表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アラカン派遣探索者は意外とヤれる  作者: あおおに


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/48

肉と温泉

 経験値が欲しい。

 それは、実に探索者らしい欲求であった。

 強くなりたい。もっと深く潜りたい。今のままでは届かない場所へ行きたい。

 そういう前向きで、熱くて、いかにも主人公っぽい理由で、俺は次の標的を決めた。


 ……という事にしておきたい。

 実際には、半分くらいは肉である。

 いや、半分ではないかもしれない。六割くらいは肉かもしれない。

 もっと言うなら、七割近いかもしれない。

 なにしろ、ダンジョン産の上位モンスター肉は美味い。

 これはもう、理屈ではない。


 探索者としての本能というか、人類としての業というか、そこに肉があるなら食いたいという、極めて根源的な衝動なのだ。

「で、次は何を狩るんじゃ?」

 イナリが、いつものように他人事みたいな顔で訊いてきた。

 目が期待に満ちている。

 こいつも、だいぶ俺に毒されてきたと思う。


「レッサーアースドラゴンだ」

「ほう」

 イナリの目が、すっと細くなった。

 いつもの、飯の話をしている時の顔ではない。

 ちょっとだけ本気の顔だった。

「それは、また大物じゃな」

「ああ。かなり気合いを入れないと厳しいと思う」

 レッサーとは付いているが、ドラゴンはドラゴンである。

 火を吐くとか、空を飛ぶとか、そういう派手さはないらしい。

 だが、その代わりに、とにかく硬い。重い。しぶとい。力が強い。

 要するに、動く岩山みたいなトカゲである。


「じゃが、黄泉平坂を目指すなら、その程度で尻込みしておれんじゃろ」

 イナリが、ふん、と鼻を鳴らした。

「レッサードラゴンぐらい正面から叩き伏せられんで、黄泉平坂など永久に行けんわ」

「まあ、そうだよな」

 俺も頷いた。

 なんだかんだ言って、俺たちは黄泉平坂を目指している。


 今のままでは、たぶん足りない。

 装備も。レベルも。度胸も。覚悟も。

 足りないものだらけである。

 なら、埋めるしかない。

 手っ取り早いのは、強い敵を倒す事だ。

 もちろん、死んだら意味がない。

 無謀と挑戦は違う。

 だが、今の俺とイナリなら、勝てる。

 そう思えた。


「よし。行くか」

「うむ」

 こうして、俺たちのちょっと本気なレベル上げが始まった。

 向かったのは、火山麓エリア。

 名前の通り、遠くに黒々とした火山が見え、地面は赤茶け、あちこちに大小様々な岩が転がっている。

 草木は少ないが、完全な荒野という訳でもなく、岩陰には妙に生命力の強そうな低木が生えていた。

 地面のあちこちからは、白い湯気が立ち上っている。


 そして、鼻をくすぐる硫黄の匂い。

「温泉……」

 思わず、俺は呟いていた。

「温泉じゃな……」

 隣で、イナリも呟いた。

 俺たちは顔を見合わせた。

 何も言わなかった。

 だが、互いの考えている事は分かった。


 入りたい。

 今すぐ入りたい。

 この荒々しい火山麓で、湧き立つ天然温泉。

 しかもダンジョン内である。

 効能とか、きっとすごいに違いない。たぶん。知らんけど。

 だが、俺たちは首を振った。

「まずはトカゲどもを片付けんとな」

「そうですね」

 珍しく、食い物以外の理由で俺たちは一致団結した。


 温泉に入るために、ドラゴンを倒す。

 ……いや、やはり動機が俗っぽい。

 探索を始めてしばらくすると、最初のレッサーアースドラゴンを見つけた。

 岩かと思った。

 本当に、最初はそう思った。

 灰褐色の巨体が、地面に伏せている。

 背中には分厚い鱗が重なり、岩肌のようにゴツゴツしていた。

 頭は大きく、顎も太い。

 四本の脚は短めだが、その一本一本が丸太みたいに太い。


 そいつが、ゆっくりと頭を上げた。

 黄色い目が、こちらを見る。

「……でかいな」

「うむ。肉も多そうじゃ」

「そこか」

「そこじゃろ」

 イナリは当然のように言った。


 レッサーアースドラゴンが、低く唸った。

 空気が震えた。

 次の瞬間、奴は地面を蹴った。

 鈍いと思っていたが、突進の初速はかなり速い。

 巨体が真正面から迫ってくる様は、もはや生き物というより土砂崩れだった。

「来るぞ!」

「分かっておる!」

 俺は【縮地】を発動した。

 視界が一瞬で流れる。


 身体が滑るように横へ移動し、ドラゴンの突進を紙一重でかわす。

 その横っ腹へ、大剣を叩き込んだ。

 ガギン、と嫌な音がした。

 斬ったというより、鉄板を殴ったような感触だった。

「硬っ!」

 手が痺れる。

 だが、鱗の一部が割れ、血が滲んだ。

 通る。

 通らない訳ではない。

 なら、やるしかない。


「ぬん!」

 反対側から、イナリの鬼火が飛んだ。

 青白い炎が、ドラゴンの顔面にまとわりつく。

 普通の炎ではない。

 熱だけでなく、魂を焼くような、どこか嫌な炎だ。

 レッサーアースドラゴンが苦しげに首を振った。

 だが、倒れない。

「やはり、しぶといのう」

「ドラゴンだからな!」


 俺は再び【縮地】を使った。

 以前なら、ここで息が上がっていた。

 一度、二度ならともかく、連続使用は厳しかった。

 だが、今は違う。

 迷宮での戦いを重ね、魔力量が増えている。

 身体の中に流れる魔力の総量も、扱い方も、前よりずっとマシになっていた。


 三度目の【縮地】。

 ドラゴンの前脚の付け根に潜り込み、大剣を振り上げる。

 今度は、刃に魔力を乗せた。

「おらぁっ!」

 硬い鱗を割り、肉を裂く。

 ドラゴンが吠えた。

 尻尾が横薙ぎに振るわれる。

 逃げ遅れれば、骨が何本か持っていかれる威力だ。

 俺はとっさに後ろへ跳んだ。


 だが、完全には避けきれない。

 尻尾の先が脇腹を掠めた。

「ぐっ……!」

 衝撃で息が詰まる。

 痛い。

 普通に痛い。

 格好つけている場合ではない。

「柔内!」

「大丈夫だ!」

 たぶん。

 いや、たぶんでは困るのだが。


 俺は中級ポーションを取り出す準備をしつつ、歯を食いしばった。

 ドラゴンがこちらへ向き直る。

 その瞬間、イナリが前に出た。

「妾を忘れるでないわ!」

 イナリの周囲に、いくつもの鬼火が浮かんだ。

 それらが一斉に飛ぶ。

 ドラゴンの顔、首、傷口。

 狙い澄ましたように、青白い炎が食らいついた。

 レッサーアースドラゴンがたまらず大口を開ける。


 そこへ、俺は【縮地】で踏み込んだ。

 狙うのは、喉元。

 硬い背中や横腹より、まだ柔らかいはずだ。

「これで――どうだ!」

 大剣を、下から斜めに叩き上げた。

 刃が鱗の隙間に入り込み、肉を割り、骨に当たる。

 重い。

 だが、止めない。

 腰を落とし、全身の力を使って押し切る。

 イナリの鬼火が、傷口へ潜り込んだ。


 ドラゴンの巨体が大きく震えた。

 そして、ゆっくりと崩れ落ちる。

 地面が揺れた。

「……倒したか?」

「その台詞は危ないぞ」

 俺が言うと、イナリは耳をぴくりと動かした。

 だが、レッサーアースドラゴンは動かなかった。

 しばらく警戒してから、俺たちはようやく息を吐いた。


「はあ……きついな」

「うむ。じゃが、やれん事はない」

「ああ」

 俺は脇腹を押さえながら、中級ポーションを飲んだ。

 苦い。

 高いくせに苦い。

 だが、効き目は確かだった。

 痛みがすっと引いていく。


 そして、ドロップを確認する。

 上級ポーション。

 レッサードラゴンの鱗。

 レッサードラゴンのブロック肉。

 肉。

 その文字を見た瞬間、イナリの髪がぶわっと膨らんだ。


「出たな」

「出ましたね」

「よし。次じゃ」

「休憩は?」

「温泉に入ってからでよかろう」

「いや、温泉は全部終わってからだろ」

 俺たちは、妙なところで真面目だった。

 その後も、レッサーアースドラゴンを探して火山麓エリアを歩き回った。


 二体目は、岩陰からいきなり飛び出してきた。

 三体目は、温泉の近くで寝ていた。

 四体目は、こちらを見るなり地面に潜ろうとしたので、イナリが鬼火で炙り、俺が大剣で無理やり引きずり出した。

 どれも強かった。

 一体一体が、ちゃんと命懸けだった。

 気を抜けば怪我をする。

 判断を誤れば死ぬ。

 だが、それでも俺たちは倒していった。


 イナリの鬼火で動きを鈍らせ、俺が【縮地】で懐に入り、大剣を叩き込む。

 逆に俺が囮になり、イナリが横から焼く事もあった。

 ドラゴンの尻尾をかわし損ねて吹っ飛ばされ、岩に背中を打ちつけた時は、さすがにちょっと帰りたくなった。


 だが、そのたびにイナリが言うのだ。

「黄泉平坂の敵は、こんなものでは済まんぞ」

「分かってるよ!」

「なら立て。肉も待っておる」

「最後の一言で台無しだな!」

 そう言いながらも、俺は立った。

 不思議なものだ。

 若い頃なら、こういう無茶も勢いで出来たかもしれない。


 だが、今の俺はアラカンである。

 無理をすれば、膝が笑う。

 腰も不安だ。

 翌日の筋肉痛も怖い。

 それでも、前より動ける。

 前より戦える。

 前より、強くなっている。

 それが、少しだけ嬉しかった。


 結局、破邪の力を持つ武器は手に入らなかった。

 まあ、そう都合よくはいかない。

 だが、上級ポーションはいくつか手に入った。

 レッサードラゴンの鱗も手に入った。

 そして、何よりレッサードラゴンのブロック肉が、かなりの量になった。

「大漁じゃな」

「肉の事しか言ってないな」

「鱗もあるぞ。硬そうじゃ」

「そっちは売るか、装備素材だな」

「肉は?」

「食う」

「うむ」

 そこだけは、即答で一致した。


 そして、戦い終えた俺たちは、とうとう温泉へ向かった。

 岩場の奥に、ちょうどよさそうな湯溜まりがあった。

 白い湯気が立ち上り、湯の表面がゆらゆら揺れている。

 俺は手を入れて温度を確かめた。

「おお……ちょうどいい」

「ほう」

 イナリの目が輝いた。

 さすがに、ここで細かい描写をする気はない。


 何しろ相手は見た目だけなら幼女神である。

 いろいろ問題がある。

 なので、俺は岩陰を使い、きちんと距離を取り、互いに見えないようにして湯に浸かった。

「はああああああああ……」

 思わず、声が出た。

 温泉が、疲れた身体に染み込む。

 脇腹も、背中も、太腿も、じんわり温まっていく。

 レッサーアースドラゴンにぶっ飛ばされた痛みも、少しずつ溶けていくようだった。


「極楽じゃなあ……」

 岩の向こうから、イナリのだらしない声が聞こえた。

「黄泉平坂の前に極楽に行きそうですね」

「縁起でもない事を言うでない」

「言い出したの、そっちみたいなものですよ」

 俺たちは、しばらく黙って温泉を堪能した。

 火山麓の荒々しい景色。

 立ち上る湯気。

 遠くで聞こえる、何かのモンスターの鳴き声。

 そして、湯の中で伸びきるアラカン男と幼女神。

 絵面はともかく、気分は最高だった。


「柔内」

「はい」

「今日は、なかなか良かったのう」

「そうですね」

 俺は湯に肩まで浸かりながら頷いた。

 本気で戦った。

 ちゃんと勝った。

 収穫もあった。

 温泉にも入った。

 これ以上、何を望むというのか。


「この調子で、どんどん強くなるぞ」

「うむ。黄泉平坂など、すぐじゃ」

「いや、すぐは困りますけどね」

「何を言う。レッサードラゴンぐらい叩き伏せられるようになったのじゃ。次は本物のドラゴンじゃな」

「段階を踏みましょう」

「では、肉の美味いドラゴンからじゃ」

「結局そこか」

 俺は湯の中で苦笑した。


 だが、不思議と悪い気はしなかった。

 強くなる理由なんて、立派でなくてもいいのかもしれない。

 誰かを助けたい。

 大事なものを取り戻したい。

 行かなければならない場所がある。

 もちろん、それも大事だ。

 だが、肉が美味いから。

 温泉に入りたいから。

 悔しいから。

 まだ諦めたくないから。

 そういう俗っぽい理由だって、足を前に出す力にはなる。


 温泉から上がった頃には、俺もイナリもすっかり上機嫌だった。

 帰り道、【仙人みかん】の中の荷物はずっしり重い。

 だが、気分は軽い。

 レッサードラゴンの肉。

 鱗。

 上級ポーション。

 そして、少しだけ強くなったという実感。


「帰ったら、まず肉じゃな」

「ですね」

「焼くか」

「煮るのもありです」

「両方じゃな」

「両方ですね」

 こうして俺たちは、妙に晴れ晴れとした気分で帰路に就いた。


 黄泉平坂への道は、まだ遠い。

 だが、少なくとも今日、俺たちは一歩進んだ。

 ……肉を抱えて。

読んでいただいて、ありがとうございます。

こんなお話でも面白いと思って下さったら、『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にしてポイントを入れてもらえたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
柔内があんまりトントン拍子にレベリングしちゃうと 蝶子が今まで何してたんて感じになっちゃうな これも幼神様のお力かw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ