表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アラカン派遣探索者は意外とヤれる  作者: あおおに


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/48

初恋のひと

 黄金牛のブロック肉を手に入れた俺たちは、意気揚々と帰路についていた。

 黄金牛の肉は、【仙人みかん】に入れてある。  

 真桃ちゃんたちは、まだ興奮冷めやらぬ様子だった。

「黄金牛ですよ、黄金牛!」

「初めて見ました」

「肉、どんな味なんでしょうね」

「焼きます?煮ます?ステーキですか?」

 シィマ、ユサ、キョウコが口々に言う。

 マユリは盾を背負いながら、にこにこと笑っていた。真桃ちゃんも、ずっと機嫌が良い。


 そしてイナリ様は、俺の横を草履で歩いている。

 着物姿の幼女である。

 どう見ても迷宮にいるべき姿ではない。

 今さらながら、俺は周囲の冒険者たちに目を向けた。

 帰路なので、他のパーティーとも何組かすれ違う。

 しかし、誰もイナリ様を見ていない。

 というより、気づいていない。

 俺たちとすれ違っても、視線は真桃ちゃんたちや俺の装備に向くだけで、幼女神にはまるで反応しない。


 俺は首を傾げた。

「どうしたのじゃ、くたびれた男」

「いや、今さらですけど、何で誰もイナリ様を気にしてないんですか?迷宮に幼女ですよ。普通なら大騒ぎでしょう」

「認識阻害をかけておる」

「さらっと凄い事を」

「騒がれると面倒じゃからな」


 確かに面倒だ。

 見た目だけなら完全に子供。その子供を連れて迷宮を歩いている俺。

 通報案件である。いや、ギルドに登録はしているのだが、それを説明して回るのは非常に面倒だ。

「じゃあ、真桃ちゃんたちは?」

「最初に見えておった者には、ある程度通るようにしてある」


「便利ですねえ」

「神じゃからな」

 神様という言葉で、だいたいの事が片付けられるようになってきた。

 この調子だと、そのうち俺の常識が完全に壊れる気がする。

 いや、もうかなり壊れているか。

 そんな事を考えた矢先だった。


「待ちなさい!」

 後方から、鋭い声が響いた。

 俺たちは足を止めた。

「どうして子どもがいるの!?」

 振り返る。

 そこには、一つのパーティーがいた。

 全員が、明らかに雰囲気の違う冒険者たちだった。


 装備が良い。立ち方に隙がない。俺たちが普段潜る浅いエリアの冒険者とは、纏っている空気そのものが違う。

 その先頭に立っていたのは、女性だった。

 見た目は四十代くらい。

 凛とした美女。

 背筋がすっと伸び、黒髪を後ろでまとめ、切れ長の目がこちらを真っ直ぐ射抜いている。


 美しいというより、格好良い。ただ立っているだけで、周囲の空気が引き締まるような女性だった。

 その女性を見た瞬間、キョウコたちが息を呑んだ。

「ちょ、蝶子さま……!」

 キョウコの目が、明らかにハートになった。

「本物……!」

 ユサまで、普段の冷静さをどこかへ落としている。


「深層エリアの伊吹蝶子さん……!」

 マユリが小声で言った。

「女性冒険者の憧れの人です……!」

 シィマも完全に見惚れている。

 真桃ちゃんまで、緊張した顔で背筋を伸ばしていた。

 伊吹蝶子。

 その名前を聞いた瞬間、俺の頭の中で、遠い記憶が音を立てて開いた。


 中学時代。

 同じクラス。

 いつも真っ直ぐで、成績も良くて、運動も出来て、何となく近寄りがたいのに、たまに笑うと妙に可愛くて。

 俺が、初めて好きになった女の子。

 伊吹蝶子。

「……伊吹?」

 思わず声が出た。


 女性の眉が少し動いた。

「その呼び方……」

 彼女の視線が俺に向く。

 そして、数秒。

「……三烏、柔内?」

「お、おう」

 俺は間抜けな返事をした。

 まさか、こんな所で中学時代の初恋相手に会うとは思わなかった。


 いや、会うだけならまだ良い。

 問題は、向こうが四十代くらいにしか見えない事である。

 俺と同い年のはずだ。つまり、五十代後半である。

 なのに、どう見ても俺より十歳以上若い。

 肌も張りがある。姿勢も綺麗。目に力がある。


 そして。

 俺は一瞬、視線を落としてしまった。

 いや、落とすつもりはなかった。本当だ。

 だが、記憶の中の伊吹蝶子は、どちらかと言えばすらりとした体型で、胸も小ぶりだった。

 それが今は、何というか、立派だった。

 非常に立派だった。

 年齢を重ねたからというより、全体的に若返り、なおかつ女性らしさが増したような――。


「どこを見ているの?」

「すみません」

 俺は即座に頭を下げた。

 アラカンの反射神経は、こういう時だけ鋭い。

 蝶子は呆れたように息を吐いた。

「久しぶりに会って、最初に見るところがそこ?」

「いや、違う。驚いただけだ。色々と」

「色々、ね」

 冷たい目で見られた。


 中学時代にも、たぶん何度かこんな目で見られた気がする。

 懐かしい。

 懐かしいが、痛い。

 真桃ちゃんたちの視線が、今度は俺に集まっていた。

「オジサン、蝶子さまとお知り合いなんですか?」

 キョウコが、妙に低い声で聞いてくる。


「ああ、中学の同級生」

「中学の……」

「同級生……?」

「え、でも、蝶子さまって……」

 ざわめく真桃ちゃんたち。

 その反応は分かる。

 俺と蝶子が同級生。つまり同い年。

 しかし見た目は、俺がくたびれた五十代後半のおっさんで、蝶子は凛とした四十代美女。


 差が大きい。

 悲しいくらい大きい。

「迷宮適性が高いと、身体が若返る事があるのよ」

 蝶子が淡々と言った。

「深層で活動していると、特にね。代謝も変わるし、肉体も強化される。私は迷宮適性Aクラスだから、その影響が出やすいの」

「Aクラス……」

 真桃ちゃんたちがまたざわめく。


「おぬしと同じじゃな」

 イナリ様が、俺を見上げて言った。

 蝶子の目が細くなる。

「あなたもAクラスなの?」

「まあ、一応」

「一応じゃないでしょう」

 蝶子の声に、少し圧が乗った。

「Aクラスの迷宮適性を持っているなら、浅いエリアで遊んでいる場合じゃないわ。もっと深層を目指しなさい」


 出た。

 説教である。

 中学時代の伊吹蝶子は、何でもちゃんとやる人間だった。勉強も、運動も、委員会も、行事も。

 そして、ちゃんとやらない人間を見ると、黙っていられないタイプだった。

 俺は逆に、何でもそこそこ出来るが、そこから先を頑張らない人間だった。

 たぶん、彼女は昔から俺をそう見ていたのだろう。


 素質はある。でも頑張らない。もったいない。

 今、その評価が迷宮でも発動している。

「いや、俺もそれなりには頑張ってるんだが」

「それなりでは駄目よ」

「アラカンに厳しい」

「年齢を言い訳にしない」

 強い。

 初恋相手は、深層でも強いが、説教も強い。


「そもそも、その子は何?」

 蝶子の視線がイナリ様に向く。

 イナリ様は、胸を張った。

「神じゃ」

「……そう」

 蝶子は一瞬だけ眉を上げたが、それ以上は追及しなかった。

 深層の冒険者ともなると、神様くらいでは騒がないのか。それとも、関わると面倒だと判断したのか。

 たぶん後者だ。


「認識阻害を見破ったのは、おぬしが初めてじゃな」

 イナリ様が言う。

「強い気配がしたから見えたのよ。あなたも相当な存在ね」

「ふむ。見どころがある」

 神様が上から目線で褒めた。

 蝶子は苦笑しただけだった。

 格が高い者同士の会話は、横で聞いていて胃が痛い。


「それはそうと、柔内」

「はい」

 昔の同級生に名前で呼ばれて、ちょっと変な気分になる。

「この後、付き合いなさい」

「え」

 真桃ちゃんたちが、ぴくりと反応した。

 キョウコの目が、また別の意味で光った気がする。


「話したい事があるの。昔の事も、今の事も。それに、あなたの探索方針についても」

「探索方針……」

 説教の予感しかしない。

 だが、それ以前に問題がある。

 黄金牛の肉だ。

 今、俺の収納には、黄金牛のブロック肉が入っている。


 初恋相手との再会。確かに大事である。

 しかし、黄金牛の肉も大事である。

 むしろ、今の俺にとっては、かなり大事である。

「悪い。今日は大事な用があるから、また後日にしてくれ」

 俺がそう言うと、周囲が静まり返った。

 蝶子の目が、すっと細くなる。

「初恋相手より大事な用事?」


「いや、何で初恋って分かってるんだ」

「気づいていたわよ」

「うぐっ」

 即死級の一言だった。

 中学時代の俺よ。お前の気持ちは、普通にバレていたぞ。

 今さらだが、顔から火が出そうである。

 真桃ちゃんたちが、さらにざわめいた。


「初恋……」

「オジサンの初恋……」

「蝶子さまが……」

 やめて欲しい。アラカン男の初恋を、そんな珍しい化石みたいに眺めないで欲しい。

 蝶子は腕を組んだ。

「で? その初恋相手との再会より大事な用事って何?」

 詰め寄ってくる。

 これはまずい。


 正直に言うと、肉である。

 だが、初恋相手より肉を優先したとなると、何か人として大事なものを失う気がする。

 俺が返答に詰まっていると、横からキョウコがにこりと笑った。

「でしたら、蝶子さまも一緒にいらっしゃれば良いのでは?」

「キョウコさん?」

「黄金牛の肉を食べに行くんです」


 バラした。

 あっさりバラした。

 蝶子の眉が動く。

「黄金牛?」

「はい。さっき倒しまして」

「……黄金牛を?」

 蝶子の視線が、俺に向く。

 その目には、驚きと疑念と、少しの評価が混じっていた。

「浅いエリアで遊んでいるわりには、面白いものを狩っているのね」

「いや、これはイナリ様と皆の手柄で」

「妾の肉じゃ」

 イナリ様が胸を張った。


「いえ、皆で頑張りましたよ」

 真桃ちゃんが慌てて補足する。

「オジサンの【縮地】チャクラムがなかったら、逃げられてました」

「【縮地】チャクラム?」

 蝶子の眉間に皺が寄った。

「あなた、また変な使い方をしているのね」

「またって何だ。昔からそんなに変な事してたか?」


「してたわよ。何でも器用にこなすのに、正攻法で頑張らない」

 ぐうの音も出ない。

「まあいいわ。黄金牛の肉なら、確かに大事な用ね」

「認めるのか」

「認めるわよ。黄金牛は深層でも滅多に出ないもの」

 そうなのか。

 俺たち、とんでもないものを狩ったらしい。


 いや、とんでもない事は、肉を見た時点で分かっていたが。

 結局、蝶子も同行する事になった。

 場所も『はるか』となった。

 彼女のパーティーメンバーたちは、少し呆れたような顔をしながらも、慣れているのか特に止めなかった。

 ただし、全員で来ると『はるか』が大変な事になるので、蝶子だけがついてくる事になった。


 迷宮を出て、ギルドに軽く報告する。

 黄金牛の肉については、女将さんに料理してもらってから一部を買い取りに出す事にした。オオヤシロもカミキも、話を聞いて非常に良い笑顔になった。

 もちろん、神様がどうこうという部分は深掘りしない。蝶子が認識阻害を見破った件も、見なかった事にする。

 この地下都市、知らないふりの技術が高過ぎる。


 そして俺たちは『はるか』へ向かった。

 女将は、黄金牛のブロック肉を見た瞬間、目の色を変えた。

「あらまあ」

 それだけ言って、肉をじっと見る。

 料理人の顔になっていた。

「これは、下手に手を入れ過ぎない方が良いわね」

「お願いします」

「任せなさい」

 女将さんは、静かに肉を厨房へ運んでいった。


 その背中に、妙な頼もしさがある。

 深層冒険者。神様。Aクラス適性者。双剣使い。  音魔法使い。

 色々いるが、この瞬間、一番格好良いのは女将かも知れない。

 しばらくして、料理が並んだ。

 まずは、薄く切られた炙り肉。

 表面だけを軽く炙り、中はほとんど生に近い。  塩とわさびが添えられている。


 次に、厚切りステーキ。焼き目は美しく、中から肉汁が滲んでいる。

 さらに、すき焼き風の小鍋。甘辛い香りが、胃袋を直撃する。

 締めには、黄金牛の脂を使った焼き飯まで用意されていた。


 俺たちは、しばし無言だった。

 イナリ様ですら、黙って料理を見ている。

「では、いただきます」

 真桃ちゃんの声で、全員が箸を取った。

 俺はまず、炙り肉を一枚つまんだ。

 塩を少し。わさびをほんの少し。

 口に入れる。

 その瞬間、世界が止まった。

 肉の旨味が、舌の上でほどける。

 脂はしつこくない。甘い。だが、ただ甘いだけではなく、深い。


 噛むほどに、肉の味が広がる。

 何だこれは。

 牛肉というものは、こんな味をして良いのか。

「……」

 俺は言葉を失った。

 横を見ると、真桃ちゃんが目を閉じて震えていた。

 シィマはバイオリンを抱えたまま、魂が抜けた顔をしている。

 ユサは真顔で涙を流していた。

 マユリは箸を持ったまま固まり、キョウコは両手を合わせて祈っている。

 イナリ様は、静かに頷いた。


「うむ」

 それだけだった。

 だが、その一言に、神様としての最大級の評価が込められている気がした。

 蝶子も、一口食べたまま動きを止めていた。

 凛とした美女が、完全に無防備な顔になっている。

「……何、これ」

 ようやく絞り出した声は、少し震えていた。

「美味いだろ」

 俺が言うと、蝶子は素直に頷いた。

「美味しいわ」


 次にステーキを食べる。

 もう駄目だった。

 魂が抜ける。

 肉を噛んでいるだけなのに、人生の反省会が始まりそうになる。ああ、俺はこの肉を食べるために今日まで生きてきたのかも知れない。そんな馬鹿な事まで思う。

 すき焼き風の小鍋に至っては、卵と絡めた瞬間、全員が一度沈黙した。


 美味すぎると、人は叫ばない。

 静かになる。

 そして、少し遅れておかしくなる。

「オジサン……」

 シィマが、ぽつりと言った。

「私、牛の歌、作れそうです……」

「今はやめなさい。泣くかも知れないので」

「私も泣きそうです」

 ユサはもう泣いていた。


 イナリ様は、いなり寿司も横に置いて、黄金牛を楽しんでいた。

「おぬし」

「はい」

「この迷宮、良い所じゃな」

「肉基準ですか」

「大事じゃ」

 またそれである。

 だが、俺も同意せざるを得ない。

 迷宮は危険だ。怖い。理不尽だ。

 しかし、こんな肉がある。


 人間というのは単純な生き物で、美味いものを食べると、大体の事を許せる気がしてくる。

 食事が一段落した頃、蝶子が湯呑みを手に、ふっと息をついた。

「柔内」

「何だ?」

「あなたの迷宮の楽しみ方、少し分かった気がするわ」

「そうか?」

「深層を目指して強くなるだけが、迷宮じゃないのね。こうして仲間と狩って、食べて、笑う。それも悪くない」

 珍しく、蝶子の声が柔らかかった。


 中学時代の俺が聞いたら、心臓が爆発していたかも知れない。

「でも」

 来た。

 この「でも」は、だいたい説教の前置きである。

「あなたは、やっぱり深層に来るべきよ」

「やっぱりそこに戻るのか」

「戻るわよ。Aクラスの適性があるのに、浅い場所で満足するのはもったいないもの」

「俺はもう若くないんだが」

「迷宮に入っているなら、若返る可能性はあるわ。私みたいにね」


 蝶子が軽く胸を張った。

 俺は視線を逸らした。

「だから、見るな」

「見てない」

「見た」

「すみません」

 また謝った。

 成長しない男である。

 蝶子は呆れたように笑った。


「昔からそうね。すぐ誤魔化す。でも、本当に素質はあったのよ。勉強も、運動も、人付き合いも。ちゃんと本気になれば、もっと上に行けた」

「耳が痛いな」

「迷宮でも同じ事をしないで。今度こそ、ちゃんと自分の力を使いなさい」

 その言葉は、不思議と嫌ではなかった。

 説教ではある。間違いなく説教である。

 だが、馬鹿にしている訳ではない。


 昔から彼女は、俺にそう思っていたのだろう。

 もったいない。もっと出来るはず。だから頑張れ。

 そういう厳しさだった。

「まあ、考えておくよ」

「考えるだけ?」

「アラカンは急に走ると膝に来るんだ」

「迷宮適性Aクラスでしょう」

「膝は膝だ」

 蝶子は声を出して笑った。

 その笑顔は、中学時代の記憶と少し重なった。


 俺は少しだけ、胸の奥がくすぐったくなった。

 食事を終え、黄金牛の肉の残りは、食べる分と売る分に分けた。売る分だけでも、とんでもない金額になるらしい。

 女将さんにも料理代とは別に、少し多めに渡す事にした。あの肉を最高の形で食べさせてもらったのだから、当然である。


 店を出る頃には、全員がどこか放心していた。

 黄金牛の肉は、それくらい凄かった。

 蝶子は店の前で立ち止まり、俺を見た。

「柔内」

「何だ?」

「深層で待ってるわ」

 そう言って、凛とした笑みを浮かべた。

 深層で活躍する女性冒険者たちの憧れの人。中学時代の俺の初恋相手。そして、俺と同じAクラス適性者。

 伊吹蝶子は、軽く手を振って去って行った。


 その後ろ姿を、真桃ちゃんたちがうっとりと見送る。

「格好良い……」

「蝶子さま……」

「深層、憧れますね……」

 完全にファンの顔である。

 俺はというと、少し複雑な気分だった。

 初恋相手との再会。若返った彼女。大きくなった胸。説教。黄金牛。

 情報量が多い。

 多過ぎる。


 イナリ様が、俺の横でぽつりと言った。

「おぬし、女難の相があるな」

「神様がそういう事言うと、洒落にならないんですが」

「安心せい。今のところ、楽しそうな難じゃ」

「それは難と言うんですか?」

「言うじゃろ」

 イナリ様は、満足そうにいなり寿司の包みを抱えていた。

 いつの間にか、女将さんからお土産をもらっていたらしい。

 神様は抜け目がない。


 俺は空を見上げた。

 地下都市なので、本物の空は見えない。

 それでも、何となく遠くを見たくなった。

 深層。

 今までは、どこか他人事だった場所。

 だが、蝶子はそこで待っていると言った。

 俺に来いと言った。

 行くかどうかは分からない。すぐに行けるとも思わない。


 ただ、少しだけ。

 本当に少しだけ。

 行ってみても良いかも知れない、と思ってしまった。

 まあ、その前に。

 俺は腹をさすった。

「今日はもう動けないな」

「同感じゃ」

 イナリ様が真顔で頷いた。


 深層への道は遠い。

 だが、とりあえず今夜は、黄金牛で満たされた腹を抱えて、神棚のある家賃二十万円の部屋に帰る。

 それが、今の俺にとって一番大事な探索方針なのだった。

読んでいただいて、ありがとうございます。

こんなお話でも面白いと思って下さったら、『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にしてポイントを入れてもらえたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
美味い飯の場で説教とか台無しだよね 空気の読めないババアだな
牛の歌、AIさんに作ってもらえないですかね。黄金牛食べさせないと無理か。食べさせる方が無理。
なんか打ち切りエンドみたいな回が続くなぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ