撃破!
───そして、その戦いは、誰もが息を呑むほど熾烈だった。
イフリートの一撃は、ただの打撃ではない。 振るわれる腕そのものが爆炎であり、空間ごと焼き払う質量を持っている。
「散開!!」
キトラの声が響いた直後、地面が爆ぜた。
さっきまでキトラが立っていた場所は、溶岩の様に赤く染まり、遅れて衝撃波が吹き荒れる。
───だが、避けている。
「おおおおおおッ!!」
キトラは突っ込んだ。
真正面からだ。
無茶だ、と誰もが思った。
だが、違う。
キトラは───“理解している”。
振り下ろしの軌道。
爆炎の広がり方。
わずかな“間”。
その全てを、体で覚えながら、踏み込んでいる。
「リュウ!!今だ!!」
叫びと同時に、側面から斬撃が走る。
炎が裂けた。
「ミナヅキ、合わせろ!!」
もう一方から、連続の氷槍。
イフリートの体表が一瞬だけ歪む。
「見えた……!」
キトラの目が細まる。
炎の奥。 ほんの一瞬、揺らいだ“核”。
───あれだ。
「どけぇぇぇぇぇ!!」
キトラは、全力で踏み込んだ。
だが、その瞬間。
イフリートの腕が横薙ぎに振るわれる。
「っ───!」
直撃。
キトラの体が弾き飛ばされる。
「キトラ!!」
誰かの叫び。
だが、落ちない。
キトラは空中で体勢を立て直し、無理やり着地した。
膝が砕けた様な音がした。
それでも───立っている。
「……まだだ」
血を吐きながら、笑った。
その顔は、もう意地でも虚勢でもない。
ただ、“やり切る”という覚悟だけがあった。
「来いよ……もう一回だ」
再び踏み込む。
今度は、さっきよりも深く。
イフリートが腕を振るう。
避ける。
爆炎が頬をかすめ、皮膚が焼ける。
それでも止まらない。
「リュウ!!」
「任せろ!!」
再び側面攻撃。
炎が歪む。
「ミナヅキ!!」
「今!」
氷槍が突き刺さる。
核が、露出する。
今度は、はっきりと。
「───捕まえた」
キトラの声が、静かに響いた。
全てが、繋がった。
踏み込み。
間合い。
タイミング。
全てを乗せた一撃。
「うおおおおおおおおおおおおッ!!」
剣が、核を貫いた。
一瞬の静寂。
そして───。
爆ぜた。
イフリートの巨体が、内側から崩壊していく。 炎が暴走し、空間が震える。
「離れろ!!」
マナセの声で、全員が距離を取る。
数秒後。
爆炎は収まり、そこには───崩れた炎の残骸だけが残っていた。
イフリート、撃破。
沈黙。
そして、誰からともなく息が漏れる。
「……やった、のか」
「ああ……やりやがった」
マナセが苦笑する。
その視線の先。
キトラは、その場に膝をついていた。
「は……はは……」
笑っている。
全身ボロボロだ。
立っているのが不思議なくらいだ。
だが、その顔は───晴れやかだった。
「……どうだよ」
こっちを見て、ニヤリと笑う。
「やれば、出来るだろ」
「……ああ」
俺は肩をすくめた。
「やりすぎだ、馬鹿」
「うるせぇ」
軽口。
でも、そのやり取りはどこか柔らかい。
俺はイフリートの残骸に近づき、何か残っていないかを確認する。
そして───見つけた。
「ほう……」
焼け焦げた地面に、一本の剣。
炎の中でも形を保っている、異質な代物。
拾い上げると、じんわりと熱を帯びている。
「……いいもんだな」
俺はそれを、キトラの前に差し出した。
「ほらよ」
「……え?」
「お前の獲物だろ」
キトラは、しばらく固まっていた。
そして、ゆっくりとその剣を見る。
「……俺が?」
「最後に刺したのはお前だ」
「いや、でも……」
言葉が続かない。
らしくない。
いつもなら、もっと図々しく受け取るだろうに。
「……なんだよ」
視線を逸らす。
その顔は、どこか歪んでいた。
悔しさと、嬉しさと、情けなさが混ざった様な。
「……借りが出来たままってのは、気持ち悪いんだよ」
ぽつりと呟く。
「さっきも……今回も……」
拳が震えている。
「本当は……俺たちだけじゃ、無理だった」
その言葉に、場の空気が少しだけ静まる。
キトラは顔を上げないまま続けた。
「でも、それでも……」
ぐっと歯を食いしばる。
「それでも、俺は……俺たちで勝ちたかった」
───ああ、そういう事か。
プライドだ。
ただの意地じゃない。
“自分たちの価値”に対する、譲れない線。
「……面倒くせぇな」
俺はため息をついた。
「なら、貸しにしとけ」
「は?」
「その剣、受け取れ。で、いつか返せばいい」
「返すって……どうやって」
「知らん。強くなるなり、助けるなり、好きにしろ」
キトラは、ぽかんとした顔で俺を見る。
しばらくして───。
「……っ」
小さく、息を飲んだ。
そして、ぎこちなく手を伸ばす。
剣を受け取る。
「……ありがとう、だ」
ぼそっと。
聞き逃しそうな声。
でも確かに、言った。
「おう」
俺は軽く手を振る。
それで十分だ。
洞窟の奥から、足音が聞こえた。
振り向くと───カヤシマたちが出て来る。
「無事か!!」
「ああ、なんとかな」
だが、その様子は無事とは言い難い。
全員ボロボロだ。
特に───ミショウ。
シールドを張り続けていたのだろう。 顔色が真っ青で、今にも倒れそうだ。
「おい、それはまずいな」
俺はすぐに【仙人みかん】を開く。
「ミショウ、入れ」
「え……でも……」
「いいから寝ろ。死ぬぞ」
有無を言わせず、中に入れる。
ふわりと、空間が閉じる。
「……助かる」
カヤシマが小さく頭を下げた。
「礼はいい。帰るぞ」
全員が頷く。
もう、限界だ。
帰路につく。
その途中。
キトラが、少し後ろから歩いていた。
何度かこっちを見ては、視線を逸らす。
分かりやすい。
「……なんだよ」
振り返ると、キトラはビクッとする。
「いや、その……」
また言葉に詰まる。
数秒の沈黙。
そして───。
「……さっきは、悪かった」
小さく、しかしはっきりと。
「今まで……色々」
頭をかく。
目は合わせない。
だが、その声は嘘じゃない。
「……全部は無理だけど」
ぽつりと続ける。
「少しずつ、マシにはなると思う」
「期待しねぇ」
「うるせぇな!」
即座に言い返す。
でも、その声にはどこか力が戻っていた。
完全に変わったわけじゃない。
これからも、きっと衝突はある。
だが───。
中身は、確実に変わり始めている。
俺は前を向き、歩き出す。
後ろから、キトラの足音がついて来る。
そのリズムは、さっきまでより少しだけ軽かった。
途中の休憩時に【仙人みかん】を開くと、ミショウが眠そうにしながらも、起きたまま待ち構えていた。
「どうした?眠れない?」
一応、マットも敷いて寝やすくしてたんだけどな。
「いや、それより、これが」
その手に持っているのは。
「魔導書?」
「なんで?」
「こっちが聞きたいわよ。なんで、ここに魔導書があるのよ、それも二冊も」
「あ!」
【仙人みかん】でサラマンダー二体の首を落としたせいだ。首の分のドロップが【仙人みかん】の中に残っていたのだ。
「ミショウ、それ一冊やるよ」
俺はもう一冊を手に取ると、ミナヅキに目を向けた。
「これは、ミナヅキで良いよな」
「え?」
ミナヅキとキトラが、キョトンとした表情になる。
「良いの、か?」
あれだけサラマンダー狩りを熱望していたミナヅキが、腰が引けた様子を見せる。
「欲しかったんだろ?遠慮すんなよ」
「売ったら、何千万かするんだぞ?」
「構わないよ。割とカネは持ってる」
「そういう問題かよ」
「それで良いじゃん。誰かに売るより、アンタにあげた方が気持ちもスッキリするし」
「もらう方は、モヤモヤするよ」
ポイッと魔導書を投げると、ミナヅキか慌てて受け止めた。
「面倒くさいから、早く使っちゃえよ」
ミショウを見ると、いつの間にか寝入っていた。その手に魔導書はない。使ったか?
ミナヅキも、なぜか不承不承という感じで魔導書を使っていた。素直に喜べよ。
帰還して五日目、カヤシマパーティーの主催で飲み会があった。珍しく、真桃ちゃん抜きで参加した。
カヤシマたちもキトラたちも、体調は万全の様だった。
キトラたちの雰囲気が柔らかくなったせいで、飲み会は終始和やかなものになった。
サノとウルシバラとは、近いうちに組んで大物狩りをしようと約束した。二人とも、サラマンダーを撃破したお陰で、ずいぶん魔力が強くなったらしい。
しかし、カヤシマのオッサンの持って来る酒は、いつも美味い。
俺は穏やかな気分のまま、盃を重ねたのであった。
あ。最後に。イフリートのドロップした剣は、『灼熱の魔剣』という、かなりな業物だったそうな。
読んでいただいて、ありがとうございます。
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