格下たちの奮闘
サラマンダーたちは、速い。
五メートル近い体長が炎を纏ったまま走り抜ける様は、それだけて凶悪な兵器だ。
マナセたちは、よく耐えていた。
しかし、キトラパーティーをかばいながらては、反撃もままならない。
サラマンダーが一体なら、それでも問題はなかっただろう。強引にその一体を攻めれば済んだ筈だ。
が、三体同時では、そうもいかない。一体を攻めている間に残りの二体が攻撃をかけて来る。
必要なのは、サラマンダーの数を一体でも減らす事───。
俺は意識の中で準備を完了させると、そっと動こうとした。
が、誰かに肩を押さえられる。
見れば、調理役の男───サノだった。
四十代、小柄だが、バネの効いた動きをする印象。
しかし今は、素直に止められていられる状況ではない。
「悪いが、行くぞ」
「分かってる。俺にも協力させてくれ」
「ん───?」
意表を突かれた返答にサノを見返すと、ウルシバラまでが前に出て来た。
「私も使って下さい」
どうやら、二人とも俺と同じ気持ちらしい。
「あー、何か使えそうなスキルでもあるのか?」
俺の問いに、二人はしっかりとうなずいた。
手早く打ち合わせを済ませると、俺たち三人はマナセたちに近づいた。
「おい、お前たちは出て来るな!」
気付いたアガツマが怒声を上げるが、今は無視だ。
まずは、サノの出番。
「【混乱】!!」
サノのスキルは、名前の通り対象の意識を混乱させるもの。サラマンダーの強さから考えて、効果時間は短いだろうが、その時間に勝負を決める。
「うわっ、こいつら急におかしくなったぞ!」
サノのスキルが効いて挙動がおかしくなったサラマンダーを見て、キトラが大声を上げる。頼むからいらない事をするなと願う俺の隣で、ウルシバラがスキルを発動。
「【吸引】」
その途端、三体のサラマンダーの目が、彼女に釘付けになった。
ウルシバラのスキルは、対象の意識を強制的に自分に向けさせるというもの。盾役なら、ぜひとも欲しいスキルだろう。
俺はウルシバラを抱きかかえると、【仙人みかん】を開いた。人間二人が入れる様に、直径二メートル程の大きさのものだ。
【仙人みかん】の中に入ったが出入り口は開いたままにしておくと、狂った様に三体のサラマンダーが迫って来た。進路上にいたキトラたちが、呆気なく跳ね飛ばされる。
「馬鹿!逃げろ!!」
マナセの声がきこえたが、これも無視無視。どうせ、もう逃げられるタイミングじゃない。
ぐぎゃるる騒ぎながら突進して来るサラマンダーたち。
その意識は、ウルシバラにだけ向けられている。熱気が頬を炙る。
俺は、俺たちのいる【仙人みかん】を覆う様に、もう一つ直径十メートル程の【仙人みかん】を開き───閉じた。両方とも。
「……」
「その、どさくさに紛れて、胸揉まないで下さい」
「ごめん……」
気まずいまま、三十秒程待った。
「そろそろ良いかな」
【仙人みかん】に小さな穴を開けて、外を覗く。
まず感じたのは、熱い空気。
目の前には、頭部を失って自壊していくサラマンダーが二体。
あと一体は───マナセたちが攻撃を仕掛けていた。
「一応、成功したみたいだ。最後の一体が倒されたら、外に出よう」
「ふぅ、良かった。タイミングがシビアでしたね」
「サラマンダーの足が速かったから、けっこうビビった」
「よく、そんな怖い手を使いましたね」
「まあ、前にも一度、これで大物の首を取ったからね」
「それにしてもですよ」
無謀な戦法に呆れているウルシバラ。
「でも、そんな手に乗っかって来たアナタもどうかと思うが」
「───あ、サラマンダー、倒れましたよ!」
「おい」
俺たちは【仙人みかん】を開いて、外に出た。
「怪我人の治療をしてきます!」
ウルシバラが駆けて行く。
俺は、自壊途中の二体の首無しサラマンダーを見やった。
残念ながら、魔道書はドロップしていない様だ。でも、何かポーションがあるな。もしかして、上級ポーションだったりする?だとしたら、いくらになるんだろ?
俺が皮算用をしていると、マナセが近づいて来た。
「おい、こら」
ゴン───!
拳を頭に落とされた。
「いてっ!年寄りになんちゅう真似を……」
「年寄りなら、大人しくしててくれよ。さすがに肝が冷えたぞ」
「悪いな、あんな手しか使えなくて」
「でも、まあ、サンキュ。助かった」
マナセはそう言うと、ふっと息を吐いて肩の力を抜いた。
その横で、キトラが黙り込んでいる。
いつもの威勢は影も形もない。
視線は、俺と地面の間を行き来していた。
「……なんだよ」
思わず声をかけると、キトラはビクリと肩を揺らした。
「いや……その……」
歯切れが悪い。
珍しい、というより初めて見る反応だ。
結局、キトラは何も言えず、ぐっと拳を握っただけだった。
それを見て、マナセが肩をすくめる。
「ほっとけ。今、頭の中ぐちゃぐちゃなんだろ」 「……なるほどね」
無理もない。 自分たちが足手まといになった上に、あんな無茶な方法で状況をひっくり返されたんだ。
プライドがあるなら、簡単に言葉なんて出て来ない。
俺はそれ以上何も言わず、周囲を見渡した。 「で、どうする?ここで足止め食ってる暇はないぞ」
「ああ。カヤシマたちを探すのが先だ」
マナセが即座に頷く。
空気は少し重いが、立ち止まっている余裕はない。
俺たちは、再び火山エリアの奥へと進み始めた。
しばらく進むと、空気が変わった。
熱い。
さっきまでとは比較にならないほど、濃密な熱気が肌にまとわりつく。
「……おい、これ」
「来るな」
マナセとアガツマが同時に構えた。
そして、開けた空間に出た瞬間───それは、いた。
炎の塊。
いや、違う。
それは“人型”をしていた。
体高、五メートル。
全身が業火で形作られた巨人。
「……イフリートかよ」
思わず、呟きが漏れる。
そいつは洞窟の入口を塞ぐ様に立っていた。
その奥───うっすらと見えるのは、半透明の膜。
「シールド……!」
誰かが叫ぶ。
なるほど。 あのシールドが、イフリートの炎を辛うじて防いでいるらしい。
だが、その表面にはひびが入り、今にも砕けそうだった。
「カヤシマたちは、あの中か」
「間違いないでしょうね」
マナセの声に、全員の表情が引き締まる。
しかし───。
「どうする……?」
誰もが同じ疑問を抱いていた。
サラマンダーとは、格が違う。
真正面からやり合えば、ただでは済まない。
かといって、時間もない。
俺は一歩前に出た。
「俺がやる」
「は?」
「またかよ!?」
即座に、全員からツッコミが飛ぶ。
「いや、待て。さっきと同じだ。あいつを引き込んで───」
「却下!!」
見事なハモりだった。
マナセだけじゃない。 アガツマも、ウルシバラも、サノも───そしてキトラまでもが首を振っている。
「今度は頭から突っ込んで来ねぇぞ!」
「五メートル級よ!?飲み込めるの!?」
「仮に出来ても、耐えられる保証がない!」
口々に否定される。
まあ、言いたい事は分かる。
さっきはサラマンダーだったが、今回は“イフリート”だ。
格上もいいところだ。
「……でも、それ以外に手が」
「ある」
低い声が割り込んだ。
全員の視線が、一点に集まる。
キトラだった。
「俺たちがやる」
一瞬、空気が止まる。
「は?」
アガツマが素っ頓狂な声を上げた。
だが、キトラは引かない。
その後ろで、仲間たちも静かに頷いている。
「さっきは……足を引っ張った」
キトラは、歯を食いしばる様に言った。
「でも、今度は違う。俺たちだって、戦える」
その目は、もう迷っていなかった。
マナセがじっと見つめる。
「本気か?」
「ああ」
「死ぬかもしれんぞ」
「それでもだ」
短い沈黙。
やがて、マナセは小さく笑った。
「……いい顔になったじゃねぇか」
「任せていいか?」
俺が聞くと、キトラはニヤリと笑った。
「見てろよ、おっさん」
さっきまでの沈んだ様子はどこへやら。
いつもの、いや───それ以上の気迫だった。
「作戦はあるのか?」
「ああ」
キトラは仲間たちに目配せする。
「まず、俺が前に出る。あいつの注意を引く」
「無茶だろ」
「いいから聞け」
ピシャリと言い返され、思わず口を閉じた。
「その間に、リュウとミナヅキが側面から攻撃。炎の核を露出させる」
「核……?」
「さっき見ただろ。サラマンダーにもあった。あいつにもあるはずだ」
そんな物があったのか。分からなかった。
「で、最後は───」
キトラは、拳を握った。
「俺がぶち抜く」
シンプルだ。
だが、覚悟は伝わってくる。
マナセが頷いた。
「よし、援護は俺たちがやる」
「いや」
キトラは首を振った。
「これは、俺たちの戦いだ」
その言葉に、空気が張り詰める。
だが───。
「……分かった」
マナセは、あっさり引いた。
「その代わり、ヤバくなったらすぐ手ぇ出すぞ」 「好きにしろ」
キトラは背を向け、イフリートへと歩き出す。
その背中は、さっきまでとは別人の様だった。
炎の巨人が、ゆっくりと動く。
侵入者を認識したのだろう。
轟音と共に、腕が振り上げられる。
だが───。
「来いよ、化け物」
キトラは、一歩も引かなかった。
戦いが、始まる。
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