表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第三章
62/77

62 奪う者

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

ファン・イン:クリスの従者、イン国元皇子、イーリンの現婚約者

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

ジョン:キャサリンの仲間

 イーリンがアーサーに襲われていたところを見つけたファンは、アーサーを引きはがし、床に放り投げた。


「ファン!」


 ──来てくれたのだ。


 愛する人の姿を認め、イーリンは胸がぎゅっと熱くなった。


 ファンは、さっとイーリンとアーサーの間に入り、剣を抜いた。

 起き上がったアーサーは、何が起こったか分からないようだったが、ファンの姿を見ると、怒りに満ちた目で剣を拾った。


「何だお前は。邪魔をするな!」

「彼女に、これ以上近づくな。」


 イーリンがファンの後ろに隠れた様子を見て、アーサーは余計に怒りだした。


「男がいるのか。このあばずれが……。」

「彼女を侮辱するな。そもそも、お前に人のことが言えるのか。」


 元々、キャサリンを寵愛し、婚約者であるイーリンをおろそかにしたのはアーサーだった。しかも、イーリンに対して、自ら婚約解消を宣言したのだ。


 アーサーは、ファンの言葉に怒り狂い、剣を振り回しながら襲ってきた。ファンは、アーサーを斬ってしまうつもりはないらしく、剣は防御のみに使い、体術で対応していた。

 イーリンに近づかないよう、アーサーを何度か遠くまで蹴り飛ばしていたが、アーサーは、すぐに起き上がっては向かってきた。


 ファンとアーサーの格の違いは明らかではあるのだが、あまりにもアーサーが何度も起き上がるので、イーリンは、はらはらとしていた。


(……ウェナムの効果が、出てしまっているのかしら。)


 ウェナムは、強い鎮痛剤として働く。そのために、アーサーは痛みを感じずに動けているようだった。


「仕方ないな。」


 アーサーが右手で剣を振り下ろした瞬間、ファンは左側に避け、アーサーの背後に回った。ファンは、剣の柄でアーサーの右手を打ち据えて剣を叩き落とすと、左腕をアーサーの首に回し、そのままぎりぎりと絞め始めた。


 アーサーは、少しの間、ファンの腕を引きはがそうともがいていたが、やがて気を失った。ファンは、ぐったりとしたアーサーを、しっかりと縛り上げた。そして、血だまりの中で倒れているジョンにも目をやった。


「これは……、ジョンですか。腕を斬ったのは、アーサーなのですか。」


 ファンに尋ねられ、イーリンは、こくこくと頷いた。ファンは、ジョンも拘束したあと、シーツを引き裂いて、止血のために斬られたジョンの腕を縛った。


「生きていれば、喋ってもらいたいこともありますからね。」


 2人が動かないことを確かめると、ファンは、まだベッドから動けないイーリンのところまでやってきて、その身体をぐっと抱きしめた。


「よかった、無事で……。」

「ファン……。ごめんなさい、また、心配をかけたわ。」

「あなたのせいじゃありません。私が油断しました。」


 ファンは、はっとして少し身体を離した。


「ファン?」

「そうです。イーリン、怪我はありませんか?」

「あの、ちょっと……。手に……。」


 ファンは、イーリンがおずおずと出した右手の傷を見て、顔色を変えた。


「ジョンのせいですね。無理をしてはいけないと、言われていたでしょう……。」

「すみません。私……、夢中で。」

「後で、ノーマン先生に診てもらいましょう。」

「はい。」


 イーリンは、肩をすくめてしゅんとした。

 ファンは苦笑して、でも、その血で通路の存在に確証が持てた、と教えてくれた。


「アーサーには、何もされませんでしたか。」

「……。」

「え、 イーリン?」


 ファンが、焦った顔をしている。


 言われて思い出してしまった。首筋が、気持ち悪い。イーリンは首筋をごしごしと拭い、ぽろぽろと涙を流した。アーサーに押さえつけられたことも、言われた言葉も、全てが不快感しかない。


「……嫌。」

「何か、あったのですか。」

「触れられるのは、あなたでないと、嫌……。」


 イーリンは、ファンにしがみついた。ファンはまた、焦った顔をしていたが、優しくイーリンに腕を回した。


「嫌なことがあったのですね。でも、もう大丈夫ですよ、イーリン。」


 さすがにファンにも、もう分かっていた。

 イーリンは、自分だからこそ、安心して泣くのだと。


 ファンは、泣いているイーリンから、さっき何があったかを聞きだした。そして、イーリンを抱いたまま、縛り上げたアーサーを冷たい目で睨んだ。


「え、あの。ファン、ちょっと顔が……その。」

「怖いですか。」

「ごめんなさい……、はい。……でも、嫌ではないです。」

「嫌ではない?」

「だって、私のために、怒ってくださっているのでしょう。」


 恥じらいながらイーリンが言うと、ファンは、ふふ、といつもの穏やかな笑みに戻った。それを見て、イーリンも微笑んだ。


「また会えて、嬉しいです。」

「私もです。」


 二人は、また強く抱きしめ合った。



「さて、クリス様が心配していると思うので、早く戻りましょう。……おや。」


 城の外が騒がしい。

 窓から外を覗くと、王城の前に、兵士が並んでいるのが見えた。


「クリス様が、待てなかったようですね。」

「どうしましょう。それなら、お兄様を待った方がいいのかしら。」


 元々は、アーサーとキャサリンが籠城に耐え切れず、自ら開城するのを待つ計画だった。しかし、不可抗力とはいえ、せっかくアーサーとジョンを捕らえたのだ。このまま王城を去るよりは、2人をクリスに引き渡したかった。


 イーリンとファンが相談していると、急に部屋の扉が開いた。


「あらあ、何よこれ。」


 少しかすれた、低い女性の声がした。


「……!」

「アーサーったら、失敗しちゃったのね。ジョンは始末してくれたみたいだけど。」


 その人物は、ずかずかと遠慮なく部屋に入ってくる。イーリンは、ファンの腕をきゅっと掴んだ。

 ファンは、イーリンに小声で尋ねた。


「イーリン、あの、黒髪の女性は誰ですか?」

「あの方が、……キャサリン様です。」

「あれが……!」


 見れば、イーリンとあまり変わらない年頃の少女だ。だがあの少女が、アーサーたちをたぶらかし、ウェナムを悪用し、この王城の中まで入り込んで、国を混乱に陥れたのだ。


 キャサリンは、部屋の中にいるイーリンや、ジョンの血だまりを見ても、全く動じていなかった。そして、まるで女主人かのように、堂々と笑顔を作って話しかけてきた。


「お久しぶりですわね、イーリン様。お元気でした?」

「キャサリン様……。」


(嫌な女だ。)


 自分たちがイーリンの処刑を企んだにも関わらず、ぬけぬけと言うキャサリンに、ファンは顔をしかめた。このような人間は、昔から好きではない。


 キャサリンは、2人の様子に構わず、ぺらぺらと話し続けた。


「アーサーには、生意気な女を手籠めにしちゃいなさいよって言ってあげたのに。その様子だと、最後まではいかなかったのね。いやあね、使えない男。」


 アーサーをちらりと見て舌打ちをした後、キャサリンはファンの方を見た。


「何? あなた、この男に助けてもらったの?」


 キャサリンは、イーリンの隣にいるファンを、品定めするようにじろじろと見た。


「あなた、黒髪ね。それに、顔もこの国の人間とは違うし、マクスウェルの兵じゃないわね。傭兵なの?」

「……あなたに、答える義理はありません。」


 ファンはすげなく答えたが、キャサリンは気にしない様子で、ふふん、と笑った。


「あら、つれない。でもね、強そうなあなたを見込んで、お願いがあるのよ。」

「……どういう、ことでしょうか。」

「今度は私が雇ってあげるから、私を安全なところまで連れて行ってよ。」


 キャサリンの申し出に、ファンもイーリンも面食らった。


(何を考えているんだ、この女は。)


 キャサリンは、ファンを一目見て気に入ったようだった。うっとりとした目でファンを見ると、しなを作って言った。


「あなた、素敵ね。黒髪同士、仲良くしましょうよ。私、本当は、あなたみたいな強い男性が好きなのよ。」

「……キャサリン様。あなたは、アーサー殿下を……。」

「何よ、あんたは黙ってて。アーサーなんて、愛しているわけないじゃない。私は、この方にお話ししているのよ。」


 キャサリンは、イーリンを睨みつけ、ファンの方に近寄ってきた。キャサリンが伸ばした手が触れそうになり、ファンが思わず避ける。


「やめてください。」

「まあ、あなた、私が欲しくないの? そんなつまらない女より、私の方がずっといいわよ。」


 キャサリンはファンに拒絶され、心底驚いた様子をした。イーリンは、ファンの腕を掴んだまま、キャサリンに訴えた。


「おやめください、キャサリン様。この方は、私の……。」

「うるさいわね。いい加減、この方から離れなさいよ。」


 キャサリンは、イーリンをうっとうしそうに見た。しかし、イーリンは、首を横にふるふると振り、キャサリンをきっと見返した。


「私の、大事な方なのです!」

「はあ?」


 キャサリンは眉を寄せ、イーリンをファンから引きはがそうとつかみかかった。


「きゃっ……。」


 ファンは、その手がイーリンに届く前に払いのけ、キャサリンからイーリンをかばった。


「イーリンの言った通りです。私は、イーリンの婚約者。あなたの元にはまいりません。」


 ファンの言葉を聞いて、キャサリンは目を大きく開いた。そして、ファンの後ろにいるイーリンを睨みつけ、ぎりぎりと歯噛みをした。


「何よ、アーサーに捨てられたくせに。もう、男をたぶらかして。」


 キャサリンは、憎しみをこめた視線を、イーリンに向けている。赤い唇は、固く噛みしめられ、色を失っていた。


「嫌な女。あなたって、本当に私から何もかも奪うのね。」

「そんな……。」


 キャサリンの言っていることは、いわば、逆恨みだ。しかし、この肌が震えるほど伝わってくる強い感情。これが『悪意』というものなのかと、イーリンはおののいた。

お読みいただいてありがとうございます。次回は、このまま王城の中での話が続きます。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ