魔導具の鑑定
翌朝、アラームで目を覚ますと、俺は【仙人みかん】の中で簡単なストレッチを行った。
身体の調子は良い。
昨日も怪我らしい怪我は負わなかったし、疲労も残っていない。
思えば、アラカンのこの身体はずいぶん若くなっている様だ。今も大事な所は、健康的に朝だ───エヘン、エヘン!
俺は用意していたサンドイッチを食べると、おそるおそる【仙人みかん】の出入り口を開いた。
何もいない。
いないね?
ゆっくりと【仙人みかん】の外に出る。
よし、ホントに何もいない。
周囲を見回してから、俺はエリアの奥へと足を踏み出した。
そして始まる、昨日と同じ展開。
オーガを見つけ、狩る。
昨日作り出したパターンに沿って、今日も次々にオーガを狩って行った。午前中だけで、その数六体。魔導具も、また手に入った。
ウデも上がった……か?
今回は、ここで折り返す事にした。
またドラゴノイドやら吸血鬼やら出て来られたら、堪らない。
復路も数体のオーガを狩り、また半日かけてダンジョンを出た。
時刻はもう遅く、派遣事務所も閉まっていたので、今回の記録の送信だけを行い、俺は帰路に就く。夕食は、外食する元気もなかったので、コンビニで弁当を買って済ませる事にする。
お高い店にも行ける様になったけど、相変わらずコンビニ弁当も好きなのよね。
風呂に入ってさっぱりしてから、缶ビールを片手に唐揚げ弁当、ポテサラ、たこぶつを食べてると、異様に眠くなって来た。
絶対安全な【仙人みかん】の中で寝たとは言え、気は休まっていなかった様だ。
ゴミを始末すると、俺はベッドに潜り込んだ。
翌日は昼まで寝て、のんびりと派遣事務所に向かった。
各種ポーションの売買手続きと、魔導具の鑑定をしてもらわないといけない。
事務所には、いつものお姉さんと川越所長がいた。
ポーションはそれなりの数があったので、余裕で三百万円を越えた。が、問題は魔導具の方だ。
腕輪が二つ、指輪が一つ、ピアスみたいなのが一つ、そんなラインナップである。
「ほぉ。ソロで魔導具をこんなに取って来れるとは、Aランクとしても優秀ですね」
「いえ、まだまだ弱っちいですから……」
「あまり上ばかり見るのも、良くないですよ」
川越所長が腕輪の一つを手に取る。
「私、スキルレベルは低いんですが、一応【鑑定】を持っています。正式には鑑定所に回す必要がありますが、簡単な目利きなら出来ますよ?」
「ホントですか?じゃ、お願いして良いですか?」
「三烏さんには、美味い物を食べさせてもらいましたからね、これぐらいはお安い御用です」
所長のセリフを聞いたお姉さんが、こちらを睨んで来る。このお姉さん、苦手だったんで、全く誘って来なかったんだよなー。所長、いらん事を言いおって……。
「お。この腕輪は剛力の腕輪ですね。割合はそんなに高くなさそうですが、筋力を常時アップしてくれる腕輪です」
ほほぉ。それは良いんじゃない?単純に、パワーが上がるのは嬉しいぞ。
「次のは、頑強の腕輪ですね。打たれ強くなりますね」
ふむふむ。
「指輪とピアスは、両方とも魔力増幅の効果持ちです」
魔力増幅、ねぇ。
俺は顎に手を当てて少し考えた。確かに悪くはない。むしろ当たりの部類だろう。だが、現状の俺の戦い方は完全にフィジカル寄りだ。大剣を振り回して、力でねじ伏せるスタイル。魔法は補助的に使う程度で、主軸にはなっていない。
「どうされます? 三烏さん」
お姉さんが、事務的な口調で尋ねて来る。
「腕輪は使います。指輪とピアスは……売りでお願いします」
「かしこまりました」
即答だった。迷いはない。
所長が「ほう」と面白そうに目を細める。
「魔力増幅を切りますか。もったいない気もしますが」
「今の俺には、筋力と耐久の方がありがたいですから。魔法は……そのうち本格的にやる時が来たら、また考えます」
「合理的ですね」
お姉さんが端末を操作しながら淡々と答える。だが、ほんのわずかに頷いたのを、俺は見逃さなかった。
「でも、指輪とピアスでどれぐらいになりそうかな? 魔導具なんて値段の見当も付かないんだけど」
「魔力増幅系は需要が高いですよ。特に同時に二点となると、競りも発生しますし、三〜四千万円はするかも知れませんね」
さらっと言うお姉さん。が、俺の心は軽くバグってしまう。
三〜四千万円。
昨日までの俺なら、人生がひっくり返る金額だ。
いや、一億とかの収入もあったけど。
「……じゃあ、お願いします」
「はい。入金は売買完了後一週間以内に」
手続きはあっさりと終わった。
そして俺は、気分が良くなっていた。
これはもう、あれだな。
「……二人とも、今晩時間あります?」
「おや?」
「夕飯、ご一緒しませんか。日ごろのお礼もありますし」
所長がニヤリと笑う。
「それはありがたい。ねぇ、クルス君?」
お姉さん、クルスというんだね。
「……私は業務が」
「終わらせればいいだけでしょう?」
「…………」
クルスさんが一瞬だけ黙る。ほんのわずかに、視線が泳いだ。
へぇ、こういう表情もするのか。
「……分かりました。少しだけなら」
「よし、決まりだ」
所長が勝手にまとめた。
その日の夜。
俺たちは、そこそこ高級な和食の店に入っていた。とは言え、あまり気取った場所ではない。落ち着いて話せる、ちょうどいい雰囲気の店だ。
「いやぁ、しかし三烏さん。景気がいいですねぇ」
「たまたまですよ、たまたま」
「その“たまたま”を引けるのが実力なんですよ」
所長は酒を飲みながら上機嫌だ。
一方のクルスさんは、最初こそ堅かったものの、料理が進むにつれて少しずつ表情が緩んできた。
「……美味しいですね」
「でしょ? ここ、評判いいらしいですよ」
「ええ、確かに」
小さく頷く。
こうして見ると、普通に綺麗な人なんだよな、この人。仕事中は鉄面皮だけど。
「クルスさんって、長いんですか? この仕事」
「……五年ほどです」
「へぇ、結構ベテラン」
「まだまだです」
会話はぽつぽつと続く。
所長が間に入るおかげで、空気が途切れる事はない。むしろ、妙にバランスがいい三人組になっていた。
しばらくして、酒も進み、料理も一通り出揃った頃。
ふと、俺は思った。
――ああ、普段交流のない人たちと飲むのも悪くないな。
命のやり取りをする日々の中で、こういう穏やかな時間は貴重だ。
別に恋愛だの何だの、そういう話じゃない。
クルスさんは……まあ、ヒロイン枠に入るタイプじゃないだろう。性格的にも距離感的にも。
でも、だからこそいい。
無理に近づかない関係。
それでも、同じテーブルで飯を食うぐらいの距離。
大人って、こういうもんだよな。
「どうかされました?」
クルスさんがこちらを見る。
「いや、なんでもないです。ただ――」
俺は少しだけ笑って、グラスを持ち上げた。
「いい夜だなって思っただけです」
「……そうですね」
ほんの一瞬だけ、クルスさんが柔らかく笑った。
本当に、一瞬だけ。
でも、それで十分だった。
その夜は、穏やかに更けていった。
マンションに帰ったら真桃ちゃんが待っていて、ずいぶん、むくれられてしまった。
仕方ないので、もう一度夕食に出かける羽目になった。
クルスさんにむくれられても困るが、真桃ちゃんだと可愛いのよね。
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