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アラカン派遣探索者は意外とヤれる  作者: あおおに


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38/48

今度は、猪肉です

 深層を目指す。

 そう言うと、何やら物凄く格好良い。

 強敵。未知の領域。限界突破。眠れる力の覚醒。

 アニメなら、ここで熱いBGMが流れるところである。

 だが、俺こと三烏柔内の場合は、少し違う。

「ちょっと奥の方に、美味い猪がいるらしいんですよ」

 である。


 目的は肉。

 いや、肉だけではない。少しずつ深いエリアに慣れるためでもある。新しい防具の性能確認もある。  伊吹蝶子に言われた事が、胸のどこかに残っていない訳でもない。

 だが、最終的に俺の足を動かしているのは、やはり食欲だった。


 アラカンの決意など、その程度で良い。

「今回は二人だけで行くのか」

 俺の部屋の神棚前で、イナリがいなり寿司を食べながら言った。

 脛までの丈の着物姿。白い肌に黒い髪。見た目は日本人形のような幼女神。


 しかし、口の周りに少し油揚げの汁がついている。

 神様の威厳とは。

「まあ、試しにですね。無理そうなら引き返します」

「妾がおるのに、無理などあるか」

「その台詞、前も聞きましたよ。そして前回、ゴールデンな牛で結構苦労しましたよね」


「最後は勝った」

「勝てば良いってものでもないですから」

「勝てば肉が食える」

「それは否定しません」

 駄目だ。俺もだいぶ食べ物に支配されている。

 今回の獲物は、アーマードボア。


 体長二メートルほど。全身を金属質の装甲と突起物で覆われた、猪型モンスターである。

 話に聞く限り、見た目は小型戦車。

 突進力があり、打たれ強く、正面から受ければ盾役でも吹き飛ばされる。装甲の隙間を狙わなければ、まともに刃も通らないらしい。

 そして、美味い。

 これが重要だ。


 肉質は締まっていながら柔らかく、脂は甘い。  焼いても煮ても旨味が強く、深いエリアの冒険者たちの間では、かなり評価が高いという。

 ただし、目的地は遠い。

 低山エリアと呼ばれる場所まで、片道二日。

 普通なら野営の負担が大きいが、俺には【仙人みかん】がある。


 あの謎の空間に入れば、安全に休める。寝床もある。食料もある。妙に快適だ。

 使い方によっては反則である。

 いや、俺の周りは反則だらけなので、今さらである。

 準備を終え、俺とイナリは迷宮に潜った。

 イナリは相変わらず着物に草履である。


「本当にその格好で行くんですね」

「神は服を選ばぬ」

「いや、結構こだわってるように見えますけど」

「これは良い着物じゃ」

「選んでるじゃないですか」

「細かい男じゃのう」


 道中は、思ったより順調だった。

 浅いエリアを抜け、少し深い場所へ進む。

 出てくるモンスターは強くなっていくが、イナリの鬼火は大体通じる。俺も新しい防具のおかげで、以前よりずっと動けるようになっていた。

 パワーアシスト機能。

 これが、なかなか凄い。


 踏み込みが軽い。重い武器が振れる。防御姿勢を取った時の踏ん張りも効く。

 魔力は消費するが、それに見合う価値はある。

 もちろん、俺自身が急に若者になった訳ではない。調子に乗ると、普通に息が上がる。膝も少し文句を言う。

 だが、それでも戦える。


 それが嬉しい。

「おぬし、にやけておるぞ」

「そうですか?」

「新しい玩具をもらった子供の顔じゃ」

「アラカンの子供顔、需要あります?」

「ないな」

「即答」

 そんな漫才のような会話をしながら、一日目を終えた。


 夜は【仙人みかん】の中で休む。

 入り口を開き、俺とイナリが中へ入る。中は相変わらず、外とは切り離されたように静かで快適だった。

「便利じゃな、これは」

 イナリが畳の上に座りながら言った。

「そうですね。これがなかったら、二人だけで片道二日の遠征なんて、もっと慎重になりますよ」


「妾の社より広い」

「俺の部屋の神棚と比べないでください」

「社守よ。いつか妾の社も、これくらいにせよ」

「家賃がいくらになるんですか」

 イナリは、当たり前のように飯を要求した。

 俺は用意してきた弁当を出す。当然、いなり寿司もある。

「分かっておるではないか」

「忘れたら、何を言われるか分からないので」

「言うだけで済むと思うか」

「怖い事を言わないでください」


 食事を終え、俺は布団に転がった。

 迷宮の中なのに、何の心配もなく眠れる。

 これは本当に強い。

 普通の探索者なら、見張りを立て、罠を警戒し、物音一つに神経を尖らせながら休む。それが、俺たちは布団である。

 しかも、神様が横でいなり寿司の残りを大事そうに確認している。


 何だ、この探索。

 翌日も順調に進み、昼過ぎには目的の低山エリアに到着した。

 迷宮の中なのに、そこには低い山々が広がっていた。

 岩肌と低木。乾いた土。ところどころに草地があり、小さな沢も見える。


 空はあるように見えるが、本物かどうかは分からない。迷宮のエリアは、相変わらず意味が分からない。

「ここにアーマードボアがいるはずです」

「美味そうな気配がする」

 イナリが鼻をひくつかせるような仕草をした。

「神様って、そういうの分かるんですか?」

「分かる」

「便利ですね」


「おぬしも年を取れば分かるようになるかも知れぬ」

「もう結構取ってますけど」

「まだまだ若造じゃ」

 神様基準では、俺も若造らしい。

 喜んで良いのか、微妙である。


 しばらく進むと、岩陰から重い足音が聞こえた。

 ずしん。ずしん。

 猪の足音ではない。

 もっと硬いものが地面を叩く音。

 現れたのは、まさに小型戦車だった。

 アーマードボア。

 体長は二メートルほど。ただし、幅も高さもあり、質量が凄い。

 全身は黒鉄色の装甲に覆われ、肩や背中には鋭い突起物が並んでいる。鼻先にも、角のような装甲があり、突進されたら人間など簡単に吹き飛ぶだろう。


「……硬そう」

「美味そう」

 俺とイナリの感想は違った。

 アーマードボアがこちらに気づく。

 鼻息を荒くし、前脚で地面を掻いた。

 来る。

「まずは妾がやる」

 イナリが小さな手を上げた。


 ぽう、ぽう、ぽう、と鬼火が灯る。

 アーマードボアが突進してくる。

 速い。

 重い。

 地面が揺れる。

 だが、鬼火も速かった。

 青白い火が一直線に飛び、アーマードボアの顔面と肩口にぶつかる。

 装甲の隙間に火が入り込んだ。

 アーマードボアが悲鳴を上げる。


 鬼火が内部を焼く。装甲の外側ではなく、中を焼く。

 数秒後、アーマードボアは勢いを失い、横倒しになった。

 そのまま光になって消える。

 あとには、ブロック肉と装甲素材が残った。

「……あっさりですね」

「普通じゃ」

「普通の基準がおかしい」

 イナリは得意げだった。


 だが、これで分かった。

 普通のアーマードボアなら、鬼火は問題なく通じる。

 それは良い。

 問題は俺である。

「次は俺がやります」

「挟まれるなよ」

「猪です。蟹じゃありません」

「轢かれるなよ」

「そっちの方が怖い」

 俺はメイスを取り出した。


 刃物で装甲を抜くのは難しい。まずは打撃で動きを止める。

 二体目のアーマードボアは、少し山を登ったところで見つかった。

 こちらを見るなり、突進態勢に入る。

 俺は正面には立たない。

 小型戦車を正面から受ける趣味はない。アラカンは生存第一である。


 アーマードボアが突っ込んでくる。

 俺は横へ動く。

 パワーアシストのおかげで、踏み込みが軽い。  突進を紙一重でかわし、すれ違いざまにメイスを叩き込む。

 狙いは前脚の関節。

 がつん、と音がした。

 硬い。

 手が痺れる。

「うわっ、硬い!」

「見れば分かるじゃろ」

「分かってても言いたくなるんです!」

 アーマードボアは大きく旋回し、また突っ込んでくる。


 猪というより、装甲車である。しかも小回りが利く。

 俺は再び横に跳ぶ。

 今度は大剣に持ち替えた。

 装甲の隙間を狙う。特に脇腹。突進後の旋回時、一瞬だけ隙が見える。

 シンプルに言えば、危ないタイミングに近づいて斬るという事である。

 嫌だ。

 やりたくない。

 だが、やらないと倒せない。


「若い頃なら、こういうのも勢いで行けたんだろうな」

「今も行け」

「神様、雑!」

 アーマードボアが来る。

 俺は息を止めず、吐きながら動いた。

 蝶子に言われた事を思い出す。

 素質はあるのに頑張ろうとしない。

 いや、今は頑張っている。かなり頑張っている。  猪の戦車と戦っている時点で、充分ではないか。


 突進をかわす。横に回る。大剣を振る。

 防具の魔力回路が反応し、重い刃を押し出してくれる。

 がきん、と装甲に弾かれた。

「うそん」

 思わず変な声が出た。

 だが、完全に無駄ではなかった。装甲に亀裂が入っている。

「もう一回!」

 アーマードボアが振り返る前に、俺は同じ場所へメイスを叩き込んだ。

 ばきん。

 装甲が割れた。

 そこへ、短剣を抜いて魔力を流す。隙間に突き込む。


 アーマードボアが暴れた。

「うおっ!」

 吹き飛ばされそうになる。俺は咄嗟に後ろへ跳び、距離を取った。

 浅くはない。効いている。

 だが、まだ倒れない。

 アーマードボアは怒り狂ったように鼻息を荒くし、地面を掻いた。

「そろそろ代わるか?」

 イナリが楽しそうに言う。


「まだです!」

「強情じゃな」

「高い防具を買ったんで!」

「理由がせこい」

 せこくてもいい。

 俺は再び構えた。

 今度の突進は、今までより速かった。

 正直、完全には避けられない。

 俺は【縮地】を使った。

 瞬間的に横へずれる。


 アーマードボアの突進が、すぐ横を通り過ぎる。  風圧が痛い。

 その背後に回り込み、割れた装甲の部分へ大剣を突き込んだ。

 魔力。防具の補助。体重。

 全部乗せる。

「おおおっ!」

 年甲斐もなく叫んだ。

 大剣が深く入る。


 アーマードボアが大きく痙攣した。

 そして、光となって消えた。

 あとに残ったのは、肉と装甲素材。

 俺はしばらく、その場に立ち尽くした。

「……倒した」

「うむ。倒したな」

「アーマードボア、倒しましたよ」

「見ておった」

「ちょっと褒めても良いんですよ」

「偉い偉い」

「雑!」


 とはいえ、イナリは少し笑っていた。

「悪くなかったぞ。くたびれた男にしては」

「くたびれ部分いります?」

「いる」

 いるらしい。

 そこから俺たちは数体のアーマードボアを狩った。

 俺が二体。イナリが五体。

 比率については、やはり考えない事にした。

 俺だって頑張った。イナリが規格外なだけである。


 肉も素材も集まり、そろそろ一度休むかという頃だった。

 イナリが、ぴたりと足を止めた。

「……おぬし」

「はい?」

「あちらじゃ」

 出た。

 イナリの「あちら」だ。

 黄金牛の時も、そうだった。美味そうな気配がする、と言って進んだ先に、黄金のレアモンスターがいた。


 俺は嫌な予感がした。

「イナリ様」

「何じゃ」

「まさか、美味い気配とか言いませんよね」

「美味い気配じゃ」

「言ったよ」

 頭が少しクラクラした。

 この流れは危険だ。

 美味い気配。レアモンスター。黄金。

 そして、大体強い。

「行くぞ」

「行くんですね」

「当然じゃ」

「逃げるという選択肢は?」

「美味い気配から逃げるのか?」

「何か俺が悪いみたいに言わないでください」


 結局、俺たちはイナリの示す方向へ進んだ。

 低山の斜面を回り込み、岩場を抜ける。

 その先に、広い窪地があった。

 そして、いた。

 黄金に輝くアーマードボア。

 ゴールデンアーマードボア。

 その姿を見た瞬間、俺は本当に少し眩暈がした。

 体長は普通のアーマードボアより一回り大きい。  全身を覆う装甲は、黒鉄ではなく黄金。突起物も金色に輝き、まるで成金趣味の小型戦車である。

 だが、笑えない。

 気配が重い。

 強い。

 明らかに、さっきまでのアーマードボアとは別物だった。


「帰りません?」

「行くぞ」

「ですよね」

 イナリは嬉しそうに笑っている。

 俺はもう、半分やけくそだった。

「じゃあ、まずはイナリ様の鬼火で様子見を」

「うむ」

 イナリが手を上げる。

 青白い鬼火がいくつも灯った。


 ゴールデンアーマードボアがこちらに気づく。

 目が赤く光った。

 嫌な感じだ。

「行け」

 鬼火が飛ぶ。

 青白い火が、黄金の装甲へぶつかった。

 その瞬間。

 火が跳ね返った。

「は?」

 俺は変な声を出した。


 鬼火が、弾かれたのだ。

 黄金の装甲に触れた瞬間、まるで鏡に反射するように方向を変え、こちらへ戻ってきた。

「ぬっ!?」

 イナリも驚いた声を出す。

 俺は咄嗟にイナリを抱えて横へ飛んだ。

 鬼火がさっきまでいた場所に着弾し、岩を焼く。

「ちょ、ちょっと待ってください! 鬼火、跳ね返りましたよ!」


「見れば分かる!」

「神様の鬼火、反射する装甲って何ですか!」

「妾が知るか!」

 珍しくイナリも焦っている。

 ゴールデンアーマードボアが前脚で地面を掻いた。

 来る。

 嫌な予感どころではない。

 災害が来る。

「逃げます!」

「まだじゃ! 妾の鬼火が通らぬなど、許せぬ!」


「プライドで死にたくないです!」

「離せ、くたびれ男!」

「離したら轢かれるでしょうが!」

 俺はイナリを抱えたまま走った。

 着物姿の幼女神を小脇に抱え、黄金の装甲猪から逃げるアラカン。

 絵面が酷い。

 ゴールデンアーマードボアが突進してきた。

 地面が揺れる。岩が砕ける。低木が吹き飛ぶ。

 さっきまでのアーマードボアが小型戦車なら、こいつは重戦車である。


「妾を降ろせ! 今度は角度を変えて焼く!」

「反射した火がこっちに来たらどうするんですか!」

「避ける!」

「俺が!?」

「おぬしも避けろ!」

「雑!」


 俺は防具のパワーアシストを全開に近い形で使い、斜面を駆け下りる。

 魔力がごっそり持っていかれる感覚がある。

 だが、今は惜しんでいる場合ではない。

 後ろから金色の暴力が迫ってくる。

 俺は【縮地】を使って横に跳んだ。

 ゴールデンアーマードボアが、俺たちのすぐ横を通り過ぎる。

 風圧で体が持っていかれそうになる。


「うわっ!」

「ほれ見ろ! 降ろせば妾が――」

「だから反射するでしょうが!」

「では、尻を狙う!」

「神様が尻って言わないでください!」

 完全に漫才である。

 だが、状況は笑えない。

 鬼火が通じない。俺のメイスや大剣で、あの黄金装甲を割れる気がしない。突進は速く、重く、まともに受ければ終わる。


 これは、まずい。

 本当にまずい。

 逃げながら、俺は必死に考えた。

 どうする。どう倒す。

 装甲を抜けないなら、装甲のない部分を狙う。  だが、あの速度で突進する相手の隙間を狙うのは無理だ。イナリの鬼火も反射される。罠を作る時間もない。

 残る手段。


 俺の収納、【仙人みかん】。

「イナリ様」

「何じゃ!」

「最後の手段を使います」

「何をする」

「【仙人みかん】です」

「……おぬし、まさか」

「そのまさかです」

 イナリが一瞬、黙った。

 さすがに意味が分かったらしい。


「失敗したら?」

「俺たちが挽肉にされます」

「洒落にならぬ!」

「だから集中します!」

 ゴールデンアーマードボアが、再び突進態勢に入った。

 正面から来る。

 俺はイナリを抱え直し、タイミングを計った。


 心臓がうるさい。

 防具の中で汗が流れる。

 アラカンの心臓に悪い。本当に悪い。

 できれば、温泉に浸かっている時くらい穏やかに動いて欲しい心臓が、今は太鼓のように鳴っている。

「来ますよ」

「分かっておる!」

「暴れないでください」

「誰が暴れておる!」

「暴れてます!」


 ゴールデンアーマードボアが突っ込んでくる。

 金色の巨体。赤い目。地面を削る脚。迫る装甲。

 怖い。

 普通に怖い。

 俺は【仙人みかん】を開いた。

 空間の口が、目の前に生まれる。

 俺はそこへ飛び込む。

 イナリを抱えたまま。

 背後から、ゴールデンアーマードボアが突っ込んでくる。


 狙い通り、勢い余って頭から【仙人みかん】の入り口へ飛び込んできた。

 黄金の頭部が、空間の内側へ入る。

 胴体はまだ外。

 今だ。

「閉じろ!」

 俺は叫んだ。

 【仙人みかん】の口が閉じる。

 ぎゃりん、と嫌な音がした。


 金属を無理やり断ち切るような音。

 次の瞬間、目の前に黄金の頭部が転がった。

 ゴールデンアーマードボアの頭である。

 外側では、胴体がどうなったのか分からない。  だが、しばらくして、光が漏れた。

 倒したのだ。

 たぶん。

 俺はその場に座り込んだ。

 イナリを抱えたまま。


「……生きてる」

「離せ、くたびれ男」

「あ、すみません」

 俺はイナリをそっと下ろした。

 イナリは着物を整え、少し不満げに俺を見た。

「妾を荷物のように抱えおって」

「助けたんですよ」

「それは認める」

「なら、もう少し優しい言い方を」

「怖かったぞ」

「急に素直!」

 イナリはぷいと横を向いた。


 その耳が少し赤いように見えた。

 神様でも、さすがに今のは怖かったらしい。

 俺も怖かった。

 ものすごく怖かった。

 【仙人みかん】の口を閉じるタイミングが少しでも遅れれば、あの金色の突進が中まで入ってきた。  早過ぎれば、倒せなかった。失敗すれば、俺たちは終わっていたかも知れない。


 心臓に悪過ぎる。

「もう、この戦法はなるべく使いたくないですね」

「同感じゃ」

「イナリ様もですか」

「妾が抱えられて逃げるのは、威厳に関わる」

「そっち?」

「もちろん怖くもあった」

「また素直!」

 俺たちは一度、【仙人みかん】の外に出た。


 外には、ゴールデンアーマードボアの胴体が消えた後のドロップ品が残っていた。

 黄金の装甲素材。巨大なブロック肉。そして、魔石。

 普通のアーマードボアの肉とは、明らかに違う。  赤身は濃く、脂は金色に近い光沢を帯びている。

「……美味そうですね」

「うむ」

 イナリは真剣な顔で頷いた。


 あれだけ怖い目に遭っても、肉を見ると復活する。神様は強い。

「しかし、鬼火を反射するとはな」

「驚きましたね」

「妾の鬼火を弾くとは、生意気な猪じゃ」

「もう頭落ちてますけどね」

「食ってやる」

「怨念が食欲に変換されてる」


 俺はドロップ品を収納した。

 その手が、まだ少し震えていた。

 怖かったからだ。

 だが、それだけではない。

 勝った。

 あのゴールデンアーマードボアを、何とか倒した。

 正攻法ではない。胸を張れる戦い方でもない。  むしろ、二度とやりたくない戦法だ。

 それでも、生きて勝った。

 イナリと二人で。


「イナリ様」

「何じゃ」

「今日はもう帰りません?」

「……そうじゃな」

 珍しく即答だった。

 さすがのイナリも、これ以上の美味い気配を探す気にはならなかったらしい。

 俺たちは【仙人みかん】で一晩休んだ。

 その夜の食事は、持参したものだけだった。さすがにゴールデンアーマードボアをその場で料理する余裕はなかった。


 イナリは、いなり寿司を食べながらぽつりと言った。

「おぬし」

「はい」

「今日は、少し見直したぞ」

「おお。珍しい」

「逃げ足と、妙な発想は大したものじゃ」

「褒めてるんですか?」

「褒めておる」

「微妙!」

 それでも、悪い気はしなかった。


 翌日、俺たちは慎重に帰路についた。

 途中、普通のアーマードボアと出会ったが、二人とも妙に落ち着いて対処できた。

 ゴールデンを見た後だと、普通の個体が少し可愛く見える。

 いや、轢かれたら普通に死ぬので、可愛くはない。

 地下都市に戻った時には、身体より心が疲れていた。


 ギルドへ報告すると、受付の人がゴールデンアーマードボアの素材を見て固まった。

 その後、奥からオオヤシロとカミキが出てきた。

「三烏さん」

「はい」

「これは?」

「ゴールデンアーマードボアです」

「なるほど」

 オオヤシロは、いつものように頷いた。

 なるほどで済ませるには、少し重い案件だと思う。


 カミキが素材を確認しながら言う。

「非常に貴重ですね。深層でもそう簡単に手に入るものではありません」

「そうなんですか」

「ええ。どう倒したんですか?」

「【仙人みかん】の口で頭を」

「……なるほど」

 今度の沈黙は少し長かった。

 さすがのカミキも、知らないふりの処理に一瞬詰まったらしい。


「詳しい戦法は、聞かなかった事にします」

「それが良いと思います」

 俺も心から同意した。

 その後、俺たちは当然のように『はるか』へ向かった。

 女将さんは、ゴールデンアーマードボアの肉を見た瞬間、しばらく無言だった。

「……また凄いものを持ってきたわね」

「料理できますか?」

「できるわよ」

 女将さんは、少し笑った。


「料理人を舐めないで」

 格好良い。

 今日一番格好良い台詞かも知れない。

 料理が出てくるまでの間、俺とイナリはぐったりしていた。

「疲れましたね」

「うむ」

「怖かったですね」

「うむ」

「もうあの戦法、やめましょうね」

「必要なら使え」


「神様?」

「だが、妾を抱えて逃げるのは最小限にせよ」

「そこなんですね」

 やがて、料理が出てきた。

 ゴールデンアーマードボアの炙り。厚切りステーキ。味噌仕立ての猪鍋。脂を使った焼き飯。

 香りだけで、疲れが少し吹き飛んだ。

 一口食べる。

 濃い。

 アーマードボアの肉は、力強い旨味があった。  だが、ゴールデンはさらに深い。脂が甘く、赤身には野性味があり、それでいて臭みがない。

 噛むほどに、身体に力が戻ってくるようだった。


「……美味い」

「うむ」

 イナリも目を細めている。

 あの苦労。あの恐怖。あの心臓に悪い一瞬。

 全部、この味に繋がっている。

 そう思うと、少しだけ報われた気がした。

 だが、やはり【仙人みかん】を使った断頭戦法は、心臓に悪すぎる。


 俺は鍋の肉を噛みしめながら、しみじみ思った。

 深いエリアには、美味いものがある。

 同時に、洒落にならないものもいる。

 少しずつ深く行くという俺の方針は、たぶん間違っていない。一気に行ったら、心臓がもたない。

「イナリ様」

「何じゃ」

「次から、美味い気配を感じても、一回相談してから行きましょう」

「嫌じゃ」


「即答しないでください」

「美味い気配は逃すな。これは神託じゃ」

「食欲を神託にしないでください」

 俺はため息をついた。

 だが、口元は少し笑っていた。

 怖かった。危なかった。疲れた。

 それでも、こうして生きて帰り、美味い飯を食べている。


 なら、まあ、悪くない。

 深層への道は、まだまだ遠い。

 そして、たぶん危険だらけだ。

 だが、イナリと二人で漫才をしながら、時々逃げ回り、時々勝ち、時々心臓を酷使しながら進むのなら。

 それはそれで、俺らしいのかも知れない。


「おぬし、次は何を狩る?」

「もう次の話ですか」

「うむ」

「せめて今日は休ませてください」

「くたびれた男じゃのう」

「今日は本当にくたびれました」

 俺は猪鍋の汁をすすった。


 美味い。

 心臓に悪い戦法は、できれば二度とやりたくない。

 だが、もしまた美味い肉が目の前に現れたら。

 その時、自分がどうするか。

 俺は考えない事にした。

 とりあえず今は、ゴールデンアーマードボアを味わう。


 アラカンの深層挑戦は、決意より食欲、勇気より胃袋、そして何より生還第一。

 そんなゆるい方針で、もう少しだけ続いていきそうだった。

読んでいただいて、ありがとうございます。

こんなお話でも面白いと思って下さったら、『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にしてポイントを入れてもらえたら嬉しいです。

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