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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第四章
76/77

76 旅立つ人々

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ファン・イン:クリスの従者、イン国元皇子、イーリンの現婚約者

ルイス・ギーベル:第二王子、リリーの婚約者

シャーロット・ギーベル:王女、国王の末娘

マデライン・ギーベル:王妃、アーサー達の母

ブラム・バクスター:侯爵、王妃マデラインの兄

キャサリン・パー(リーデン):魔女として処刑

ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹

アルバート・ボンベルグ:ルイーゼの父、辺境伯

セリーナ・ボンベルグ:ルイーゼの母、辺境伯夫人

ノーマン:ボンベルグ領の軍医

「わざわざお越しいただいて、ありがとうございます。イーリン様、ファン様。」


 リーデン伯爵家の令嬢マーガレットは、父親とともに領地に戻ることになった。

 世話になったボンベルグ家に挨拶をしてから出立するとのことで、その場にイーリンもファンと共に駆けつけたのだった。


 アルバートが、マーガレットに尋ねた。


「マーガレット嬢、お父上の具合はどうですか?」


 リーデン伯爵は、最も長くウェナムを使われた人間の一人だった。アルバートが王都にやってくる前に、セリーナはノーマンに頼み、リーデン伯爵を診てもらっていた。


「おかげさまで、大分落ち着きました。あの人に、定期的に薬入りのワインを渡されていたみたいで……。身体から薬は抜けているのですが、まだ、時々苦しそうにしています。」


 セリーナがノーマンを連れて、再びリーデン家の館を訪れたときも、まだリーデン伯爵は自室に閉じこもっていた。侍女たちは、伯爵は食事をわずかしかとらないが、最近は叫ぶことは少なくなっている、と言った。


 リーデン伯爵の部屋の扉は、セリーナによって容易く開いた。


 部屋の真ん中に、瘦せこけたリーデン伯爵が横向きに寝ころがっていた。何日も身体を拭いていないようであり、部屋の中には垢じみた臭いがただよっていた。

 声をかけても、リーデン伯爵は返事をせず、近寄って、顔を覗いてもぴくりとも動かなかった。目から涙を流しており、その視線の先は、壁に直に立てかけられた、妻エリザの肖像画に向いていた。


 セリーナは、すえた臭いのするリーデン伯爵の胸倉をつかみ、片手で引き起こした。


「罪を認めなさい。」


 その言葉で、リーデン伯爵の目がぎこちなく動き、セリーナの方を向いた。セリーナはその目をしっかりと見返し、通る声で言った。


「あなたに機会をあげます。マーガレット嬢のために、父親として、死ぬ気で戻っておいでなさい。」


 セリーナは、友人を死に至らしめ、その娘から母親を奪ったリーデン伯爵を許してはいなかった。しかし、だからこそ償いのために生きるべきだ、と考えていた。ノーマンもその考えに同意し、リーデン伯爵を治療することを承諾した。


 リーデン伯爵が嗚咽を漏らし、ぼろぼろと涙を流し始めた。セリーナがぱっと手を離すと、伯爵の身体はどさりと床に落ちたが、伯爵は、そのまましばらく泣き続けた。


 ノーマンは度々リーデン家を訪れ、伯爵の治療にあたった。


「ノーマン先生には、感謝してもしきれません。今日は、お会いできなかったのが残念ですが……。お手紙を頂いていますので、領地の医者と相談しながら、父の治療を続けます。」


 ノーマンは、今日は国王の診察があり、登城していた。領地で療養にあたるリーデン伯爵のため、治療法や注意すべき点などを書き記し、マーガレットに託してくれたという。


「色々と、ノーマンにも思いがありましてね。マーガレット嬢の感謝のお気持ちは、伝えておきます。」


 リーデン伯爵が領地に戻った時点で、伯爵は退位となり、息子が爵位を継ぐことになる。まだ若いマーガレットにも苦労はあるだろうが、兄妹が力を合わせて乗り越えていくのを祈るしかない。


 マーガレットが出発する時間になった。


「アルバート様、ルイーゼ様、お世話になりました。セリーナ様にも、よろしくお伝えくださいませ。」


 イーリンは、ルイーゼとともに、マーガレットの手を握った。


「ごきげんよう、マーガレット様。また、お会いしましょうね。」

「イーリン様。イーリン様たちとお話しした時間は、とても楽しかったです。」


 マーガレットはちらりとファンの方を見た。


「お幸せに、イーリン様。また、色んなお話を聞かせてくださいませね。」


 マーガレットは、笑顔で手を振り、去っていった。




 その頃、バクスター家のブラムがマクスウェル家を訪れていた。


「あの……、クリス殿。前に申し上げたものが完成いたしまして。」


 ブラムがおずおずと差し出したのは、綺麗に装丁された、一冊の本だった。


「へえ、よくできていますね。」


 クリスが感心した声で言った。


「シャーロット殿下にも一冊、お渡ししています。」


 王太子となったルイスは忙しく、妹王女シャーロットに構ってあげる暇がなくなっていた。そして、人見知りなのに何かと話をしたがるブラムも、また相手にできる人間が少なかった。


 クリスは、なぜかピーターを時々バクスター家に行かせていた。荒れた庭の手入れを手伝わせる、という名目であったが、実質はブラムの話し相手をさせられていた。

 それを嫌がっていたピーターが、シャーロットが寂しがっているという話を聞き、必死にクリスに提案したのだ。


「ブラム様とシャーロット殿下は、伯父と姪の関係じゃないですか。ブラム様はマデライン様のこともよくご存知だし、きっとお二人は馬が合いますよ。」


 実際、うまくいった。マデラインの話をしたいブラムと、まだ母が恋しいシャーロットは、すぐに仲良くなった。ブラムは度々登城し、シャーロットとマデラインの話をしては帰っていった。

 ブラムは意外と幼い姪に優しく、手先の器用さを生かして、絵を描いたり、簡単な工作をしたりして、シャーロットを楽しませることもあった。


「ブラム伯父様、また、お母様のお話をして。」

「いいですとも。あるところに……。」


 ブラムは薬などにはからっきしであったが、どうやら話の作り手としての才能があるようだった。何度も同じ話を繰り返しているうちに、話はだんだんと膨らみ、幼いシャーロット好みに、魔女キャサリンや聖女イーリンの話が加わっていった。


 最終的に、心優しい王妃が魔女に囚われたが、森の主の助けを借りた聖女に救われた、という話に出来上がっていた。


「聖女様とそのお相手の真実の愛で、王妃が闇から解放されるところなどは、クリス様のおかげでないと書けませんでした。」

「いえいえ。」

「おかげさまで、殿下もお喜びで。」


 一度、様子を見に行ったクリスが面白がって、散々口を出したあげく、本を作ってみないかとブラムに提案したのだ。


「挿絵もブラム様が描かれているのでしょう。素晴らしいですね。」

「いやもう……、趣味ばかりの人間で。」


 興味のあることならば積極的に動くらしく、本を作るにあたって、ブラムは自分で職人への指示や費用の交渉などを行っていた。


「ブラム様、この話を売り出し、民にも読ませていきませんか。当家もお手伝いいたしますよ。」

「これをですか。多くの人間に読んでもらえるなら、マデラインも喜びますかな。」


 ブラムは割と乗り気のようであった。新たな仕事を得て、ほくほくと帰るブラムの後ろ姿を見ながら、クリスはブラムの置いていった本に目を落とした。


(これを読んだら、イーリンとファンはどんな顔をするかな。)


 名前は変えてあるものの、読めばすぐに自分たちのことだと分かるだろう。イーリンの赤くなった顔、ファンの睨む顔を想像し、クリスはくすくすと笑った。




 ブラムから解放されたピーターは、マクスウェル家の館の庭を、心ゆくまで手入れしていた。しかし、もうすぐピーターもイーリンについて領地に戻るため、新しい庭師を雇わなくてはならなかった。


 イーリンはもう王太子の婚約者ではないが、貴族の1人として社交は続けていかなくてはならない。王都をたびたび訪れるであろうイーリンのために、ピーターは庭の花の配置について相談していた。


「前の通りでいいわ。私、ピーターが作ってくれた庭が好きだったもの。」

「イーリン様、ここの薔薇はどうします? 前は、その……、動かしましたが。」

「そうね。やっぱり、ここに咲いたら綺麗ね。一緒に植えてあげて。」

「いいんですか。」


 心配そうにするピーターに、イーリンは微笑んだ。


「もう、大丈夫よ。」




 王都も落ち着き、明日には、皆でマクスウェル領に出発する日となった。イーリンとファンは、いつものように寝る前に、イーリンの部屋で話をしていた。


「色々なことが、ありましたね。」

「そうですね。」


 窓から王城の方を見て、イーリンは言った。『昏き森』で助けてもらってから、ファンとはずっと一緒にいる。熱を出したときは傍にいてくれ、森では背負ってくれ、王城に攫われたときは助けに来てくれた。


「私、ファンにしてもらってばかりだわ。私があなたにできることは、何かないかしら?」


 ファンは、少しの間考えていた。そして、イーリンに向き直り、その前に跪いた。


「ファン?」


 ファンは、イーリンの手をそっと取り、口づけをした。それから顔を上げ、真剣な眼差しでイーリンを見つめた。


「私と結婚してください、イーリン。」

「まあ……。」


 婚約をしているのだから、いずれ結婚するのは当然だ。しかし、ファンは今、あえてイーリン自身の気持ちを問うているのだ。


「愛しています。私のそばにいてください。それだけでいい。」


 背の高いファンは、跪いていても、イーリンの胸より頭が上にあった。顔が近くなり、ファンの吸い込まれるような黒い瞳に、自分の姿が映るのが見えた。

 イーリンは、まじまじとファンを見つめた。広い肩、たくましい胸、長く、鍛えられた脚。今も触れる彼の手は大きく、あたたかい。何度、身も心もこの人に助けられたろう。


 断る理由などない。だって、自分も彼を愛しているのだから。


 イーリンは、ファンの頬に顔を寄せ、そっと口づけをした。そして、少し驚いた顔をしているファンを見ると、嬉しそうに微笑んだ。


「ええ、喜んで。」

お読みいただいてありがとうございます。次回が最終回になります。やっとここまで来たなという感じです。最後までお付き合いいただけると嬉しいです。

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