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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第四章
70/77

70 相容れないもの

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ファン・イン:クリスの従者、イン国元皇子、イーリンの現婚約者

ルイス・ギーベル:第二王子、リリーの婚約者

シャーロット・ギーベル:王女、国王の末娘

マデライン・ギーベル:王妃、アーサー達の母

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

リーデン伯爵:キャサリンの後見

マーガレット・リーデン:伯爵令嬢

リリー・ストラスタ:イーリンの友人、侯爵令嬢、第二王子ルイスの婚約者

ストラスタ侯爵:リリーの父、マクスウェル公爵と同様の穏健派

セリーナ・ボンベルグ:ルイーゼの母、辺境伯夫人

ノーマン:ボンベルグ領の軍医

 ──なぜ、こんなことになったのだろう。


 少し前まで、この館では領主代理であるクリスのもとに、有力貴族たちが意見を交わし合っていた。国と王家の立て直しを図り、今後の方針を定めていく中で、おかしな扱いを受けることなどなかった。


 しかし、いつの間にか話の方向が変わり、私たちは話題の中心となった。

 話の流れによって、自分たちに質問が飛んでくることはある。とはいえ、国を動かす中心となる人間たちはほぼ決まっているし、私たちはあくまで彼らを支える者として、この場にいるはずだった。

 だから、しばらくすれば、話題は元に戻ると思っていたのだ。



「母上を助けてくれてありがとう。」


 この場には、第二王子ルイスとその婚約者リリーも参加していた。

 そして、ルイスにマデラインの伝言を伝えると、涙を流して喜んでくれた。


 久しぶりに会ったリリーは、少し瘦せていた。立場上、リリーは王都を離れられず、キャサリンに連日王城に呼び出されては、いびられていたという。


「誰かを虐めないと、生きていけないのでしょう。あのような方は。」


 そう言い放つリリーの声は、誇り高さを失ってはいなかった。今となっては、リリーは次期王妃になることがほぼ決定している。ルイスを支えるため、父親であるストラスタ侯爵と共に行動することが多くなっていた。


 クリスが王都に到着した後、ルイスはストラスタ家に身を寄せていたらしい。今も、王城とストラスタ家を行き来している。それもあってか、以前よりもルイスとリリーの距離は縮まっているように見えた。


「お二人が、手を取り合っておられる姿は素敵ですわ。今後も安心ですわね。」


 私は、自分が思ったことを口にしただけだ。


 それが、どうして。



 私は今、自分とファンがいかに仲睦まじいかを、兄に熱弁されている。


「驚きましたよ。イーリンがファンに熱烈な愛の告白をしたかと思うと、森の主の指輪と枝が光ったのです。」

「ほほう。」


 ストラスタ侯爵は、興味津々にクリスの話を聞いていた。


「お兄様、そんな話をわざわざお聞かせしなくても……。」

「何を恥ずかしがることがあるんだい。素晴らしい話じゃないか。」

「もう……。」


 イーリンがクリスに抗議すると、隣のファンが表情を崩さずに言った。


「人の大事な思い出を、茶化すのはやめてください。」

「茶化してなんかいないよ。私は感動したんだ。ねえ、叔母上。」

「そうよ。こういう話はもっと多くの人に伝えられるべきだわ。」


 セリーナは、扇子で顔を隠しながら、クリスに同意した。少し手が震えている気がする。


「私は、色々と初耳なのだけれども、詳しく聞かせてほしいな。」

「ええ、私も興味深いですわ。」

「ルイス殿下、リリー様まで……。」


 ファンは、もうすでに覚悟を決めた顔で、この会に臨んでいる。セリーナが預かっているリーデン家のマーガレットと、妹王女シャーロットはこの場に参加せず、別の部屋でアンナと一緒に遊んでいるのが唯一の救いだ。



 会がひとしきり盛り上がり、イーリンがぐったりとしたところで、クリスが言った。


「ははは。イーリンとファンは、本当に皆に愛されているな。」

「愛されていますか? 面白がっているのではないですか。」


 ファンが、クリスをじろりと見た。


「いいや。愛されているよ。私達だって面白がっているだけで、こんなに聞いたりしないよ。」

「本当でしょうか。」

「何というか……。あなたたちを見ていると心地がいいのだね。穏やかな気持ちになる。」


 ルイスが、緊張の解けた様子で言うと、リリーが隣で同意するように微笑んだ。

 セリーナも扇子を顔から外し、ファンに向けて親し気に笑った。


「本当よ。2人を見ていると、何だか優しい気持ちになるの。だから、怒らないでちょうだい。」

「怒っているわけではないのですが……。」


 ファンは、首をひねった。イーリンだけならばともかく、自分までが人をそのような気分にさせるのは、ぴんとこない。


 そこに、ストラスタ侯爵が言った。


「あなた方が2人でいることは、定められた運命なのかもしれませんな。森の主様の力も強くするような、何かがあるのかもしれません。」


 確かに、侯爵の言うとおり、2人が強く結びついたとき、シルウァの力は強くなったのだ。


「だからね、イーリンはいつも『自分にできることはないか』って思っているけど、そのままでいいと思うんだ。ファンと惹かれ合ったのも、自然のことだっただろう。」

「お兄様……。」

「そのままで、人の気持ちを変えられる人間は、そういないよ。」


 クリスは、それを言いたかったのだろうか。それにしては、長かった気がするが。

 それに、自分がこのままでいいとも思えない。


「でも、私が至らないせいで、また皆に迷惑をかけてしまいました。」


 イーリンは、肩をすくめてしゅんとした。あのとき、老婆だと思っていたとはいえ、もう少し用心していれば、ジョンに攫われることはなかったかもしれない。


 セリーナは、イーリンの右手に目を落とし、微笑んで言った。


「人に親切にしただけで、危ない目に遭う方がおかしいのよ。あなたは、よく頑張ったわ。」

「セリーナ叔母様……。」


 セリーナは、頬に手を当てた。


「それにしても、変な人間もいるものね。わざわざイーリンを目の敵にするなんて。どちらかと言えば、守ってあげたくなるものだけど。」

「私もそう思いますわ。理解に苦しみます。」


 リリーは、セリーナの言葉に頷いた。


 ファンは思った。ギーベル王国の人間は、総じて気性が穏やかで、調和を好む。筆頭貴族であるマクスウェル家の影響なのか、このように政治の中枢にいる人間たちですら、人を蹴落とすことをよしとしない。


 このような良心的な関係の方が、人は心穏やかに過ごすことができる。ファンにとっては、この国自体のもつ雰囲気が心地よかった。


 しかし、そのような国でも、キャサリンのような者は現れる。そして、彼らにとって、イーリンは獲物としか見えないのだろう。

 イーリンをそばで守っていきたいファンにとっては、イーリンを取り巻く人間たちが、自分を認めてくれるのはありがたかった。


 ……大概にしてほしい、と思うこともあるが。




 客人たちが帰ったあとも、イーリンとファンは、クリスと話を続けていた。


「まあ、でもこれで、あの娘の処遇は決まったな。」

「やはり、火炙りですか。」

「あれだけのことをしでかしたんだ。ジョンという男の亡骸と並べて、火刑しかないだろう。」


 キャサリンの所業は、まことに魔女というにふさわしかった。貧民窟の隠れ家とパー家の館からは、それぞれ10名足らずの遺体が見つかっており、以前王都で見つかった遺体の数を合わせると、犠牲者の数はゆうに20名を超えた。


 いつ頃からキャサリンが儀式を行い始めたかは分からない。しかし、マデラインが亡くなったころには、まだパー男爵は生きていた。ならば、マデラインと出会ったのは、貧民窟の隠れ家の方だったはずだ。


 魔女は、昔から火刑と決まっている。残酷な刑ではあるが、殺された人々の無念と、王都を荒らされた民の感情、そして反逆罪も加えると、それでも足りないくらいであった。


「後は、()()()()()()かどうかなのだけど。……そこで、イーリン。ファンと一緒に、キャサリンに最後に会ってみてくれないか。」

「えっ……。」

「もちろん、私も同席するよ。絶対に、危ない目には遭わせない。どうだい?」


 イーリンは、クリスの意図が分からず戸惑った。ファンが、少し怒ったような顔をして、クリスに言った。


「なぜ、そんなことをさせるのです? まさか、面白がってではないでしょうね。」

「まさか、私だってそんなに悪趣味じゃない。ちょっと、確かめたいことがあってね。」

「確かめたいこと……?」


 ファンが怪訝な顔をすると、うーん、とクリスは言った。


「前にも言ったと思うけど、あの娘の嘘には辟易していてね。喋る割には何も情報が得られなくて、私達も困っているんだ。」

「まあ、それは分かりますが……。それが、どうして私たちと会うことにつながるのですか。」

「あの娘は、イーリンとファンには妙に執着しているんだ。だから、君たちを前にしたら、何か本音を漏らすのではないかと思ってね。」

「……。」


 ファンとて、当然キャサリンには会いたくはない。ウェナムはかつて悪用され、ファンの家族を殺した。同じようにウェナムを悪用した女に愛を囁かれるなど、冗談でも勘弁してもらいたい。


 ただ、一番の心配は、イーリンの心の負担だった。キャサリンはイーリンに対する憎しみを捨てていないようだし、最後に見た時のように罵倒してくるのなら、会わせたくはない。


 しかし、クリスがそれを分かっていないわけはない。クリスがイーリンを見る目は、いつものように優しかった。それが、ファンを余計に悩ませていた。


「まあ、無理にとは言わない。それに、イーリンにあまりひどいことを言うようなら、その場で首をはねたってかまわないよ。」

「まあ、そんな……。」


 イーリンとしては、どちらかというとファンにキャサリンを会わせたくなかった。自分もいい気分ではないし、何よりウェナムのこともあり、ファン自身が嫌がっているのが分かっていたからだ。


 ただ、イーリン自身が会いたくないかと言われれば、そうとも言い切れなかった。おそらく、話をしたとしても、イーリンとキャサリンは相容れることはないだろう。だからこそ、少しでもキャサリンという人間のことを知っておきたいという気持ちがあった。


 このまま彼女が処刑されてしまえば、永遠に知る機会は失われるのだ。


「……私一人なら……。」


 一人、とイーリンが言い出すと、ファンが驚いた顔をした。


「イーリン、離れないと言ったのはあなたでしょう。」

「でも。」

「心残りになるくらいなら、一緒に行きましょう。」


 ファンは、イーリンに微笑んだ。ファンは、すでに覚悟してくれているのだ。

 イーリンは、心を決めて、クリスに返事をした。


「……分かりました、お兄様。私たち、キャサリン様のところに行きますわ。」

「行ってくれるかい。イーリン。」

「でも、何かあれば、すぐに止めますよ。」


 ファンがクリスに念を押した。


「もちろんだ。処刑まではそんなに時間はない。すぐ手配するよ。」


 クリスは、にっこりと笑った。

お読みいただいてありがとうございます。次回は、地下牢のキャサリンに会いに行く予定です。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

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