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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第四章
72/77

72 恩情

★今回流血表現あります。苦手な方はお読みにならないようにしてください。


イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ファン・イン:クリスの従者、イン国元皇子、イーリンの現婚約者

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

「だから、死を前にしても、悔い改めることは無駄ではありませんわ。」


 イーリンが優しく微笑んで言うと、キャサリンは顔色を変えてわめきはじめた。


「あなた、どこかおかしいんじゃないの!? 死んじゃうって言ってるじゃない。この人殺し!」


 キャサリンが激昂し、イーリンに飛びかかろうとした。ファンはとっさにイーリンを後ろに庇い、兵士がキャサリンを床に押さえつけた。

 取り押さえられながらも、キャサリンはイーリンを見上げて罵っていたが、クリスの命令で猿轡をはめられてしまった。


 クリスは、申し訳なさそうにイーリンに言った。


「ありがとう、イーリン。もういいよ。もう何も聞かなくていい。嫌な思いをさせたね。」

「お兄様。私は大丈夫ですわ。」


 イーリンが微笑んでクリスに返すと、ファンが振り向いて言った。


「クリス様の言う通りです。私はあなたに、もうあの女の声を聞かせたくない。」


 ファンは、心配した顔をして、イーリンの耳にそっと手を当てた。大きなその手を愛しげに触れ、イーリンは言った。


「……そうですね。私も、もうお話しすることはありません。」


 イーリンのその言葉を聞き、キャサリンは目を大きく開いた。


「んんー!」

「さようなら、キャサリン様。」


 イーリンはキャサリンの方に向き直り、丁寧に礼をして別れを告げた。

 イーリンがファンと共に、牢の扉の方へと向かおうとしたとき、キャサリンが激しく身をよじって暴れ始めた。


「ま、待って!」


 身悶えした拍子に猿轡が外れ、キャサリンの声が牢に響いた。しかし、キャサリンの目はイーリンではなく、ファンの方に向いていた。


「その方と、少しだけ、少しだけでいいからお話しさせて!」


 ファンは振り向き、キャサリンを一瞥した。それは、普段の穏やかなファンからは想像できないほど、冷たい目だった。


「あなたと話すことなどありません。私は、ウェナムを悪用したあなたなど、大嫌いだ。」

「そんな!……むぐっ。」


 キャサリンは、再び兵士たちに猿轡をされた。心配そうに自分を見上げるイーリンを、ファンは優しく抱き寄せた。


「さあ、行きましょう、イーリン。いいですね、クリス様。」

「もちろんだ。2人とも協力してくれてありがとう。」


 イーリンたちが扉の外に出ても、クリスは牢の中にとどまったままだった。イーリンは、クリスが動こうとしないのを不思議に思い、尋ねた。


「お兄様は、一緒に出られないのですか?」

「私は、もう少しやることがあってね。先に帰っていておくれ。」

「そうなのですね、分かりました。」


 そうしているうちも、キャサリンは唸り続けていた。しかし、イーリンとファンは、そのまま振り返ることなく、地下牢を後にした。




 イーリンとファンの足音は次第に遠くなり、消えた。


 クリスは、2人が地下から出て行ったのを確かめさせたあと、兵士たちも出て行かせた。牢の中には、クリスとキャサリンの他は、クリスの従者2人だけとなった。


 クリスはキャサリンを座り直させると、従者に猿轡を外させた。


「さて、話をしようか。」

「何よ……。また人を馬鹿にする気なの。」


 キャサリンにとっては、ファンの拒絶が一番こたえたらしい。その頬には、涙の筋があった。


「……だいたい、わかったよ。君、イーリンがうらやましいんだろう。」

「私があの女を? どうして。」

「イーリンのものばっかり欲しがっているじゃないか。」

「あの女のもの? いいえ、全部元々私のものよ。あの女さえいなければ、私がもらうはずだったものばかりよ。」

「アーサーも? 王妃の座も? 公爵家の娘という立場も?」

「そうよ。私にこそふさわしいんだから。」

「そういう考え方なのか。」


 アーサーはともかく、こんな妹いらないけどなあ、とクリスは思った。


「それにしても、ずいぶん彼にご執心だったねえ。」


 クリスがそう言うと、キャサリンは目を伏せ、がくんと首を垂れた。


「せっかく……素敵な方に出会えたのに。ひどい人たち。最後に願いを叶えてくれたっていいじゃないの。」

「彼とは、ついこの間、一回会っただけだろう。なぜそんなに彼にこだわるんだい。」

「私だって、こんな気持ちは初めてよ……。それもまた、あの女が奪っていくわ。」


 ふん、とキャサリンは横を向いた。


「……君も同じか。」


 クリスは、キャサリンをじっと見つめた。そして、優しい口調で語りかけた。


「あのね、彼を手に入れたって、()()は手に入らないよ。()()は、イーリンと彼だけが作れるものだから。」

「何よ、()()って。」

「君が欲しいものさ。」

「……。」


 キャサリンは、何も言わずにクリスを見つめ返していた。


「君は、彼が欲しいんじゃない。彼とイーリンの間にできる、()()が欲しいんだ。」

「……あなたに、何が分かるっていうのよ。」

「分かるさ。私も、君と同じような人間だからね。」


 自分に優しく微笑むクリスを見て、キャサリンは怪訝な顔をしていた。クリスが何を考えているのか、推し量っているようだった。


「さて、君には、私から恩情を与えてあげようと思ってね。」

「え、なあに? 助けてくれるの?」


 キャサリンの顔がぱっと明るくなると、クリスは、にっこりと笑った。


 クリスが合図をすると、従者が素早くキャサリンに猿轡をはめた。そして、2人がかりで身体を押さえつけた。急に乱暴な扱いを受け、キャサリンは戸惑い、きょろきょろとしていた。


「叔母上の言うとおり、最初は舌でも切ってやろうかと思ったんだけどね。触りたくないし。切り刻むのも、私の趣味ではないし。」


 クリスは、懐からジョンのナイフを取り出した。数々の人の血を吸ってきたその刃が、ぎらりと光った。


「それに、私は、あの闇に飲まれたときに思ったよ。君たちみたいになりたくないってね。だから、君たちと同じようなことはしたくないんだ。」


 だから恩情で、火刑の前に楽にしてあげる、とクリスは言った。


 キャサリンはナイフを凝視し、首を激しく横に振った。


「何だい、私は優しいじゃないか。生きながら火炙りの方が、ずっと苦しいだろう。」


 キャサリンは、目から涙を流し、必死に情けを乞う様子を見せた。それは、いたく哀れみを誘う仕草だったが、クリスはきょとん、とした表情をした。そして、おかしそうに笑った。


「ははは、私は君と同じような人間なんだって言ったろう。だから、君を可哀想などと思わないし、君の恐怖や苦しみは、()()()()()()()()()()んだよ。」


 キャサリンは目を見開き、憎しみを込めてクリスを睨みつけた。それは、先程イーリンに向けたものよりも、ずっと激しい恨みをこめたものであった。


 クリスはその視線を受け、満足そうに笑って言った。


「そう。君の最期に、その目に映るのは私だ。忘れてはいけないよ。」


 クリスはキャサリンの頭を左手で鷲掴みにし、右手に持ったジョンのナイフを、キャサリンの白い喉に当てた。そして、ナイフをそのまま勢いよく横に引いた。


「……!」


 キャサリンの首から血が噴き出し、どさりとその身体が床に倒れた。クリスは、足元に転がったキャサリンを見ながら、表情を変えずに言った。


「縄を解いたとたん、突然、私から仲間のナイフを奪って自害した、ということでいいかな?」

「はい。」


 従者は、動かなくなったキャサリンの縄をたんたんと解き、血溜まりの中に放り投げた。


「亡骸は火刑にするからね、そのまま置いておいて。」

「承知しました。」


 従者にキャサリンの後始末を任せると、クリスは牢から出ていった。



 クリスが地下牢から外に出てくると、ファンが待っていた。


「イーリンはどうしたんだい? 君たち、離れないんじゃなかったのか。」

「アンナに頼んで、先に行ってもらいました。……何ですか、その血は。」

「いや~。まいった、まいった。油断したなあ。ナイフを取られちゃってさあ。」

「……演技が、下手すぎます。」


 クリスの服の血を見て、ファンはため息をついた。


「イーリンと約束したのでしょう。いいのですか。」

「ばれたら、怒られるかなあ。」

「悲しむでしょう。イーリンは、あなたにだけ背負わせたくないのだから。」


 クリスは、ふう、と息を吐き、悲しませるのは嫌だなあ、と言った。


「でもね、これが私なりの『一緒に背負う』やり方だよ。イーリンの背負えるものには、限りがあるだろう。」


 イーリンがその性質ゆえに狙われるのなら、イーリンだけでは全てを受け止めきれない。ならば、周りの者が引き受ければいい。クリスはそう考えた。


「私はね、イーリンがいれば、『人』でいられるんだ。ファンは分かっているだろう。あの闇の中、私だけが()()()に誘われていた。」

「……。」

「闇に誘われた私を、イーリンと君が助けてくれた。イーリンと君が幸せでいてくれたら、それが私の幸せだ。」


 クリスは真剣だった。危うい自分が『人』でいるために見出したものは、『イーリンを愛し、守ること』だった。それに従っていれば、自分は満たされ、道を大きく踏み外すことはない。


「……イーリンだって、自分を犠牲にしすぎないように頑張っているんです。兄のあなたも一緒ですよ。やりすぎたら、私は止めますからね。」

「分かったよ。」

「着替えてから、帰ってきてくださいよ。」

「はいはい。」


 イーリンの所へ向かうファンの後ろ姿を見て、クリスはひとりごちた。


「頼もしい義弟だなあ。」


 キャサリンたちに比べ、自分は恵まれているのだろう。愛するイーリンがいて、ファンにも出会えた。


 これからも、闇に誘われることはあるかもしれない。しかし今は、イーリンたちから得られる満たされた気持ちを、決して失いたくはなかった。

お読みいただいてありがとうございます。次回は、アーサーの方に話が移っていきます。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

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