ケンカは嫌い
「お前、最近あんまりあの子といないな?」
カヤシマのオッサンにそう言われたのは、いつもの『はるか』のカウンター席。
「ん?ああ、最近は真桃ちゃんもちょっと奥まで行けて、忙しいみたいだし、俺も泊まり込みが増えたし……」
「いいのか、そんなんで。こないだ、若い男といるとこ見たぞ」
「え」
盃を持つ手が止まる。
「……でも、それはしょうがないよ。あっちは二十代で、こっちはアラカンだぜ。仲良くしてくれてるだけで、ありがたく思わなきゃ」
「へー。物分かりが良いんだな。そこまで割り切れてるとは思わなかった」
「……」
カヤシマのオッサンはけしかけたいんだろうが、実際のところ、もう何回もフラれてるしなぁ。
その後は、当たり障りのない話をして、お茶を濁した。
で、いつもより早めに『はるか』を切り上げて、夜の街を歩いていると───。
なんか、若い男女が揉めていた。
男が女の手を引っ張ろうとするが、拒否されている……そんな感じ。
わざわざ間に入る事もないかなと思っていると、女の方に呼び止められた。
「あ、オジサン!助けて」
顔を見たら、シィマだった。
「おう、久しぶり。痴話喧嘩中?」
「こいつ、しつこくて……」
本当にイヤそうな表情のシィマ。
「なんだよ、オッサン!関係ねぇだろ!!」
男が凄んでくる。茶髪のイケメンだが、ちょっとコワモテのする感じだ。
「シィマ、この後、デートしないか?」
「する!」
「そういう訳で関係ありだ。その手を放してくれるか?」
俺がしゃあしゃあと言ってやると、男はかなり頭に来た様だ。シィマの手を放すと、俺の眼前に顔を差し出して来た。距離だけなら、完全にキスの距離である。
「死にてぇのか!?」
「ガラが悪いなー」
「ああん!?」
「いちいちうるさい。まあ、いいや。この子は連れて行くから、悪いな」
「待てや、おい!」
男が俺の胸ぐらを掴もうとし───スカッと、空振りした。【方違え】が自動で発動しちゃったのだ。
「オッサン!舐めやがって!!」
お陰で、男が完全に怒ってしまった。
「───おい、どうした!?」
そこにやって来る、男が二人。
やはり、やんちゃな感じのイケメンたちだ。一人は、顎にだけ髭を生やしている。
「このオッサンが邪魔すんだよ!」
「わー、似た様なのが増えた……」
「オッサン、若者の恋路を邪魔しちゃいけねぇな」
顎鬚が大物ぶって近づいて来る。
「うるせぇよ」
俺は、シィマの細い腰を抱き寄せた。シィマも「アアン」とか言いながら、俺に身を寄せて来る。
「お、おい、シィマ……!」
最初の男は、本気でびっくりしている。
顎鬚は、怒り心頭だ。
「てめぇ!いい加減にしねぇと───」
「いい加減にしねぇと?」
拳を固める顎鬚を、三人目の男が止めた。
「オッサン、探索者か?」
「ん?ああ……」
「じゃあ、付き合えや」
「どこに?」
「ギルドの修練場だよ」
「修練場?」
「そこなら、好きにやり合えるからよ。まさか、ここまで挑発しといて、逃げやしないよな?」
ほう、ギルドにそんな場所があったのか。
しかし、ケンカかぁ。いいトシして、そういうのもなぁ。
「あいつ、真桃にしつこくしてる奴よ」
「分かった。行こう」
そういう事になった。
修練場は、テニスコートの半分ぐらいの広さだった。地面も土のままだ。
こんな部屋がいくつかあり、探索者なら無料で借りられるらしい。
「じゃ、やろうか」
三人目の言葉とともに、男たちが俺を取り囲んだ。
「ねぇ!三人同時って、卑怯じゃない!」
シィマが抗議の声を上げるが、三人はせせら笑うだけ。
「どうせ一対一でも変わらねぇんだ。この方が、オッサンもカッコがつくだろ?」
「俺たちはトロールだって狩れるんだぜ。オッサンは、せいぜいゴブリンぐらいだろ。格が違うってんだ」
顎鬚の男も、嬉しそうに言葉で嬲って来る。オッサン相手にᏚっ気を出すなよ、気持ち悪い。
「俺はドラゴンを倒した事あるよ?」
「ははは!面白ぇじゃねぇか!いつまで軽口が叩けるかなっ!?」
シィマ狙いの男が、いきなり飛び膝蹴りをかまして来た。
意表は突いているが───。
またもや【方違え】が発動し、男は俺の横を素通りして行った。
「ああ!?」
何か騒いでるのを無視し、【縮地】を発動。顎鬚の男の前に瞬間移動する。
「!!」
驚きの表情を浮かべたところへ、渾身の腹パン。
身体を二つに折って、地に沈む顎鬚。
そして、また【縮地】。
今は、連続で三回まで【縮地】が使えるようになっている。
今度は、真桃ちゃんに付きまとっているという男に、瞬間移動飛び膝蹴りを喰らわせた。
ぶっ飛ぶ男。飛び散る前歯。
やりすぎたか?いや、知らん知らん!
そして、最初のシィマに付きまとっていた男に向き直る。
「オッサン、何なんだよ!?あ?話が違───」
「もう、シィマに付きまとうなよ」
三回目の【縮地】。
顔面に拳を叩き込む。
鼻が潰れた感触。
男は、白目を剥いて、ぶっ倒れた。
完勝だ。
三人とも床に転がり、うめき声を上げている。さっきまでの威勢はどこへやら、見る影もない。
「……ぐ、ぅ……」
顎鬚の男が腹を押さえながら身を丸める。飛び膝を喰らった奴は歯を押さえて涙目だし、最初に絡んできた男に至っては、まだ白目を剥いたままピクピクしていた。
「……加減はしたぞ」
一応、言っておく。まあ、信じるかどうかは別だが。
「次からは、人を選べよ」
それだけ言って、踵を返す。
「ま、待て……!」
かすれた声が背中に飛んできた。振り向くと、最初の男がなんとか上体を起こしていた。
「……シィマに、近づくなって言ったよな……?」
息も絶え絶えだが、まだ目だけはギラついている。
「言ったな」
「……あんた、マジで何者だよ……」
「ただのオッサンだよ」
肩をすくめる。
「それと、もう一つだけ」
少しだけ間を置く。
「嫌がってる女にしつこくすんな。……ダサいぞ」
それだけ言い残して、今度こそ修練場を出た。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
後ろからシィマが慌てて追いかけてくる。
廊下に出ると、彼女は俺の腕にしがみついた。
「もう!びっくりしたぁ……!」
「大したことないだろ」
「あるよ!三人相手だよ!?」
ぷんすか怒りながらも、身体はぴったり寄せてくる。さっきまでの勢いとは違う、どこか甘えるような力加減だ。
「……ありがと」
「ん?」
「助けてくれて」
素直な声だった。
「別に。ついでだ」
「ついでであれやる!?普通!」
けらけらと笑うシィマ。
さっきまでの緊張が嘘みたいに、空気が軽くなる。
「で、この後どうする?」
「え?……あ、飲み直す?」
「まだ飲むのかよ」
「いいじゃん。今日はそういう気分!」
ぐいっと腕を引かれる。
……まったく。
「軽くだぞ」
「やった!」
嬉しそうに笑って、さらに距離を詰めてくる。
柔らかい感触と、ほのかな酒の匂い。
――いけない。
(……落ち着け、俺)
内心でブレーキを踏む。
はっちゃけたい気分はある。
だが、はっちゃけたら色々終わる気もする。
隣で無邪気に笑うシィマを見て、ため息を一つ。
「ほら、店どこだよ」
「こっち!」
夜の街へ歩き出す。
腕に絡みつく重みを感じながら、俺は自分の理性と静かに戦い続けるのだった。
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