メサージュ姉さんのお話
デザートには、ただ切り分けられただけの桃。
しかし、誰一人としてその桃の味を、食べた感動を、表現出来る者はいなかった。
「やばい!これは、やばいよ、姉さん……!」
「誰が、あなたみたいなジジィの姉さんよ?失礼しちゃうわね」
俺の言葉に、プリプリする女吸血鬼。あれ?ちょっと可愛く見えて来た。
「で、姉さんは食べないの?」
「私は、体質が合わないのよ」
「なるほど。本当に黄泉平坂の桃らしい。魔除け効果がある訳だな」
副ギルドマスターのカミキが、一人で何か納得している。
「自分が食べられない物をわざわざ差し入れてくれたんだ?ありがとう」
「別に───。これが人間に喜ばれるって、仲間が言ってたのよ」
お。ツンデレ?
「仲間って、お前以外に人間と接触してる吸血鬼やら何やらがいるのか?」
オオヤシロがガンを飛ばす。
本当に怖いな、ギルドマスターの顔は。
「いるわよ、いっぱい。正体を明かしてないのがほとんどだと思うけど」
「それは、何て言うか、頭の痛い話だな……」
そう言って、うなだれるオオヤシロ。
確かに、地下都市の責任者の一人としては、聞き捨てならない話だろう。
「そんないっぱいの人たちが、どこから来てるんですか?ダンジョンから?」
真桃ちゃんが無垢な目で質問を飛ばす。
「ダンジョンを通って、ダンジョンの向こうから来るのよ」
「ダンジョンの向こう!?」
「そう。あなたたちはまだダンジョンを通り抜けた事がないのでしょうけど、ダンジョンは色んな世界に繋がってるの。私は、そのうちの一つから来たのよ」
「そこは、吸血鬼の世界?」
真桃ちゃんが、少々デリケートな所を突付き始める。
「いいえ。吸血鬼だけじゃなく、ワーウルフや人造人間や、色々いるわ」
「そこ以外の世界も、ダンジョンの向こうには、存在する……と?』
「ええ、海ばかりの世界や、もっとグロテスクな世界もあるって話よ」
「なんだか分からないけど、グロテスクな世界はイヤだな」
「で、姉さんたちがこっちに来る目的は?」
「私は、こっちが面白いからだけど、中には物騒な目的のもいるらしいわ」
「ここを乗っ取ろうとか?」
「そう。普通に侵略する気でね。まあ、でも、まだまだ偵察段階だと思うけど」
「でも、笑えねぇな」
カヤシマのオッサンがボヤく。俺も同じ気分だ。
「それは、どんな連中なんだ?」
「ドラゴノイドね」
「竜人間?」
「どちらかって言うと、恐竜人間かな」
「いまいちイメージが湧かねぇな」
「そんなの見た覚えもないけど、見かけたら、どうしたら良いのかな?」
「普通に狩れば良いのよ。どうせ相手も襲いかかって来るでしょうし」
「それを、侵略の口実にされない?」
「そんな頭のある連中じゃないわ。少しでも数を減らしてやるのが、向こうにとって痛手になるわ」
「そういうもんか……」
なんていう会話があった。
メサージュは適当に姿を消し、オオヤシロとカミキもそれに合わせて帰って行ったので、それで自然とお開きになった。
今回の件に全く関わりがなかったのに超美味いワインと桃にありつけたカヤシマのオッサンは、次は自分が食材を提供すると、しつこく繰り返していた。
俺はマンションに戻ってから真桃ちゃんに一回お願いしてみたが、アッカンベーされて終わりだった。
で、また日常が始まる。
普段はジムで身体を鍛えつつ、週に一〜ニ回ダンジョンに潜る毎日。
俺はなんとなく墓場エリアに行くのを避けて、鉄骨エリアでドールと呼ばれる先史文明のロボットみたいな相手を標的に定めた。
鉄骨エリアとは、崩壊し切った先史文明の都市が、鉄骨となって散乱している様な地帯で、ドールとはそこを徘徊している全高三メートル程の謎金属で出来たモンスターだ。倒すと、様々な金属のインゴットをドロップする事がある。
ドールは、見た目こそ無機質だが、動きは妙にしなやかだ。関節の構造が人間と似ているせいか、妙な生々しさがある。
だが──だからこそ、狩りやすい。
「ふっ!」
俺は踏み込みと同時に、大剣を横薙ぎに振るう。狙いは膝関節。金属同士がぶつかる嫌な音が響き、ドールの片脚が弾け飛んだ。
ぐらり、と三メートルの巨体が傾く。
そこへ間髪入れずに踏み込み、今度は逆側の脚も断ち切る。倒れ込む直前に、腕を振り上げてきたが──遅い。
「おせぇよ」
腕ごと斬り落とし、最後に胴体の中央へ叩き込む。
ゴンッ、と鈍い音と共に、ドールは完全に沈黙した。
「……よし」
慣れてしまえば、作業だ。
手足を潰し、機動力を奪い、最後に人間と同じ急所部分を破壊する。それだけの話。
しばらくその調子で狩り続けると、周囲には破壊されたドールの残骸が転がり始めた。まるでスクラップ工場だ。
そして──
「お、来た来た」
足元に転がった残骸が自壊し、インゴットへと変わる。
銀色の輝き。明らかにただの鉄ではない。
「ミスリルか。いいねぇ……」
思わず頬が緩む。
ミスリルのインゴットは高値で売れるし、自分で装備を作るにしても最高級素材だ。これ一つで、そこそこの収入になる。
さらにもう一体。
さらにもう一体。
気付けば、インゴットが三つ、四つと増えていく。
「……ウハウハだな、これ」
思わず独り言が漏れる。
墓場エリアのブラッディボーンも悪くはなかったが、精神的な疲労が段違いだ。こっちは完全に機械相手。気が楽だし、何より儲かる。
これは当たりを引いたかもしれない──
そんなことを考えていた、その時だった。
ギィ……と、妙な音が響く。
ドール特有の関節音ではない。もっと、生っぽい音。
「……?」
俺は反射的に大剣を構え、音のした方へ視線を向ける。
鉄骨の影。
その奥から、ゆっくりと姿を現したのは──
「……は?」
思わず、間の抜けた声が出た。
それは、ドールではなかった。
人型。しかし、明らかに人間ではない。
全身を覆う鱗の様な装甲。長い尾。腕は人間よりも太く、指先には鋭い爪。顔は──どちらかと言えば、トカゲか恐竜に近い。
「……ドラゴノイド?」
以前の会話が脳裏をよぎる。
侵略目的で来ている連中。
そして──見かけたら狩れ、と。
そいつは、こちらを認識した瞬間、口を歪めた。笑った、のかもしれない。
次の瞬間。
「グルァッ!!」
咆哮と共に、地面を蹴った。
速い。
ドールとは比較にならない速度で、一気に間合いを詰めてくる。
「チッ!」
俺は咄嗟に大剣を構え、振り下ろす。だが──
ガキィン!!
火花が散った。
「硬っ……!?」
直撃したはずの一撃が、弾かれる。鱗が鎧の様に機能しているのか。
そのまま、ドラゴノイドの爪が振るわれる。
「ぐっ!」
受ける。だが衝撃が重い。腕が痺れる。
ドールとは格が違う。
「……面倒なのが出てきやがったな」
距離を取りつつ、呼吸を整える。
相手は低く身を構え、再び突っ込んでくる構え。
ならば──
「脚だ」
ドールと同じだ。機動力を奪えばいい。
俺はわざと隙を見せる様に半歩踏み込む。
案の定、食いついてくる。
その瞬間。
「っしゃあ!」
踏み込みを逆に利用し、下から斬り上げる。
狙いは膝。
ガリッ、と嫌な手応え。
「……効いてるな!」
完全には切れないが、明らかに動きが鈍った。
続けてもう一撃。
今度は横薙ぎ。
バキン、と音を立てて、片脚が折れた。
「よし!」
体勢を崩したところへ、容赦なく攻め込む。
腕を斬る。尾を斬る。動きを削ぐ。
だが──
「グァァァッ!!」
暴れる。
力任せに振るわれる爪が、かすめただけでボディスーツに傷を刻む。
「くっ……!」
一歩間違えれば、こっちが終わる。
だが、引くわけにはいかない。
俺は歯を食いしばり、踏み込む。
「これで──終わりだ!」
渾身の一撃を、首元へ叩き込む。
硬い。だが──
ギィィン、と嫌な音を立てながら、刃が食い込む。
さらに力を込める。
そして──
ズン、と。
重い感触と共に、ドラゴノイドの動きが止まった。
「……はぁ、はぁ……」
その場に膝をつく。
全身が鉛の様に重い。
「……冗談じゃねぇぞ……」
ドールで調子に乗っていた自分を、殴りたい気分だ。
しばらく動けずにいると、ドラゴノイドの死体が自壊する。
そして残ったのは──
「……なんだ、これ」
鈍い光を放つ、黒いインゴットの様なもの。
ただのミスリルではない。もっと禍々しい、重たい気配。
「……嫌な予感しかしねぇな」
それでも回収しない理由はない。
俺はそれを【仙人みかん】に放り込み、大きく息を吐いた。
周囲は静まり返っている。
だが、その静けさが、逆に不気味だった。
「……これから、こういうのが増えるって事か?」
ドラゴノイド。
侵略者。
そして、それと同等以上の何か。
ダンジョンの向こう側。
別世界。
「……面倒くせぇ話だな、本当に」
げっそりとした顔で、俺は立ち上がる。
とりあえず今日は帰る。
これ以上は、割に合わない。
だが──
この先、間違いなく楽にはならない。
「……はぁ」
深いため息を吐きながら、俺は鉄骨エリアを後にした。
手には、確かな成果。
だが心には、それ以上に重たい予感が残っていた。
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