誘惑の園
久しぶりに、派遣事務所から依頼がかかった。
強さ的にはまだ中途半端な俺にかかる依頼は、迷宮適性の高さを生かしたレアドロップの獲得が主となる。
今回の依頼も、正にそのパターンだった。
サキュバスの落とす媚薬の獲得───。
「いや、それって、俺が誘惑されてお終いだろ!?」
平然と物騒な依頼をかけて来るクルスに、頑張って抵抗する俺。
自慢じゃないが、美女の誘惑には三秒も堪えられる自身がない。
「大丈夫ですって。誘惑される前に、遠間からチャクラム投げれば、一撃で終わりますから」
当然、彼女は俺のスキルを把握している訳だ。
「簡単に言うけど、一歩間違えたらお陀仏間違いなしだぞ」
「なら、やめますか?」
「やめても良いなら……」
「ダメです」
「おい」
大体、媚薬なんかまともな使われ方をするとは思えんし、やっぱり断りたいなぁ。
「媚薬と言ったって、非合法な目的で使われるんじゃないですよ。これは、ある種の病気の治療薬の材料になるんですから」
「え、そうなの?どんな病気の───?」
「私も詳しくはないですけど、性ホルモンの異常を原因とする病気だそうです」
「むぅ、そうか……」
病気の治療と聞くと、断りにくいな。
「しかも、ドロップ率が本当に低いそうで、迷宮適性がAクラスの人でもないと、獲得するのは難しいらしくて」
「そ、そうか、なるほど……」
いかん。これは、断れん。
つか、俺以外に迷宮適性Aクラスっていないのか?
他人の迷宮適性なんて気にしてなかったけど、そうも言ってられなくなって来たな。
「じゃあ、お願い出来ますか?」
「う、うーむ……、分かったよ……」
俺は観念して、(当社比較で)危険極まりないサキュバス狩りに出かける事になった。
サキュバスがいるのは、花園エリア。
完全に平坦な地形に、様々な草花が無数に咲いているという、なかなかにお似合いのエリアだ。
そして、俺の目に映ったのは……。
まるで、フランス人形の様な美しい少女たちだった。
金色の髪、青い瞳、透明感のある肌。ロリータドレスっぽい衣装に身を包み、その背からは半透明な蟲の翅が展開され、音もなく宙に浮いている。
「綺麗は、綺麗だな……」
ただ、その身長が三十〜四十センチ程なのと表情が全く変わらないせいで、本当にフランス人形にしか見えなかった。
何か強烈な肩すかしを食らった気分になる俺。
もっとイケナイお姉さんたちを期待して───いやいや、予想して、心を引き締めて来たのに。
サキュバスたちは、移動するのも遅い。
が、フワフワと寄って来るのを馬鹿正直に待つ気はない。ある程度の距離から放たれる魅了攻撃は、本当にシャレにならないらしいから。
俺は近づいて来るサキュバスたち目がけて、【縮地】をかけたチャクラムを投擲しまくる。
投げた瞬間に目標に当たっている【縮地】チャクラムから、フワフワ浮いているサキュバスたちが逃れられる筈がない。どの個体も一撃で墜落しては、その身を自壊させていった。
今回は、大量にチャクラムを用意して来た。
最近は真桃ちゃんが鍛冶魔術の修行をやってないので、新しい人材を見つけてガンガン作ってもらったのだ。涙目になっていた茶髪の少年(と言っても、二十歳を越えていたが)を思い出す。機会があったら、メシでも奢ってやろう。
でも、真桃ちゃんはどこまでスキルが伸びてるのかなぁ。俺に武器を作るとか言ってたと思うけど、もう忘れてそうだなぁ。まあ、良いけどさ。
しかし、遠距離で敵を倒しまくると、ドロップアイテムの回収が面倒くさい。
あちこちに散らばってしまって、下手をすると回収忘れとかが出そうだ。地面が草花に覆われているのも、タチが悪い。
俺はサキュバスを撃墜しては、慎重にドロップアイテムを回収するという作業に没頭した。ただでさえドロップ率の低いアイテムを狙っているのだ。見逃したりしたら、ホントに笑えない。
が、見つかるのは中級のマジックポーションばかり。お金的には、美味しいのだが……。
そしたら、違う物が出た。
媚薬ではない。
お人形サイズのロリータドレス……。これ、事務所に持ち込むのか?
げんなりしながらロリータドレスを拾い、【仙人みかん】に放り込む。
なんか疲れて来たな。ちょっと休憩でもして───。
気づいたら、目の前にサキュバスがいた。
あ、まずい。
思った時には、何かの力に意識を掴まれていた。
【方違え】も発動せず。
つまり、サキュバスには敵意が無いのだ。ただ、相手を魅了するだけ。
俺は。
俺は───。
仮面の様だったサキュバスの表情が変わっていた。
薔薇色の頬。濡れた唇。俺の心を見透かす様にすがめられた青い瞳。
唇がゆっきりと笑みの形を取り、真っ白な歯がこぼれる。
美しかった。
サキュバス?いや、天女だ。
羽衣をまとった天女が、ここにいる。
クスクス笑いながら遠ざかろうとする天女の後を、当然の様に俺は付いて行く。
綺麗だった。
真桃ちゃんよりも?
うーん、どうだろう。
でも、胸なら、はっきり真桃ちゃんの方が大きいな。
不意に立ち止まった俺を、天女───サキュバスが不思議そうに見やる。
そしてUターンして来ると、俺の頬に両手を添え、チュッと唇を合わせた。
柔らかだった。
シィマよりも?
どちらかと言うと、シィマは激しいばかりだったね。色気もなかったし。
でも、あんな美女とキス出来たのは、素直に嬉しかった。
困惑した表情を浮かべるサキュバス。
ちょっと色っぽいな。
でも、メサージュの色気に比べれば……。
帰ったら、カレンちゃん(仮)のお店に行こう。
俺は、目の前のサキュバスを殴り飛ばした。
そこから、再びサキュバス狩りに没頭した。
こんなお人形に魅了されかかったとは、ホントに恥ずかしい。
しかし、同じ轍はもう踏まない。
遠距離からのチャクラム攻撃。
もう、油断はしない。
───その油断のなさが、逆にフラグになるとは、この時の俺は知る由もなかった。
花園エリアの中央付近。
妙に空間が開けた場所に出た時だった。
ふわり、と。
風もないのに、花びらが舞い上がる。
「……なんだ?」
嫌な予感がした俺は、反射的にチャクラムを構えた。
が、次の瞬間、その予感は的中する。
現れたのは、これまでのサキュバスとは明らかに違う存在だった。
身長は一メートルほど。
しかし、その小さな身体から放たれる気配は、これまでの個体とは比べ物にならないほど濃密で、甘ったるい。
淡い金髪に、透き通るような白い肌。
ドレスはより精緻で、翅は宝石のように輝いている。
そして何より───その瞳。
見た瞬間に、分かってしまった。
「……クイーン、か」
サキュバスクイーン。
名前からしてヤバい。
俺は即座にチャクラムを投げようとした。
が。
投げる、直前。
クイーンが、微笑んだ。
それだけで───世界が、歪んだ。
甘い。
脳がとろけるような甘さが、全身を支配する。
視界が霞む。
思考が鈍る。
ああ、これはまずい。
分かっているのに、身体が動かない。
クイーンは、ゆっくりと両手を広げる。
来い、と言わんばかりに。
「……はは」
思わず、笑いが漏れた。
終わったな、俺。
そう思った、その時だった。
───真桃ちゃんの顔が、浮かんだ。
水着姿で、汗を拭きながら笑っていた顔。
ちょっと拗ねた顔。
メシを頬張る顔。
次いで、シィマ。
普段はしっかりした美女なのに、酒が入るとキス魔になる女。
そして、メサージュ。
あの妖艶すぎる吸血鬼。
……いや、ちょっと待て。
「……あれ?」
目の前のクイーンを見る。
確かに美人だ。
小さいけど、完成度は高い。
だが。
「……なんか、足りなくないか?」
ぽつり、と俺は呟いた。
クイーンの笑みが、わずかに固まる。
「いや、だってさ」
俺は指を折りながら数え始める。
「真桃ちゃんは家庭的で将来性あり。シィマは勢い重視で刺激強め。メサージュは……もう存在が反則級だろ?」
うん、比較対象が悪いな。
「で、お前は……」
改めてクイーンを見る。
確かに整っている。
だが、何というか。
「……量産型感、あるよな」
言った。
つい、言ってしまった。
空気が、凍った。
クイーンのこめかみに、ぴしりと青筋が浮かぶ。
「キィィィィィッ!」
怒った。
めちゃくちゃ怒った。
魅了の甘さが、一瞬で殺気に変わる。
「おお、効いてる効いてる」
俺は完全に正気に戻っていた。
理由は簡単だ。
煩悩である。
いや、マジで。
あの連中を基準にされたら、大抵の誘惑は霞む。
「悪いな。俺、もう免疫できてんだわ」
言いながら、チャクラムを握る。
今度は迷わない。
【縮地】発動。
投擲。
音もなく、チャクラムがクイーンの胴を切り裂いた。
クイーンの目が見開かれる。
信じられない、という表情。
「ほらな。一撃だろ?」
クルスの言葉を思い出して、苦笑する。
次の瞬間、クイーンの身体が崩れ、光の粒となって散った。
後には、いくつかのドロップアイテムが残る。
「……お」
しゃがみ込んで拾い上げる。
小瓶に入った、淡いピンク色の液体。
「これが、媚薬か」
他にも、細工の細かい指輪が一つ。
魔導具だろう。
「当たり、だな」
思わず口元が緩む。
あのクイーンを倒して、この収穫。
割に合っているだろう。
「……にしても」
立ち上がりながら、俺はため息をついた。
「危なかった、のか?」
いや、どう考えても危なかったはずだ。
普通なら。
だが。
「……煩悩って、強いな」
しみじみと呟く。
なんか違う気もするが、結果オーライだ。
俺はドロップ品を【仙人みかん】に収納し、帰還の準備をする。
花園エリアの甘い香りが、どこか物足りなく感じた。
「帰ったら……」
ふと、口元が緩む。
「メシ、奢るか」
誰にとは言わない。
だが、顔ははっきり浮かんでいた。
こうして俺は、サキュバスクイーンという一大イベントを、妙な形で乗り越え───無事、生還を果たしたのだった。
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