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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第三章
57/77

57 仲間

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ファン・イン:クリスの従者、イン国元皇子、イーリンの現婚約者

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

ルイス・ギーベル:第二王子、リリーの婚約者

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

ジョン:キャサリンの仲間

ブラム・バクスター:侯爵、王妃マデラインの兄

シルウァ:『昏き森』に存在する森の主

 イーリンたちは、館の様子の確認とウェナムの捜索のため、部屋を一つ一つ回っていた。


 そうしていると、今度はアンナが嘆き出した。


「あの女は、どういう生活をしていたんですか。よく、こんなにひどい状態にできますね。」


 アンナはそう言ったものの、キャサリンだけの仕業でもないようだ。そこらの部屋ですえたような臭いがし、酒が飛び散った跡があった。それだけでなく、点々と人の血もついていた。


 ファンが、部屋を見回しながら言った。


「仲間に、男がいるのでしょうね。それにしても、ろくでもないことばかりしていたようですね。」


 使用人たちは「あの者たち」と言っていたから、キャサリンだけでなく、他にも人間がいたのは確実だ。後で、詳しいことを彼らに確認せねばなるまい。


 ただ、その言い方からも、その男はアーサーではないだろう。さすがに、王太子として大切に育てられたアーサーが、この荒んだ環境を受け入れるとは思えない。


 イーリンは、ファンの言葉を聞き、少し考えて言った。


「では、その者にも気をつけなければならないのですね。」

「そうです。その男も捕まえるまでは、安全とは言えません。」



 それから、一行は全ての部屋を確認して回ったが、ウェナムは見つからず、香りもしなかった。どこかに隠しているのではないかと何度も隅まで探したが、それらしき瓶やワインも見当たらなかった。


「意外だな。ここでは触っていなかったのか。」


 クリスが不思議そうに言うと、ノーマンが答えた。


「ワインに入れると、あまり長くもちませんので……。今は必要な分だけ持ち歩き、直前に混ぜているのかもしれませんな。」

「そうすると、今使っているものはあの娘が持っていて、残りは、どこかに保管されているということか。やはり、バクスター家はすぐに確認する必要があるな。」


 クリスは、明日バクスター家に捜索に行くと言った。ノーマンが、心配そうな顔で言う。


「バクスター侯爵が、もうすでに処分してしまっている可能性はないでしょうか。」

「いや、20年間大事に保管しているくらい、侯爵家にとっては、かなり重要なもののはずだ。そうそう簡単に捨てたりしないだろう。」


 バクスター家のウェナムは、かなりの財をつぎ込み、多大な労力をかけて作った代物だ。家に不幸をもたらした原因とはいえ、いや、だからこそ、無下に放棄することはできなかっただろうと思われる。


「そうですな……。」


 ノーマンには、バクスター家の気持ちがよく分かった。あの頃のノーマンたちも、すぐに廃棄すると言われたら、自分たちの努力が無になるようでためらっただろう。しかしそのような考えのせいで、今の事態が引き起こされてしまったのだ。


 気を落とすノーマンに、イーリンが気遣って声をかけた。


「ノーマン先生、ウェナムだけのせいではありませんわ。先生もおっしゃいました。薬は使う者の心が決めると。」

「……そうでしたな。イーリン様、ありがとうございます。」


 ノーマンが顔を上げると、イーリンだけでなく、全員が穏やかにノーマンを見守っていた。

 自らの責任を感じ、危険をおかしてここまでやってきたノーマンを、皆は敬いこそすれ、誰も責めようなどと思ってはいなかった。



 皆は、最後にイーリンの部屋を確認した。イーリンの部屋は、多少使われた様子はあったが、比較的きれいに保たれていた。


 アンナが、安心した顔で言った。


「この部屋は、お嬢様らしさがよく出ていますからね。あの者たちには、居心地が悪かったんではないですか。」


 イーリンが部屋に入ると、指輪からシルウァの香りがした。ファンは、イーリンを見守っていたシルウァの影響もあるのかもしれない、と思った。




 一方、ジョンは、マクスウェル家の兵が王都に入ってくる前に、さっさと公爵家の館を出て隠れ家に引き上げた。そして、たびたび王城に物をせびりに来ていた。


 王都の正門が開かれた日の夜も、ジョンは隠し通路を通り、王城に入ってきていた。


「マクスウェル家の兵がとうとう中に入ってきたな。」

「もう、うっとうしいこと。」

「ははは、こうなったら、お前は外に出られないからな。退屈だろ。」


 ジョンは小柄で身が軽いため、通路を抜けてくるのもさほど苦労はないようだった。慣れた様子で、ぼんやりしたアーサーのそばを通り抜けると、ジョンはキャサリンの部屋でくつろいでいた。


「そうよ。おもちゃでも遊べないし。生贄を捧げることもできないわ。あんた、ちゃんとやっているんでしょうね。」

「無理言うなよ。こんな状況で、そんな危ないことできるかよ。」

「ちゃんとやっていないから、こんなことになっているんじゃないの! 今まで、うまくいっていたのに。」


 キャサリンはうろうろと歩き回りながら、舌打ちをし、爪を噛んだ。その様子を、ジョンはにやにやと面白そうに眺めていた。不機嫌そうなキャサリンに構わず、ジョンは話しかけた。


「ああ、そうだ。キャサリン、魔女ちゃんが王都に来てるぜ。」


 キャサリンは、ぴたっと足を止めると、きっとジョンを睨んだ。


「はあ? 本当なの?」

「公爵家の庭で見たぜ。あの薄い色の金髪で、マクスウェル家の兵に大事そうにされている女なんて、そうそういないだろ。」

「やっぱり、生きていたのね、あの女。いまいましいったら。」


 イーリンやクリスのプラチナブロンドは、ギーベル王国の中でも珍しい。ジョンは、隠し通路に行く途中で、公爵家の館の様子を探ってきたようだった。


「マクスウェル家は、王都の人間を懐柔することから始めたみたいだ。ありがたいぜ。さっそく、飢えたやつらにお優しく、食事を配ってくれてる。」

「……。」

「それを率先してやっているのが、あの魔女ちゃんってわけだ。今や、魔女どころか聖女だぜ。」

「……本当、憎たらしい。」


 どうやったか知らないが、うまく処刑から逃れ、のうのうと生きている。おまけに、聖女などと言われて、馬鹿な奴らに祭り上げられている。


 こっちは、マクスウェル家のせいで、こんなに苦しくなっているというのに。


 王城の中の備蓄は、侍従の言った通り十分ではなく、食糧は枯渇してきていた。門が閉まる前に、大勢の使用人たちが逃げ出したので、何とか今日まで保っている状況だ。


 ルイスは側近を連れて、いつの間にか王城を出ていた。残った侍従は腰抜けで役に立たない。

 キャサリンだって忙しい。アーサーや、国王の()()()をしなくてはならない。王城に持ってきた()()も、残りは心もとない。


 キャサリンは、生きていると聞いたイーリンに対し、憎しみを募らせた。しばらくぎりぎりと爪を噛んでいたが、急にいいことを思いついたとばかりに、表情を明るくした。


「……ちょうどいいわ。あなた、あの女を城に連れてきてよ。」

「そんなことをして、あいつらをもっと怒らせたら面倒だぞ。」


 ジョンは、一応たしなめる物言いではあったが、顔は笑っていた。キャサリンの企みを面白いと思ったようだった。

 ジョンもまた、キャサリンと同じ種類の人間であり、イーリンのような人間をいたぶることで快感を得ていた。


「いいわよ、どうせ今さら変わらないわ。それなら、あの女で遊んだ方が面白いじゃない。人質に取っていれば、もしかしたら逃げられるかもしれないし。」

「まあ、どうせお前が捕まったら、俺も巻き添えをくらうしな。後で、俺にも遊ばせろよ。」


 ジョンは、食糧はマクスウェル家が配っているからいいと思ったのか、王城の金目のものを1つ2つつかむと、慣れた様子で部屋を出て行った。ここからまたアーサーの部屋に向かい、隠し通路から出ていくのだろう。


 ジョンが出ていくと、キャサリンはまたうろうろと歩き始めた。しかし、その表情は先程のような焦ったものではなく、赤い唇の端をくいと上げ、楽しげであった。


(アーサーに出会わせるのも、面白そうね。)


 以前のイーリンは、アーサーに散々脅されて怯えていた。せっかく助かったのに、また1人攫われて、王城でアーサーと2人きりにされるのは恐怖だろう。


 その後は、また地下牢に入れてやってもいい。地下牢の中で、ジョンに襲われるなんて最高じゃないか。


「うふふふ、また楽しくなりそうね。」


 せっかく手に入れた豪華な食事も、贅沢な衣装も、立派な館も、あの女のせいで失おうとしている。恵まれて生まれたくせに、自分からも奪おうなんて許せない。


 ──しっかりと、罰を与えてやらなくちゃ。


 キャサリンは、部屋で一人ケラケラと笑っていた。

お読みいただいてありがとうございます。悪だくみはしていますが、大分キャサリンたちも追いつめられてきました。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

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