57 仲間
イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢
クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り
アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候
ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候
ファン・イン:クリスの従者、イン国元皇子、イーリンの現婚約者
アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者
ルイス・ギーベル:第二王子、リリーの婚約者
キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女
ジョン:キャサリンの仲間
ブラム・バクスター:侯爵、王妃マデラインの兄
シルウァ:『昏き森』に存在する森の主
イーリンたちは、館の様子の確認とウェナムの捜索のため、部屋を一つ一つ回っていた。
そうしていると、今度はアンナが嘆き出した。
「あの女は、どういう生活をしていたんですか。よく、こんなにひどい状態にできますね。」
アンナはそう言ったものの、キャサリンだけの仕業でもないようだ。そこらの部屋ですえたような臭いがし、酒が飛び散った跡があった。それだけでなく、点々と人の血もついていた。
ファンが、部屋を見回しながら言った。
「仲間に、男がいるのでしょうね。それにしても、ろくでもないことばかりしていたようですね。」
使用人たちは「あの者たち」と言っていたから、キャサリンだけでなく、他にも人間がいたのは確実だ。後で、詳しいことを彼らに確認せねばなるまい。
ただ、その言い方からも、その男はアーサーではないだろう。さすがに、王太子として大切に育てられたアーサーが、この荒んだ環境を受け入れるとは思えない。
イーリンは、ファンの言葉を聞き、少し考えて言った。
「では、その者にも気をつけなければならないのですね。」
「そうです。その男も捕まえるまでは、安全とは言えません。」
それから、一行は全ての部屋を確認して回ったが、ウェナムは見つからず、香りもしなかった。どこかに隠しているのではないかと何度も隅まで探したが、それらしき瓶やワインも見当たらなかった。
「意外だな。ここでは触っていなかったのか。」
クリスが不思議そうに言うと、ノーマンが答えた。
「ワインに入れると、あまり長くもちませんので……。今は必要な分だけ持ち歩き、直前に混ぜているのかもしれませんな。」
「そうすると、今使っているものはあの娘が持っていて、残りは、どこかに保管されているということか。やはり、バクスター家はすぐに確認する必要があるな。」
クリスは、明日バクスター家に捜索に行くと言った。ノーマンが、心配そうな顔で言う。
「バクスター侯爵が、もうすでに処分してしまっている可能性はないでしょうか。」
「いや、20年間大事に保管しているくらい、侯爵家にとっては、かなり重要なもののはずだ。そうそう簡単に捨てたりしないだろう。」
バクスター家のウェナムは、かなりの財をつぎ込み、多大な労力をかけて作った代物だ。家に不幸をもたらした原因とはいえ、いや、だからこそ、無下に放棄することはできなかっただろうと思われる。
「そうですな……。」
ノーマンには、バクスター家の気持ちがよく分かった。あの頃のノーマンたちも、すぐに廃棄すると言われたら、自分たちの努力が無になるようでためらっただろう。しかしそのような考えのせいで、今の事態が引き起こされてしまったのだ。
気を落とすノーマンに、イーリンが気遣って声をかけた。
「ノーマン先生、ウェナムだけのせいではありませんわ。先生もおっしゃいました。薬は使う者の心が決めると。」
「……そうでしたな。イーリン様、ありがとうございます。」
ノーマンが顔を上げると、イーリンだけでなく、全員が穏やかにノーマンを見守っていた。
自らの責任を感じ、危険をおかしてここまでやってきたノーマンを、皆は敬いこそすれ、誰も責めようなどと思ってはいなかった。
皆は、最後にイーリンの部屋を確認した。イーリンの部屋は、多少使われた様子はあったが、比較的きれいに保たれていた。
アンナが、安心した顔で言った。
「この部屋は、お嬢様らしさがよく出ていますからね。あの者たちには、居心地が悪かったんではないですか。」
イーリンが部屋に入ると、指輪からシルウァの香りがした。ファンは、イーリンを見守っていたシルウァの影響もあるのかもしれない、と思った。
一方、ジョンは、マクスウェル家の兵が王都に入ってくる前に、さっさと公爵家の館を出て隠れ家に引き上げた。そして、たびたび王城に物をせびりに来ていた。
王都の正門が開かれた日の夜も、ジョンは隠し通路を通り、王城に入ってきていた。
「マクスウェル家の兵がとうとう中に入ってきたな。」
「もう、うっとうしいこと。」
「ははは、こうなったら、お前は外に出られないからな。退屈だろ。」
ジョンは小柄で身が軽いため、通路を抜けてくるのもさほど苦労はないようだった。慣れた様子で、ぼんやりしたアーサーのそばを通り抜けると、ジョンはキャサリンの部屋でくつろいでいた。
「そうよ。おもちゃでも遊べないし。生贄を捧げることもできないわ。あんた、ちゃんとやっているんでしょうね。」
「無理言うなよ。こんな状況で、そんな危ないことできるかよ。」
「ちゃんとやっていないから、こんなことになっているんじゃないの! 今まで、うまくいっていたのに。」
キャサリンはうろうろと歩き回りながら、舌打ちをし、爪を噛んだ。その様子を、ジョンはにやにやと面白そうに眺めていた。不機嫌そうなキャサリンに構わず、ジョンは話しかけた。
「ああ、そうだ。キャサリン、魔女ちゃんが王都に来てるぜ。」
キャサリンは、ぴたっと足を止めると、きっとジョンを睨んだ。
「はあ? 本当なの?」
「公爵家の庭で見たぜ。あの薄い色の金髪で、マクスウェル家の兵に大事そうにされている女なんて、そうそういないだろ。」
「やっぱり、生きていたのね、あの女。いまいましいったら。」
イーリンやクリスのプラチナブロンドは、ギーベル王国の中でも珍しい。ジョンは、隠し通路に行く途中で、公爵家の館の様子を探ってきたようだった。
「マクスウェル家は、王都の人間を懐柔することから始めたみたいだ。ありがたいぜ。さっそく、飢えたやつらにお優しく、食事を配ってくれてる。」
「……。」
「それを率先してやっているのが、あの魔女ちゃんってわけだ。今や、魔女どころか聖女だぜ。」
「……本当、憎たらしい。」
どうやったか知らないが、うまく処刑から逃れ、のうのうと生きている。おまけに、聖女などと言われて、馬鹿な奴らに祭り上げられている。
こっちは、マクスウェル家のせいで、こんなに苦しくなっているというのに。
王城の中の備蓄は、侍従の言った通り十分ではなく、食糧は枯渇してきていた。門が閉まる前に、大勢の使用人たちが逃げ出したので、何とか今日まで保っている状況だ。
ルイスは側近を連れて、いつの間にか王城を出ていた。残った侍従は腰抜けで役に立たない。
キャサリンだって忙しい。アーサーや、国王のお世話をしなくてはならない。王城に持ってきたあれも、残りは心もとない。
キャサリンは、生きていると聞いたイーリンに対し、憎しみを募らせた。しばらくぎりぎりと爪を噛んでいたが、急にいいことを思いついたとばかりに、表情を明るくした。
「……ちょうどいいわ。あなた、あの女を城に連れてきてよ。」
「そんなことをして、あいつらをもっと怒らせたら面倒だぞ。」
ジョンは、一応たしなめる物言いではあったが、顔は笑っていた。キャサリンの企みを面白いと思ったようだった。
ジョンもまた、キャサリンと同じ種類の人間であり、イーリンのような人間をいたぶることで快感を得ていた。
「いいわよ、どうせ今さら変わらないわ。それなら、あの女で遊んだ方が面白いじゃない。人質に取っていれば、もしかしたら逃げられるかもしれないし。」
「まあ、どうせお前が捕まったら、俺も巻き添えをくらうしな。後で、俺にも遊ばせろよ。」
ジョンは、食糧はマクスウェル家が配っているからいいと思ったのか、王城の金目のものを1つ2つつかむと、慣れた様子で部屋を出て行った。ここからまたアーサーの部屋に向かい、隠し通路から出ていくのだろう。
ジョンが出ていくと、キャサリンはまたうろうろと歩き始めた。しかし、その表情は先程のような焦ったものではなく、赤い唇の端をくいと上げ、楽しげであった。
(アーサーに出会わせるのも、面白そうね。)
以前のイーリンは、アーサーに散々脅されて怯えていた。せっかく助かったのに、また1人攫われて、王城でアーサーと2人きりにされるのは恐怖だろう。
その後は、また地下牢に入れてやってもいい。地下牢の中で、ジョンに襲われるなんて最高じゃないか。
「うふふふ、また楽しくなりそうね。」
せっかく手に入れた豪華な食事も、贅沢な衣装も、立派な館も、あの女のせいで失おうとしている。恵まれて生まれたくせに、自分からも奪おうなんて許せない。
──しっかりと、罰を与えてやらなくちゃ。
キャサリンは、部屋で一人ケラケラと笑っていた。
お読みいただいてありがとうございます。悪だくみはしていますが、大分キャサリンたちも追いつめられてきました。次もお付き合いいただけると嬉しいです。




