが、そうはいかないかもしれない。しかし、わざわざ丘を選ぶのだから、どうせ地下室を沢山作る気なのだろう。
「幽霊ですが、これは墓の中に入るだけで襲ってくるかも知れません。武器での攻撃は銀製と白銀製以外一切無効ですし、姿を消すので当てるのが難しいですね。属性魔法も効果がありません。対策としては神聖魔法が効果的であることが確認されていますから、私とジャンヌが前衛で良いでしょう」
やっぱり、そうか。このところそういうのが多いな。
「ならば、方針は決まったな。今日は一旦帰ってネズミを掴まえておくか。明日出直しだ」
二班に分かれて帰ることになる。
念の為に、ピュリフィケイションが使える私とマルセロさんが、ヘビ対策に氷の魔法が使えるベアトリクスと一緒に後発組になり、ルイスさん達猟兵と一緒に残ることにした。
お椀を見送って、改めて丘の上から周囲を見回す。
盆地の中では一番高いところにいるせいで平坦地が良く見渡せた。
平坦地と呼ばれているだけあって、所々に小さな丘が盛り上がっているだけだ。
平坦地は森と雑草や灌木だけの荒れ地が斑になっている。どうしてだろうと思っていたら、マルセロさんが教えてくれた。
ここでは森を焼いて畑地にし、土地が痩せて来たら移動して森を焼き、を繰り返していたらしい。木が生えていない所は、休閑地で木が生えて来るのを待っていたのだそうだ。随分と悠長な気もするが、山地を越えないとここには来る事が出来ない。人口もそう多くなかったのだろう。狩猟とこじんまりとした畑地で賄えたようだ。
しかし、前回の魔王復活と共に、段々と魔物が増えてきて危なくなったので皆引っ越した。ある程度目途が立ったのはヘンリー様が魔王を倒したからで、以来、戦争に巻き込まれ失地回復どころではなかったそうだ。
「その時分に水はどうしてたの?」
「井戸を掘っていたようですよ。ところどころに窪地があるでしょう? おそらくあれが集落の跡地で井戸もあったのではないでしょうか? 猟師が落ちたら危ないから、引っ越す時に全て埋めてしまったのでしょうね」
勿体ない話だが、管理する人間がいないのなら仕方無いのだろう。動物が落ちて水が腐ってしまったら意味が無いし。
その時だ。
「……げ……ほう……いいよ……」
うん? 森の方から声が聞こえたような……。
「何か聞こえました?」
マルセロさんに聞いても、首を横に振られた。
「こっち……にげ……ほうが……」
間違いない。南の森の方だ。
しかし、森を見ても何も見えない。
「誰かいるんですか?」
大声をあげて聞いてみる。
「どうかしたのか?」
ルイスさんもやって来て。私が見ている森を見る。
「何もいないんじゃないか?」
猟兵の目でも見えないとなると……。
「こっちに、逃げた方が良いよ」
今度はハッキリ聞こえた。女の子の声だ。恐らく、人間では無い何かが森にいる。しかも、逃げろと言っている。
「聞こえましたか?」
「いや、何も?」
皆に首を横に振られた。
どうやら私だけが聞いたようだ。
「逃げましょう。森の方へ行くんです」
「何がどうしたんだ」
ルイスさんが怪訝な顔をしている。
しかし、恐らく説明している場合では無い。
「いいから、早く森の方へ逃げないと」
慌てて袖を引っ張る。
「ここは危ないから森の方へ逃げるのね?」
ベアトリクスが真顔で聞いて来た。
「そうよ。早くしないと」
「分かったわ。直ぐに逃げよう。マルセロさん、逃げるわよ!」
二人で三人の袖を引っ張って、転げるように丘を降りた。
実際に滑って転んで泥まみれになったが、それどころでは無い。
とにかく、森の中に入った。
「何がどうしたんだ。ジャンヌ、何があったんだ」
「静かにして下さい。すみませんが、周りを見張って下さい。ベアトリクス、とりあえず雷の魔法よろしく。マルセロさんはテレポートで次に逃げる場所を探しておいて下さい」
今は声を信じて様子を見るしかない。失礼な態度を取ってしまったが、それでも猟兵の二人は銀の矢を弓につがえて周囲を見張ってくれている。何かがあの岩のあった辺りに起きるはずだ。
ロビンソンさんやゴブリン達がいない。ここから先は猟兵の目が頼りだ。
念の為にホーリーを詠唱していると、私達がいた岩の辺りで何かが動いた。
「な、何よ、あれ……」
ベアトリクスが絶句した。
人間の胴体より大きな頭の先から、黒くて長い舌がピルピルと出ているのが見える。
無表情な目、鱗に覆われた長い体。薄茶色の地に、体に巻き付くような黒い模様。
ぐっと、鎌首をもたげたそれは、巨大なヘビだった。




