アラカンの帰還
【仙人みかん】の初期の大きさが狭すぎるという指摘をいただき、直径50センチを直径150センチに変更しました。
その後の広くなり方も当然大きくなり、最終的に直径20メートルぐらいになりました。
魔法陣を踏むと、俺はまたも身体が引き剥がされる様な感覚を味わった。
そして───。
「ジュウナイ!!」
カヤシマのオッサンの大声で、俺は意識を取り戻した。一瞬、立ったまま気を失っていたらしい。
がっしり抱きついて来るカヤシマ。
う。オッサン臭い。ミショウと替われ。
「無事か、お前!?」
「あ、ああ、無事だ。無事だから、離れろ」
「すまん!あんなトコに転移罠があるとは!!すまん!!」
「わかった!わかったから、離れろ」
「ああ、本当に良かった!」
「……」
カヤシマのオッサンの抱擁から逃れるのに、5分はかかった。
エグサたちもすまなそうな表情をするばかりで、助けてくれる気配がなかった。
「で、転移先で何があった?こっちは跡を追おうにも、もう罠が反応しなくてな」
「うん。ドラゴンを退治して来た」
「で、何があった?」
「だから、ドラゴンを」
「ちょっと錯乱してるな」
「おい」
「とりあえず野営地まで連れて帰ろう」
「こら」
俺は、半分連行状態で昨夜の野営地まで連れて来られた。
辺りは、もう暗い。カヤシマたちは、暗くなるギリギリまで、トロールの跋扈する危険地帯で俺を待ってくれていた訳だ。
カマドで火が熾され、早速クラタが調理にかかる。
「あ、クラタ、待って」
俺は【仙人みかん】の出入り口を開くと、中からドラゴンのブロック肉を引っ張り出した。
「ちょ、おま、何だ、そのスキル、いや、それより何だ、その肉?」
「わー、綺麗な肉じゃなーい!」
「これぞ、証拠のドラゴンの肉だ」
「はあ?」
「ドラゴンだったら、意識が跳ぶ程美味いんだろ?食ってみたら分かるぜ」
俺がクラタの前にブロック肉を差し出すと、いつも柔和なクラタの顔がひどく緊張したものに変わった。
「いいのか?」
「ああ」
「待て待て、そんな何の肉か分からん物、危なくて食えんぞ」
「じゃ、カヤシマは食わなくていいじゃん。エグサとミショウは、どうする?」
「「食べる」」
カヤシマの意見は尤もだが、ここは食ってもらわないと困る。
「カヤシマのオッサンは?」
「ああ、くそ、俺も食うよ!」
カヤシマが折れた。だいたい、このオッサンも美食に目がないのだ。折れない訳がなかった。
「さあクラタ、ウデの見せ所だぜ」
俺がそう言うと、クラタはしばし黙り込んだまま、目の前の赤黒いブロック肉をじっと見つめた。焚き火の揺らぎが、その表面に妖しい光沢を与えている。
「……分かった」
低く、しかしはっきりとした声だった。
いつもの柔和さは消え、代わりに料理人(?)としての闘志が滲んでいる。クラタは静かに頷くと、手際よく包丁を取り出した。
ザク、と最初の一刀が入る。
「……硬いな。だが、筋は綺麗だ」
続く二刀、三刀。刃が進むごとに、肉の内部からじわりと赤い肉汁が滲み出る。その香りが、風に乗って俺たちの鼻腔をくすぐった。
「……なんだ、この匂い」
エグサがぽつりと呟く。
生臭さはない。むしろ、濃密で、どこか甘い。肉そのものが発する生命力の塊のような匂いだ。
「下処理は最小限でいいな。火を通しすぎるのは勿体ない」
クラタは判断が早い。厚めに切り分けた肉を串に刺し、軽く塩を振る。さらに、持参していた乾燥ハーブを揉み込むように散らした。
「カヤシマ、酒はあるか」
「ああ、少しだがな」
カヤシマは渋い顔をしつつも、酒瓶を取り出した。
「これはな、街でもなかなか手に入らんやつだぞ。こんな野営で使うのは本来……」
「いいから出せ」
「……分かったよ!」
ぶつくさ言いながらも、結局出すあたり、このオッサンは本当に食に弱い。
クラタは酒を少量、肉に振りかけた。ジュッ、と小さく音が立つ。
「香り付けだ。これで臭みが出るなら、それはそれで分かる」
「へぇ〜、本格的〜」
ミショウが楽しそうに身を乗り出す。焚き火の光を受けて、その横顔が妙に艶っぽく見えた。
「ジュウナイさん、本当にドラゴンだったの?」
「まあな。でかかったぞ」
「ふぅん……それを一人で?」
「……まあな」
今は、一から説明する気分ではない。適当に濁す。
その間にも、クラタは焼きに入っていた。網の上に並べられた肉が、じわじわと熱を帯びていく。
ジュウウゥ……
脂が滴り、火に落ちるたびに炎が弾ける。そのたびに、香ばしい煙が立ち上った。
「……やばいな、これ」
エグサが唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。
分かる。俺も同じだ。
ただの肉の匂いじゃない。腹の奥を直接刺激してくるような、抗えない誘惑がある。
「まだだ。もう少し待て」
クラタは冷静だった。火加減を調整しながら、じっくりと焼き上げていく。
やがて――
「……よし」
短く告げると同時に、一本の串を持ち上げた。
「まずは……ジュウナイ、お前だ」
「いいのか?」
「素材を持ってきたのはお前だ。最初の一口は責任を持って味わえ」
「はは、責任か」
俺は串を受け取った。
肉は、表面がこんがりと焼け、中はわずかに赤みを残している。滴る肉汁が、焚き火の光で黄金色に見えた。
一瞬、躊躇する。
だが――
「いただきます」
かぶりついた。
――その瞬間。
「……っ!?」
思考が、止まった。
噛んだ途端、肉がほぐれる。柔らかいのに、弾力がある。歯を押し返すような力強さと、すっとほどける繊細さが同時に存在していた。
そして、味。
濃い。とにかく濃い。
だが、くどくない。旨味が幾重にも重なり、口の中で爆発する。脂の甘み、赤身のコク、ハーブの香り、酒の微かな余韻――それらが一体となって、押し寄せてくる。
「……はは」
思わず笑いが漏れた。
「……いや、すげぇな、これ」
それしか言えなかった。
「次、俺!」
エグサが我慢できずに手を伸ばす。クラタは苦笑しつつ、串を渡した。
「熱いぞ、気をつけろ」
「分かってるって――」
ガブリ。
「……っ!?」
エグサも固まった。
「おい、大丈夫か?」
「……なんだこれ」
低い声で呟く。
「なんだこれ、マジで……」
その顔は、驚愕と歓喜が入り混じっていた。
「はいはい、次はあたし!」
ミショウが軽やかに串を奪うように受け取る。
「いただきまーす♪」
小さくかぶりついた、その瞬間。
「……んんっ……!」
目を見開き、頬を押さえた。
「ちょ、ちょっと待って……なにこれ……」
そのまま、もう一口。
「やばい……おいし……」
語尾が溶けていくようだった。
焚き火の前で、ミショウは幸せそうに目を細める。その様子に、場の空気が一気に和んだ。
「……くそ、俺もだ!」
カヤシマが最後に手を伸ばす。
「文句言ってたくせに」
「うるせぇ!」
勢いよくかぶりつき――
「……っ」
黙った。
しばらく、無言で咀嚼する。
そして。
「……参った」
ぽつりと呟いた。
「こんなもん、文句なんて言えねぇよ」
その声には、素直な感服が滲んでいた。
それからは早かった。
串は次々と焼かれ、次々と消えていく。誰もが言葉少なになり、ただひたすらに食べ続けた。
途中、カヤシマが酒を回す。
「ほら、少しずつだぞ。本当に貴重なんだからな」
酒瓶が順番に回る。
一口、含む。
強いが、角の取れた味。肉の余韻と絡み合い、さらに深みを増す。
「……これ、やばい組み合わせだな」
「ああ。肉だけでも十分だが、酒で完成する」
クラタが静かに言った。
料理人としての満足が、その表情に浮かんでいる。
「クラタ、すげぇな」
「素材がいいだけだ」
「それでもだよ」
俺は素直にそう思った。
この肉を、ここまで引き出せるのは、やっぱり腕だ。
焚き火は、ぱちぱちと音を立てて燃え続ける。
夜は深まり、空には星が広がっていた。
「……なんかさ」
ミショウがぽつりと言う。
「こういうの、いいね」
「こういうのって?」
「みんなでご飯食べて、笑ってさ」
少しだけ、柔らかい声だった。
「危ない場所なのに、楽しいって思えるの、不思議」
「……だな」
エグサも頷く。
「まあ、死なない程度に楽しむのが一番だ」 「お前が言うと軽いな」
カヤシマが苦笑した。
俺は、そのやり取りを見ながら、残りの肉を口に運ぶ。
旨い。
ただ、それだけじゃない。
この時間、この空気、この仲間。
全部ひっくるめて――
「……悪くねぇな」
小さく呟いた。
誰にも聞こえないくらいの声で。
だが、その一夜は、確かに心に刻まれるものになっていた。




