迷宮牛の肉
迷宮牛の肉が美味しいらしい。
ちょっと内緒の相手が教えてくれた。
ダンジョンでは、家畜の生産もやっている。当然、牛もだ。しかし、これは普通の品種の牛に過ぎない。
内緒のカレンちゃん(仮)が教えてくれたのは、モンスターとしての牛がドロップする肉の事だ。
それは、どこの部位とも分からないブロック肉なんだそうだが、とにかく信じられないぐらいに美味しいらしい。
後日、一品料理屋の『はるか』に行った時に確かめたら、本当だと言われた。ただ、狙って簡単に手に入る様なアイテムではないらしく、『はるか』でも年に何回か探索者が直接持ち込んで来たのを調理するぐらいだという。
「それで、手に入りにくいっていうのは、その牛が強いから?」
「いや、強いのは強いがな、それはしょせんただの牛だ」
俺が女将と話していたら、よくカウンターで一人呑みをしているオッサンが首を突っ込んで来た。
「問題は、奴の逃げ足の速さよ」
オッサンと言っても、多分俺と同年代。そのオッサンは、件の牛と遭遇した事があるらしい。つまり、探索者だ。
カヤシマと名乗ったオッサンは、よほど悔しい思いをしたのか、迷宮牛の手強さを滔々と語ってくれた。
「もちろん、奴は近接アタッカーが追いつける速さじゃない。その上、弓矢や魔法、銃までも簡単に躱しちまう。よほど最初に近距離で出会さない限り、奴を仕留めるのは、まあ無理だな」
「罠を仕掛けとくなんてのは、どうなんです?」
「それが、よほど目が良いのか鼻が効くのか、罠にもかからないのよ、これが」
そこは、弓矢や魔法を見事に躱す事に通じて来るらしい。
足が異常に速く、感覚がとても鋭く、ひどく臆病。そして、恐ろしく美味。
なるほど。これは、幻の食材な訳だ。
「はるかさん、もし俺が肉を採って来れたら、料理頼める?」
「ええ、もちろん。腕によりをかけて料理してあげるわ」
女将が、ちょっと悪い笑みを浮かべる。
「これは、俺も毎日通い詰めないといけないな」
カヤシマのオッサンまで、謎に張り切っているが、アンタは関係なくとも毎日来てるだろう。
と言う訳で、俺はやって来た。
砂漠エリアからいつもと違う方向に進み、湿地エリア、岩石エリアを抜けた先にある牧草エリアだ。
ここに迷宮牛がい……て、何か走って来た!
速い!!
が、近づく前に俺に気づいて急ターンをかまし……、あっという間に見えなくなった。
唖然。
なんか、「キーン」ていう効果音か聞こえた気がするぐらいの速さだった。
「な、なるほど。これは、手強そうだ」
しかし、俺には勝算がある。
次は逃さない。
俺は見晴らしの良い丘の上の灌木の陰に身を潜めた。
ここで、奴を待ち伏せる。
幸い、この牧草エリアにはあまり凶悪なモンスターはいない。羊や豚という家畜っぽいモンスターばかりである。
そういうモンスターのドロップ狙いの探索者もチラホラ目に付く。パーティーもソロもいる様だ。
俺は、他の探索者から出来るだけ距離を置いた場所に陣取っている。
そして、待つこと十数分。
来た!
激しく地面を蹴る足音が響いて来る。
俺は奴が出来るだけ近づくのを待とうとしたが、奴の鋭敏な感覚が、身を隠す俺の存在を察知したらしい。
またもや、急ターンをかまそうとする。
俺は立ち上がると、その後ろ足を目がけてチャクラムを投げつけた。
むろん、【縮地】をかけて。
チャクラムは、あっさりと迷宮牛の左後ろ足の太ももに食い込んだ。急ターンの最中に足一本が効かなくなり、その巨体が倒れ込む。
どんなに感覚が鋭かろうと、瞬間移動するチャクラムは察知出来なかったろう。
灌木の陰から飛び出した俺の手には、黒鋼のメイスが握られていた。
迷宮牛はジタバタと起き上がろうともがくが、もう遅い。
丘を駆け下りた俺は、その頭にメイスを振り下ろす。
迷宮牛は一撃で動きを止め、残骸へと姿を変えた。
ドロップは、重武装オーク並みの魔石に、牛の角がワンセット。
残念!しかし、【縮地】チャクラムが通用する事は実証された。俺は次の獲物を待って、また灌木の陰に身を潜める。
そこから、6体の迷宮牛を狩る事に成功した。
成果は、魔石が6個に牛の角がワンセット、牛の皮が1枚、緑色のポーションが2本、そして5キロぐらいありそうなブロック肉が2塊だ。
【仙人みかん】の収納空間を開くと、1塊だけを中に放り込み、残りはザックに詰めて帰路に着く。
今日は金曜だから、真桃ちゃんも砂漠エリアでスキル上げをしてる筈だ。誘って、一緒に『はるか』に行こう。
事務所で売買手続きをしてみると、緑色のポーションは一時的に移動速度を上げる『疾走ポーション』だった。1本1万円。手元に残るのは、8000円。
牛の角は錬金術や骨細工で使われるらしい。大まかに10万円程度。手元には8万円。
皮の方は革細工で鎧や鞄になるらしく、20万円程度。手元には16万円。
魔石と合わせると、全部で40万円てとこだ。金儲け目的でもないのに、こんなにもらえたら上出来だろう。
ちなみに、迷宮牛の肉を売れば、80万円ぐらいだったという。
金儲け目的でも、行けそうだわ、これ。
真桃ちゃんと一緒に『はるか』に着いたのが、午後6時ぐらい。
もう、カヤシマのオッサンが呑んでいた。
5キロのブロック肉を見せると、女将の目がピカーンと光を放った。
カヤシマのオッサンも拍手喝采だ。こいつ、タダで美味い肉を食うつもりかと思っていると、『龍雨』という幻の酒を出して来た。この日の為に用意したらしい。女将に聞くと、本当に珍しい酒らしく、がっちり握手を交しておいた。
「いいわねぇ、こういうの。持ち込みで盛り上がる夜ってやつは」
女将が満足げに頷きながら、俺の持ち込んだ迷宮牛のブロック肉をまな板に載せる。その手つきは、普段よりも明らかに丁寧で、どこか嬉しそうだ。
「今日はコースにするわ。こんな機会、そうそうないもの」
「マジでフルコースか……」
思わず呟くと、隣の真桃ちゃんがくすっと笑った。
「オジサン、顔がもう酔ってますよ。まだ一口も飲んでないのに」
「いや、これは期待で酔ってるんだ」
そんな軽口を叩いていると、カヤシマのオッサンが持ってきた『龍雨』が徳利に注がれ、目の前に置かれる。
透明感のある液体は、ほんのりと青みがかっていて、ただの酒じゃない雰囲気を漂わせていた。
「まずは一杯、いっとけ。世界変わるぞ」
「大げさだな……」
そう言いながら口に含んだ瞬間、俺は黙った。
「……なんだこれ」
すっと入ってくるのに、喉を通るとふわっと広がる香り。水みたいに軽いのに、後味がやたらと深い。甘いわけでも辛いわけでもないのに、妙にクセになる。
「だろ?」 カヤシマがニヤニヤしている。
「これが『龍雨』だ。雨みたいに飲めるのに、後から雷みたいに効く」
「名前の由来、今わかったわ……」
そんなやり取りをしている間に、最初の皿が出てきた。
「まずは前菜。炙りよ」
薄くスライスされた迷宮牛の肉が、軽く火を通されて皿に並べられている。表面だけがほんのり色づき、中はほぼ生。
箸で一枚持ち上げて口に入れた瞬間、思わず目を見開いた。
「……うまっ」
語彙が死んだ。
肉の旨味が、変に主張するんじゃなくて、静かに、でも確実に広がっていく。脂はくどくないのにコクがあり、噛むほどに味が深くなる。
「これ、牛……だよな?」
「一応な」
カヤシマが笑う。
「だがまあ、普通の牛と思わない方がいい」
真桃ちゃんも一口食べて、ぱっと表情を明るくした。
「すごい……なんか、体に染みる感じがします」
「魔力の質がいいのよ、その肉」
女将がさらっと言う。
「食べると分かるでしょ?」
分かる。確かに分かる。 なんかこう、じんわりと体の奥に熱が灯るような感覚がある。
そこからはもう、怒涛だった。
タタキ、煮込み、ステーキ。どれもこれも方向性が違うのに、全部が異常に美味い。
特にステーキはやばかった。
「これ、反則だろ……」
分厚く切られた肉にナイフを入れると、ほとんど抵抗がない。口に入れれば、噛む前にほどけるような柔らかさ。 なのに、旨味だけはしっかりと残る。
「これで酒飲むの、ズルいわ……」
気がつけば、徳利は二本目に入っていた。
いつの間にか、店の他の常連客たちも集まってきていて、妙に賑やかになっている。
「お兄さんすごいねぇ、迷宮牛なんて」
「ソロでやったんでしょ?やるじゃない」
気づけば、見知らぬ女性客まで話しかけてきていた。しかも普通に美人が多い。なんだこの店。
「いやまあ、たまたまですよ」
「またまた〜」
軽く肩を叩かれる。距離感が近い。いい意味で。
真桃ちゃんが、少しだけ頬を膨らませているのが視界の端に見えたが、まあそれもまた可愛い。
「オジサン、今日は人気者ですね」
「いや、肉が人気なんだよ、肉が」
「ふふ、それでもですよ」
そんなやり取りをしながら、最後に出てきたのが締めの一品。
「牛骨スープね。全部使い切るわよ」
一口すすった瞬間、思わず息が漏れた。
「……はぁ」
深い。 とにかく深い。
今日一日の疲れとか、ダンジョンの緊張感とか、そういうのが全部溶けていく感じがする。
ふと、店内を見回す。
笑い声。酒の香り。温かい灯り。
隣には、楽しそうに笑っている真桃ちゃん。
目の前には、満足げに腕を組む女将と、上機嫌で酒を注ぐカヤシマ。
「……悪くないな」
ぽつりと呟いた。
「何がです?」
真桃ちゃんが首を傾げる。
「いや、地下都市」
少しだけ考えてから、言葉を続ける。
「正直、来る前はどうかなと思ってたけどさ」
ダンジョンだの、探索者だの、もう若い連中の世界だと思っていた。
今さら飛び込むには遅いんじゃないかと、どこかで思っていた。
けど。
「……全然アリだわ、ここ」
自然と笑みが浮かぶ。
「そうでしょう?」
女将がにやりと笑う。
「まだまだ楽しめるわよ、あんた」
「だな」
カヤシマも頷く。
真桃ちゃんが、少し嬉しそうに笑った。
「これから、もっと色んなことしましょうね」
「おう」
軽く頷いて、もう一度杯を口に運ぶ。
『龍雨』が、やけに美味かった。
――ああ、確かに。
地下都市に来て、良かった。




