表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第三章
55/77

55 許されざる者

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ファン・イン:クリスの従者、イン国元皇子、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

ルイス・ギーベル:第二王子、リリーの婚約者

マデライン・ギーベル:王妃、アーサー達の母

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、イーリンの現婚約者

ストラスタ侯爵:リリーの父、マクスウェル公爵と同様の穏健派

セリーナ・ボンベルグ:ルイーゼの母、辺境伯夫人

ノーマン:ボンベルグ領の軍医

 四者での話し合いが終わった後、ストラスタ侯爵がクリスに言った。


「して、クリス殿。今、王都で一つの噂があるのはご存知か。」

「噂?」

「イーリン嬢が、『聖女』だという噂です。」

「イーリンが聖女なのは、前からですけどね。」


 セリーナが、こほんと咳払いをした。

 クリスは、そういえば、この叔母上は力だけで言えば、叔父上よりも強かったなと思い出した。


「しかし、魔女と言った後は、聖女ですか。人は勝手なものですね。」

「その通りです。しかし、この噂は重要なのです。」

「と、言いますと。」

「イーリン嬢は、表向きには王城に幽閉されていることとなっています。」


 王都は今、アーサーたちがまともに(まつりごと)を行わず、管理を放置しているせいで荒れている。また、王家がマクスウェル家を一方的に切ったため、物資も不足している。

 民からは、王家への怨嗟(えんさ)の声とともに、幽閉されたマクスウェル家のイーリンを助ければ、この窮状が改善するのではないか、という期待が出てきているのだ。


「ですので、マクスウェル家が王都に兵を向けたことについては、王都の民はむしろ歓迎しているのです。」


 マクスウェル家が来たのであれば、イーリンはいずれ解放される。民が注目しているのは、イーリンの意向である。


 ──聖女を迫害したから、神の怒りを買った。その怒りを鎮めるために、神は何を望まれるのか。聖女は、はたして王家を許すのか?


「イーリン自身は、誰の犠牲も望みませんけどね。」

「……そうでしょうな。あの方は、断罪されているときも、誰のことも責めなかった……。」


 ストラスタ侯爵たちは、晩餐会でのイーリンの姿を思い出した。それだけでなく、イーリンは処刑の日に至るまで、一切の恨み言を言わず、処刑人たちにも気遣いを見せていたという。


 聞かずとも、イーリンは、ルイスが国を治めることを否定しないだろう。しかし、民にとっては、イーリンがルイスを認めているという、分かりやすい姿が必要なのだ。


「王都が落ち着いてからで結構です。一度、イーリン嬢に王都に来ていただき、民の前に姿を見せていただくことはできますでしょうか。」

「……。」


 クリスは、少し黙っていた。


「やはり、難しいでしょうか。イーリン嬢も酷い目に遭いましたから……。」

「……いえ、あの子は、もうすぐこちらへ来ます。自らの意志で。ウェナムの捜索に加わるそうです。」

「まあ。」


 セリーナは驚いた。かつてアーサーとキャサリンを恐れ、領地に戻らなければならなかった姪が、今は自ら王都にやってくるという。


「あの子は、強くなったのね。」

「支える者ができたのですよ。」


 クリスは、にっこりと笑った。それは、真に嬉しそうな笑顔だった。




 クリスが早馬を飛ばし、王都でルイスたちと会談できたという知らせが、マクスウェル領にもたらされた。


「それでは、お兄様は無事なのですね。」


 イーリンは素直に喜んだ。まだ、王城の攻略が残ってはいるが、ストラスタ家やボンベルグ家が味方についているならば、時間の問題だろう。


「それでは、私たちの番ですね。」

「そうですね。すぐに出発せねば。」


 ファンとピーターが言う。アンナも、すでに準備を済ませていた。ノーマンは、さすが軍医をしているだけあって、戦闘用の服が様になっていた。

 イーリンも、動きやすい従軍用のドレスを身に着けた。


 イーリンたちは、王都ではウェナムやマデラインの捜索を担当する。また、同行する後方部隊は、イーリンたちの警護とともに、窮乏する王都に食料などを届ける役割を負っていた。


「お嬢様が粥でも配ったら、よけいに『聖女』だって言われますよ。」

「もう、恥ずかしいわ。」


 ピーターが冗談めかして言う。クリスからの知らせには、イーリンの『聖女』の噂も記されていた。

 自分はただの人間なのに、困ったわ、とイーリンは思った。ただ、そんな噂が流れるくらいであるから、王都はよほど不安に包まれているのであろう、とは想像がついた。


「王都の治安もよくないでしょうからね。ファンから離れてはだめですよ。私達もできるだけそばにおりますが。」

「ええ。」


 イーリンとファンは、基本離れることはない。しかし、アンナやピーターは、場合によっては別行動をすることがありうる。ウェナムはできるだけ早く確保しなければならないが、香りを知っている人間が限られるためだ。


「くれぐれも、無理はしないように。」


 ヘンリーとソフィアが、イーリンたちを城の門まで見送ってくれた。イーリンは両親と抱き合って、出立の挨拶をした。




 王城では、侍従たちがアーサーの部屋の扉を叩いていた。


「王太子殿下、王城の門は閉じました。しかし、これからどうすればよろしいですか。」

「籠城するにしても、準備ができておりません。食糧も、数日分しかありません。」


 うるさい、うるさい。

 頭に響くのだ。私が聞きたいのは、あの声だけだ。


「黙れ! 勝手にしろ!」


 アーサーは、部屋の中から怒鳴りつける。しかし、侍従たちは聞かなかった。


「殿下、そういうわけには。我々はどうなるのです。」

「それならば、いっそのこと降伏なされたらいかがでしょう。マクスウェル公爵なら、話を聞いてくださるかもしれません。」


 ああ、うるさい。何を言っているのか分からない。苦しい、苦しい。


「そんなこと、できるわけないでしょう。」

「キャサリン様。」


 侍従たちの後ろから、キャサリンが声をかけた。キャサリンは、手にワインを持っており、その顔は不快な表情を隠そうとしていなかった。


「キャサリン様、アーサー様はどうなされたのです。」

「殿下は具合が悪いのよ。そんな大声で叫んだら、余計悪くされてしまうわ。」

「しかし……。」


 キャサリンは、ため息をつきながら言った。


「本当に役立たずたちねえ。相手は、私たちを殺す気で来ているのよ? 降伏なんかしたって、私とアーサーは助けてもらえるわけないじゃない。馬鹿なこと言わないで。」


 侍従たちは、自分たちの聞いた言葉が信じられないと言った様子で、ぽかんとしていたが、キャサリンは構わずに続けた。


「あなたたちは、私たちを守ることだけ考えていればいいの。王家に仕えているくせに、どうして死ぬ覚悟もないのよ。こんなところで叫んでいる暇があったら、逃げ道でも探しなさいよ。」


 キャサリンは、呆気にとられた侍従たちを押しのけ、軽くノックをすると、そのままアーサーの部屋に入った。


 アーサーは床にへたりこみ、ベッドに上半身を突っ伏していた。


「可愛いアーサー。つらいのね、可哀想に。」


 アーサーは、キャサリンの声に反応して顔を上げた。キャサリンは、手に持ったワインを手早くグラスに注ぐと、アーサーに飲ませた。


「貴重なワインなんだから、大事に飲んでね。」

「ああ……。」


 アーサーは最初、苦悶の表情を浮かべていたが、次第にうつろな目となった。


「母上……?」

「ええ、そうよ。よく我慢したわね。いい子よ、アーサー。」

「はい……。」


 キャサリンは、アーサーの返事を聞くと、にい、と笑った。


「アーサー。王城の中の、隠し通路の場所を覚えている?」

「隠し通路……?」

「そう、外に出る道よ。」

「それなら……。」


 アーサーがゆっくりと指さした先は、部屋の隅にある戸棚だった。


「なあに、ここ?」


 キャサリンが戸棚を開くと、中に物は何も入っていなかった。壁がむき出しで見えており、そこに、大人が屈んだらやっと潜り抜けられるような、小さな木の扉がついていた。


 キャサリンは、おそるおそる扉の中に入った。中は真っ暗で、閉じられた空間のようだった。どうやら、隣の部屋との間に、隠し部屋がもうけられているようだ。


(明かりが必要ね。)


 キャサリンは、一度外に出て、明かりを取って戻ってきた。


「どちらへ……行かれるのです。」


 明かりを持って、再び扉を潜ろうとしたキャサリンに、アーサーは声をかけた。

 キャサリンは、にっこりと笑って言った。


「アーサー、いい子で待っているのよ。」


 扉を越えると、隠し部屋の中には、下へと続く階段があるのが見えた。明かりを掲げながら、そろそろと降りていくと、その先は地下道につながっていた。


(風が吹いているから、出口はありそうね。)


 蝋燭の炎が揺れているのを見て、キャサリンは思った。


 このまま城から逃げてしまえば、アーサーだけが捕まって終わるかもしれない。処刑されるべきはアーサーだ。自分は王家の人間ではないし、責任もないのだから。


 しばらく歩くと、上から光の漏れている場所があった。その場所に近づいて行くと、石でできた、急な階段があった。

 階段を上りきると、頭の上に木の板が見えた。少し重かったが、何とか手を伸ばして動かすと、まぶしい光が差し込んだ。


「もう。」


 キャサリンは悪態をついて、明るくなった周囲を確認した。目の前には、丈夫そうな梯子が取り付けてあり、上はぽっかりと丸い穴が開いていた。

 梯子を上がると、出口が石造りの井戸になっているのが分かった。人気がないのを確認し、身体を井戸から出した。


 そこは、どうやら王城の外であった。おそらく、有事の際に助けを求めるためだろう。有力貴族たちの館が並ぶ地区に近い場所にあった。


(運がいいわ。公爵家の館が近そうね。)


 キャサリンはフードを深くかぶった。あまり、自分が外にいるのを見られるのは危険だ。歩きながら、まだマクスウェル家の兵を王都の中で見かけないことに、キャサリンは安心していた。


 公爵家の裏にたどりつくと、キャサリンは乱暴に垣根を潜り抜けた。そして、館の玄関から中に入った。キャサリンの顔を見ると、使用人たちは恐怖の表情を浮かべ、頭を下げた。


「何ぼんやりしているのよ。さっさと替えの服を持ってきて。」


 使用人たちは、キャサリンの命令に応えるため、逃げるように去っていった。キャサリンが、髪についた葉を舌打ちしながら払っていると、奥から男が出てきた。


「キャサリン。お前、よく城から出てこれたな。」


 そこには、主人然としたジョンがいた。

お読みいただいてありがとうございます。次回は、イーリンたちが合流します。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ