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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第三章
60/77

60 あんまりな仕打ち

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ルイス・ギーベル:第二王子、リリーの婚約者

マデライン・ギーベル:王妃、アーサー達の母

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

ジョン:キャサリンの仲間

ノーマン:ボンベルグ領の軍医

シルウァ:『昏き森』に存在する森の主

「代金は、貴公の命ですから。」


 ブラムは、クリスの言葉を聞いて、真っ青になって固まった。


「し、しかし、先程は……、許してくださると。」

「ああ、誤解を招きましたね。命を取ろうと言っているのではありません。それに、バクスター家が兵を出したかどうかなど、どうでもいいことです。」


 引きこもったブラムに、兵など指揮できるわけがない。


「では、どういう。」

「あなたが、このウェナムをあの娘に渡したことの方が、大きな問題になっているのですよ。」

「ええっ。」


 クリスは、バクスター家のウェナムを取り巻く問題について、ブラムに丁寧に説明した。


 ブラムは、本当に何も知らなかった。


 ウェナムがそもそも取り扱いが難しい薬であること。

 ウェナムを使いこなせる医者はわずかしかおらず、キャサリンがそのような医者など知るはずがないこと。

 キャサリンの周りで、ウェナムを使われたであろう人間が複数いること。

 そして、今や王太子アーサーも巻き込み、国王にまで使ったであろうこと。


「私の妹も、この薬のせいで、冤罪で処刑されそうになりましてね。」


 実際のところ、クリスが一番気に食わないのは、そこなのではあるが。


「ひ、ひえ……。そんな恐ろしいことになっていたとは……。」


 ブラムは、キャサリンの行為が反逆罪に当たることは、さすがにすぐ理解したようだった。


 この愚かな侯爵は、自分の目で結果を確かめることもせず、ただキャサリンの言うことを鵜吞みにしていたのだな、とクリスは思った。


 しかし、ブラムは反論してきた。


「し、しかし……。キャサリンは、マデラインから頼まれたと言ったのです。」

「王妃陛下から……?」


 クリスは怪訝な顔をした。


 クリスの聞いた話によると、マデラインは、1年ほど前にすでに亡くなっている。そうでなくても、ここ最近は王族で、息子であるルイスすら会えない状態だったのは間違いない。


 単なる男爵令嬢であったキャサリンに、謁見の機会があったはずもない。


「我が家に使われていない貴重な薬があるから、有効に使ってほしいと言われたと……。マデラインは、人を使って悪事を企むような人間ではありません。だから、私は……。」


 ブラムは嘘を言っているようには見えなかった。おそらく、キャサリンが実際に、そう言ったのだろう。


「キャサリン嬢は、いつ頃、その話をあなたにしたのですか。」

「昨年の……、今よりも後の時期だったかと。」


 そのころには、マデラインはもう()()()()()はずだ。


「ブラム様は、王妃陛下に直接確認されなかったのですか。」

「いや……。その、マデラインは、身体も弱いし、王妃として忙しいので。」

「しかし、ご兄妹ではありませんか。キャサリン嬢が拝謁できて、なぜ兄君にはお会いできないのです。」

「そうなのですが……、その……。」


 これまでのやり取りで、クリスたちにはブラムの性質がおおよそ分かっていた。


 気弱で素直な性格で、あまり自ら動くことはせず、与えられたものをそのまま受け入れてしまう。自信ありげに嘘をつくキャサリンのような詐欺師にとっては、騙しやすい相手だったろう。


 こういう人間は、嘘をつくのも下手だ。クリスは、鎌をかけた。


「ブラム様。我々は、()()()()()()()を、すでに存じ上げているのですよ。」


 ブラムは飛び上がった。そして、クリスを凝視した。


「え。ま、まさか。」

「気の毒なことでしたね。」

「マ、マデラインは……。」


 ブラムは、急にぼろぼろと涙をこぼし始めた。大の大人が涙を隠さず、拭おうともしないその様子に、さすがのクリスもぎょっとした。


「クリス殿。あなたもご存知なのですか。可哀想なマデラインのことを。」

「は、はあ……。」

「あんまりだとは思いませんか。望まれて王妃となったのに、亡くなっても葬儀もしてもらえない。」


 ブラムは、泣きながらマデラインの死について語った。


 シルウァの言ったことは、真実だった。


 マデラインは、自らその生命を絶った。王城からの連絡を受け、さすがのブラムも慌てて登城した。

 しかし、王妃であるマデラインをおろそかに扱い、そのような事態を引き起こしてしまった王家は、謝罪するどころか、その事実を隠蔽しようとした。


「さすがに、あんまりですと申し上げました。国王陛下のことは、恐ろしかったですが……。」


 元々病弱だったマデラインなので、病死としてもらって構わない。しかし、ちゃんとその死は公表し、王妃らしい葬儀だけでもしてもらいたい。


 しかし、ブラムの弱々しい抗議は、国王に一蹴された。


「国王陛下は、マデラインを役立たずだとおっしゃいました。」


 王妃としての役目も果たさず、勝手に死ぬなど迷惑だ。王妃が亡くなったなど、貴族たちが聞いたら勢力争いがややこしくなる。新しい王妃の選定をするのも面倒だから、療養中ということにしておいてやる。


 最後には、混乱する頭のまま、ブラムは王城を追い出された。


 ただし、王家は口止め料として、何とか侯爵として生きていけるだけの手当をブラムに約束した。それからは、さらにブラムは引きこもった。


「もう、嫌だったのです。王家も、家も、自分自身も。」


 やっとハンカチを取り出し、ブラムは流れる涙を拭いた。

 王家をいくら恨んでも、力のない自分を嘆いても、ぶつけるところもない。そこで、その思いを抱いたまま、ただ閉じこもることを選んだのだった。


(このご兄妹は、似ておられるのだろうな。)


 と、ピーターは思った。ブラムの話が、シルウァから聞いたマデラインの姿と重なった。



 ブラムが落ち着くのを待って、クリスが尋ねた。


「そもそもあの娘は、最初はどうやってあなたのところに来たのですか?」

「ある日、キャサリンから手紙がきたのです。そこには、私の他はマデラインしか知らないようなことが、たくさん書いてありました。」


 幼い頃の兄妹の思い出、館の間取り、そしてウェナムのこと。


「私は、寂しかった。嘘でもいいから、マデラインの話ができるのならと、キャサリンを呼びました。」


 マデラインが突然この世を去り、両親はもういない。妹の死を分かち合える者を、孤独なブラムは欲していた。


「キャサリンは、いつも笑って、私の話を聞いてくれました。2人で、マデラインのことをたくさん話しました。楽しかった。」


 キャサリンの存在は、鬱々としていたブラムの心の慰めになっていた。だから、貴重な薬ではあったが、キャサリンの求めるままに差し出した。


「マデラインは、ああいうものを詳しく知ることが好きだったので、父とはよく手紙のやり取りをしていました。キャサリンの話を聞いて、マデラインはあの薬が活用されることを、ずっと望んでいたのだなと思いました。」


 ブラムとは違い、マデラインは、バクスター家の学者気質を受け継いでいた。病弱だったこともあり、幼い頃から薬に興味を持っていたという。先代の侯爵は、製造を試みるくらいであったから、当然ウェナムには詳しかっただろう。


「私は、お恥ずかしながら、貴重な薬だということと、ワインに混ぜて使うことくらいしか知りませんでした。匂いがどうも……だめでして。」


 ブラムは当時、領地にいたため、製造に着手したときから失敗に至るまでの報告は受けていた。その後に両親が次々に亡くなり、急遽侯爵を継いだブラムは、ウェナムの箱と共に王都に来たのだ。


「……私は、ずっと、騙されていたのですね。」


 ブラムは、大きくため息をついた。キャサリンとの日々が心の慰めになったぶん、裏切られたことへの悲しさがあるようだった。


 クリスは、ブラムに言った。


「なぜ、あの娘が、王妃陛下しか知らない情報を手に入れたのかは分かりません。しかし、王妃陛下が望まないようなことをやっているのであれば、それはあの娘があなたを騙したということです。」

「……そうです。マデラインは、そのようなことは望みません。」


 ブラムはもう一度、「マデラインは人を使って悪事を企むような人間ではない」と、繰り返した。



 クリスは、ブラムが、おおよその現状を理解したと踏んだ。


「それではブラム様、商談に戻りましょう。」

「商談、ですか。」


 ブラムは、先程のクリスの言葉を思い出したのか、少し青ざめた。


「この薬は、我々が預からせていただきます。それと、ブラム様には証言をお願いしたいのです。」

「証言……。」

「キャサリンがマデライン様の名を騙り、この薬をだまし取ったことについてです。」


 ブラムは、祈るように手を合わせ、クリスを見つめている。


「実際に、あなたは何も知らなかった。証言さえすれば、あなたは騙された犠牲者であり、反逆罪に問われることはないでしょう。」

「ほ、本当でしょうか。」


 クリスは、縋りついてこようとするブラムから、わずかな動きで身をかわした。よろけたブラムを、ピーターが嫌々抱きとめた。口の動きが、「重い」と言っている。

 ピーターに支えられたブラムは、顔をクリスの方に向け、また泣きそうな目をしていた。


 クリスは、笑いをこらえながら、ブラムに言った。


「お約束いただければ、マクスウェル家が、必ずやあなたをお守りいたします。」

「わ、わわ、分かりました。」


 ブラムはそれから座り直し、クリスたちに「もう少し話を聞いてほしい」と言った。内容は、マデラインを助けられなかったことや、キャサリンに騙された理由であり、同じ話を何度も何度も繰り返した。



 クリスたちが長話に心底うんざりしたころ、マクスウェル家の兵が、慌てて飛び込んできた。


「会談中、失礼いたします。クリス様、急ぎの報告がございます。」

「何だ。」

「アンナが外におります。詳しくは本人から……。」


 クリスは一瞬真顔になったが、すぐにまた笑顔を作り、ブラムの方を向いた。


「ブラム様。申し訳ありません、急ぎの用ができたようです。我々はもうお暇せねばなりません。」

「は、はい。」


 クリスは、てきぱきと兵士たちにウェナムの箱を運ぶよう指示した。ブラムは急に目の前があわただしくなり、呆気にとられていた。


「では、こちらの品は預かります。ブラム様、お約束の方、お忘れなきよう。」

「しょ、承知しました。」


 クリスは、にっこりと笑って言った。


「ブラム様、我々は味方ですよ。安心なさってください。」


 ぽかんとしたブラムを置いて、クリスたちはバクスター家の館から退出していった。




「うっ……。」

「痛いのか? 馬鹿な女だな。余計なことしやがって。」


 イーリンは、古井戸まで連れていかれたときに、一度ジョンに抵抗した。その結果、ジョンの鋭いナイフで、右の手のひらを傷つけられてしまったのだ。


 結局逃げられず、ジョンに抱えられて、乱暴に井戸の中に放り込まれた。そして、ナイフを突きつけられながら、今は隠し通路を歩いているのだった。


「こんなところで切り刻んだって面白くねえんだ。城に着くまで大人しくしてな。」


 イーリンの右手からは、今もぽとぽとと血が落ちている。


(いいの、これで……。)


 井戸に入れられる前に、何とか縁をつかんだ。今も、血が流れているのであれば、多少は誰かが追ってくるのに役立つかもしれない。


(怖い……。でも、あきらめないわ。)


 ──自分を大事に思ってくれる人のために、できるだけのことをするのだ。


 イーリンは、暗い通路の中を歩き続けた。

お読みいただいてありがとうございます。次回は、イーリンの捜索の続きになります。次もお付き合いいただけると嬉しいです

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