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アラカン派遣探索者は意外とヤれる  作者: あおおに


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三人の縁

 墓場エリアの奥で手に入れた聖属性のメイスは、思ったよりも頼りになる武器だった。

 少なくとも、普通のアンデッド相手なら、かなり効く。

 骨を殴れば、ただ砕くだけではなく、そこにまとわりついている嫌な魔力のようなものまで削ってくれる。


 まあ、それで黄泉平坂に行けるかと言えば、まだ全然無理である。

 俺こと三烏柔内は、そこまで自惚れてはいない。

 アラカンは、勢いだけで走ると膝に来る。迷宮で勢いだけで突っ込むと、膝どころか命に来る。

 だから、焦らない。

 焦らないのだが、心の中には、春日井竜彦の名前が居座っていた。


 昔の親友。俺の初恋相手だった伊吹蝶子の恋人。  そして、今は黄泉平坂でアンデッドになっているかも知れない男。

 情報量が多い。

 多過ぎる。

 そんな事を考えながら、俺はいつものように『はるか』で飯を食っていた。


 客は俺とイナリだけだった。

 女将さんはカウンターの向こうで、仕込みをしながら時々こちらを見る。

 イナリは、いつものように椅子にちょこんと座り、いなり寿司を食べていた。

 幼女神。見た目は日本人形。中身はこの辺りの神様。そして、最近では完全に『はるか』の常連である。


「おぬし、今日は箸が遅いな」

「考え事をしてるんです」

「飯の時に考え事をするな。料理に失礼じゃ」

「神様、急にまともな事を」

「妾はいつもまともじゃ」

「そうでしたっけ」

「燃やすぞ」

「すみません」


 そんな会話をしていた時だった。

 店の戸が開いた。

 入ってきたのは、伊吹蝶子だった。

 相変わらず、姿勢が良い。

 見た目は四十代くらいの凛とした美女。実際には俺と同い年のはずなのだが、迷宮適性Aと深層での活動によって、かなり若返っている。

 黒髪を後ろでまとめ、無駄のない装備を身につけている。ただ店に入ってきただけで、空気が少し引き締まった。


 俺は箸を止めた。

「伊吹」

「柔内」

 蝶子は軽く頷き、俺の隣から少し空けた席に座った。

 女将さんが、何も言わずにお茶を出す。

 こういうところが、女将さんは強い。

 無駄に驚かない。無駄に詮索しない。ただ、必要なものを出す。


 蝶子はお茶に口をつけてから、俺を見た。

「この間の電話は、愛想がなくて悪かったわね」

「伊吹が俺に愛想が良かった事なんてなかったろ」

「そうかしら?」

「そうだろ。俺が伊吹にイタズラばかり仕掛けてたからな。今思えば、子ども過ぎた」

 言ってから、少し恥ずかしくなった。


 中学時代の俺は、好きな女の子に素直に優しく出来ないタイプだった。

 消しゴムを隠す。ノートの端に変な落書きをする。掃除当番の時に、わざと箒を押し付ける。廊下で意味もなく進路を塞ぐ。

 今思えば、完全にガキである。

 いや、当時もガキだったのだから仕方ないのだが、思い出すと情けない。


 イナリと女将さんが、同じような顔で俺を見ていた。

 言葉には出さない。

 だが、目が言っている。

 ガキね、と。

「何ですか、その目は」

「何も言っておらぬ」

 イナリがいなり寿司を食べながら言った。

「何も言ってないわよ」

 女将さんも仕込みをしながら言った。


「二人とも、今すごく言ってましたよね」

「言っておらぬ」

「言ってないわ」

 息が合い過ぎている。

 蝶子は、少しだけ笑った。

「確かに、あなたはよく余計な事をしていたわね」

「やっぱり怒ってたか?」

「怒っていたというより、呆れていたわ」


「そっちの方がきついな」

「でも、嫌いではなかったわよ」

 不意にそんな事を言われた。

 俺は危うく味噌汁を吹きそうになった。

「……そうなのか?」

「ええ。面倒な男子、くらいには思っていたけど」

「そこは省いても良かったんじゃないか?」

「事実だから」

 蝶子はさらっと言った。


 中学時代から、この女は言葉が直線的だった。

 俺はお茶を飲み、少し気持ちを落ち着けた。

 聞きたい事は、最初から決まっていた。

「で、竜彦とは、いつからなんだ? 高校時代は、そんな気配なかったよな?」

 蝶子の表情が、少しだけ変わった。

 硬くなった、というより、遠くを見たような顔。

 だが、逃げる様子はなかった。


「高校時代は、何もなかったわ。竜彦君とは、顔見知りではあったけれど、その程度」

「だよな」

「再会したのは、二十歳の時よ」

「二十歳?」

「大学の健康診断で、迷宮適性を調べられたの」

 俺は首を傾げた。

「健康診断で?」


「ええ。当時は、大学や企業の健康診断に組み込まれている所も多かったのよ。本人には詳しく説明せずに、適性の高い人間を探していたみたいね」

「へえ……」

 俺は思わず、遠い目をした。

 二十歳の頃の俺。

 大学には一応入った。だが、ろくに通っていなかった。

 講義よりバイト。バイトより遊び。遊びより、何となく時間を潰す事。


 健康診断も、たぶん受けていない。

 面倒だったから。

 若い頃の俺よ。

 お前は本当に、色々な分岐点を軽く踏み外している。

「私は適性Aだった」

 蝶子は続ける。

「その後、迷宮探索の研修に参加する事になって、そこで竜彦君と再会したの。彼も適性Aだった」


「竜彦もAか」

「ええ」

 俺は黙った。

 俺もA。蝶子もA。竜彦もA。

 偶然にしては出来過ぎている。

「顔見知りだったし、同じ学校の出身だったし、それに当時、適性Aは多くなかったから」


「自然と一緒に行動するようになった?」

「そう。研修でも組む事が多くなって、そのまま本格的に探索者になった後も、パートナーとして動くようになったわ」

 蝶子は湯呑みを見つめた。

「竜彦君は、真っ直ぐだった。危なっかしいくらいに。でも、人を見捨てない。前に出る。私が行き過ぎた時は止めてくれるし、私が立ち止まった時は引っ張ってくれる」


「分かる気がする」

 竜彦はそういう奴だった。

 子供の頃から、馬鹿みたいに真っ直ぐで、危なっかしくて、それでも妙に人を惹きつけるところがあった。

「一緒にいるうちに、自然と付き合うようになったわ」

「自然と、か」

「ええ」

 蝶子は静かに頷いた。

 そこには、誇張も照れもなかった。

 長い時間を経た、静かな事実だけがあった。


 俺は少し息を吐いた。

「俺はその頃、大学にもロクに行ってなかったからな。健康診断も受けなかった。そこで二人と道が分かれたって訳か」

「そうなるわね」

「はー……」

 思わず、深いため息が出た。

 人生の分岐点というものは、たいてい後から気づく。


 健康診断を受けるかどうか。そんな小さな事が、人生を大きく分ける。

 俺は迷宮とは関係のない人生を歩き始め、蝶子と竜彦は探索者になった。

 そして今、俺は遅れてここに来た。

「でも、偶然にも俺たち三人が適性Aだったなんてね」

 俺がそう言うと、イナリがいなり寿司を置いた。

「偶然な訳あるか」

 店の空気が、少し変わった。


 蝶子も、女将さんも、イナリを見る。

 幼女神は、いつものように小さな身体で、しかし妙に大きな存在感を放っていた。

「偶然じゃない?」

 俺は聞いた。

「うむ。適性Aだからこそ、おぬしらは近しい存在だったのじゃ」

「適性Aだったから、引き合ったとでも?」

「それも違う」

 イナリは首を横に振った。


「お前たちは何度も生まれ変わって、ここに来ておるのよ」

 俺は固まった。

 蝶子も、さすがに目を細めた。

「何度も……?」

「うむ。詳しい形までは知らぬ。だが、魂の癖というものはある。縁というものもある。おぬしら三人は、何度もどこかで近づき、何度も迷宮に関わっておる」


「前世とか、そういう話か?」

「人の言葉で言えば、そうじゃな」

 イナリは何でもないように言った。

 だが、俺にとっては何でもない話ではなかった。

 前世。生まれ変わり。縁。

 いきなり話が大きくなった。

 アラカン男には少々重い。

「じゃあ、来世も三人でこんな事やってるのか?」

 冗談めかして聞いたつもりだった。

 だが、イナリは真面目な顔で頷いた。

「おそらく、そうじゃろう」


「そうなのかよ」

「何度も繰り返しておるなら、また繰り返す可能性は高い」

「はー……」

 俺は天井を見た。

「今世は俺だけずいぶん出遅れたって訳だ」

 蝶子は二十歳で迷宮に関わった。竜彦も同じく。  俺は五十代後半で、失業をきっかけにようやく迷宮に来た。

 遅い。

 遅過ぎる。

 出遅れにも程がある。


 イナリが、少し意地悪そうに笑った。

「今世だけかどうかは、知らぬがな」

「……」

 俺は黙った。

 女将さんが、静かにお茶を足してくれた。

 ありがたい。こういう時、お茶は大事だ。

「つまり、俺は前世でも出遅れてた可能性があると」

「ある」

「ひどくない?」

「妾に言われても知らぬ」


「俺の魂、怠け癖でもあるのか?」

「あるやも知れぬな」

「否定してくれ」

 蝶子が、少しだけ笑った。

「柔内らしいわね」

「前世から?」

「そうかも」

「伊吹まで」

 俺は頭を抱えた。


 だが、不思議と嫌な気分ではなかった。

 むしろ、少しだけ腑に落ちるものがあった。

 俺と蝶子。俺と竜彦。蝶子と竜彦。

 偶然にしては妙な縁。

 それが何度も続いているのだとしたら、今こうしてまた同じ場所にいる事にも、少し意味があるのかも知れない。

 もちろん、意味があるからと言って楽になる訳ではない。


 黄泉平坂は遠い。竜彦はアンデッドになっているかも知れない。蝶子は長い間、一人でそれを抱えてきた。

 俺は遅れて来た。

 だが、遅れてでも来た。

 それだけは確かだった。

「伊吹」

「何?」

「竜彦の事、俺に話すつもりはなかったのか?」

 蝶子は少し沈黙した。

 そして、湯呑みを置いた。


「なかったわ」

「即答だな」

「あなたは関係ないと思っていたもの」

「まあ、そうか」

「それに、話せば巻き込む事になる。黄泉平坂は、感傷で行ける場所じゃない」

 その声は厳しかった。


 だが、それは俺を拒絶する厳しさではなく、危険を知っている者の言葉だった。

「竜彦君を助けたい。これは私の願いよ。でも、そのために柔内を死なせたい訳じゃない」

「俺がそんな簡単に死ぬと思うか?」

「思うわ」

「思うのか」

「今のあなたなら、黄泉平坂では死ぬ」

 あまりにもはっきり言われた。

 俺は思わず苦笑した。

「そこまで言うか」

「言うわ。私はあそこを知っている。だから言うの」

 蝶子の目は真剣だった。


「あなたは強くなっている。適性もある。変な力もある。それは認める。でも、黄泉平坂はまだ早い」

「……分かってるよ」

 俺は素直に頷いた。

 ここで意地を張るほど、俺は若くない。

 いや、若い頃なら意地を張っていたかも知れない。だからこそ、今は張らない。

「でも、準備はする」

 俺は言った。


「アンデッド相手の経験を積む。装備も集める。レベルも上げる。情報も集める。焦って行くつもりはない。でも、知らないふりはもう出来ない」

 蝶子は俺を見た。

 少しだけ、驚いたような顔だった。

「柔内が、そんな事を言うのね」

「俺だって、少しは変わる」

「遅いわね」

「それは本当にそう」

 自分でも笑ってしまった。


 遅い。

 五十代後半である。

 だが、遅くてもゼロではない。

 蝶子はしばらく俺を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。

「分かったわ」

「何が?」

「あなたが本気で準備するなら、情報は渡す。黄泉平坂の事も、分かる範囲で教える」

「助かる」

「ただし、勝手に突っ込まない事」

「約束する」

「本当に?」

「アラカンは無茶すると膝に来るからな」

「そこなの?」

 蝶子が呆れた。


 イナリが横で頷く。

「この男は、膝と胃袋を基準に生きておる」

「ひどい紹介をしないでください」

「間違っておらぬ」

「間違ってはいませんけど」

 女将さんが、こらえきれないように笑った。

 少しだけ、空気が軽くなった。

 重い話ばかりでは、息が詰まる。

 こういう逃げ道があるのは、ありがたかった。


 しばらくして、蝶子は席を立った。

「そろそろ行くわ」

「もうか?」

「ええ。用があるの」

 彼女は会計を済ませ、戸口へ向かった。

 その背中を見て、俺は思わず声をかけた。

「伊吹」

 蝶子が振り返る。

「一人で行こうとするなよ」

 自分でも、少し驚くほど真面目な声だった。


 蝶子は、わずかに目を細めた。

「柔内じゃ、まだあそこは早いわよ」

「それでもだ」

 俺は言った。

「一人で行くな」

 蝶子はしばらく俺を見ていた。

 その目には、いくつもの感情があった。

 驚き。警戒。少しの苛立ち。それから、ほんの少しだけ、何か柔らかいもの。


「ふーん」

 蝶子は口元を少しだけ緩めた。

「一応、覚えとくわ」

「一応か」

「ええ。一応」

 そう言い残して、蝶子は店を出て行った。

 戸が閉まる。

 店内に静けさが戻る。

 俺はしばらく、蝶子の去った扉を見ていた。


 すると、横からイナリの声が飛んできた。

「で」

「はい」

「気合いとかやる気だけで、黄泉平坂に行けるとは思っていまいよな?」

「分かってますよ」

「本当にか?」

「本当に」

 俺は席に戻り、湯呑みを手に取った。


「レベル上げと装備集め、ちょっと頑張りますよ」

 イナリが、じっと俺を見た。

 そして、ぷっと笑った。

「この期に及んで、まだ『ちょっと』とか抜かすのか」

「いや、俺らしくないですか?」

「らしい。実にらしい」

「でしょう」

「褒めてはおらぬ」

「分かってます」

 イナリは笑っていた。


 からかうような笑い。呆れたような笑い。それでいて、少し嬉しそうな笑い。

 女将さんが、俺の前に小鉢を置いた。

「サービス」

「ありがとうございます」

「頑張るなら、食べないとね」

「ちょっとですけど」

「そこは、しっかり頑張りなさい」

 女将さんにも言われた。


 俺は小鉢をつまみながら、苦笑した。

 黄泉平坂。

 まだ遠い。

 遠過ぎる。

 だが、今日、蝶子と話した。

 竜彦の事を少し聞いた。俺たち三人の縁が、ただの偶然ではないかも知れないと知った。そして、蝶子が情報を渡してくれると言った。

 道は、ほんの少しだけ見えた。


 もちろん、その道は暗い。危ない。たぶん骨だらけで、アンデッドだらけで、胃に悪い。

 美味いものがあるかも分からない。

 それでも、行く理由はある。

「イナリ様」

「何じゃ」

「次の探索、アンデッド系と食える系を半々でどうですか」

「交渉するようになったか」

「食えない敵ばかりだと、イナリ様の機嫌が悪くなるので」

「分かっておるではないか」

「社守ですから」

「うむ。良い心がけじゃ」

 俺たちは、またいつもの調子に戻っていく。


 だが、何も変わっていない訳ではない。

 俺はもう、深部を目指す理由から目を逸らせない。

 竜彦を見つける。蝶子を一人で行かせない。そのために、少しずつ強くなる。

 少しずつ。

 そう、少しずつである。

 俺はアラカンなのだから。

「おぬし」

「はい」

「その『少しずつ』が遅すぎたら、妾が尻を蹴るぞ」

「神様に蹴られるのは嫌ですね」

「ならば歩け」

「はいはい」

「はいは一回」

「はい」

 イナリ先生は、今日も厳しい。


 俺は味噌汁をすすりながら、薄く笑った。

 気合いだけでは、黄泉平坂には行けない。

 だが、気合いがなければ準備すら始まらない。

 俺の気合いは、まだ熱血主人公ほど燃えてはいない。

 けれど、炭火くらいにはなっている。

 じわじわと、消えない程度に。

 それくらいが、俺にはちょうど良いのだった。

読んでいただいて、ありがとうございます。

こんなお話でも面白いと思って下さったら、『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にしてポイントを入れてもらえたら嬉しいです。

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いい感じに歳を重ねてるじゃないか…。1番永く生きてる?神様の言葉も優しいよね。
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