ドラゴノイドとの攻防
ドラゴノイドと遭遇した話が、ちらちらと耳に入り始めた。
痛ましい事に、亡くなった者もいるらしい。
副ギルドマスターのカミキからドラゴノイド討伐隊への参加を打診されたのは、そんな頃だ。
ドラゴノイドたちが営巣しているエリアがあるとかで、そこを急襲するのだそうだ。
この先の探索行から少しでも危険が排除出来るならと、俺は討伐に参加する事にした。ちなみに俺の主任務は、【仙人みかん】を使った輸送である。
出発当日、ダンジョン前には五十人からの探索者が集まっていた。
討伐隊のリーダーは、マナセという男。四十代の身長二メートル近い巨漢だ。両手斧を主武器とする無茶苦茶強そうな外見である。
マナセの周囲を、彼のパーティーメンバーや馴染みの探索者たちが固め、部隊の中核を成す。
前日に補給物資を【仙人みかん】に詰め込んでいた俺は、彼らの後ろを付いて回るだけだ。【アイテムボックス】等の収納スキルを持つ者四人で、補給チームを形成している。
行程は、行きだけで二日かかる予定。いくつものエリアを抜けた、温水湿地エリアが目的地だ。
討伐隊の面々は深部探索を行っている連中で、カヤシマのオッサンのパーティーも参加している。我ら補給チームは、討伐隊で最弱の四人だ。よって、武装はしているが、戦闘に参加する可能性は低い。
――その認識は、甘かった。
一泊二日をかけて辿り着いたのは、温水湿地エリアの一歩手前。地面はぬかるみ始め、空気はじっとりと重い。夜になると霧が出るらしく、視界は一気に悪化するという。
温水抜きのただの湿地エリアだ。
「ここで野営だ。明日は一気に叩くぞ」
マナセの低い声が全体に響く。
手際よくテントが張られ、火が起こされる。さすがは精鋭揃いだ。無駄な動きが一切ない。俺たち補給チームも、物資の搬出を始めた。【仙人みかん】から食料や水を取り出し、各パーティーへ配っていく。
「おう、助かるぜ」
カヤシマのオッサンが片手を上げる。
「明日は忙しくなるな」
「ええ、出来れば出番なしで終わりたいですがね」
「はは、無理だな」
即答された。
……嫌な予感しかしない。
だが、腹は減る。鍋に肉と乾燥野菜をぶち込み、ぐつぐつと煮る。湿地近くということもあって、周囲の気配はやや不気味だが、火の周りは不思議と安心感がある。
その時だった。
――ぴちゃり。
水音。
誰かが足を踏み入れたような、嫌な音。
「……今の、聞いたか?」
誰かが呟く。
次の瞬間。
――ギャアアアッ!!
甲高い咆哮と共に、闇が弾けた。
「敵襲!! ドラゴノイドだ!!」
影が躍り出る。人型だが、全身を鱗で覆われ、口元から牙を覗かせる異形。数は……十、いや、もっといる。
奇襲だった。
完全に。
「散開しろ! 火を消すな!」
マナセの怒号。
だが、既に乱戦だ。
調理中だった鍋がひっくり返り、熱湯が地面に広がる。俺は反射的に後ずさるが、その背後から――
「ギィッ!」
「うおっ!?」
いつの間にか回り込まれていた。
ドラゴノイドの腕が振り下ろされる。咄嗟に大剣で受けるが、重い。想像以上の膂力だ。
ガキン、と嫌な音が響く。
「くそっ……!」
本来、俺は戦わないはずだった。だが、そんな悠長なことを言っている場合じゃない。
横から槍が突き出され、ドラゴノイドの首を貫いた。
「ボサッとすんな!」
知らない探索者だ。礼を言う暇もない。
次々と敵が湧いてくる。
火の明かりに照らされる戦場は、まるで悪夢だった。怒号、悲鳴、金属音。血の匂いが一気に濃くなる。
カヤシマのオッサンは、相変わらず無茶苦茶だ。大剣を振るうたびに、ドラゴノイドがまとめて吹き飛ぶ。
「数は多いが雑魚だ! 押し切れ!」
その言葉通り、個体の強さはそこまでではない。だが、数が問題だ。
俺も必死に剣を振るい、距離を保ちながら戦う。隙を見て【仙人みかん】から投擲用のチャクラムを取り出し、投げる。命中すれば、少しは楽になる。
気づけば、時間の感覚が消えていた。
どれくらい戦ったのか分からない。
ただ、腕が重い。足が震える。
そして――
「……終わり、か?」
誰かが呟いた。
最後の一体が倒れ、周囲が静まり返る。
死体の山。
倒れている仲間もいる。
だが、壊滅ではない。持ちこたえた。
「……やったな」
安堵が広がる。
その時だった。
――ズズン。
地面が揺れた。
「……おい」
誰かの声が、震える。
霧の向こう。
闇の奥。
そこに――影が、ある。
一つじゃない。
二つでもない。
十。
二十。
いや、もっとだ。
「嘘だろ……」
誰かが呟いた。
大型のドラゴノイド。
先ほどの連中より、明らかに一回り以上大きい。筋肉の盛り上がりも、鱗の厚みも、別物だ。
そして、その後ろにもさらに影。
「……群れだ」
マナセが低く言う。
「本隊が来た」
絶望的な状況だった。
今の戦闘で、皆消耗している。万全の状態ですら厳しい相手が、こちらの疲労を見透かしたように現れた。
――最悪のタイミング。
だが。
マナセは、一歩前に出た。
大斧を担ぎ、口元を歪める。
「いいだろう。まとめて叩き潰す」
狂っている。
だが、その言葉に、周囲の空気が変わる。
「立て! まだ終わりじゃねぇ!」
カヤシマのオッサンも笑っている。
「おいジュウナイ! 逃げるか?」
振り返られる。
逃げる選択肢。
あるにはある。
だが――
「……無理でしょうね」
背後は湿地。夜の霧。逃げ切れる保証はない。
それに。
ここで逃げれば、全滅する。
「だったらやるしかねぇな!」
笑い声。
俺は、深く息を吸った。
震える手で剣を握り直す。
【仙人みかん】の中には、まだ物資がある。回復薬、予備武器、投擲具。
やれることは、ある。
――やるしかない。
「第二ラウンドだ! 陣形を組め!」
マナセの号令と共に、再び戦いが始まる。
霧の中から、巨体が踏み出した。
地面が軋む。
ドラゴノイドの咆哮が、夜を引き裂いた。
――地獄は、まだこれからだった。
――咆哮と同時に、それは来た。
大型ドラゴノイドたちが一斉に口を開く。喉の奥で赤い光が膨れ上がり――次の瞬間、灼熱のブレスが吐き出された。
「散開ッ!!」
マナセの怒号が響く。
だが、遅れた者たちを炎が呑み込む。地面が焼け、湿った空気が一瞬で乾ききるほどの熱量。夜の闇が、赤く染まった。
「くそがっ……!」
俺は転がるようにして回避する。背中を焼かれるような熱が掠め、皮膚がヒリついた。
このままじゃ持たない。
「補給チーム、こっちだ!」
俺は叫びながら【仙人みかん】を展開する。慌てて三人が駆け寄ってきた。
「中に入れ! 今すぐ!」
「お、お前は!?」
「俺は後で入る! いいから早く!」
押し込むようにして三人を収納空間へと送り込む。これで、少なくとも非戦闘員は守れる。
問題は――俺だ。
振り返ると、戦線は既に崩れかけていた。大型の個体は、先ほどの雑魚とは桁が違う。剣も槍も、鱗に弾かれる。
だが。
「どけぇぇぇ!!」
マナセが吠えた。
大斧が振り下ろされ、ドラゴノイドの肩口を叩き割る。常識外れの一撃。血飛沫が霧に混じる。
さらに――
「まとめて来いよ、トカゲどもが!」
カヤシマのオッサンが笑いながら踏み込む。大剣が唸り、横薙ぎの一閃で二体まとめて吹き飛ばした。
スキルが発動しているのが分かる。身体能力が跳ね上がり、動きが人間離れしていた。
――本領発揮、か。
その隙に、俺は距離を取りつつ支援に徹する。【仙人みかん】から回復薬を取り出し、投げ渡す。投擲用のチャクラムも惜しまず使う。
狙いは目や関節。
一撃で倒せなくても、動きを鈍らせればいい。
「ギィィッ!」
一体がこちらに向かって突進してくる。
「ちっ……!」
逃げる。
とにかく逃げる。
正面からやり合う相手じゃない。足場の悪い地面を利用して、滑らせ、躱し、時間を稼ぐ。
その背後から、誰かの一撃が入る。
「背中が空いてんぞ!」
振り向けば、血まみれの探索者が歯を剥いていた。
――まだ、誰も折れていない。
戦いは、長引いた。
何度もブレスが放たれ、そのたびに誰かが吹き飛ぶ。それでも前線は崩れず、少しずつ、確実に敵を削っていく。
やがて。
東の空が、わずかに白み始めた。
「……下がり始めてるぞ!」
誰かが叫ぶ。
見ると、大型ドラゴノイドたちがじりじりと後退していた。仲間の損耗か、それとも日光を嫌ったのか。
理由は分からない。
だが――
「追うな! 陣形維持!」
マナセの指示が飛ぶ。
そのまま、睨み合い。
そして、ついに。
ドラゴノイドたちは霧の向こうへと消えていった。
静寂が訪れる。
俺は、その場にへたり込んだ。
「……生きてる、か」
誰にともなく呟く。
空はすっかり明るくなり始めていた。
最悪の夜は――どうにか、終わったらしい。
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