第六話 平坦地の事前調査②
中に入ると他と違って随分とじめついている。隅には水溜りも出来ている。
壁には水に濡れているところは見当たらなかったが、腰の高さ位までが変色していた。どこからか水が漏れて、その高さにまで貯まったのかも知れない。
一旦、ホタルを消すがどこからも光は漏れてない。
「ここを掘れば水が出てくるかもしれんな」
パウルさんが言うには、周囲が山なのに川が無い以上、平坦地の地下には地下水があるはずらしい。後はどこを掘れば水脈に突き当たるか、らしいのだが……。
「この穴を広げたら井戸に使えるかもしれんぞ」
「監督。蝙蝠はどうします?」
「蝙蝠は病気を運んで来る。井戸の周囲には住まわせられないな」
それは可哀そうだ。ゲジゲジ退治に協力してくれた。
仲間になれば夜戦の時に活躍するかもしれない。
「蝙蝠はどこに住んでたんですか?」
「もう少し入り口に近いところらしい。ここは遠すぎるな」
ロビンソンさんが言うには、この水源候補地からは離れているらしい。
それならば……。
「パウルさん。この部屋は入口から大分下ってますよね。今まで通って来たところを蝙蝠の住処まで塞いで、別の場所から横穴を掘れば、蝙蝠はそのままで良いですよね?」
「まあ、そうだが、岩を深く掘るとなると結構事だぞ。この辺りの岩は、どうやら珪石が混じっとる。かなり固いぞ」
「珪石?」
何の事か分からないので、首を捻っていたら、これじゃ、と石を一個出して来た。
白っぽい塊だ。
「これが珪石だ。石英の仲間だと思っとれば良い。量が取れればガラスの材料になるが、調べてみんと分からん。いずれにしろ固いから、簡単には掘れんぞ」
「聞いてみましょう」
専門家がいるのだ。教えて貰えば良い。
ゴブリン達に調査をして貰う事になった。ゴブリン達は一旦外に出て、相談しながら、地面に耳を当てたりしながら、あちこちを見て廻っていたが、どうやら結論が出たようだ。
ロビンソンさんの所に集まって来た。
ゴブリン達が言うには、崖の周辺は岩が多いが地表から一旦下に穴を掘り横穴を掘る事は可能。裂け目を広げた方が楽だが問題ない、との事。上手くいけば竪穴を掘るだけで水が出るかも知れないそうだ。
中の原の上水道工事を請け負うに当たって、ゴブリン達はいろいろな工具を提供されている。そういった道具を使って石の目を読めば、この辺りの岩なら掘れると言っている。
石に目があるとは驚きだが、要は木目の様なもので、木目に沿えば板も割りやすいがそれと同じだそうだ。
そう言えば、ここの岩は灰色の縞々だ。その事を言っているのかも知れない。
流石は穴掘りの専門家だ。
ゲジゲジがいくらになるかは知らないが、水源地の確保は出来そうだ。
「これはアドルフ町長に話をせねばならんな。マルセロ商会の土木工事部門が新しい仕事を請け負えるかもしれんぞ」
さっそく、ルイス隊長を呼ぶ。
「ちょっと、工事の予定を教えてくれんか」
ルイスさんが地図を広げて皆に説明してくれた。
「ここは平坦地全体の中では南西部になる。砦は中央部に作る予定だ。まずは、北の峠に砦を作ってから、街道を整備して周辺の砦と連結し中央の砦を作る。それから、南の山地に平野部までの街道を通してようやく開拓が始まるのだ」
「しかし、もし、ここに珪石の鉱脈があったとしたらどうなる?」
先ほどの石を見せる。
「フーム。有望なら、優先的に開発されるかも知れんな」
「その場合は、先に平野部との街道を通すのか?」
「どうだろうか? 魔物が平野部に侵入するのを食い止めんといかんだろう。少なくとも、北の砦と中央の砦が出来た後だな。上がなんと言うかは知らんが、北部からの侵攻があった場合、そうでなければ猟兵としては保証できんぞ」」
「砦は順調にいったとして、二年か」
「そんなものだろうな。砦を結ぶ街道建設がどのくらいかかるかにもよるが」
地図を覗き込むと、概ね四角形をした平坦地に黒丸が四つと赤丸が一つ書き込んである。赤丸は真ん中辺にあるから砦だろう。黒丸は赤丸の傍に一つあり、あとは山際にある。その内の南西隅の黒丸が、どうやら今回の穴らしい。
「ルイス隊長。聞いていいですか?」
「なんだい? ジャンヌ」
「この平坦地は大体四角形をしていて、東に渓流があって、それ以外は山に囲まれているんですよね?」
「その通りだ」
「あと、もう一つですが、南の平野部に一番近いのは、南東部では無くてこの辺りで良いのですよね?」
「そうだが、何か気になる事でもあるのかい?」
「いえ、全体の地形が気になっただけです。ありがとうございました」
「そ、そうか。納得して貰えたなら嬉しいよ」
不思議そうな顔をしているので、つい、と離れてベアトリクス達のところにいく。
「ベアトリクス、ボニーお願いがあるの」
「何?」
「この辺の地形を覚えておいて。理由は後で話すわ」
「ふーん。……分かったわ。この岩と、ゴブリン達が話していた竪穴掘る場所中心でいいわね」
「そう。お願いね。私一人だけじゃ無理だから」
「絵、描いとく?」
「余裕があればお願い」
「私は森の位置と大体の距離を把握しとけばいいかなあ」
「そうよ。お願いね」
「うん。分かったあ」
一旦休憩した後、お椀に乗って次の穴に向かう事になった。大勢いるので二往復だ。
「二つ目も探索するの?」
「いや。明日にする。ベアトリクスの魔法が使えんと洞窟では難しい。またゲジゲジがおったら他の魔法では無理だ」
「ごめんね。今度からは大物狙いにするわ」
「謝らんでも良いぞ。あれはあれで正しい処置だった」
「ありがとう」
第一陣は、私とボニーがルイスさん達猟兵と一緒に行く事になった。次の穴は平坦地の南にあるから、南東方向に向かえば良い。
パウルさんにお願いして、出発前に岩の上空を飛んでもらった。
岩肌は北からせりあがったまばらに木の生えた丘の端にあたり、一帯が森に囲まれている。空から見ると南の山地の向こうに平野部が見えた。南の山地は東の原側が高くなっているから、山に隠れて向こうが見えなかった。
東に二つ、西に一つ砦がある。
北側には例の峠が見えたのだが、遠すぎて良く分からない。
「北の砦はどのくらい出来てるんですか?」
「今はまだ南側斜面に居住区域を作ったくらいだな。ため池が出来たから、その近くに建てたんだ。そこを拠点にして、道と砦を作るんだ」
砦に囲まれるわけだ。治安は悪くないだろう。問題は道か……。
「北の砦が出来たら、今の砦はどうするんですか?」
「半数が移る予定だ。ただし、中央部の砦が出来たら、そこに拠点を移す。そうなると関所みたいなものだな」
「山砦の西にも南に行く道を作るんですか?」
「そうなると思うが、しばらくは渓流を船で下る事になるだろうな」
砦はそう遠くない。問題は渓流か、とても船では上って来れないな。やっぱり難しいかな。
「随分と熱心じゃないか。開拓前の魔物退治に名乗りを上げるつもりか?」
そんなのがあったのか?
「なんじゃ、知らんのか? てっきりそうなのかと思っていたぞ」
パウルさんの話では、開拓前には大規模な魔物狩りが行われるのだが、その後も開拓村に住み込んで魔物狩りを請け負う人達がいるらしい。ほとんどが猟師なのだが、村の経営が軌道に乗ったらその村の住民になる人もいるのだそうだ。
「今、マルセロと名乗りを上げるかどうか相談しとる最中だ。お前達さえ良ければ、参加しても良いぞ。ただし、人選をしっかりやらんといかんがな」
住み込むとなると、中の原の町限定で仕事をしている仲間は参加出来なくなるな。
私とボニーの二人だけか。
「請け負った場合は、どの位の期間になるんですか?」
「開拓予定地の広さにもよるな。もし平坦地全体だとすれば、村四つ分の広さになる。開拓前に一、二年、開拓が始まってからは三年といったところが目安だろう。それで支障が出るようなら開拓自体が失敗扱いになる可能性が出て来る」
「五年間住み込むんですか?」
「いや、開拓に参加せずに魔物退治だけなら、交代で通えば良いだろう。マルセロ商会が請け負うとなれば、テレポートや儂の飛行術がある。その気になれば日帰り出来るぞ」
魔物退治が王国公認になれば、衛兵隊や町役場の者も加わることになるらしい。上手くいけば全員参加出来るかも知れない。
「どうだ。まだ先の話だが、魔物狩りはもう始まっとる。請け負う気なら皆で話をしてみようか」
ボニーを見ると頷いている。
「そうですね。お願いします」
どっちにしろ魔物退治はしなきゃならないんだ。幅広く構えた方がいいはずだ。皆にも相談してみよう。
「ジャンヌ達が来てくれるなら心強いな。北の砦が襲われた時も援軍を頼めそうだ」
ナイス・ミドルが何か言っている。
横目で睨みながら腰につけたチュルリの籠に手を伸ばす。
「い、いや。本心から言ってるんだ。一緒に魔王軍残党とも戦ったじゃないか。東の原ではフェンリルあたりと戦ったのだろう? そういう経験のある者は王国軍以外では少ないのだぞ」
言われてみればそうかも知れない。
「ありがとうございます」
素直にお礼を言っておいた。
二つ目の穴は砦候補地のほぼ真南にあった。やっぱり崖の途中にある。
「ここは魔物化したコウモリが出入りしていた。家畜がいないから被害は無いが、いずれにしろ退治せねばならん」
「なんだか、崖の途中ばっかりですね」
「そうでなければ我々が潰しているさ。オーク共の巣になってはかなわんからな」
それもそうだ。
てことは、今回はそういうのばっかりなのか?
「いや、砦候補地は違う。岩山なのだが、上から直接入れる穴になっている。魔物の姿を見た者もいないし、随分と深そうだから放っておいたのだが、砦を作るとなるとそうもいかん。今回の魔物退治の本命と言って良い」
「明日ここをやる。その次は砦候補地に行こうか」
「そうだな。最後は東の原山砦の近くだから、報告方々立ち寄ってみよう」
東の原猟兵隊とは久しぶりに会うな。あそこの隊長さんは真面目な方だから安心だ。
ちら、とルイスさんを見る。
すぐに気づいて、白い歯を輝かせたナイス・スマイルを返して来た。
明日に向けた偵察が終わった段階で、夕方になった。
ゴブリンに樽の中に入って貰い、中の原にテレポートで帰ろうとすると、一人の山賊が手招きして呼んでいる。
大体検討はつくが……。
「明日のお弁当はアンジェリカさんが作るのか?」
「私達の分は作ってくれるそうです。予備がどのくらいになるのかは、アンジェリカさん次第ですね」
今回は五つ持たされた。
そろそろ、金をとっても良いかも知れない。
「そ、そうか。なら、いいんだ」
ため息をついて帰ろうとする。きっと、食べた奴に自慢されたのだろう。
「名前教えといて。良ければ、一個確保しといたげるわよ」
「い、いいのか?」
「その代わり、ね」
なにやら、交渉が始まった。
ベアトリクスが耳打ちすると、山賊は腕を組んで考え始めた。
どうせ、またオーウェンさん辺りと何か企んでいるんだろう。
「一応隊長に話しといて。そしたら、明後日のお弁当も確保したげるわよ」
「そうか。なら、一応話しとくよ。でも、上手くいくかどうかは責任もてないぜ」
「いいの、いいの。こっちも、上手く言ったら儲けもの、くらいでいるからさ」
「分かった。じゃあ、頼むぜ」
「オッケー!」
商談がまとまったようだ。
「あんた、何の話してたのよ?」
「うふふ。内緒」
「規約違反よ」
「もう、仕方ないなあ」
ニヤニヤしている。
「孤児院で、野戦服作ってんでしょ。あれのお弁当屋さんバージョンよ」
「お弁当屋さん?」
「そ、折角現役のお母さん達を集めたのに、野戦服染めてるだけじゃもったいないじゃない。だから、猟師や土木工事やってる人向けに、仕出し弁当を作らせたらどうだって、オーウェンさん達食堂やってる自警団の人達に言われたのよ」
「オーウェンさん達に?」
普通、売っているお弁当は食堂が作っている。作るのは開店前だ。特に夏場は傷みが早いから、ごく簡単なメニューになってしまい儲けは少ないと聞いていた。それを。朝注文をしておけば、お昼時までに傷痍軍人が馬車で運ぶらしい。
しかし、自警団が絡んでいるとはどういう事だろう。
近々何かあるのだろうか?
「そ。自警団の皆も戦争があったら明日は我が身でしょ。残していく家族の事も心配なのよ。だから、互助会じゃないんだけど、そういった商売を幾つか作っとけば、何かあっても安心じゃない」
「でも、マーブル染めは孤児院でやってんのよ」
「大丈夫。アドルフさんも院長先生達も賛成してくれたわ。空いている時間なら、孤児院の厨房使っていいってさ」
「食材の仕入れはどうするの?」
「食材は食堂の皆が余ったのを格安で分けてくれるって。ちなみに、名前は中の原お弁当サービスに決まってんの。味付け指導担当はアンジェリカさんよ。週に一回で銀貨一枚町から出してくれるんだって。孤児院の食事もきっと美味しくなるわよ」
いつの間に話つけたんだろ?
「あんた、凄いわね」
「でしょう? でもね、オーウェンさんが言ってたわよ。マーブル染めで戦争未亡人助けようとするなんてジャンヌは流石だって。あんた、去年は八位だったけど、お貴族様にもなったし、今年はもっと上を狙いなよ」
「そこは関係ないでしょ!」
全く……。どうせ奢らされるだけなんだから。
大体、しょっちゅうオッサンにからかわれている身にもなって欲しい。
でも、凄いなあ、ベアトリクス。今の話聞いたら、ベアトリクスには、何の儲けにもならないのに……。
「そうそう悪いけど、この仕事が終わるまで晩御飯は鳥の頭亭だからね。奢ってくれるってさ」
そうね。そうなるわよね。




