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アラカン派遣探索者は意外とヤれる  作者: あおおに


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34/48

神様は食いしん坊

 俺こと三烏柔内の家賃二十万円の部屋に、神棚が設置された。

 いや、設置された、というか、設置させられた。

「もっと右じゃ」

「この辺ですか?」

「違う。もう少し上じゃ」

「賃貸なんで、あんまり壁に穴とか開けたくないんですが」


「神を祀るのに、賃貸も持ち家もあるか」

 あると思う。

 敷金とか、原状回復とか、そういう現実的な問題が。

 だが、相手は神様である。しかも見た目は幼女。  文句を言うと、幼女に説教されるという、精神的に大変よろしくない状況になる。


 結局、俺はホームセンターで買ってきた簡易神棚を、壁を傷つけないタイプの金具と突っ張り棒を駆使して、どうにか設置した。

 家賃二十万円の部屋に神棚。

 何だろう。急に生活感が変な方向に増した。

「うむ。悪くない」

 イナリ様は満足げに頷いた。


 脛までの丈の着物姿。黒髪に白い肌。相変わらず、日本人形が歩いているような姿である。

 そのイナリ様が、ぴょん、と軽く跳び上がったかと思うと、そのまま神棚の前にちょこんと座った。

「今日よりここを妾の社とする」

「社」

「うむ」

「ここ、俺の部屋なんですが」

「ならば、おぬしは社守じゃな」

「勝手に職業が増えた……」


 アラカン探索者。神様の保護者。そして社守。

 履歴書に書いても、誰も信じてくれないだろう。

 しかも、俺の部屋は一人暮らしには十分過ぎる広さがあるとはいえ、決して神社ではない。キッチンもあるし、洗濯機もあるし、冷蔵庫には安売りの総菜も入っている。

 そんな現代的な部屋の片隅に、幼女神が鎮座している。

 俺はもう、何に驚けば良いのか分からなくなっていた。


 などと思っていたら、インターホンが鳴った。

「はい」

『オジサーン、真桃です!』

『シィマもいますよー!』

 来た。

 来てしまった。

 俺は一瞬、神棚の方を見た。

 イナリ様は、涼しい顔で座っている。


「どうするんですか?」

「どうするとは何じゃ」

「いや、説明が」

「神であると説明すればよい」

「それで通るなら苦労しません」

 とはいえ、居留守を使う訳にもいかない。

 俺は腹を括って玄関を開けた。


「オジサン、こんにちは!」

「お邪魔しまーす!」

 真桃ちゃんとシィマが、いつものように明るく入ってくる。

 そして、二人の視線が、ほぼ同時に神棚の前へ向いた。

 数秒、沈黙。

 その後、真桃ちゃんの目が丸くなった。


「……オジサン」

「はい」

「その子、誰ですか?」

 来た。

 当然の質問が来た。

 俺は、できるだけ落ち着いた声で答える。

「この辺りの神様です」

「神様?」

「神じゃ」

 イナリ様が、神棚の前で偉そうに頷いた。


 普通なら、ここで混乱する。あるいは、冗談だと思う。しかし、真桃ちゃんとシィマは、俺と一緒にそれなりに迷宮の非常識を見てきたせいか、反応が少しおかしかった。

「神様……」

「神様なんですね……」

 二人は顔を見合わせる。

 そして、次の瞬間。


「可愛い!」

「めちゃくちゃ可愛いです!」

 二人がイナリ様に突撃した。

「ぬおっ!?」

 神様が変な声を出した。

 真桃ちゃんがイナリ様を抱き上げる。

「わあ、軽い! お人形さんみたい!」

「真桃、私にも抱っこさせて!」

「ちょっと待って、今、私が抱っこしてるから!」

「交代制よ!」

 イナリ様は抱えられたまま、目をぱちぱちさせていた。


 怒るかと思った。

 燃やすかと思った。

 だが、意外にもイナリ様は大人しくしている。

「……ふむ」

 むしろ、少し満更でもなさそうである。

「可愛い可愛いって言われてますけど、良いんですか?」

「褒め言葉を拒むほど、妾は狭量ではない」

「ババアは駄目なのに?」

「燃やすぞ」

「すみません」


 危ない。

 つい余計な事を言ってしまった。

 イナリ様は真桃ちゃんに抱っこされ、シィマに頬をつつかれ、なんだかんだで楽しそうだった。

 年齢を超越した美しさを持つ神様でも、可愛いと言われるのは嫌ではないらしい。

 そのうち、マユリ、ユサ、キョウコも合流した。

 真桃ちゃんのパーティーである。

 盾役のマユリ。魔法使いのユサ。回復役のキョウコ。音魔法を使うバッファーのシィマ。そして双剣使いの真桃ちゃん。

 全員がイナリ様を見て、だいたい同じ反応をした。


「可愛い」

「可愛いですね」

「可愛いわね」

 神様は、完全にマスコット扱いである。

 俺は一応、念のために言っておいた。

「皆さん、見た目はこうですけど、本当に神様ですからね。失礼のないように」

「オジサンが一番失礼な事を言ってそうですよね」

 キョウコに即座に刺された。


 否定できない。

 やがて話題は食べ物になった。

 何故かは分からないが、若い女性たちが集まると、話はだいたい食べ物に向かう。いや、若い女性に限らないか。俺も食べ物の話は好きだ。

「イナリ様は、好きな食べ物ってあるんですか?」

 真桃ちゃんが聞く。

「いなり寿司じゃ」

「やっぱり!」

 シィマが手を叩いた。


「他には?」

「美味い肉も嫌いではない」

「肉!」

 その一言で、場の空気が少し変わった。

 迷宮の肉。

 探索者なら誰もが知っている、危険と引き換えのご馳走である。

「そういえば、迷宮牛って食べた事あります?」

 ユサが言った。


「迷宮牛?」

 イナリ様が首を傾げる。

「迷宮に出る牛型モンスターです。すごく速いんですけど、肉が美味しいんですよ」

「ほう」

 イナリ様の目が、少しだけ光った。

 神様の目が光ると、妙な迫力がある。

「美味いのか」

「美味しいです」

「ならば狩る」

 即決だった。


 神様は食に正直である。

 こうして、俺とイナリ様と真桃ちゃんのパーティーで、迷宮牛を狩りに行く事になった。

 休日のはずが、また迷宮である。

 最近、俺の休日は迷宮に吸い込まれる呪いでもかかっているのだろうか。

 そして当日。

 俺たちは迷宮牛が出る階層へ向かった。


 迷宮牛は、普通の牛とは違う。

 体は大きい。角は鋭い。そして何より、速い。

 牛なのに速い。

 いや、現実の牛も本気を出せば速いらしいが、迷宮牛はそういうレベルではない。筋肉の塊が、弾丸みたいに走り回るのだ。

 正面から受ければ、盾役でも吹き飛ばされる。


「マユリ、無理に止めないでね」

「分かってる。角度をずらして受け流す」

 真桃ちゃんが確認し、マユリが頷く。

 シィマはバイオリンを構え、ユサは杖を握り、キョウコはいつでも回復できる位置につく。

 俺もチャクラムを手にした。

 そして、イナリ様はいつもの着物に草履で立っている。


「やっぱり、その格好なんですね」

「動きやすいぞ」

「草履で迷宮を歩いてる時点で、もう俺には何も言えません」

 その時、通路の奥から地鳴りが聞こえた。

 来た。

 迷宮牛である。

 黒い巨体が、猛烈な勢いで突っ込んでくる。

「来ます!」

 真桃ちゃんが叫んだ。

 シィマのバイオリンが鳴る。

 澄んだ音が迷宮の通路に響き、全員の体が軽くなった。音魔法のバフである。


 迷宮牛が突進してくる。

 俺は横に跳んだ。真桃ちゃんも避ける。マユリが盾で角度をずらし、ぎりぎりで流した。

 その瞬間、イナリ様の周囲に鬼火が灯る。

「行け」

 青白い火が、迷宮牛を追った。

 速い。

 迷宮牛も速いが、鬼火はさらに速い。


 逃げる牛の尻に、横腹に、脚に、次々と鬼火がぶつかる。

 迷宮牛が悲鳴を上げて倒れた。

 あっさりである。

「……迷宮牛って、こんなに簡単でしたっけ?」

 ユサが呆然と呟く。

「いや、違うと思う」

 俺も正直に答えた。


 イナリ様の鬼火攻撃は、相変わらずゲキつよだった。

 その後も、迷宮牛は順調に狩れた。

 走る。逃げる。追う。

 普通なら苦戦するはずの高速戦が、イナリ様の鬼火によって一気に楽になる。真桃ちゃんが足を狙い、ユサが進路を妨害し、マユリが突進を受け流し、シィマが全員を強化し、キョウコが小さな傷を治す。

 そこに俺がチャクラムで牽制を入れる。


 なかなか良い連携だった。

 いや、イナリ様が強過ぎるので、連携というより、神様の火力を皆で支えている感じではある。

 それでも、獲物は増えていく。

「今日は焼肉ですね!」

 真桃ちゃんが楽しそうに言った。

「すき焼きも良いですよ」

 キョウコが言う。

「ステーキも捨てがたいです」

 ユサが真面目な顔で続ける。


「牛肉の歌、作りましょうか」

 シィマが妙な事を言い出す。

「やめておけ。腹が減る」

 イナリ様が止めた。

 神様にも、腹が減るという概念はあるらしい。

 十分に狩ったので、そろそろ帰るかという空気になった時だった。

 イナリ様が、ふと通路の先を見た。


「……あちらじゃ」

「どうしました?」

「あちらに、美味そうな気配がする」

 美味そうな気配。

 神様の感覚は、相変わらずよく分からない。

 だが、ここまでの流れからして、無視する手はない。

「行ってみますか?」

「行く」

 即答だった。

 俺たちは警戒しながら、イナリ様の示す方向へ進んだ。

 通路を抜け、少し広い空間に出る。

 そこにいた。


 牛である。

 ただし、普通の迷宮牛ではなかった。

 全身が、黄金に輝いていた。

 角も、毛並みも、蹄までも、薄く金色の光を帯びている。

「……黄金牛?」

 マユリが呟く。

「レアモンスターですかね」

 ユサの声が少し震えている。

 黄金牛は、こちらを見た。


 次の瞬間、消えた。

「速っ!」

 俺は思わず叫んだ。

 いや、消えたように見えただけだ。黄金牛は、とんでもない速度で横へ走ったのだ。

 普通の迷宮牛より、さらに速い。しかも動きが直線的ではない。

 通路の壁際を蹴り、角度を変え、こちらを翻弄するように駆け回っている。


 イナリ様の鬼火が飛んだ。

 しかし、黄金牛はそれを避けた。

「ほう」

 イナリ様の口元が、少し上がる。

 楽しそうだった。

「これは、良い肉じゃ」

「基準が肉なんですね」

「当たり前じゃ」

 黄金牛が突っ込んでくる。


「マユリ!」

「任せて!」

 マユリが盾を構える。

 だが、黄金牛は直前で軌道を変えた。

 盾をすり抜けるように横を抜け、後衛へ向かう。

「ユサ!」

「土壁!」

 ユサの魔法で壁が生える。

 黄金牛はそれすら蹴って、さらに角度を変えた。

 何だあれ。


 牛の動きではない。もはや忍者牛である。

 シィマのバイオリンが強く鳴った。

「速度強化、さらに入れます!」

 音が体に染み込む。

 全員の動きが、さらに軽くなった。

 真桃ちゃんが双剣を抜き、黄金牛の横を取る。  しかし刃が届く寸前、黄金牛はまた逃げた。


「速過ぎます!」

「しかも硬い!」

 真桃ちゃんの剣は、わずかに毛並みを斬っただけだった。

 俺はチャクラムを構える。

 正直、普通に投げても当たらない。この速度の相手に、投擲武器を当てるのは至難の業である。


 だが、俺には【縮地】がある。

 本来は、人間が瞬間的に距離を詰めるためのスキル。

 だが、俺はそれを、チャクラムに乗せる。

 つまり、投げた瞬間に当たる。

 スキルの本来の使い方ではない気がする。というか、絶対に違うと思う。

 しかし、使えるものは使う。アラカンは柔軟性が大事である。


「シィマ、もう一段いけるか!」

「いけます!」

 シィマの音が跳ねた。

 俺の腕に力が乗る。

 黄金牛が、こちらへ突っ込んでくる。避けられない速度。いや、避けられる。こちらもバフを受けている。

 俺は半歩ずれ、チャクラムを投げた。

 同時に【縮地】。

 チャクラムが消えた。


 次の瞬間、黄金牛の前脚に深く食い込んだ。

「よし!」

 黄金牛が体勢を崩す。

 それでも倒れない。踏ん張った。強い。打たれ強い。

「今です!」

 真桃ちゃんが叫ぶ。


 マユリが盾で進路を塞ぐ。ユサの魔法が足元を固める。キョウコが皆の消耗を見ながら、すぐに回復できるよう構える。

 俺は二枚目のチャクラムを抜いた。

 黄金牛が暴れる。金色の体が、迷宮の灯りを反射して眩しい。

「妾の獲物じゃ」

 イナリ様の声が響いた。


 その周囲に、鬼火が灯る。

 一つ。二つ。三つ。

 いや、数えるのが馬鹿らしいほどの数だった。

 青白い火が、ぐるりと黄金牛を囲む。

 黄金牛が逃げようとした。だが、前脚は削られ、地面は固められ、盾に進路を潰されている。

 そこへ、鬼火が一斉に飛んだ。


 炎が爆ぜる。

 黄金牛が吠えた。

 迷宮全体に響くような声だった。

 それでも、イナリ様は眉一つ動かさない。

「焼き加減は、ほどほどでよいぞ」

「ドロップ品に焼き加減とか関係あるんですか!?」

 俺が突っ込んだ瞬間、最後の鬼火が黄金牛の額に命中した。


 黄金の巨体が、崩れる。

 そして、光となって消えた。

 あとに残ったのは、巨大な肉の塊だった。

 普通の迷宮牛の肉とは違う。脂の入り方が美しく、肉そのものが淡く金色を帯びている。

 黄金牛のブロック肉。

 その場にいた全員が、しばらく黙った。

 そして。


「やったー!」

 真桃ちゃんが歓声を上げた。

「凄いです!凄いお肉です!」

 シィマも飛び跳ねる。

「これは高く売れますね」

 ユサが真顔で言う。

「食べる分は残しましょう」

 キョウコも真顔で言う。

「まず味見よね」

 マユリが盾を下ろして笑った。


 イナリ様は、満足そうに肉を見下ろしていた。

「うむ。美味そうじゃ」

「結局、そこなんですね」

「そこが大事じゃ」

 神様は断言した。

 まあ、否定はしない。俺も今、かなり腹が減っている。

 これだけの肉だ。売れば相当な金額になるだろう。だが、全部売るなどという選択肢は、誰の頭にもなかった。


 食べる。

 まず食べる。

 探索者とは、そういう生き物である。

 俺は黄金牛のブロック肉を見ながら、ふと部屋の神棚を思い出した。

 家賃二十万円の部屋に住み着いた幼女神。神棚。  いなり寿司。迷宮牛。黄金牛。

 何だ、この生活。

 アラカンになってからの人生が、妙に濃い。


 若い頃の俺に言っても、絶対に信じないだろう。

 お前は将来、幼女の姿をした稲荷神を部屋に住まわせ、若い女性パーティーと一緒に黄金の牛を狩るぞ。

 そんな事を言われたら、間違いなく病院を勧める。

「オジサン、どうしたの?」

 真桃ちゃんが首を傾げる。

「いや、人生って分からないなと思って」

「急に深いですね」

「深いというか、迷子です」

 俺の人生は、たぶん迷宮より迷っている。


 だが、目の前には黄金牛の肉がある。

 可愛い神様は満足げで、真桃ちゃんたちは楽しそうで、全員無事だ。

 なら、まあ良いか。

「帰ったら、どう食べます?」

 シィマが聞く。

「ステーキ」

 イナリ様が即答した。


「いなり寿司は?」

「それは別腹じゃ」

 神様にも別腹があるらしい。

 俺は思わず笑った。

 こうして俺たちは、黄金牛のブロック肉を抱え、意気揚々と迷宮を後にした。

 ギルドに報告したら、またオオヤシロとカミキが、知らないふりをしながら喜ぶのだろう。


 神様が迷宮で黄金牛を狩りました。

 そんな報告を、平然と処理するギルド。

 俺も大概だが、あの人たちも大概である。

 まあ、良い。

 今日のところは、細かい事を考えるのはやめよう。


 今夜は焼肉か、ステーキか、すき焼きか。

 それこそが、今の俺たちにとって最大の問題なのだった。

読んでいただいて、ありがとうございます。

こんなお話でも面白いと思って下さったら、『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』にしてポイントを入れてもらえたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
この肉に合うタレは、やっぱりエバラ 黄金のあj…げふんげふんw ☆中辛に甘口を少し足したのが好き☆
神キャラ(←新キャラと入れようとしたのに、イナリ様パワー?でこうなりました)登場で、尻に敷かれるアラカン冒険者、と思ってたけど、女子たちに振り回されてる方が平和でいいですね。 あと、忍者牛というのが斬…
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