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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第四章
66/77

66 王妃の寝所

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

ファン・イン:クリスの従者、イン国元皇子、イーリンの現婚約者

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

ルイス・ギーベル:第二王子、リリーの婚約者

マデライン・ギーベル:王妃、アーサー達の母

ジョン:キャサリンの仲間

ストラスタ侯爵:リリーの父、マクスウェル公爵と同様の穏健派

ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、イーリンの従妹

セリーナ・ボンベルグ:ルイーゼの母、辺境伯夫人

ノーマン:ボンベルグ領の軍医

シルウァ:『昏き森』に存在する森の主

「お兄様。王妃陛下の方は……。」


 アーサーたちの処遇を聞いた後、イーリンはクリスに尋ねた。


 森の主シルウァは、王妃マデラインは1年前にすでに亡くなっている、と言った。

 生前のマデラインは、王城の中で不遇だった。()()マデラインがどのように扱われていたのか、イーリンは気になっていた。


 クリスは、イーリンの問いに答えようとして、はたと何かを思い出した様子だった。


「ああ、そうだ。イーリンたちには、まだ伝えていなかったね。」

「何でしょうか?」

「昨日の朝、私たちはバクスター家に行っただろう。そのとき、バクスター侯爵からも、色々と話を聞いたんだ。」

「……どんなお話を、されたのですか?」


 バクスター家に向かうクリスを送り出した後、イーリンはジョンに(さら)われた。助け出されてからも、クリスとゆっくり話す間がなかったので、バクスター家で何があったかは知らなかった。


「バクスター侯爵はね、王妃陛下が亡くなっていることはご存知だったよ。」

「まあ……。そうだったのですか。」


 マデラインの死は、国王の意向によって隠蔽されていた。バクスター侯爵であるブラムは、口止めをされて引きこもっていたのだ、とクリスは教えてくれた。

 ストラスタ侯爵とセリーナは、すでにこの話を聞いていたらしく、驚く様子はなかった。


「それと、例のウェナムは、やはりバクスター家にあったよ。ノーマン殿に確認してもらったから、間違いない。」


 今はマクスウェル家の館に運ばれ、兵士たちが守っているとのことだった。


「バクスター侯爵は、ウェナムの作用についてはあまり詳しい方ではなくてね。そのウェナムは、()()()()()()()()()()()()()、こちらでお預かりすることにしたんだよ。」

「それは、良かったですわね。」


 イーリンは喜んだ。バクスター家のウェナムが、これ以上悪用されないような状態になれば、ノーマンは安心するだろう。

 ファンは、にこにこと笑顔で説明するクリスに、(いぶか)しげな視線を向けていた。


 セリーナは、じろりとクリスを睨んだ。


「ウェナムとかいう薬がバクスター家にあるのを、私達にまで隠していたなんて。クリス、あなた相変わらず腹黒いわね。」

「できるだけ、確実に不意打ちしたかったものですから。」


 クリスは、けろっとして言った。


 ブラムは小心者だ。偶然でも、ウェナムの存在が知られているという話が耳に入れば、捜索に入る前にウェナムを処分してしまうかもしれない。クリスとしては、それは避けたかった。


「少しは、イーリンを見習いなさい。」

「見習っていますよ。」


 クリスは、子供のようにふくれてみせた。それを見て、セリーナは大きくため息をついた。イーリンは叔母と兄のやり取りにおろおろとし、ファンとアンナは苦笑していた。


「……まあ、いいわ。続けなさい。」


 クリスは真面目な顔に戻ると、再び話し始めた。


「国王陛下の無事を確認したあと、我々はまず、王妃陛下の居室に向かいました。」


 クリスたちが中に入ろうとすると、王妃付きの侍従が止めようとした。しかし、すでに亡くなっていることは知っていると言うと、へなへなと座り込み、そこからはもはや抵抗しなかった。


「お部屋の中には、王妃陛下はおられませんでした。……ただ、寝所にたくさんの花が飾られていました。」


 窓は長く開けられていなかったようで、むせかえるような花の香りが、部屋の中に満ちていた。


 クリスたちが、王妃はどこにおられるのか、と侍従に尋ねると、何も言わず、指で床の方を指した。


「王妃陛下……、マデライン様は、地下の部屋におられたのです。」


 マデラインの遺体は棺に入れられ、地下室に置かれていた。地下室の場所は、ちょうどマデラインの部屋の真下に当たっていた。

 棺の周りにも花が飾られていた。そこにある花は、少なくとも数日前までのものであり、古いものは順に片付けられていたようだった。


 クリスたちは、棺の中を確認した。棺の蓋は打ち付けられておらず、壊さずに取り外すことができた。


 そこまで言うと、クリスとストラスタ侯爵は、顔を見合わせた。


「……さすがに、あれは驚きましたね。」

「ええ。まるで、生きておられるかと思いました。」

「どういうことなのかしら?」


 セリーナが尋ねると、クリスはマデラインの遺体の状態について説明した。


 亡くなるときに飲んだ薬の効果か、地下室の環境のせいか分からないが、マデラインの遺体は全く腐らず、生前の姿のままだった。

 よくよく見れば、(ろう)のような肌が、生きている人間のものではないと分かる。しかし、一見、ただ眠っているだけのように見え、声をかければ目を開くのではないか、と思わせるような状態であった。


 それを聞き、セリーナは目を丸くしていた。ストラスタ侯爵も、このような経験は初めてらしく、戸惑いを隠し切れない様子だった。


「その場では、どうしていいか分からなかったので、今はまだ、そのままにさせていただいています。いずれは、正式な葬儀を行わなくてはなりませんが……。」


 マデラインの死は隠蔽されたため、亡くなった当時には、葬儀が行われなかった。そのため、ルイスやブラムなどの家族ですら、マデラインとの別れができていない。


 マデラインの遺体が生きていた当時の姿を保っているのであれば、これから別れを告げる彼らにとって、少しは心の慰めになるかもしれなかった。


「そうだったのですね……。」


 ただ、イーリンには不思議だった。新しい花が飾られ、棺の蓋が開く状態になっていたということは、誰かが、定期的にマデラインに会いに来ていたということだろうか。

 しかし、マデラインの死を知っていた人物は限られている。王子であるルイスですら、全く知らされていなかったのだ。


(まさか……。でも、どうして?)


 今の時点でいくら考えても、答えは出そうになかった。それに、イーリンがやるべきことは、他にあった。


 ──マデラインの魂を救うこと。


 イーリンは、懐にしまったシルウァの枝に触れた。どこかにいるマデラインの魂に、これを届けなくてはいけない。


 イーリンは、ファンと目を合わせて頷いた。



 全ての報告を終えると、セリーナが口を開いた。


「ストラスタ侯爵、クリス。ルイス殿下とは、これからの話をされたのですか?」

「ええ、叔母上にも、ぜひご協力をお願いいたします。山ほどやることがあるので。」


 王太子であるアーサーが罪人となった今、新たな王太子となるべきはルイスである。立太子の手続きはまだだが、国王が動けない今、ルイスは国王代理としての働きを求められていた。


 アーサーやキャサリンの取り調べ、それに対する裁定。王都の立て直しや治安の改善。バクスター家やリーデン家にも、手を入れなくてはならなかった。


「しかも、アーサーたちが、しっかりと浪費してくれていましてね。王家の持つものが少なくなっているのです。」


 後先を考えない2人により、王家の財産も兵も、無駄に消費されていた。おまけに、城の中の人間も乱暴に扱ったため、侍従や使用人の数もかなり減っていた。


「ご報告したときには、ルイス殿下は頭を抱えておられましたよ。」

「お気の毒に。」

「そういうわけで、我々としては、手を取り合わないといけないようです。」


 ルイスが愛想よく言うと、セリーナが貫禄のある笑顔を浮かべた。


「仕方ないわね。お国のためですもの。」


 ストラスタ侯爵も、穏やかな笑みとなった。


「これから大変ですが、ともにやっていきましょう。」


 マクスウェル家、ストラスタ家、ボンベルグ家の3人は、協力を約束し合った。


(ルイス殿下がいてくださって、本当によかったわ。)


 イーリンは、3人の姿を見て思った。 


 以前から、粗暴なアーサーより、聡明で穏やかなルイスの方が国王にふさわしい、と誰もが思っていた。だからこそ、王家がこのような状態になっても、ルイスが次代の国王となることを、皆がすんなりと受け入れていた。


 まだ、この国に希望はある。そして自分は、この国のために、何ができるだろうか。



 報告の後、クリスたちは簡単に当面の話し合いを済ませた。ストラスタ侯爵は、ルイスのいる王城へと向かうため、先に館を出た。

 イーリンたちは、クリスとともに、マクスウェル家の館に戻ることとなった。


「叔母様、お世話になりました。」

「また、遊びにいらっしゃい。そのうち、ルイーゼもこちらに来させるから。」

「まあ、早くお会いしたいですわ。」


 セリーナは、ファンの方を向いた。


「そのときは、あなたもぜひ一緒にね。」

「……お気遣いいただいて、ありがとうございます。」


 ──昨晩の状態に、ルイーゼが加わるのか。


 マーガレットと別れを惜しんで、最後の挨拶を交わすイーリンを見ながら、ファンは今後の不安を感じていた。

お読みいただいてありがとうございます。次回もマデラインの話の続きとなっていきます。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

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