魔法が欲しい
火の魔道書、自分で使えたら嬉しかったな。
そう気付いたのは、カヤシマパーティー主催の飲み会が終わって、三日も経ってからだった。
【仙人みかん】の変則的な使い方でサラマンダーはおろかドラゴンまで倒した俺だが、まだ純粋に戦闘的なスキルは持っていないのだ。
それはサノやウルシバラも同じだから、ここは一緒にゲットしに行くか。
という訳で、俺は二人を召集した。
「一番候補は、サラマンダーです」
「ふむふむ」
「他に魔道書落とすモンスターで、適当なのを知らないか?」
「ケルピーとか?」
おずおずとウルシバラが言う。
「おぉ、水魔法か』
「やっぱり、遠征の時に水が一番の荷物になるし、治療の時も傷口を洗ったり出来るし」
「料理人としても、水魔法はありがたいな」
「なるほど。もちろん戦闘でも使えるし、ケルピーならサラマンダー程強くないし、狙ってみるか」
「いいねー」
という訳で、三人でケルピーを狩りに行く事になった。
最近、真桃ちゃんの出番が少ないのは、気のせいか……。
目的地は、河川エリア。
現地到着までは、一日半。
泊まりは、もちろん【仙人みかん】の中。ウルシバラが紅一点だが、そこは紳士的に振る舞う。食材は運び放題だし、料理はサノがやってくれるし、戦闘を除けば遠足気分だ。
そこそこの敵なら三人で狩れるし、強い相手ならサノの【混乱】をかけてから逃亡し、【仙人みかん】の中に潜み隠れる。
そうやって、俺たちは無事に河川エリアに辿り着いた。
「よっしゃ、じゃあ、やるか」
俺は【仙人みかん】の中からアサルトライフルを三丁取り出すと、二人にも手渡した。
今回は連戦する予定なので、一々【仙人みかん】でのギロチン殺法なんてやってられない。それでコスト無視の銃撃戦法を選んだのだ。目的は、あくまで水の魔道書である。
辺りは、大きな川の両岸に広がる湿原だ。
足元は泥濘んで、著しく行動が阻害される。
俺たちは慎重に動き始めた。
「ジュウナイさん、あそこ」
「おっけ」
湿原の中に、不自然に白馬が立っていた。
どう見てもただの白馬だが、まあ間違いなくこれがケルピーだろう。
「俺からやってみて良いですか?」
サノがアサルトライフルを構えて、前に出る。
ケルピーは、こちらを見ているだけだ。馬だと思って不用意に近づくと、襲われるって話だが。
二十メートル程の距離で、サノがアサルトライフルの引き金を引いた。サイレンサーと一体となった銃口から、ボボッと低い音が漏れて、三発の弾丸が発射された。
弾丸は狙い違わずケルピーの身体に突き刺さり、その身体を吹っ飛ばした。魔力を帯びた弾丸だけに、その威力は高い。ただしその分、一発一発の値段も高く、今ので既に十万円越えだ。気にしないキニシナイ。
「魔石だけか」
サノが残念そうにつぶやく。
「魔道書のドロップ率は低いんだ。気長に行こうぜ」
「ああ、そうだな」
「馬肉が落ちたら、料理お願いね」
ウルシバラは、呑気そうだ。
「じゃ、次は俺な」
二人には明かしていないが、迷宮適性Aクラスの俺がいれば、三人分ゲットするのに、そんなに時間はかからないんじゃないかと思っている。
が、実際はなかなか厳しいものだった。
サラマンダーに比べてだいぶ格が落ちるケルピーが、サラマンダーと同レベルのドロップをするなんて、そう簡単な事ではなかったのだ。おそらく、サラマンダーに比べて数段ドロップ率は低くなっているのだろう。
河川エリアに到着してから、半日ケルピーを狩りまくったのに、一冊も魔道書は落ちなかった。
「でも、馬肉が出たじゃない。今夜は馬刺しね」
ウルシバラが、沈む空気を和ませてくれる。今晩は馬刺しを肴に、ビールを飲んで寝てしまおう。
翌日は、早くからケルピー狩りに走り回った。
銃弾は大量に持ち込んでいる。食材もある。馬肉も取れる。
なんとしても、水の魔道書をゲットする気だ。
――そして、昼を回った頃。
「出たッ!」
ウルシバラの声が湿原に弾けた。
撃ち倒したケルピーの亡骸が霧のように崩れ、その場にぽとりと落ちたのは、見慣れぬ一冊の本――淡い蒼の装丁を持つ魔道書だった。
「水の魔道書だ!」
サノが駆け寄り、慎重にそれを拾い上げる。ページの端から、水滴のような光が零れては消えていく。
「やったな……一冊目だ」
思わず拳を握る。ここまで長かった。正直、途中から「これ無理なんじゃね?」と何度も思ったが、やはり数を撃てば当たるというやつだ。
「じゃあ、これはサノさんが?」
「いや、まだだ。あと二冊出るまでは保留にしよう。公平に分けるべきだろう」
サノはそう言って魔道書を俺に差し出した。
「【仙人みかん】に入れておいてくれ」
「了解」
俺はそれを受け取り、収納した。
――そして、その数時間後。
「二冊目、来たぁぁぁぁ!」
今度は俺の声だった。
泥濘の中に倒れ伏したケルピーの跡に、再び蒼い魔道書が落ちている。
「よし……もう一冊だな」
サノが大きく息を吐く。
夕陽が湿原を赤く染め始めていた。
長い一日が終わろうとしている。あと一冊はあきらめるか、それとも明日また頑張るか。
「じゃあ、今日は撤収だな」
「そうだな」
「賛成……もう歩きたくない」
軽口を叩きながら、俺は【仙人みかん】を開こうとする。
――その時だった。
ちゃぷん、と。
水音がした。
視線を向けると、川面が不自然に揺れている。
「……なんだ?」
次の瞬間、水面からふわりと現れたのは――女だった。
いや、正確には“人型の何か”。
透き通るような肌。水草のように揺れる長い髪。身体の輪郭すら、水と同化しているように曖昧だ。
「ニュムペー……?」
ウルシバラがぽつりと呟く。
それを合図にしたかのように、次々と水面から同じ存在が現れる。
十体、いや、二十体はいるか。
彼女たちは円を描くように広がり、静かに舞い始めた。
水が踊る。
光が揺れる。
その光景は、息を呑むほどに幻想的で――
「……きれいだな……」
サノが、ぽつりと呟いた。
その声には、明らかに力が抜けている。
「サノ?」
返事はない。
隣を見ると、ウルシバラも同じように、ぼんやりとした目でその舞を見つめていた。
「……あー、なるほどね」
魅了系か。
サキュバスクイーンの時と同じ匂いがする。
俺は指に嵌めた指輪を軽く弾いた。
精神耐性の指輪。あの時のドロップ品だ。
「助かってるな……マジで」
感謝しつつ、アサルトライフルを構える。
ニュムペーたちは、こちらが敵意を向けてもなお、優雅に舞い続けている。
だが、その足元――いや、水面の揺らぎの中に、明確な魔力のうねりがある。
放っておけば、たぶんもっと厄介なことになる。
「悪いな。綺麗だけど、ここで終わりだ」
トリガーを引く。
ボボボボッ――と、抑えられた連射音。
魔力弾が水面を裂き、ニュムペーたちの身体を貫く。
水が弾け、光が砕ける。
悲鳴はない。ただ、舞が止まり、ひとつ、またひとつと消えていく。
数十秒後。
そこには、ただ静かな水面だけが残っていた。
「……っと」
銃を下ろすと、背後でサノが膝をついた。
「はっ……俺は……?」
「魅了されてたよ。たぶん全員な」
「くっ……情けない……」
ウルシバラも額を押さえている。
「危なかったわね……ありがとう、ジュウナイさん」
「いや、指輪のおかげだ」
視線を戻すと、水辺に小さな光が転がっているのが見えた。
「ドロップか?」
近づいて、それに触れる。
次の瞬間、頭の中に情報が流れ込んできた。
『スキル【霊感】を獲得しました』
「……え?」
思わず間抜けな声が出た。
「どうした?」
「スキルオーブだったみたいだ……【霊感】だってさ」
一瞬の沈黙。
「……また、そっち系か」
サノが苦笑する。
「ジュウナイさん、そういうの引くの得意よね……」
ウルシバラも呆れ顔だ。
「いや、俺だってたまには火力系欲しいんだけど?」
とはいえ、手に入ったものは仕方ない。
試しに意識を集中してみると――
「……あー」
なんとなく分かる。
周囲の“気配”が、さっきまでよりも鮮明に感じられる。
水の流れ。風の揺らぎ。そして――微かに残る、ニュムペーたちの“残滓”。
「……これはこれで、使い道はありそうだな」
探索や索敵には役立つかもしれない。
直接的な戦闘力じゃないのが、いかにも俺らしいが。
「まあいいや。目的は達成って事にしよう」
俺は気を取り直し、【仙人みかん】から魔道書を取り出した。
「サノ、ウルシバラ。一冊ずつな」
二人は顔を見合わせ、小さく頷く。
「ありがたく使わせてもらう」
「これで、かなり楽になるわね」
二人が魔道書に触れ、それぞれが水魔法を習得していくのを見届ける。
――いいなぁ。
ちょっとだけ、羨ましい。
「じゃ、今回の遠征は、これでおしまいな」
夕闇が湿原を包み始めている。
俺たちは【仙人みかん】に潜り込む。
戦闘力は相変わらず据え置き。
でもまあ、二人は強くなったし、俺も探索能力は上がった。
悪くない成果だろう。
……たぶん。
「次は、火力系だな」
「また付き合うぞ」
「今度は楽なのにしてね」
そんな他愛ない会話を交わしながら、俺たちは夕食の準備を始めるのだった。
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