カヤシマのオッサンの誘い
その日、俺はいつにない大荷物を背負って、砂漠エリアで人を待っていた。
真桃ちゃんではない。
佐伯さんでもない。
やがて、近づいて来た四人組のうちの一人が、俺に手を上げた。
『はるか』でよく顔を合わせるカヤシマのオッサンだ。俺も手を上げ返す。
「わりぃわりぃ、ちょっと手間取った」
「いえ、大して待ってませんよ。今日は、よろしくお願いします」
「あぁ。それより、メンツを紹介しとくよ」
同行する三人を、カヤシマのオッサンが手短に紹介してくれる。
クラタ。俺やカヤシマのオッサンと同年代の男。柔和な顔の前衛。金属で補強されたボディースーツにデカい金属盾からして、パーティーのタンク役。
エグサ。やはり同年代の理知的な風貌の男。魔法使いらしい。
ミショウ。30代に見える美女。ショートカットでサバサバした感じ。弓矢持ち。
そして、カヤシマ。背中に大剣を背負い、着古したボディースーツが渋い味を出している。
今日はカヤシマの誘いで、迷宮深部での狩りを見せてもらえる事になったのだ。
背中の大荷物は、野営セットと食料である。つまり、泊りがけでのダンジョン行だ。二泊三日の予定。行きと帰りに一日ずつ。本番の狩りも一日。
狙いはトロール。
身長三メートルに及ぶ巨人のモンスター。鍛治技術を得意とし、金属の武器や防具をドロップするらしい。ちなみに、この金属はゴブリン鉄ではなく黒鋼とミスリルの合金で、探索者の間では垂涎のドロップアイテムだという。
カヤシマの大剣もクラタの盾も、トロールから分捕った物だそうな。
「ジュウナイには、美味い物食わせてもらったからな。これは、お返しだ」
「自分だけ良い物食べて、あたしたちは何も良い目を見てねえっつの!」
調子の良いカヤシマに、ミショウの鋭い突っ込みが飛んで来る。
「今度、また採って来ますよ。そしたら、一緒に」
「ホントか!?やったぁ!」
ちなみに【仙人みかん】に収納していたもう一つのブロック肉は、結局売ってしまった。
最初は自分だけで食べるつもりだったけど、『はるか』のフルコースを食べたら、自分で料理する気が失せてしまったのだ。
あの味は、本当に神がかりだった。
これからも、迷宮牛は定期的に狩りに行くとしよう。
「でも、美味いって言うのなら、ドラゴンの肉はケタが違うらしいですね」
ぼそっとした物言いで会話に入って来るエグサ。
「え、ドラゴン?やっぱり、いるの!?」
驚く俺。
小説やゲームみたいと思っていたが、王道のドラゴンまでいるとは。
「何十年か前に、迷宮の深部でドラゴンの遺骸を発見したパーティーがいたそうで、ドロップした肉を持ち帰って、食べてみたそうで」
「たまたま、死んだ直後のドラゴンがいたと?」
「ドラゴン以上の化け物に殺されたって話ですね」
「うひーっ、怖すぎ」
「あたしもその話は知ってるよ。焼いて食っただけで、しばらく意識が跳んだって」
「美味すぎて?」
「そう。美味すぎて」
「うはー、食べてみたいけど、さすがにドラゴンなんて無理だろうなぁ」
「いまだにドラゴンを倒せたパーティーは、おらんよ」
カヤシマが、俺の思いを切り捨てる。
「そこまでですか、ドラゴンは」
「そこまで……いや、それ以上だろうな。一目見れば、格が違うと分かる」
「カヤシマさんたちは、ドラゴンをみたことが?」
「ある。遠目にだが、何度かな」
「うわー、すげぇな」
厨二心が刺激されて、なんか口調がアラカンらしからぬものになってしまう。
「ま、ジュウナイもそのうち、見かけるぐらいは出来るようになるだろうさ」
「ですかねぇ?」
重武装オークを狩ってウハウハ言ってるような人間が、ドラゴンのいるエリアまで行けるようになるか?ちょっと疑問であった。
つか、ドラゴンって、どんなエリアにいるんだろう?
そんな馬鹿話をしながらも、警戒は解かない四人。
モンスターとの接敵は最低限に抑え、次々とエリアを抜けて行く。
俺は四人のスピードに付いていくのが精いっぱいで、警戒どころてはなかった。
「ジュウナイ、平気か?」
「ぜえぜえ、ひーひー」
「よし、大丈夫だな」
「待て、こら」
午前中に15分、昼に40分、午後に15分だけ休憩を取って、午後四時頃に野営地に着いた。
なお、ダンジョン内も外と同期して朝・昼・夜がある。
「野営地って、砂漠エリア?もしかして、砂漠エリアはどこもモンスターが出ないとか?」
「いや、砂の中に凶悪なモンスターが潜んでるトコもあるぞ
「どっちかって言ったら、牧草エリアの方が安全じゃない?モンスターはいても、家畜っぽいのばかりだし」
「あー、なるほど」
「とりあえず、ここの砂漠エリアは安全だ。それでも、交代で見張りは立てるけどな。ジュウナイ、お前はいいぞ」
「いや、カヤシマさんとでも一緒にやらせてくれないか。勉強させてもらえると嬉しい」
「ほぉ?いいぜ、分かった。じゃ、付き合ってもらおうか」
そこから各自のテントを張り、調理用のカマドを作り、途中のエリアを抜ける時に拾った薪で火を熾した。
調理担当は、タンク役のクラタだった。柔和な顔をしているが、口数は一番少ない。寡黙な職人って感じだ。
メニューは、カレーだった。食材は、皆で分担して持って来た。
こんな匂いの強い料理、モンスターがいないと分かっている場所でないと、さすがに作らないらしい。
考えたら、地下都市に来て、初のカレーだ。珍しい食材ばかりに目が行って、カレーを忘れていたよ。カレー、大好きなのに。
カレーの匂いが、夜の砂漠にゆっくりと溶けていく。スパイスの刺激と、煮込まれた肉の甘い香りが鼻腔をくすぐり、疲れた体にじわりと染みた。
「……うまい」
一口食べた瞬間、思わず漏れた本音に、ミショウがニヤリと笑う。
「だろ?クラタの飯は外れがねえんだよ」
当のクラタは何も言わず、ただ淡々と自分の皿を口に運んでいる。こういう無口な職人肌、嫌いじゃない。
カヤシマは酒瓶を取り出して、ぐびりと一口やると、満足げに息を吐いた。
「明日は早い。夜明け前には動くぞ。トロールの巡回は朝方が鈍るからな」
「へぇ……そんな習性が」
「でかい図体は伊達じゃねえが、逆に言やあ小回りが利かねえ。そこを突く」
言いながら、カヤシマは砂の上に簡単な地図を描いて見せてくれる。トロールの出現ポイント、回遊ルート、退路の確保。どれも理にかなっていて、素人の俺でも「強い」と分かる動きだった。
俺は黙って頷きながら、その一つ一つを頭に叩き込む。
(俺なら、どうする?)
考える。考えるだけは、自由だ。
だが、現実の俺は――ただの足手まといだ。
夜は更け、交代で見張りに立つ。カヤシマと並んで座りながら、俺はぽつりと呟いた。
「……俺、明日は見てるだけでいいんですかね」
「いいんだよ。それが今回の役目だ」
「でも、ずっと見てるだけじゃ……」
「焦るな。死ぬぞ」
短い言葉だったが、妙に重かった。
「いいか、ジュウナイ。強くなるやつってのはな、無理するやつじゃねえ。無理しねえやつだ」
「……え?」
「できることだけやる。できねえことはやらねえ。それを徹底できるやつが、生き残る」
火の揺らめきの中で、カヤシマの横顔はやけに静かだった。
「……分かった」
その夜は、それ以上の会話はなかった。
夜明け前。
空が白み始める頃、俺たちは動き出した。
砂漠を抜け、岩場エリアへ。さらにその奥、湿った空気の漂う薄暗い地帯へと足を踏み入れる。
「ここから先がトロールの縄張りだ」
カヤシマの声が、自然と低くなる。
やがて――いた。
でかい。
とにかく、でかい。
身長三メートルどころじゃない。筋肉の塊みたいな体に、粗雑な鉄の鎧。手には歪な大斧。歩くたびに、地面が鈍く震える。
「……うわぁ」
思わず声が漏れる。
だが、四人は動じない。
「行くぞ」
合図と同時に、戦いが始まった。
クラタが前に出て盾で受け止め、カヤシマが側面から斬り込む。ミショウの矢が関節を射抜き、エグサの魔法が足元を凍らせる。
連携が完璧だった。
トロールは確かに強い。だが――遅い。
振り下ろされた斧は空を切り、振り向いた時にはすでに斬りつけられている。
数分後、巨体は地面に崩れ落ちた。
「……すげぇ」
ただ、それしか言えなかった。
その後も狩りは続く。二体、三体とトロールが倒れていく。
俺は離れた場所から、それを見ているだけ。
だが――目は離さない。
(俺なら、どこを狙う?どこに立つ?)
観察し、考える。
その時だった。
足元に、妙な感触。
乾いた地面のはずなのに、わずかに沈む。
「――あ?」
次の瞬間。
カチリ、と何かが噛み合う音がした。
「ジュウナイ!?」
カヤシマの声。
だが、遅い。
足元から光が噴き上がり、視界が白に塗り潰される。
(やべ――)
思った瞬間、体が引き剥がされるような感覚。
そして――
静寂。
気づけば、俺は全く別の場所に立っていた。
「……は?」
さっきまでの戦場はない。
空気が違う。重い。息苦しい。
周囲は岩と溶けたような地面。焦げた匂いが鼻を刺す。
「どこだ、ここ……」
一歩、踏み出す。
その瞬間――
ズン、と地面が揺れた。
何かいる。
ゆっくりと、顔を上げる。
そして――見た。
それは、巨大だった。
トロールなんて比じゃない。
山のような体躯。黒曜石のような鱗。赤く燃えるような眼。
ゆっくりと、こちらを見下ろしている。
口元から、白い煙が漏れた。
「……ドラゴン?」
声が震える。
カヤシマの言葉が、頭の中で蘇る。
――一目見れば、格が違うと分かる。
ああ、本当だ。
分かる。
これは――
絶対に、勝てない。
次の瞬間、ドラゴンの喉が膨らんだ。
「――ちょ、待っ」
言い終わる前に、灼熱の光が口内に宿る。
逃げなきゃ。
だが、足が動かない。
恐怖で、体が固まっていた。
(死ぬ――)
その言葉が、やけに冷静に浮かんだ。




