表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第四章
68/77

68 パー男爵家

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ファン:イーリンの兄クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

パー男爵:キャサリンの父

シルウァ:『昏き森』に存在する森の主

 キャサリンの実家である、パー男爵家の館は、貴族の館が立ち並ぶ地区の外れにあった。


 パー家には領地はなく、小さな庭のある館と、それに隣接するわずかな畑のみが、パー家の持ち物であった。


 門を開き、館の前に立つと、クリスが言った。


「館の中に地下室があってね。そこに、無造作に遺体が放り込んであったんだ。」


 地下室と言っても、王城にあるほど立派なものではなかった。床下に穴を掘っただけのような、簡易なものであったらしい。


「お兄様……。男爵家の皆様は、どちらに……。」


 この館には、キャサリンの両親と2人の妹が住んでいたはずだ。クリスは、眉間に皺を寄せた。


「おそらく……、遺体たちの中におられるのだろうね。」

「ああ……。」


 クリスの話によると、マクスウェル兵がこの館に踏み込んだとき、ジョンの仲間であろう数人の者がいた。それらを捕らえ、館の中を捜索しても、キャサリンの家族は、()()()()()()()()()


 イーリンは痛ましそうに館の方を見た。この館に仲間を引き入れたのはキャサリンだ。家族のたどった運命を、キャサリンが知らなかったはずはあるまい。


 アンナが、信じられないといった顔で言った。


「自分の家族にまで、手を出すなんて……。」

「それが、良心を『持たない』ってことなんだろ。」


 ピーターも、気分の悪そうな顔をしていた。


 皆が知る限り、キャサリンの家族は、キャサリンを持て余していたとしても虐げてはいなかった。それを邪魔だからと殺してしまう頭の中身は、イーリンたちには、とても理解できそうになかった。


「貧民窟の方は、どのような様子だったのですか。」


 ファンが、クリスに尋ねた。


「あちらも似たような感じだったのだけど、最近は使われていなかったみたいでね。遺体もほとんど骨になっていたよ。」


 この館の遺体は、貧民窟に比べると新しいものが多かった。ある時期から、こちらに拠点を移したのだろう、とクリスは言った。パー家の館は、他の家とは少し離れたところにあり、人が出入りしても目立ちにくかった。


「あと、()()()()()()()ものが、()()()()()()んだよ。だから、この館の方を、まず見た方がいいとは思ったのだけど……。」


 クリスは、心配そうにイーリンを見た。


「イーリン……。本当に、館に入るのかい? あまり、お勧めしないけれど……。」


 遺体はすでに運び出された後だったが、館からは、まだ腐臭が漂っていた。中に入った兵士たちは、その惨状と臭いに、次々と気分を悪くしたという。


「……怖いです。でも、マデライン様にもお会いしたいのです……。」


 パー家の館も、庭は荒れており、畑も全く手入れがされないまま放置されていた。マクスウェル家の館よりも、ここでは惨いことが行われたのだろう。


 イーリンは、白い布に包んだシルウァの枝を取り出した。丁寧な手つきでイーリンが包みを開くと、葉はまだ緑を保っており、ふわりと清爽な香りがした。


「行きます。……お兄様、よろしいでしょうか?」

「分かった。じゃあ、行こうか。ファン、イーリンについていてね。」

「はい。」


 クリスを先頭に、イーリンたちは館の中に入った。


 パー家の館は、2階建ての小さなものだった。玄関から入ってすぐに食堂があり、そこから台所が続いていた。台所の床に小さな扉がついていて、例の地下室はその下にあったとのことだった。


 館の中は、残った腐臭だけではなく、重苦しい空気が澱んでいた。開いた窓からは陽の光がさしているというのに、館の中はなぜかうす暗く、じめじめとしていた。床を這いずり回る何かが、足に纏わりついてくるような不快感を覚え、アンナやピーターは無意識に顔をしかめて、手や足で払うような仕草をしていた。


(シルウァ様にとっては、ここはお辛いかも……。)


 イーリンも気分の悪さを感じ、指輪をもう片方の手でそっと隠した。


「イーリン、大丈夫ですか。」


 ファンも眉を寄せて、厳しい顔つきをしていたが、イーリンが「ええ」と言って、そっと身を寄せると、優しい顔に戻った。アンナやピーターは、それを見て、少しほっとした表情となった。


 クリスが、2階へと続く階段を指さした。


「見てもらいたいものは、上にあるんだ。」


 クリスの後ろに続き、イーリンたちは階段を上った。2階に着いても重苦しい空気は変わらず、むしろひどくなった。狭い廊下を歩き、最も奥の部屋の前まで来ると、クリスは立ち止まった。


「ここの中なのだけど。」


 クリスは、部屋の扉をゆっくりと開いた。開いた扉の隙間から、どろりと何かが流れ出すような感じがし、イーリンは思わず後ずさった。床に足を取られてよろめいたイーリンを、後ろからファンが抱きとめた。


「ファン、すみません。」

「いえ、大丈夫です。しかし、これは……。」


 その部屋からは、腐臭だけではなく、むっとするような血の臭いがした。扉から中を覗くと、あまり広くない部屋の中に、風呂に使うような大きな(たらい)が置いてあるのが見えた。その奥には、黒い、簡易な作りの祭壇があった。


「あれが、おそらく貧民窟から、ここに運ばれたのだと思う。」


 クリスが『あれ』と言ったのは、祭壇にある赤黒い像だった。その身体は人のようであったが、背には蝙蝠(こうもり)のような翼があり、頭には雄山羊の角が生えていた。


「大して良い出来のものではないけどね。あの娘たちにとっては、大事なものだったんだろう。」


 その像は、禍々しい、というのがふさわしかった。館が纏う不快な空気は、まるで全てこの像から出ているようであった。


「……地下室の、ちょうど上にありますね。」


 ファンの言うとおり、像の置かれた祭壇は、台所の地下室の上に位置していた。イーリンが祭壇の前にある(たらい)の中を覗くと、その中には人の血と思われるものが、一面にべったりとついていた。


「いやっ……。」


 イーリンは、ファンの腕にしがみついた。ファンは、イーリンを庇うように立つと、クリスに言った。


「ここで、儀式を行っていたようですね。するとあれが、あの娘たちが崇拝する『悪魔』ですか。」


 キャサリンたちは、自分たちの行動を正当化するため、悪魔を崇拝し、おぞましい儀式を行っていた。おそらく、この部屋で儀式は行われていたのだろう。よく見れば、像の赤黒さもまた、人の血によるもののようだった。


「そうなのだろうね。」


 クリスが返事をしたとたん、悪魔の像の顔が、にやりと笑うように動いた。すると、突然に扉や窓がばたんと閉まり、部屋の中は闇に包まれた。


「と、扉を開けます!」


 ピーターが叫んで、手探りで扉の所まで行ったが、なかなかうまく開かないようだった。


 耳障りな、高い笑い声が聞こえた。すると、風もないのに、闇が竜巻のように渦を巻き始めた。人の悲鳴や怨嗟の声が部屋に響き渡り、耳をふさいでも、その声は頭の中に入り込んできた。

 イーリンたちは、渦巻く闇の中から人の手がぬるりと出て、自分たちの手や足をとらえ、床下へと引きずり込んでいくような感覚に襲われた。


 まるで、どろどろとした底なし沼のような、悪意の中にとらわれていく恐怖。それが、闇の中のイーリンたちを支配した。


「ファン……。」


 ファンは、闇からイーリンを守るように抱いてくれていた。闇の中でも、焦った顔をしているのが、イーリンには分かった。ファンは、顔をイーリンの耳に近づけると言った。


「あなただけでも、何とか外に。」


 それを聞き、イーリンはファンの腕の中で、ふるふると首を振った。


「だめ。そばにいると言ったわ。」

「しかし……。」


 ファンが、自分が犠牲になってでも、助けようとしてくれているのは分かる。でも、イーリン自身の思いは違っていた。


 イーリンは、そっとファンの胸に顔を寄せた。自分をいつも助けてくれた、あたたかさ。イーリンは、この温もりを失うのは嫌だった。それならば、一緒に地獄へ行く方がいい。


(こんなことを考える私は、聖女などではないのに。)


 イーリンは、ファンを見上げて言った。


「ファン、愛しているわ。お願い、離れないでいて。」

「イーリン……。」


 ファンが、イーリンを抱く手に力を込めたとき、イーリンの指輪と、シルウァの枝がぼんやりと光り出した。その光はだんだんと大きくなり、イーリンとファンを包んだ。ピーターはまだ扉と格闘していたが、クリスとアンナは、光っている2人を見て、呆気にとられた表情をしていた。


 先程まで血の臭いが立ち込めていた部屋に、シルウァの香りが漂った。いつの間にか闇は静まり、声は聞こえなくなっていた。


「シルウァ様……?」


 ⦅ここは私が抑えておくから、枝を置いて、外に出なさい。⦆


 シルウァの声が響いたかと思うと、ピーターが叫んだ。


「扉が、開きました!」


 開いた扉から光が差し込み、部屋は明るくなった。イーリンが祭壇を見ると、悪魔の禍々しさは消え失せていた。気味の悪い赤黒さはそのままであるものの、それはただの古ぼけた木の像に見えた。


 イーリンは、急いで祭壇に駆け寄り、像の前に枝を置いた。


「マデライン様……。」


 マデラインには、会えなかった。しかし、おそらくこの像が元凶だ。この像が浄化されれば、人々の魂は救われるのだろう。


「行きましょう、イーリン。」


 ファンに呼ばれ、イーリンは部屋を後にした。イーリンたちは、そのまますぐに館を出た。


 外に出ると、クリスがやれやれという顔で言った。


「今から、この館は燃やそう。もう、中の様子はストラスタ侯爵たちに報告してあるし、証拠は遺体だけでも十分だ。」

「クリス様、そうしましょう。早くしましょう。」


 ピーターは、げんなりとしていた。館を燃やすことに反対の者はいなかった。

 今はシルウァが抑えてくれているが、いつ、あの悪意が、再び人をとらえようとするかも分からない。あの闇の中で笑っていたのは、彼らが作り出した悪魔だったのだろうか。


 クリスが連れてきたマクスウェル兵たちが、素早く館を燃やす準備をした。一陣の風が吹き、シルウァの香りがしたのが合図かのように、クリスが火を点けるよう命令を下した。


 兵の一人が種火を投げ込むと、館は、あっという間に炎に包まれた。イーリンたちは、火が届かないよう、離れたところで館が燃えていくのを見ていた。館からは、白い煙がまっすぐに高く上り、その先は空へと消えていった。


(これで、とらわれていた人たちは解放されたのかしら……。)


 煙の香りの中には、シルウァの香りが混じっているようだった。暗い館の中から解き放たれた彼らが、シルウァに導かれ、煙の中を天へと昇っていっているように思えた。


 殺された人々、棄てられた少年、キャサリンの家族、そして、マデライン。一人一人のことを想い、冥福を祈るイーリンと対照的に、クリスはどこか冷めた目で館が燃えていくのを見ていた。


「私は、誘惑されないよ。」


 ファンの耳には、クリスが小さく独り言を言うのが聞こえていた。

お読みいただいてありがとうございます。次回は、やっとマデラインが出てくる予定です。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ