表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第四章
64/77

64 ボンベルグ家の館

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ファン・イン:クリスの従者、イン国元皇子、イーリンの現婚約者

ルイス・ギーベル:第二王子、リリーの婚約者

ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹

セリーナ・ボンベルグ:ルイーゼの母、辺境伯夫人

リーデン伯爵:キャサリンの後見

エリザ・リーデン:リーデン伯爵夫人

マーガレット・リーデン:伯爵令嬢

ノーマン:ボンベルグ領の軍医

シルウァ:『昏き森』に存在する森の主


 イーリンがマクスウェル家の館に戻ると、館の中は人が少なく、しんとしていた。見かけるのはマクスウェル家の兵士たちばかりで、鎧のこすれる音が静かな館に響いていた。


 イーリンが使用人たちの行方を尋ねようと口を開く前に、アンナによって、さっさとノーマンのところに連れて行かれた。


 ノーマンは、すぐにイーリンの右手の傷を診てくれた。

 ボンベルグ領で一番の医者と呼ばれるだけあって、さすがノーマンは手際が良く、処置をしてもらうと痛みも和らいだ。


「こう言っては何ですが、ナイフがよく研がれていたので、傷口はきれいなようですな。切れたところがくっつくまでは、あまり動かさないようにしてください。」


 ノーマンは、イーリンの右手に包帯を巻きながら言った。


「はい、ありがとうございます。ノーマン先生。」

「これだけ深くて、(すじ)が切れていなかったのは幸いです。」


 もし(すじ)が切れていたら、手の動きに影響していただろう、とノーマンは説明した。


「あの、傷は残るのでしょうか。ノーマン先生。」


 アンナが、不安そうにノーマンに尋ねた。ノーマンは、少し口ごもった。


「うーむ……。いかんせん、傷が深いですからな。薄くとも、多少は残ってしまうでしょう。」

「それは、仕方がないですわね……。」


 イーリンは納得した様子だったが、ノーマンとアンナは、2人揃って、そろりとファンの顔を窺った。


「え、何ですか?」


 腕組みをして治療を見守っていたファンは、急に2人の視線を受けてぎょっとした。ファンは、少しむくれて言った。


「私が気にするわけないでしょう。ノーマン先生も、きちんと治療をしてくださっているのに。変な心配はやめてください。」


 ファンの答えを聞いて、アンナとノーマンはほっとした様子だった。


 ファンは、一緒に旅をしたアンナやノーマンとは、あまり気を遣わない関係でいられるようだった。

 むくれた顔は年相応の青年のものであり、イーリンは、ファンの表情が次第に増えていくのが嬉しかった。



 治療を終えた後、王城へ向かうノーマンと別れ、イーリンたちはボンベルグ家の館に到着した。


「叔母様、お世話になります。」

「私までお招きいただき、ありがとうございます。」


 頭を下げるイーリンとファンを見て、セリーナは微笑んだ。


「遠慮なく、くつろいでちょうだい。もうすぐ夕食の準備ができるわ。」


 イーリンたちが客間に案内されると、扉からノックの音が聞こえた。アンナが扉を開くと、ボンベルグ家の兵士が2人並んで立っていた。


「イーリン様が攫われたと聞いて……、ぞっとしました。ご無事で良かったです。」


 2人は、共に森を抜けてきたボンベルグ兵だった。イーリンたちの部隊と共に王都にやってきて、ボンベルグ家に合流していたのだった。


「ありがとうございます。ファンたちのおかげで、この通り、無事に戻ってまいりましたわ。」


 2人とも、イーリンの無事を喜んでくれた。そして、マクスウェル領から、王都まで連れてきてもらったことについての感謝も口にした。


「おかげさまで、セリーナ様に色々と報告することができました。」

「驚いていらっしゃることも多かったですが……。仕方ないですね、本当のことですから。」


『昏き森』でシルウァに出会ったという話を、セリーナは、一応受け入れてくれたようだった。


 そういえば、と、若い方の兵士が、シルウァからもらった木の珠が入った袋を出した。


「まあ、これからそうそう森に入ることはないと思いますが……。それでも、この珠がなくならないよう、精進したいと思います。」


 この珠を持っていれば森を通れるが、悪意が増えれば珠は消えてしまう、とシルウァは言った。


「それが、いいですね。」


 ファンは、穏やかに笑って言った。


 その後も、アンナを入れた5人で少し話をしていたが、最後に年上のボンベルグ兵が、申し訳なさそうに言った。


「あの……、イーリン様、ファン様。我々、セリーナ様に、本当に()()()()に報告してしまいまして。」

「まあ、そうなのですね。」

「……。」


 イーリンはにこにことしていたが、ファンは、遠い目になった。アンナも、少し目をそらしている。


「これから、ご夕食かと思いますが……。その、申し訳ありません。」

「え? あら?」


 焦って頭を下げるボンベルグ兵たちに、何のことかとイーリンは戸惑っていたが、


「イーリン。たぶん、そのうち分かりますよ。」


 と、ファンがあきらめたように言った。



 夕食の準備ができたとの知らせが来て、ボンベルグ兵たちは、「では、失礼いたします。」と下がった。


 イーリンたちが食堂に向かうと、そこにはセリーナの他に、1人の少女がいた。


「まあ、マーガレット様。」

「イーリン様!」


 そこにいた少女は、リーデン伯爵家の令嬢である、マーガレットだった。マーガレットは席を立つと、イーリンのところまで急いでやってきて、頭を下げた。


「ご無事だったのですね。本当に良かったです。父が……申し訳ありません。」

「マーガレット様。あなたが気になさることではありませんわ。またこうしてお会いできただけでも、私は嬉しいのですもの。」


 優しく微笑むイーリンに対して、マーガレットは、どうしていいか分からないようで、助けを求めるようにセリーナの方を振り向いた。


 セリーナは、マーガレットに微笑んで言った。


「イーリンがそう言うのなら、それでいいのでしょう。イーリン、またマーガレット様と仲良くしてもらえるわね?」

「もちろんですわ。」


 イーリンの微笑みに嘘がないのを見て取ると、マーガレットは、安心した笑顔となった。それを見ると、セリーナは、よく通る声で言った。


「さあ、食事にしましょう。」



 夕食の間、セリーナは、リーデン伯爵家の様子についてイーリンたちに話してくれた。


 クリスが王都に到着し、ルイスたちと会談した後、セリーナは貴族たちへの根回しに動いた。そして最後に、リーデン伯爵家へと向かった。


 セリーナが伯爵家の館に到着したとき、門番はやや抵抗した。


「門番は、ちょっとうちの兵と()()()()()いただいたの。」


 館の扉も、固く閉じられていた。


「でも、()()()()()()くらい、鍵は脆くなっていたようでしたわ。」


 ファンは、セリーナが扇子を握りつぶして粉々にした、とルイーゼが語っていたのを思い出した。


 セリーナとボンベルグ兵たちが館の中に入っても、リーデン伯爵は部屋にこもったままであった。中を回ると、侍女たちと一緒に震え、泣いているマーガレットを見つけた。


 セリーナは、マーガレットの母エリザと仲が良く、何度も伯爵家を訪ねてきたことがあった。亡き母の友人である顔見知りの女性に、マーガレットは助けを求めた。


 そうして、マーガレットは、いったんボンベルグ家に引き取られた。


「伯爵は、ずっと部屋から出てこられないのですか。」

「食事は少しずつ食べているようでしたので、生きているとは思うのですが。」


 マーガレットは、それでもまだ父親を心配している様子であった。セリーナは、マーガレットを優しい目で見ると、イーリンに言った。


「この勇敢なお嬢様は、伯爵にあなたの無実を訴え続けていたのよ。」

「まあ……。マーガレット様、ありがとうございます。」

「でも、私、何もできませんでした。」


 マーガレットは、申し訳なさそうに、頭をかくんと下げ、肩をすくめた。ファンは、イーリンの仕草と似てるなと思い、マーガレットに声をかけた。


「何かをしようとすることは、立派ですよ。」


 聞き慣れない男性の声を聞き、マーガレットは顔を上げ、ファンを見た。あまり王都でも見かけない顔立ちであったが、その笑顔は穏やかで優しかった。


「ありがとうございます。」


 マーガレットは、イーリンと仲睦まじそうにしている、穏やかに笑う青年のことが気になった様子だった。


 マーガレットは、おずおずと質問した。


「あの、ファン様は、イーリン様とどういったご関係なのでしょうか?」

「ああ、申し訳ありません。私は……。」


 ファンがにこやかに、マーガレットに自己紹介しようとすると、セリーナの声がそこに被さった。


「イーリンの、新しい婚約者ですよ。」

「ええっ。」


 セリーナがはっきりと言ったので、マーガレットだけでなく、イーリンたちまでも驚いた。


「叔母様、もうご存じなのですか? こんな時なので……後ほど、ご報告しようかと思っておりましたのに。」

「めでたい話に、何を遠慮することがあるの。それに、うちの兵士から、色々と報告を受けたわよ。あなたたち、とても仲が良いんですってね。」


 共にマクスウェル領に来たボンベルグ兵たちは、領内をあっという間に伝わったイーリンの新たな婚約のことを、当然耳にしていた。


 一緒に旅をし、森の主までを魅了した、健気で愛らしいお嬢様。そして、そのお嬢様をいつも側にいて助けていた、優しく頼もしい青年。その2人の婚約が公爵に認められたことを、ボンベルグ兵たちは心から祝福した。


 そして、それらを全て、余すところなくセリーナに報告したのだった。


 イーリンは、みるみる顔を赤くした。マーガレットは、少女らしいきらきらとした目で、イーリンとファンを見つめた。


「まあ、イーリン様。おめでとうございます。」

「あ、ありがとうございます、マーガレット様。ええと、もちろんそうなのですけど、私、まだ、その、お披露目までは、この話はしないものと……。」


 不意をつかれて、イーリンはうろたえていた。


「何言ってるの。仲良さそうに手を取り合って、王城から出てきたじゃないの。もう、あれで十分お披露目になったわよ。」

「そんな……。」


 イーリンは、助けを求めるように、ファンをちらりと見た。


「あれで周りへの牽制になるなら、私はそれでいいのですが。」

「あら。あなた、なかなかしたたかね。悪くないわ。」

「叔母様も、ファンも……。」


 頬を染めて抗議するイーリンの様子に、マーガレットはきょとんとした。公爵令嬢で、雲の上の人だと思っていたイーリンが、自分たちと同じように動揺したり、恥ずかしがったりする姿は、親しみが湧いた。


 マーガレットは、次第に打ち解けて、屈託なく笑うようになってきた。


 それからしばらく、イーリンとファンは、鋭く切り込んでくるセリーナと、無邪気に尋ねるマーガレットからの質問責めにあった。

お読みいただいてありがとうございます。次回は、王城を捜索したクリスからの報告になります。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ