ギルドマスターの顔は怖い
昨夜はドラゴン肉の宴で盛り上がった上、その後、ドラゴンとの一戦について話していた為、だいぶ夜更かしをしてしまった。
それでも帰りは丸々一日かかるので、寝坊はしていられない。
俺たちは眠い目をこすりながら、帰路に就いた。
で、帰り道は別段話す様な出来事もなく、夕方にダンジョンを出た時点で、スマートゴーグルから報告を飛ばす。
いつもなら続いて事務所でアイテムの売買手続きをするところだが、眠いのでそれは後日に回す事にして、ロッカールームに向かった。熱いシャワーを浴びて汗だけ流すと、個人のスマホにギルドからの着信履歴があった。
「ジュウナイ、ギルドマスターからの呼び出しだ」
やはりロッカールームにいたカヤシマのオッサンが、スマホ片手に俺に声をかけて来た。
「うぇー、眠いのに……」
「しょうがないだろ、それだけの大事件って事だ。お前も連れて行くって返事しちまったからな、観念して付いて来い」
「へーい」
考えてみれば、初のドラゴン討伐なのだ。ギルドが騒がない筈がない。
しかし、報告を事務所に送ってからの反応が早いな。AIが動画をチェックして、内容を要約すると聞いたけど、その時に「ドラゴンがー!」って騒ぎ立てたのかも知れない。
俺は服を着ると、カヤシマのオッサンとともにギルドマスターの待つ部屋に向かった。カヤシマのオッサンは、こういうのにも慣れた感じだ。さすが、深部探索者。
第二応接室とプレートがかかった部屋に着くと、三人の人間が待ち構えていた。
一人は、俺も面識のある、うちの事務所の迷宮営業所の所長、川越氏。俺と同年代に見える真面目そうな人だ。
残り二人は、ギルドマスターと副ギルドマスターだった。
ギルドマスターは身長二メートル近い大男。見るからに武闘派って雰囲気。トシは50ぐらいか。顔が怖い。
副ギルドマスターは、細身のいかにも切れ者という風貌の40男だった。
「カヤシマとミツガラスです」
カヤシマのオッサンのセリフに合わせて、頭を下げておく。ギルドマスターの目が怖い。
「呼び出して済まなかったな。まあ、座ってくれ」
俺とカヤシマのオッサンが席に着く。
「ギルドマスターのオオヤシロだ」
「副ギルドマスターのカミキです」
そして、尋問───いや、取り調べ、いや、何だか圧の強い報告会が始まった。
「まずは確認だ。対象は確かに“竜種”で間違いないな?」
ギルドマスター、オオヤシロの低い声が、部屋の空気をさらに重くする。
「……はい。映像にも残ってますし、ドロップアイテムの鱗片と骨片も回収しています」
俺は出来るだけ平静を装って答える。が、実際は内心ヒヤヒヤだ。眠気もあって、思考がワンテンポ遅れる。
「討伐に至った経緯を、最初から最後まで、時系列で話してもらおう」
副ギルドマスターのカミキが、淡々とした口調で追撃してくる。
そこからは、ほぼ取り調べだった。
動画が残っているというのに、同じことを角度を変えて何度も聞かれる。
「いや、それさっきも……」
「確認だ」
「は、はい……」
俺の返答に対して、カミキが即座に切り返す。逃がさないという意思が、言葉の端々に滲んでいる。
カヤシマのオッサンも横で答えてくれてはいるが、実際にその場にいなかったのだから、どうしても俺が矢面に立ってしまう。
途中から、もう何を話したか分からなくなってきた。
眠い。頭が回らない。喉も乾く。
カミキがメモを取る手を止め、オオヤシロがじっとこちらを見据える。
やばい。完全に変なやつだと思われてる。
「……カヤシマ。補足はあるか?」
「いや、見たまんまだ」
カヤシマのオッサンが肩をすくめる。
「……そうか」
オオヤシロは腕を組み、しばらく考え込むように目を閉じた。
その間にも、俺の体力はじわじわ削られていく。もう限界だ。正直、今すぐ横になりたい。
「……分かった。本件については、ギルドとして正式に単独ドラゴン討伐と認定する」
「は、はぁ……」
よく分からないけど、なんかすごいことを言われた気がする。
「今後、お前には相応の依頼が来ることになるだろう。拒否権はあるが、報酬も跳ね上がる」
カミキが事務的に説明する。
「……はぁ……」
もう、まともに返事する気力もない。
「今日はここまでにしておこう。詳細な調査は後日改めて行う」
「……助かります……」
本音が漏れた。
「顔色がひどいな。帰って休め」
オオヤシロが珍しく、少しだけ声を緩めた。
「……はい……失礼します……」
立ち上がった瞬間、ふらっと視界が揺れた。
「おい、大丈夫か」
カヤシマのオッサンに肩を支えられる。
「……ギリギリ……」
俺はそのまま、半分引きずられるようにして応接室を後にした。
どうやって帰ってきたのか、あまり覚えていない。
気付いたら、新居の前に立っていた。
鍵を開け、ドアを押す。
「……ただいま……」
力なくそう言った瞬間。
「おかえりなさい、オジサン」
柔らかい声が、部屋の奥から返ってきた。
「……え?」
顔を上げると、そこにいたのは───真桃ちゃんだった。
「あ、来てたのか……」
「来ちゃいました」
にこっと笑う。
その笑顔を見た瞬間、張り詰めていた何かが、ぷつんと切れた。
「……あー……」
俺はその場にへたり込んだ。
「ちょ、ちょっと!?大丈夫ですか!?」 慌てて駆け寄ってくる真桃ちゃん。
「……無理……もう無理……」 「ええっ!?」
自分でも驚くくらい、弱音がぽろぽろ出てきた。
「眠いし……頭回らないし……あの人たち怖いし……」
「こ、怖い……?」
「なんかずっと同じこと聞いてくるし……」
真桃ちゃんが一瞬きょとんとした後、くすっと笑った。
「それは……大変でしたね」
優しい声だった。
「……もうやだ……帰りたい……」
「もう帰ってますよ」
「そっか……」
何を言ってるんだ俺は。
「とりあえず、こっち来てください」
真桃ちゃんに手を引かれる。
ソファの前まで連れて行かれ、ぽすんと座らされた。
「横になっていいですよ」
「……うん……」
言われるままに横になる。
すると、ふわりと柔らかい感触が頭を包んだ。
「……え?」
見上げると、真桃ちゃんの顔があった。
「膝枕、です」
少し照れたように微笑む。
「……いいの?」
「いいんです」
そのまま、そっと頭を撫でられる。
ゆっくり、ゆっくりと。
「……あー……」
力が抜ける。
さっきまでの緊張も、疲労も、全部溶けていくみたいだった。
「頑張りましたね」
「……うん……」
「すごいです」
「……うん……」
子供みたいに相槌を打ちながら、目を閉じる。
「……真桃ちゃん」
「はい?」
「……ありがと……」
それだけ言って、俺の意識はそのまま落ちた。
後日。
「……これ、本当に全部ドラゴン肉なのか?」
ギルドマスター、オオヤシロが、目の前の料理を見て唸った。
場所は、一品料理屋『はるか』。
今日は貸し切りだ。
「ええ。腕によりをかけました」
女将が誇らしげに答える。
テーブルには、見たこともない料理が並んでいた。
炙り、煮込み、揚げ物、スープ。
どれも香りからして異次元だ。
「では……いただこう」
副ギルドマスターのカミキが、ナイフとフォークを取る。
一口。
そして───止まった。
「……これは……」
言葉が出てこない様子だ。
オオヤシロも続く。
肉を口に運び、噛む。
そして、目を見開いた。
「……うまい」
低く、確かな声。
それからは早かった。
「こっちも試してみろ」
「このスープは……!」
「酒が進むな……!」
完全に“持っていかれた”。
川越氏も含めて、全員が夢中で料理を平らげていく。
真桃ちゃんも楽しそうに食べている。
「美味しいですね、オジサン」
「だな……」
俺はその様子を見ながら、少しだけ肩の力を抜いた。
やがて、宴も終盤。
満足しきった様子で、オオヤシロが立ち上がった。
「ミツガラス」
「はい?」
「……いいものを食わせてもらった。礼を言う」
「いえ……」
「そしてだ」
オオヤシロが真っ直ぐこちらを見る。
「何かあれば、いつでも頼れ」
その言葉に、カミキも頷いた。
「ギルドとして、全面的にバックアップする」
「……はぁ」
川越氏も苦笑しながら肩を叩いてくる。
「いやぁ、大したもんだよ、本当に」
そうして、三人は満足げに帰っていった。
店に残ったのは、俺と真桃ちゃんだけ。
「……終わりましたね」
「だな……」
ふう、と大きく息を吐く。
ようやく、全部終わった気がした。
「よかったですね」
「……うん、まあ……」
確かに、悪い結果じゃない。
むしろ、かなりいい方向に転がったと思う。
でも。
「……なんかさ」
「はい?」
「ちょっと、怖くなってきた」
正直な気持ちが、ぽつりと漏れた。
「怖い?」
「うん」
テーブルの上の皿をぼんやり見つめる。
「俺、なんか……一気に強くなりすぎてないか?」
自分でも、実感が追いついていない。
ドラゴンを倒した。それも単独で。
ギルドの全面支援。
「この先、どうなるんだろうなって……ちょっと思ってさ」
軽く笑おうとしたけど、うまくいかなかった。
真桃ちゃんは、少しだけ考えるようにしてから。
「……大丈夫ですよ」
そう言った。
「オジサンは、オジサンだもの」
当たり前みたいに。
「強くなっても、変わらないと思います」 「……そうか」
「はい」
にこっと笑う。
「それに」
「うん?」
「もし変な方向に行きそうになったら、止めます」
「……おお、頼もしいな」
思わず笑ってしまった。
「任せてください」
胸を張る真桃ちゃん。
その姿を見ていると、少しだけ気が楽になる。
「……じゃあ、頼むわ」
「はい」
店の外は、すっかり夜だった。
俺は軽く伸びをして、立ち上がる。
まだ少しだけ、不安は残っている。
でもまあ───
とりあえず、今は。
「帰るか」 「はい」
隣に誰かがいるっていうのは、悪くない。
そんなことを思いながら、俺は店の戸を開けた。
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