表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第四章
74/77

74 北の塔にて

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

ヘンリー・マクスウェル:イーリンの父、公爵

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

ルイス・ギーベル:第二王子、リリーの婚約者

マデライン・ギーベル:王妃、アーサー達の母

キャサリン・パー(リーデン):魔女として処刑済み。

ストラスタ侯爵:リリーの父、マクスウェル公爵と同様の穏健派

アルバート・ボンベルグ:ルイーゼの父、辺境伯

 ──どこだ、ここは。


 妙に薄暗く、寒々しい。窓から光はさしているが、部屋を明るくするには不十分だった。肌寒さを感じ、身を震わせると、身体に激痛が走った。


 無性に腹が立って叫ぶが、誰もやってこない。叫べばまた身体が痛くなるばかりで、それにも苛立った。

 剣を抜くため、腰に手をやったが、そこには何もなかった。


 石壁に囲まれたこの部屋は、小さな窓と、重そうな木の扉だけで、外と繋がっているようだった。


 1日2回、食事を持って来る者がいる。時々身体を拭かれ、着替えをさせられた。


 外へ出たい。どうなったんだ、王家は、キャサリンは。


 扉が開いた隙に飛び出してやろうとしたが、すぐに押さえつけられてしまった。窓から外を覗くが、ここはどうやらかなり高いところで、身体を出したところで降りられそうにはない。


 一度貴族のような奴がやってきたので、キャサリンはどうしたと尋ねた。そうしたら、「心配しなくても、いずれ同じところに行けるよ。」と言われ、2、3回蹴られた。


 しばらく痛みで動けなかった。

 見たことのない医者が身体を診て、首をひねって帰っていった。


 どうしてこんな目に遭わされているんだ。自分は、王になる人間なのに。


 冷たい夜が何度もやってきて、少しずつ少しずつ記憶が戻ってきた。


 自分は、自分にふさわしいものを手に入れた。キャサリンが、そうすればいいと言ってくれたから。


 それなのに、なぜか王都には兵が向かってきた。そこからは、どうなったか覚えていない。しかし、突然自分の部屋にあの女が現れた。死んだはずの、あの女が。


 ──イーリン・マクスウェル。最後まで自分を拒絶した、あの生意気な女。


 あの女を屈服させるまで、あきらめてなるものか。

 そして、自分が正しかったと、周りに認めさせるのだ。


 石壁を殴っても手が痛いだけで、馬鹿馬鹿しくなってきたころ、食事にワインが添えてあった。


 懐かしい。キャサリンは、ワインをふるまうのが好きだった。最後のときも、仲直りしよう、とワインを注いでくれたのだ。


 久しぶりのワインは身体に沁み、心地よい眠気が襲ってきた。それに身を委ね、部屋の中央にある、大した作りでもないベッドに倒れ込んだ。




 アーサーが目を開けると、自分の膝の上に、複数の人間の影が見えた。誰だ、と思い、身体を起こそうとするが、うまく動かすことができなかった。


「兄上、目を覚まされましたか。」


 弟王子、ルイスの声が聞こえた。


 気がつけば、後ろ手で結ばれた上に、椅子の背ごとぐるぐると縄で縛りつけられていた。足にも違和感を感じ、頭を動かして足元を見ると、左右の足がそれぞれ、椅子の脚にしっかりと結びつけられていた。


「何だ、これは。」

「ああ、申し訳ありません。あまり暴れられると困りますので。」


 ルイスは、固い、少し震える声で答えた。


 ルイスの他に部屋にいたのは、そうそうたる貴族たちだった。その中の1人が、口を開いた。


「お久しぶりです。アーサー殿下。」


 その顔を見て、アーサーは顔をしかめた。


「お前は……。追放したはずだろう。」

「そうなってはおりません。私は今でも、この国の公爵です。」


 1人目は、マクスウェル公爵、ヘンリーだった。ヘンリーは、落ち着いた声で言った。


「こんな形でお会いしたくはありませんでした。」

「兵を寄越してきたそうだな。この反逆者が。」

「いいえ。反逆者は殿下、あなたです。」

「何だと!」


 アーサーはとっさに動いたが、しっかりと結ばれた縄に阻まれ、ガタガタと椅子を鳴らすにとどまった。

 そこに、もう1人が話し始めた。


「殿下。何度もお止め致しましたのに。」


 2人目は、ストラスタ侯爵だった。


「引き返せる時は、ありました。しかしあなたは、あの娘と突き進んでしまった。」


 ストラスタ侯爵は、残念そうに目を伏せた。そうすると、また別の声が話し出した。


「我々も、命を賭してお仕えするつもりだったのですよ。」


 最後の1人は、ボンベルグ辺境伯、アルバートだった。


「あなたに兵を動かすとはどういうことかと、もっとお教えするべきでした。」


 ルイスが正面に立つと、他の3人が、椅子に縛りつけられたアーサーを囲んだ。その圧迫感に、アーサーはややたじろいだ。


 突然にルイスは膝をつき、アーサーを縋るような目で見た。


「最後に、教えてください。兄上。」


 ややかすれた声で、ルイスは言った。ルイスの顔色は、薄暗い部屋の中でも分かるほど悪かった。


「なぜ、こんなことをなさったのです。国王である父上にまで薬を盛り、罪もないイーリン嬢を処刑しようとするなど。」


 アーサーとルイスは、よく似た顔立ちの兄弟であった。しかし、アーサーの方が少しだけ背が高く、鼻が尖り、目元が吊り上がっていた。それらは、以前はルイスよりもアーサーを美しく見せていたところだったのだが、今は、それらが全て、空しい傲慢さを示していた。


 アーサーは、鼻をふん、と鳴らした。


「手に入れるべきものを手に入れて、何が悪いと言うんだ。」

「そんなことを……。」

「父上も、あの女も、邪魔をするから悪いんだ。ちっとも言うことを聞きやしない。」


 ヘンリーは、ルイスの後ろから一歩出て、アーサーを見据えた。そして、そのまま表情を変えず、低い声で言った。


「……私の娘を殺そうとしただけでなく、無体なこともしようとされたそうですな。」

「私が、私のものをどう扱おうが勝手だ。」

「……。」


 アルバートが公爵の方に目をやると、拳を白くなるほど握りしめているのが見えた。


 ルイスは、アーサーに必死に訴えた。


「キャサリン嬢の方が、魔女だったのですよ。あの娘は、たくさんの民を殺したのです。」

「キャサリンが、魔女のわけがないだろう!」


 アーサーは、唾を飛ばし叫んだ。ルイスは負けずに言い返した。


「兄上、目を覚ましてください。せめて、イーリン嬢に、謝罪の言葉を。」


 アーサーは、吠えるような叫び声を上げた。


「ああ! どいつもこいつも、何であの女の味方をするんだ! こんなことになっているのも、全部あの女のせいだ。あの女がちゃんと死んでくれていれば、今頃は!」

「兄上!」


 ルイスが、悲痛な叫び声を上げた。聞きなれないルイスの大声を聞いて、アーサーは驚いた顔をして黙った。


「馬鹿な……。馬鹿なことを……。」


 ルイスの目には、涙が滲んでいた。ルイスは、ぎこちなく首を動かし、ヘンリーたちの方を見た。ヘンリーたちが黙って首を横に振ると、ルイスは絶望的な顔となった。


 ルイスは片手で顔を覆った。その指の隙間から、涙がぽたぽたとこぼれ落ちた。


「何を泣いているんだ、お前は。」


 アーサーがあきれたように言ったが、ルイスはそのまま動かなかった。しかし、しばらくして顔を上げると、アーサーの目をしっかりと見据えた。


「兄上。残念です。」

「なに?」


 ルイスは、ヘンリーたちの方を向いて言った。


「私も心を決めました。皆様、お願いします。」


 ルイスが言うと、ヘンリーたちがアーサーのそばにより、椅子に縛られた身体を押さえつけた。


「何をする!」


 そうしている間に、ルイスは木の箱から、長く突き出た飲み口を持つ、小さな器を取り出した。

 それを見ると、アーサーは目を大きく見開いた。


「ルイス! 貴様、まさか……。」

「そうです。ご存知でしょう、兄上。これは、兄上のためのものです。」


 それは、貴人の処刑に使われるための、毒杯だった。


「嫌だ! 離れろ! 出て行け、お前たち!」


 アーサーが身をよじるが、ストラスタ侯爵とアルバートが力を込め、その両肩を押さえた。ヘンリーはアーサーの鼻をつまみ、もう片方の手を顎に当て、口を開けさせた。


「ルイス殿下、それでは。」


 アーサーは、ヘンリーの手の下からルイスを憎々し気に睨みつけ、歯を噛みしめて抵抗した。ルイスの手は震え、なかなかアーサーの口に毒杯の飲み口を入れることができなかった。


「殿下、私でよければ代わりに。」


 アルバートが助け舟を出したが、ルイスは首を横に振った。


「いえ、これは、私の仕事です。」


 アーサーが歯を剥き、獣のような唸り声をあげていると、ルイスの後ろから、ふわりと、優しい花の香りがただよった。


「えっ……。」


 ルイスが振り向いたが、そこには何もなかった。しかし、アーサーは動きを止め、ルイスの後ろを凝視していた。そして呆けたように口を開いた。


「母上。」


 アーサーは急に大人しくなり、口を開けたまま止まっていた。ルイスが状況が分からず戸惑っていると、ヘンリーが声をかけた。


「殿下、今です。」


 慌ててルイスが杯を傾け、口の中に毒を流し込んでも、アーサーはそのままだった。アーサーは前を向いたまま、自らそれをごくりと嚥下した。


 そして、大きく叫んだ。


「母上! ご一緒に……。」


 毒を飲み込んだのを確かめ、ヘンリーたちが離れると、アーサーの呼吸が荒くなり始めた。身体の力が抜けてきたため、縄を解き、ベッドに寝かせた。


 ルイスは真っ青になりながら、アーサーの様子を見守っていた。しかし、アーサーは、ルイスたちの他に()()()()()()かのように、同じところをずっと見ていた。


 やがて、アーサーの身体は、小刻みに痙攣しはじめた。目はかっと開いたままであったが、次第にそのさざなみのような小さな震えもなくなり、全く動かなくなった。


 アルバートが、外で待機していた従者に声をかけた。しばらくしてやってきた侍医は、アーサーの手を取り、目を確認すると言った。


「ご臨終です。」

お読みいただいてありがとうございます。今回お父さんたち中心で、暗くて申し訳ありません。次回はイーリンたちが出てきます。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ