真桃ちゃんたちとの迷宮行
「オジサン、なんか若くなってない?」
「え、そう?」
「肌もツルツルしてるし、顔もちょっとイケて来た様な……」
真桃ちゃんが突然そう言い出したのは、二人でランチをしている時だった。
「ダンジョンに潜ってたら美男美女になるって噂、当たってたのかな?」
「ズルいよ、オジサンだけ!」
「いや、真桃ちゃんは最初から綺麗だから、効果が分かりにくいだけでしょ」
「え……」
なぜか狼狽える真桃ちゃん。綺麗だなんて、言われ慣れてるだろうに。
「さ、最近、オジサンはどこまで潜ってるの?」
「んー、メインにしてるのは、墓地エリアのスケルトン・ナイトだなぁ」
「え、そんなトコに一人で行ってるの?気味が悪そうだし、スケルトンもナイト級になったら激ツヨなんでしょ?」
「あー、ゾンビとかグールとか中途半端に腐ってるのだったらキツいと思うけど、スケルトンにまでなったら、ただのモンスターだよ。それに強いのは強いけど、その分儲けが大きいからねぇ」
「そんなのに一人で勝てるのがおかしいのよ」
なぜか口を尖らせる真桃ちゃん。
「私たちも頑張ってるけど、サーベル・ウルフで精一杯なのに」
サーベル・ウルフとは、短剣みたいな巨大な牙を持った、体長二メートルぐらいの狼のモンスターだ。一体だけで行動する習性で、狩りの相手としては人気があるらしい。
「真桃ちゃんは、同じ芸能事務所の子たちと組んでるんだっけ?」
「うん。いつも五人で組んでるよ」
言っては何だけど、狩りの対象として人気のあるサーベル・ウルフでは数が狩れないだろうし、五人組では吸収出来る魔力も少なくなってしまうだろう。それでは、美容効果が出にくいのも確かだろうな。
「もっと数が狩れるか、魔力の多い相手とやれたら良いんだろうけどねぇ」
「そんなの、私だけだと無理だよー」
真桃ちゃんの迷宮適性は、Ꮯクラスぐらいなのだろう。恐らく、他のメンバーも。
「あ、そうだ!」
「え?」
「オジサンが、もっと深いトコまで連れてってくれたら良いのよ!」
「いやいやいや……」
さすがに、全然関係ない芸能事務所の女のコたちを連れて、迷宮に入る訳にはいかない。万が一怪我でもさせたら、大問題だ。
だのに、真桃ちゃんの頭の中では、どんどん話が進んで行く。
で、いきなり、事務所の社長に電話をかけ始めた。
「───それで、オジサンにちょっと深いトコまで連れてってもらおうと思って───」
おいおいおい。
「うん。大丈夫だって。噂のドラゴン退治のオジサンだから───」
とても社長を相手に喋ってるとは思えない調子で話を終えると、真桃ちゃんはにっこりと笑った。
「社長、オッケーだって!」
「いや、俺は……」
「後は他のメンバーにも説明してから、オジサンの事務所に話を通すからって───」
「うーん……」
もう既に逃げられそうになかった。
「そんな顔しないでよー。可愛い子ばかり四人よ。おっぱい大きい子もいるよ?」
いや、真桃ちゃんも十分大きいしなー。
「あれ?もしかして小さい方が───?」
「大きい方!」
「あ、良かった」
自分のおっぱいを掴んでみせる真桃ちゃん。目に毒な光景だ。
それから三日後、事務所から特別依頼の連絡が入り、更に二日後には決行の日を迎えた。
「オジサン、おまたせー」
真桃ちゃんが四人の美少女を連れて、やって来る。
「はじめまして。今日は、よろしくお願いします」
リーダー格らしい、背が高くて大人っぽいショートカットの美少女が頭を下げて来た。
「私は、シィマ。音魔法を使ったバッファーです」
音魔法の道具なのだろう、バイオリンを持っている。これはいきなり、俺の知らないタイプの探索者だ。
残りの三人も、シィマが紹介してくれる。
盾を持ち、何かの甲殻で出来た鎧を着たマユリ。シィマの次に長身だ。
魔法使いのユサ。小柄で童顔だが、一番のメリハリボディー。
回復役のキョウコ。半前衛らしく、鎧姿でゴツいメイス装備。
そして、真桃ちゃんは物理アタッカーらしく、二振りの小剣を持っている。そして、いつものキツネ面。これは、スマート機能を持ったマスクなんだそうな。
「よろしく。じゃあ今日は、約束通り重武装オークを相手にするからね」
「はーい」
獲物は、先方の事務所の依頼で重武装オークが指定されていた。彼女たちが相手していたサーベルウルフより一段強く、サーベル・ウルフ同様に単独行動をしている個体が多い為だ。
俺としても、慣れてる相手なのでありがたい。
五人を引率して荒地エリアに向かいながら、俺はひどく注目を集めている事に気がついた。
そりゃそうだろう。五人とも、遠目にもスタイル抜群なのだ。近くに寄れば、更に美少女ぶりが凶悪だ。
そんな五人を連れてる俺って、何に見えるんだろう……?
ノーマルなオークのいるエリアでは、いつもいる三人組のパーティーが、唖然とした表情で俺を見送ってくれた。
そして、ずいぶん気疲れした状態で、重武装オークの湧くエリアに到着。
「疲れてないなら、1匹引きずって来るぞー」
「大丈夫でーす」
元気な声に背を押され、俺は現れた重武装オークに近づいた。
「フガッ!!」
いきり立つオークの剣をメイスで跳ね飛ばすと、兜越しに頭を一撃。
頭を抱えてうずくまろうとするオークの背を一蹴りして、真桃ちゃんたちの方へ押しやる。
そこへ、真桃ちゃんが猛然と襲いかかった。二振りの小剣を逆手に持ち、躊躇なくグサリとオークの背に突き立てたのだ。
「───!!」
重武装オークが、何か信じられないものを見た表情のまま、自壊していく。
俺も、信じられないものを見た気分だ。
真桃ちゃんって、意外とアグレッシブ。
───その一体を皮切りに、五人は流れを掴んだ様だ。
「マユリ、前! 受けて!」 「了解っ!」
次に俺が引いてきた重武装オークに対し、盾役のマユリが正面から踏み込む。ガン、と鈍い音が響き、オークの斧が彼女の盾に叩きつけられた。だが、その一撃は完全に受け止められている。
「やるっ……!」
ユサが思わず声を漏らす。
「私たちも行くよ、ほら!」
シィマがバイオリンを顎に当て、弓を滑らせた瞬間、空気が震えた。澄んだ旋律が、戦場に似つかわしくないほど美しく響く。
その音が届いた瞬間、体が軽くなる。
(……これは)
筋力が底上げされ、反応速度が明らかに上がっている。単なる士気向上なんてレベルじゃない。明確な“強化”だ。
「オジサン、いける?」
「任せろ」
俺は一歩踏み込み、オークの側面へ。マユリの盾に気を取られている隙に、関節部へメイスを叩き込む。
ゴキン、と鈍い手応え。
「今っ!」
「はいっ!」
ユサの詠唱が完成し、火球がオークの顔面に炸裂。視界を奪われたオークに、真桃ちゃんが再び突っ込んでいく。
今度は背後ではなく、正面からだ。
「はああっ!」
低い姿勢から滑り込むように懐へ入り、両手の小剣を交差させるようにして喉元を切り裂く。
───決まった。
崩れ落ちるオークを尻目に、キョウコがすかさず回復魔法を展開する。
「みんな、無理しないで。まだ続くからね」
戦いながらも、冷静に全体を見ている。
(なるほどな……)
連携が取れている。荒削りではあるが、確実に“パーティー”として機能し始めている。
それからも、数体の重武装オークを相手にしたが、戦いは回を重ねるごとに洗練されていった。
最初はぎこちなかった動きが、次第に噛み合い、無駄が消えていく。
「やった……!」
「今の、すごく良かったよユサ!」
「えへへ……」
短い休憩の中で、彼女たちは確かな手応えを感じている様子だった。
───そして。
「……来るぞ」
俺がそう言った瞬間、空気が変わった。
重い、圧力。
地面を踏みしめる音が、明らかにこれまでの個体とは違う。
「……え?」
現れたのは、一回り大きなオーク。
全身に刻まれた傷跡。血走った目。両手に握られた巨大な戦斧。
そして何より───
「速いぞ、気をつけろ!」
次の瞬間には、そいつは“消えた”。
否、目で追えない速度で踏み込んできたのだ。
「マユリ!!」
ギィィンッ!!
盾と斧がぶつかり合い、凄まじい衝撃が走る。マユリの足が地面を削りながら後退する。
「くっ……!」
「オーク・バーサーカーだ……!」
理性を削り、攻撃力と速度に特化した狂戦士型。
通常の重武装オークとは、別物だ。
「シィマ、バフを最大に! ユサは牽制、キョウコは回復優先! 真桃ちゃん、無理に突っ込むな!」
「了解!」
指示が飛ぶと同時に、シィマの旋律が一段高く、激しくなる。
体の奥から力が湧き上がる感覚。
(よし……やるか)
俺も前に出る。
振り下ろされる戦斧を紙一重でかわし、軌道の外から一撃を入れる。だが───
「硬ぇな……!」
浅い。筋肉が異様に締まっている。
「オジサン、こっち!」
真桃ちゃんの声。
視線を向けると、ユサの魔法で一瞬足止めされたバーサーカーの背後が空いている。
「合わせるぞ!」
「うん!」
俺が前方から踏み込み、注意を引く。
その瞬間、真桃ちゃんが死角から滑り込む。
「はあああっ!」
二本の刃が、同時に振り抜かれる。
だが、それでも致命傷には至らない。
「まだだ!」
俺はその隙に、全力でメイスを振り上げた。
狙いは───首の付け根。
シィマの旋律が、さらに高鳴る。
体が、限界以上に動く。
「おおおおおっ!!」
渾身の一撃。
鈍い音と共に、バーサーカーの体がぐらりと揺れる。
「今っ、キョウコ!」
「任せて!」
回復ではなく、強化魔法の光が俺たちを包む。
「押し切るよ!」
真桃ちゃんが叫び、再び踏み込む。
そして───
五人と一人の力が、完全に重なった。
斧が落ちる前に、バーサーカーの体が崩れ落ちる。
遅れて、自壊して消えていった。
静寂。
そして───
「……勝った?」
「勝った……!」
「やったぁぁぁ!!」
歓声が弾けた。
その場にへたり込む者、抱き合う者、涙ぐむ者。
俺はその光景を見ながら、ふっと息を吐いた。
(ちゃんと、倒せたな)
しかも、ほぼ理想的な形で。
「オジサン!」
真桃ちゃんが、満面の笑みで駆け寄ってくる。
「今の見た!? 私たち、やれたよね!?」
「ああ。立派なもんだ」
正直、ここまでやるとは思っていなかった。
「いいパーティーだよ、お前たち」
その言葉に、五人が顔を見合わせて笑う。
最初に会った時とは、明らかに違う表情だった。
自信と、達成感。
そして、次へ進もうとする意志。
(……これなら)
もう、俺が付きっきりでなくても大丈夫だろう。
そんな確信が、自然と湧いていた。
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