アラカン、ちょっと強くなる
ドラゴンの一件から二週間程を置いて、俺は探索者業を再開した。
あれから、まだドラゴン関連の聴取は続いたし、ドロップアイテムの取り引きなんかもあって、ずっとバタバタしていたのだ。
まず、バレーボール大のドラゴンの魔石。なんと、恐ろしいことに一億円の値が付いた。
ポーションの類では、エリクサーが二本あり、これがあらゆる怪我や病気、欠損までも治すシロモノとあって、一本が八千万円。また、人体のあらゆる細胞を劇的に若返らせる変若水が五千万円。ほとんどの怪我が瞬間的に治るという最上級ポーションが三本あり、一本一千万円。鱗片や骨片もそれなりの値段で売れた。また、三つ目のブロック肉は八百万円になった。
どれも相場さえ分からない物だったので、かなり乱暴な値付けになったが、俺は十分に満足している。
なお、俺の手元には最上級ポーションが一本と、大剣と短剣が残った。
大剣と短剣は、どちらも特別な力はないが、恐ろしく魔力の伝導率が高く、しかも頑丈という鑑定結果だ。短剣を真桃ちゃんにプレゼントしようかと思ったが、全力で拒否されてしまった。まあ、仕方ない。
なんにせよ、俺はちょっとした成金状態である。
もう探索者を引退しても良いぐらいだが、ドラゴンの魔力を取り込んで強くなった筈の自分の力を試さずにもいられなかった。
今回の予定は、まず重武装オークを相手に以前の自分の戦力との比較。戦力が十分に上がっていると分かれば、エリアをいくつか進んでタイタン・クラブを狙うつもりだ。
タイタン・クラブは、甲羅の大きさだけで三メートルを超える巨大な蟹のモンスターである。その巨体の割に動きが素早く、甲殻は堅く、ハサミの切れ味は日本刀に匹敵すると言われている。しかも複数でいる事が普通で、狩るには困難な相手だ。
それでも俺が狩りの獲物として選んだのは、「食べる」為である。とても美味いという話なのだ。
そういう訳で、まずは重武装オークだ。
これまでなら、【縮地】をかけたチャクラムで牽制してからメイスでぶん殴るところだが、俺は正面から重武装オークに仕掛けた。
「ブフフ……」
重武装オークが笑う様な声を上げながら、剣を抜き放った。
あれだけ手強かった重武装オークが、なんだか軽く見える。
力強い踏み込みとともに、剣を振り下ろす重武装オーク。
俺は余裕を持って、その剣の横っ腹にメイスを叩き付けた。弾かれて、大きく軌道を変えるオークの剣。
俺は剣に当てた反動で跳ね返ったメイスを、手首を返しただけでオークの横っ面に打ち付ける。
兜を被っているせいで致命傷にはならなかったが、グラリと重武装オークが身をよろめかせた。俺はメイスでオークの顎をかち上げる。
それで重武装オークは地に伏し、身体を自壊させた。
重武装オークの魔石を拾う俺の息は、少しも乱れていなかった。
「次は大剣だな」
俺は【仙人みかん】を開くと、メイスを中に入れ、代わりに大剣を引っ張り出した。
なお【仙人みかん】は、直径20メートルあると物の出し入れに不便だと思っていると、収納空間をいくつかに分割出来る事が分かった。大剣用には直径2.5メートル程の空間を使っている。
背負うと、大剣がズシリと重い。
大剣術はカヤシマのオッサンから軽くレクチャーを受けただけだ。あまり無理は出来ないが、徐々に慣れてはいきたい。
ニ体目の重武装オークを見つけ、鞘から大剣を引き抜く。ちょっと、もたついた。訓練しなきゃ。
大剣を目にしたせいか、今度のオークは慎重な雰囲気だ。
俺は難しい事は考えず、一気に距離を詰め、大剣を振り下ろした。
オークも剣で防ごうとしたが、大剣は剣ごと押し込んで兜に食い込んだ。
それで、オークの目が裏返る。
一撃である。
武器の性能が高くなったせいもあるが、それを操る俺の身体能力もずいぶん上がっている感じだ。
よし。次は、タイタン・クラブだ。
俺は深く息を吐き、足場を確かめながらエリアをいくつか進む。空気が変わった。湿り気を帯びた匂い。どこか磯のような、生臭さを含んだ空気が鼻をつく。
磯辺エリアだ。
「……来たな」
視界の先、岩場のような地形の中で、それは動いていた。
最初に目に入ったのは、巨大な甲殻だった。灰褐色の鈍い光沢を放つそれは、まるで岩の塊のようにも見える。だが、次の瞬間、ガキンと硬質な音を立てて動いた。
タイタン・クラブ。
甲羅だけで三メートル超。脚を含めれば、軽く五メートルはあるだろう。左右の巨大なハサミが、金属音のような音を立てて開閉している。
「……確かに、こりゃ強そうだ」
だが、不思議と恐怖はない。ドラゴンの魔力を取り込んだ影響か、それとも単に俺が調子に乗っているだけか。
まあ、いい。試してみれば分かる。
俺は大剣を構え、地面を蹴った。
タイタン・クラブは素早かった。巨体に似合わず、横に滑るように移動し、同時にハサミを振り上げる。
来る。
俺は正面からぶつからず、半歩踏み込みをずらした。振り下ろされるハサミが、風を裂く。
――速いな。
だが、見える。
俺はハサミの軌道を読み、振り下ろされた瞬間に懐へ潜り込む。
「硬ぇのは分かってる」
狙いは関節。
脚の付け根に向けて、大剣を横薙ぎに振るった。
ガギィンッ!
嫌な手応え。完全に断てたわけじゃない。だが、甲殻の継ぎ目に刃が食い込み、確かなダメージを与えた。
タイタン・クラブが甲高い音を発し、体をよじる。
その動きに合わせて、俺は一度距離を取った。
「なるほどな……真正面から甲羅を叩くのはバカのやることだ」
改めて観察する。
甲羅は論外。脚も外殻は硬いが、関節は比較的柔らかい。腹部――あそこも弱点だろうが、潜り込むにはリスクが高い。
「……いいじゃねぇか」
狩りって感じがしてきた。
再び踏み込む。
今度はタイタン・クラブもこちらを警戒していた。ハサミを広げ、間合いを取らせない構え。
だが――
「甘い」
俺はあえてハサミの内側に飛び込んだ。
挟まれる寸前、体を捻りながら滑り込む。すれ違いざまに、大剣を突き上げた。
狙いは腹。
ズン、と鈍い感触。
刃が深く入り込む。
タイタン・クラブの動きが一瞬止まった。
「もらった!」
そのまま力任せに大剣を引き裂くように振り抜く。
甲殻の内側から破壊されたタイタン・クラブは、大きく仰け反り、やがて崩れ落ちた。
自壊して消えていく巨体。
「……よし、一体」
思ったよりいける。
いや、かなりいける。
その後も、俺はタイタン・クラブを狩り続けた。
二体、三体と数を重ねるごとに、動きが洗練されていくのが自分でも分かる。無駄な力みが抜け、狙いが正確になる。
関節を断つ。腹を穿つ。
同時に二体を相手にする場面もあったが、慌てず、一体ずつ確実に仕留めていった。
そして――
「……デカいな、おい」
それは明らかに異質だった。
通常の個体よりも一回り、いや二回りは大きい。甲羅の幅だけで四メートル近い。ハサミも異様に太く、禍々しい光沢を放っている。
特殊個体、ってやつか。
特殊個体が低い音を鳴らし、地面を震わせながらこちらに向かってくる。
「いいね。ちょっとは歯応えがありそうだ」
だが、油断はしない。
俺は大剣を握り直し、重心を落とした。
来る。
振り下ろされる巨大なハサミ。これまでとは段違いの速度と威力。
俺はギリギリで回避したが、風圧だけで体が持っていかれそうになる。
「……これは、まともに受けたら終わりだな」
だが、避けられない速度じゃない。
むしろ、単調だ。
大きい分、動きが分かりやすい。
「なら――やることは同じだ」
俺は再び懐へ潜り込む。
だが、特殊個体は違った。腹を守るように脚を折りたたみ、隙を潰してくる。
「ちっ、考えてやがる」
ならば――
俺はあえて距離を取り、正面から構えた。
そして、一気に踏み込む。
狙いは関節。ただし、今度は一撃で断つ。
全身に力を込める。魔力が大剣へと流れ込むのが分かる。
「……いくぞ!」
振り下ろした一撃は、これまでとは比べ物にならない威力を持っていた。
バキンッ!
硬い音とともに、関節が砕ける。
巨体がバランスを崩した。
その隙を逃さない。
俺は即座に踏み込み、腹へと大剣を突き立てる。
ズドン、と深く沈み込む刃。
「終わりだ!」
全力で振り抜く。
内部から破壊された特殊個体は、大きく痙攣し、やがて自壊して消えた。
「……ふぅ」
さすがに、少し息が上がった。
だが、それでも余裕はある。
「悪くねぇな」
戦力の向上は、はっきりと実感できた。
これなら、まだ先にも行けそうだが――
俺は【仙人みかん】の中に収めたドロップ品を思い浮かべ、ニヤリと笑う。
「……今日はこの辺にしとくか」
目的は達した。
それに――
「カニ、だな」
タイタン・クラブは美味いらしい。
これだけの量があれば、しばらくは贅沢できるだろう。
蒸すか、焼くか、それとも鍋か。
いや、全部だな。
「真桃ちゃん、喜ぶかな」
そんなことを考えながら、俺は帰路についた。
足取りは軽い。
頭の中は、完全にカニ祭でいっぱいだった。
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