アラカンとドラゴン
ドラゴンの口腔から、灼熱の光がほとばしった。
音は、ない。いや、あまりの轟音に聴覚がどうにかなってしまったのか。
視神経を灼く光と身を焼く熱が、空間を満たす。
光を受けて、地面が赤熱し、砕けていく。
それを俺は、30メートル程離れた場所で見ていた。
とっさに【縮地】で移動したのだ。
それでも、押し寄せてくる熱気は半端ない。
しかも次の瞬間、遅れて発生した衝撃波が俺の身体を吹き飛ばした。
赤茶けた岩石混じりの大地の上を、猛烈に転がる俺。ボディースーツなしだったら、全身がズタボロになっていたろう。
が、ダメージはデカい。
身体中が痛くて、まともに動けない。
それでも必死に顔を上げてみると、ドラゴンがこちらを凝視していた。
俺が生きているのが解せんという表情。いや、ドラゴンの表情なんて分からないけど。
でも、当たらずとも遠からずだろう。
その目を見れば、若干の知性は感じられなくもない。俺は痛みに堪えながらヨロヨロと立ちあがった。
心臓がバクバク音を立てている。
ドラゴンがのっそりと近づいて来る。
【縮地】での移動は、もう無理だ。
じゃあ、【縮地】をかけてチャクラムを投げるか?恐らく、目に命中しても何のダメージも与えられないだろう。マグナムでもダメだろうな。
ああ、【仙人みかん】の中に入れてた迷宮牛の肉、売るんじゃなかったなぁ。あれを差し出したら、少しは時間稼ぎも出来たろうに。
真っ赤な目は、俺を凝視したまま。
口から白い煙が漏れるとともに、生臭さと硫黄臭さが同時に漂って来る。
タラタラと涎が垂らしてるのは、俺を喰う気満々てこと?アラカン親父なんぞ美味くないぞ、きっと。
しかし、俺の心の声を無視して、ドラゴンは俺の目の前にやって来た。
デカい。
臭い。
そして、死ぬほど怖い。
ドラゴンが、がばりと口を開く。
ズラリと並んだ巨大な牙。
今度は確実に噛み砕く気らしい。
だったら、さっきはなんでいきなり火を噴いたよ?
喰われるぐらいなら、焼け死んでた方がマシだった?
走馬燈は見えないが、頭が猛烈に回転してバカな考えばかりが次々浮かんで来る。
ああ、生きて帰れたら、もっかいカレンちゃん(仮)のトコに行くぞ。
ドラゴンの顎が閉じられようとした瞬間───。
俺は身体を丸めながら後方に跳んだ。
どん!と背中が、すぐに壁に打ち当たる。
【仙人みかん】の内側の壁だ。
俺はとっさに【仙人みかん】の中に、背中から飛び込んだのだ。
出入り口は手のひらぐらいの大きさしかなかった筈だが、俺の全身はスルリと内部の収納空間に入り込んでいた。
同時に、出入り口を塞ぐ。
ばつん!という音とともに何かが転がり、視界が少し暗くなった。
「た、助かっ……たのか?」
直径が150センチ程の球形の空間の中で、身体を丸めたまま、俺は呆然とつぶやいた。
もうドラゴンの鼻息も聞こえて来なければ、臭くもない。
よく、アイテムボックスの中には生き物を入れられないなんて設定を聞くけど、俺の【仙人みかん】は生き物どころか持ち主まで収納出来るらしい。お陰で命拾い出来た。
【仙人みかん】の中には、緊急用の保存食が少々と、重武装オークから分捕った剣なんかが入っているだけだ。
と。
「あれ、これは?」
何か白くて細長い物が二本、落ちている。
出入り口を閉めた時に転がった奴か?
つまり……
ドラゴンの牙だ!!
気づいた途端、二本の牙は自壊を始めた。
急速にボロボロになっていく。
モンスターの身体は、本体から切り離された段階で自壊しちゃうのか。さすがに、牙二本失っただだけでドラゴンが死んだとは思えないし。
なんて考えていると、俺の身体がボワッと温かくなる。
次いで周囲の明るさが増したかと思うと、グイッと【仙人みかん】の空間が広くなった。
「な、なんだ!?」
直径150センチぐらいだった空間は、いきなり倍に───直径3メートルぐらいに変貌を遂げた。
もしかして、ドラゴンの牙二本の魔力だけでこうなったのか?
【仙人みかん】の閉鎖空間の中だったから、魔力もあます事なく俺に吸収されたのだろうが、牙二本だけでこれとは、さすがドラゴンだ。
もし小説やゲームの様なレベル表示があったら、今のだけで俺のレベルはいくつも上がっていただろう。
「力が湧いて来る感じだ。今なら、重武装オークにもゴブリン並に楽に勝てそうだ」
さっきまでの悲壮感は消え失せ、俺は笑みさえ浮かべながら【仙人みかん】の出入り口を開いた。
途端。
ブオン!!
空気を震わせて、巨大な質量が【仙人みかん】の出入り口に叩き付けられた。
「ひっ!!」
慌てて出入り口を塞ぐ俺。
ブツッと、またも何かが【仙人みかん】の中に落下する。
が、その何かを確かめる余裕もなく、俺は硬直していた。
ドラゴンの野郎、まだ俺を狙ってやがった!!
牙二本の魔力を得ただけで浮かれていた自分が、恥ずかしくて堪らない。その牙の持ち主の事を忘れてどうするんだよ。
硬直する俺の前で、【仙人みかん】の中に落ちた物が自壊していく。
ドラゴンの尻尾の肉片だ。
さっきは、開いた出入り口に向かってドラゴンが尻尾を叩き付けたのだ。
結果的に出入り口に食い込んだ部分だけが、切り取られたのだった。
またもボワボワと温かくなる俺の身体。
【仙人みかん】も更に広がった。直径5メートルぐらい。もう、住めそう。
さて、どうしよう。
ドラゴンを倒せる手段が俺の元に降臨してしまった訳だが、どう考えても危険過ぎる手だ。
しかし、待っててドラゴンはどこかに行ってくれるのか?
そもそも【仙人みかん】の中の空気ってどうなってるの?いつまで閉じこもっていられる?
やるしかない。
やるしかないのは、確かだ。
でも、怖い。
アラカンだからって、全然達観出来てねぇんだよ。
怖い、怖い。
真桃ちゃん、俺に力を〜っ!!
で、思い切って、また出入り口を開けた。
ドラゴン、待ち構えてやがった。
前足の爪をいきなり出入り口に突っ込んで来た。
反射的に出入り口を閉じる。
ドラゴンのデカい爪が切り取られて、反対側の壁にぶつかって、落ちた。
「うわー、まずい、まずい、完全に位置を捕まれてる」
俺の背中をどっと汗が流れる。
しかし、これまでで一番大きな塊が切り取れた訳だ。
爪が自壊すると同時に、【仙人みかん】は直径10メートルにまで広がった。完全に寝泊まり出来る大きさになった。
よし、続いて行くぞ!
爪を失って、今なら奴も逆上してる筈。
俺はまたも思い切って出入り口を開いた。
ドラゴンが口を開いていた。
その奥が灼熱の光を───。
出入り口を閉じた。
ドラゴンさん、それはやめて下さい。
あ、でも、ブレスの連発は出来ないかな?
出来ないよね?
誰か出来ないと言って。
今度こそ、チャンスかも知れない。
バクバクする心臓を押さえながら、カヤシマのオッサンならどこか良い内科医院を知ってるかなと現実逃避してしまう俺。
が、時間が立てば、またブレスが吐けるようになってしまう。
俺は覚悟を決めて出入り口を開いた。しかも、思い切り広く。
当然の様に待っていたドラゴンが俺に食いついて来る。
チャンスは、コンマ数秒。
大きく開かれた口腔が俺の目前に迫った。
ひっ!!
ぶつん───!!
出入り口の脇に逃げた俺の背後を、ドラゴンの頭が通過し、【仙人みかん】の内壁にぶち当たった。
地響きは、なかった。
が、巨大な質量が俺にのしかかって来て、死にかけた。
ついでに、大量の血液が【仙人みかん】の中を満たして、死にかけた。
「もががががががっ!!」
もう何が何だか分からない。
ドラゴンの頭と血液が自壊し始めるまで、俺はもがき続け、意識を失った。
目を覚ましたのは、数十分後。
【仙人みかん】は直径20メートルぐらいにまで広がっていた。
ドラゴンの頭も血液も姿を消していたが、俺の全身は、ひどく汚れている。
「勘弁してくれよ…」
ただ、体調はすこぶる良い。
内科医院には行かなくて済みそうだ。
おそるおそる出入り口を開けば、そこにあったのは、頭を失ったドラゴンの残骸。
どうやら本当に、俺はドラゴンを倒してしまったらしい。
悪い冗談みたいだ。
【仙人みかん】の外に出て、周囲を索敵する。
何もいない。
初めて気がついたが、ここは周囲百メートル程度の閉じた空間の様だ。もともとドラゴンしかいなかったのだろう。
俺はドラゴンの残骸に近づいた。
改めて、残骸だけでもデカい。
その残骸の中には複数のドロップアイテムが転がっていた。
まずは、魔石。バレーボールぐらいの大きさで、ドラゴンと同じ黒曜石の光を放っている。これだけで、一財産になりそうだ。
そして、待望の肉のブロックが三つ。一つが五キロぐらい。
後は、これはびっくりしたが大剣があった。
漆黒の無骨な大剣だ。無茶苦茶カッコいい。カヤシマのオッサンに大剣の扱いを教えてもらおうかしらん。
他にも短剣に中身の不明なポーションが数本。
俺は全てを【仙人みかん】の中に収納した。
とんでもない罠だったけど、結果的には俺にとって大きな福音となってくれた空間を見回すと、俺は空間の端っこに見えた魔法陣らしき物に向かって歩き始めた。




