第五章 お山の探索③
お昼ご飯はいつもの鍋だ。
春とは言え、まだ肌寒い。山の緑も全て回復しておらず、枝と蕾が目立っている。皆でつつくには丁度良い。
「これは、また美味い物だな」
「本当に。これが野戦食なんて贅沢ね」
ヘンリー様とエレノア様にもお褒めの言葉を頂いた。
ベアトリクス達が集めてきた山菜を沢山入れてあるので、季節の風味も加わり好評だ。
メアリーがちゃっかり薬草を採っていたらしいが、役得だろう。
「これでクマやオークが釣れたんですよ」
「ならば、東の原でも使うかな」
「ロバーツ。王陛下の許可が出たら、我が国にも製法を教えてくれ」
今はまだ中の原限定だが、王国軍にも広まっているらしい。いずれは、正規の野戦食として承認されるかもしれない。
是非とも、オーウェンさんに伝えないといけないな。
もしかしたら、勲章を貰えるかもしれないし。
食事の後は作戦会議になった。どうせ私は穴に潜るのだろうが、今後の予定は聞いておかないといけない。
「下の方は、ご覧の通りだ。大方祠は掘り出せたぞ」
土砂の山に大穴が空いており、掘り上げた土が場所を変えて巨大な四角いレンガの様な物に代わって積み上がっている。
ベアトリクスに聞くと、クランプ・サンドを両手で同時に操り、まるで吸い上げられた土がアーチを描く様に次から次へと移動していったらしい。その後で圧縮して四角いブロックに作り替えて積んだようだ。
因みに、大きな石は火薬で吹っ飛ばしたそうだ。
「そっちは、どうだったの?」
「凄かったわ。オークのレヴァナントが一杯出たんだけどさ、それを退治したジェームズ様の炎の超上級魔法見ちゃった。洞窟の表面が溶けてたわよ」
「それって、もしかして、プロミネンス?」
「そう、なんか炎の渦って感じの凄い奴」
「見たかったわね。美男子の魔法使いは炎の魔法が一番絵になるのよ。プロミネンスって、飛んで行く炎がドラゴンの首みたいな形に見えるんでしょ? どうだった?」
「そうなんだ。真後ろから見ちゃったからなあ。頭の部分は見えなかったわ」
そんなことを喋っていたら、いつの間にか午後の方針が決まってしまったようだ。失敗した。完全に聞き逃した。
「ジャンヌ神官、午後もよろしく頼む。次はヘンリー様達も穴の中に入ることになった」
「はい。分かりました」
「留守番組はどうするの?」
「留守番組は、パウル殿が祠の洞窟の土を除去するのを手伝って貰いたい」
「そっか、じゃあ私はリュドミラと一緒にお留守番ね」
つまらなそうにしている。くじ引きで負けたのだろう。次はメアリーが来るようだ。
私の分も残しといてね、とベアトリクスに見送られたが、何と言って良いのか分からない。
留守番組は、スティーブンスさん、パウルさん、ベアトリクス、リュドミラの四人になった。ひたすらに、パウルさんが穴を掘るのだろう。上手くいけば、地下で合流できるかも知れない。
二回目の探索では全員が空洞の中に降りた。お椀の操縦はエレノア様になり、ヘンリー様達は空洞の内部で待機することになった。
盛大に松明を焚いて、いつの間にかワインや蜂蜜酒が持ち込まれている。酒盛りをする気だ。
「あの、大丈夫なのでしょうか?」
洞窟の奥へ進むお椀の背後から、酒盛りの声が聞こえて来る。きっと、グラディス様は目を丸くしているに違いない。
「あのくらいでなければ、あんな所では過ごせませんよ」
エレノア様の言葉に、ロバーツ様が笑い、ジェームズ様は肩をすくめた。
考えてみたらそうだ。真っ暗闇の中で只々警戒しているだけなんて、頭がおかしくなりそうだ。
午前中は空洞の入り口の狭いところで皆待っていた。
「申し訳ありません。少々、配慮を欠いておりました」
ジェームズ様がエレノア様に謝っている。午前中、救護班を呼び寄せ空洞の縁で待機させていたのはジェームズ様だ。
「救護班を呼んだのは正解ですね。人数が多い方が気は休まります。ムードメーカーを混ぜなかったのは絶対数が不足しているから仕方がないですね」
ムードメーカーと言えば、パウルさんはお椀を操縦していたし、ベアトリクスは外にいた。今回は二人共外にいる。つまり、ヘンリー様は切り札なのだな。
「ロバーツ。あなたも魔王を倒すつもりなら、一人くらいは腕の立つムードメーカーを仲間に加えておきなさい」
「心しておきます」
え?
思わず、ロバーツ様を見る。
ジェームズ様と揃って素知らぬ顔を決め込んでいる。二人共行く積りなのだろうか?
「どうだ? ジャンヌ。一緒に行くか?」
二人を見つめていたら先手を打たれてしまった。
「いえ、あの、私は初級魔法しか使えませんので……足手まといにしか……」
いきなり魔王なんて無理だ。しどろもどろになってしまった。
「午前中、ベアトリクスとメアリーに聞いたら、二人共ジャンヌが行くなら行ってもいいって言っていました。ロバーツの後を継ぐのはあなた達かもしれないですね」
ロバーツ様とジェームズ様が敵討ちとばかりに見つめてくる。しかも、二人共ニヤついている。
余計なことを言うものだ。大体、何故私が決めなきゃならんのだ……。
そんなこんなで、へこまされているうちに広間の竪穴についた。幸いにも落とし穴には何もかかってはいない。
「じゃあ、上に上がるわね。ウィンド・バリアを展開してくれるかしら」
「はい」
ジェームズ様が頭上に空気の壁をつくる。
「お椀の上下を逆さまにして、今乗っているお椀の蓋の様にして下さい」
「はい」
驚いた。お椀が二つ重なり卵型になった。蓋が縦長なので、ロバーツ様の槍も収まっている。
これで、上下左右どの方向からの攻撃にも耐えられるだろう。
エレノア様は、既に一歩先の応用利用を考え付いていたわけだ。
「これで、上から何かが襲ってきたら、蓋を上に向けて一気に解放して吹き飛ばして下さい」
「はい。分かりました」
完全に先生と生徒に戻ったな。
途中で幾つか石が落ちてきたりしたのだが、ことごとく蓋で跳ね返した。
「これはどういった仕掛けなのでしょうか」
壁に接触したわけではない。オークのレヴァナントが落ちて来ても発動しないということは、登る者にしか発動しない罠ということになる。
「アラームかも知れないですね」
「アラーム?」
エレノア様が答えてくれるが分からない。
「そう。下に一つ何かが通過したら警告一回を発する魔法陣、次にその上にある魔法陣が発動したら、下から誰かが昇ってきているということになるでしょう?」
「つまり、監視している者がいる、という事ですか?」
待ち伏せされているのか?
「しかし、普段誰も近づかないようなところでそのような罠を仕掛けて、破損したりはしないのですか?」
「発動しなければ良いのです。何も落ちて来なければ反応しません」
「では、下にいたオークのレヴァナントが、我々が近づくまでは襲って来なかったのも……」
「そう。そう言う風に命令されていたのでしょうね。そうしないと、洞窟の床に仕掛けた罠が発動してしまうでしょう?」
「レヴァナントは術者が死ねば命令を聞かなくなるのではないでしょうか。この洞窟は随分と古いものに思われます。とても、そのような長い時を生きて過ごせたとは思えませんが」
ジェームズ様の疑問はもっともだ。しかし、時の問題を解決する方法は既に判明している。
「ジャンヌ。あなたは知っていますね?」
恐らく、アドルフさんから王都あてに報告が上がっていたのだろう。
「はい。術者がレヴァナントであれば、滅ぼされるまでは命令が有効になります。同時に、オークもレヴァナントでしたから、滅ぼされるまでは命令に従うことになります」
「そのようなことが……」
「実際に、中の原で起こりかけたらしい。方法としては確立しているから、どこかで誰かが既に利用していたとしても不思議はない」
ロバーツ様が後を引き継いでくれた。
「レヴァナントを純粋に兵力として見た場合、特に防衛戦力としては極めて有効だ。単純に特定の地域に侵入して来た者に襲い掛かれば良いのだからな」
「そういうことです。恐らく、上にはレヴァナントが沢山いますよ。心しなさい」
浄化の魔法は使えない。巻物も無い。となると……。
「上に上がったら、しばらくは体当たりで抜け道を探します。いざとなったら、指示しますから蓋を解除してください。大物が居たら、プロミネンスで片を付けます。ロバーツあなたが時間を稼ぐのです」
「はい」
「賜りました」
これは、大変なことになってきた。ライトはレヴァナントには通用しない。私はただの照明係でしかない……。
「ジャンヌ。あなたが要になります。ライトを絶やさないようにしてね」
「は、はい」
そんなことを言われたって、白兵戦の最中に上手く動く相手を照らせるだろうか……。
「ジャンヌ、落ち着け。お前はすばしっこいフェンリル相手に向こうを張ったんだろう? 落ち着いて普段通りにやれば問題ない。俺達を信じろ。敵は全部倒してやる」
ロバーツ様が、頭をポンポンしてくる。
声と言い、仕草と言い、普段と変わらない鷹揚な感じは微塵も崩れていない。
傍にいてくれるだけで安心できる。信頼できる将とは、こういう人なのだろうか。
上を照らす光量を上げると、暗闇が広がっているように見える。上の階が近い。
「行きますよ。掴まっていなさい」
一気にお椀が加速した。吹っ飛んで行くように洞窟の中を上昇する。
一気に負荷が下にかかり、転ばないように両足を踏ん張る。
「ジャンヌ。転ばないように片膝立ちになっておけ」
ロバーツ様が首根っこを押さえてくる。
押さえ込まれるがままに片膝立ちになり、右手を上に、左手を前にして二方向を照らし、抜け出た後の前進に備えた。
竪穴を抜け広間に出る。天井はそう高くない。
急停止したせいで、身体が浮かび上がるかと思ったが、ロバーツ様が抑えてくれていたので、バランスを崩さずに済んだ。
頭上のライトを全方位にして周囲を照らす。どうやら広間の只中に出た。広さは下の広間の倍はありそうだ。
腐臭が酷い。吐きそうになる。
床が乾いているから、場所の問題ではなくレヴァナントの数が多いのだろう。
周囲を照らす右手の光量を上げ、前を照らす左手の角度を絞った。これで前だけはある程度遠くを見通せるはずだ。
出て来た穴の周囲には、腐ったオークの群れがいた。
「突っ込みます」
エレノア様はそのまま、突っ込んでいった。元はウィンド・バリアだ。オークぐらいはどうということはない。地面すれすれを飛んで、正面からぶつかり、次々に弾き飛ばしていく。
ガゴッ、ドゴッ、ドゴッ、ガゴッ……。
鈍い音が響き、お椀が揺れる。ひたすらに体当たりをして、次への道を探している。幸いなことに腐ったオークしかいない。大物がいたらタダでは済まない。
「きりがないですね。蓋を解除して下さい。ロバーツ、槍で一匹ずつ退治して。ジェームズ殿はアイス・キューブで氷漬けにして下さい」
二人が返事をすると同時に蓋が開いた。巧妙な物で前に向かって解放したものだから、何体かのオークが吹っ飛ばされていった。
「やりますね」
「お教えの故です」
師弟コンビのやり取りの間にも、ロバーツ様は槍を振るっている。突くのではなく、頭の上に振り下ろして、構えた槍ごと長い穂先で真っ二つにし、一気に全身を土に変えていく。
エレノア様は壁際に沿う様に、少し減速してお椀を移動させている。前方のオークは体当たりで弾き飛ばしている。
近くの奴はロバーツ様が、遠くの奴はジェームズ様が、それぞれにオークを無力化していった。
「見つけた!」
何十もの土と氷の山が出来た頃、エレノア様が抜け道を見つけた。
なんと下にあった。
「全部倒せますか?」
「お任せください」
ロバーツ様の声に左手で周囲を照らすと、もう十匹ほどしか残っていない。
「魔力がもったいないから、ロバーツ、あなた一人で行って来なさい」
「ご命令とあらば」
厳しいお母様だ。
しかし、ロバーツ様は顔色も変えずにお椀から飛び降りると、オークに走り寄って行き、あっという間に残り全部を土に変えてしまった。
お椀で迎えに行く。
周囲を照らしても、もうオークはいない。
「腕を上げましたね。以前より振りが鋭くなっていますよ」
「お陰様で、最近は以前よりも力を抜くコツを身に付けました」
「頼もしいわ。それでこそ私達の息子よ」
「かたじけない」
ジェームズ様が羨ましそうに見ているのは、気付かなかったことにした。
「術者がいませんね。一つ二つの簡単な命令だけを与えてどこかへ行ってしまったのかも知れません」
「一か所でまとめて操っているのではないでしょうか?」
レヴァナントについては、三人の術者が中の原にいる。
時々アドルフさんが面会して情報を仕入れているのだが、その内容の一部は自警団を通じて私達にも知らされている。
「ジャンヌの言う通り、主がこの地下のどこかに居るので間違いないですね」
レヴァナントが地下の主か……。
おとぎ話に出てくるようなヴァンパイアとかだったら嫌だな。
念の為に凍ったオークを解凍して土の塊に変えた後、床に空いた二つ目の穴を降りていく。
どうやら、通路になっている。直ぐに床が見えた。
通路は途中から石造りになり、明らかに人口の物であることが分かる。
「これは一体……」
ジェームズ様が目を見張っている。
石の壁には、所々に彫刻が施され、まるで神殿か何かの通路だ。
「どうやら、原初の遺跡には人口の地下道がある、と言うのは本当だったようですね」
「これは、何のためにあるのでしょうか?」
皆目分からない。ここまで御大層な侵入防止策を仕掛けている以上は、相当な権力の持ち主が作ったのだろう。しかし、デューネの所には何も無かった。精霊に関係があるとは思えない。
「分かりません。行けば何か分かるかも知れません」
通路の先には、祭壇が置かれた部屋があった。




