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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第三章
54/77

54 攻囲

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ファン・イン:クリスの従者、イン国元皇子、イーリンの現婚約者

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

ルイス・ギーベル:第二王子、リリーの婚約者

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

リリー・ストラスタ:イーリンの友人、侯爵令嬢、第二王子ルイスの婚約者

ストラスタ侯爵:リリーの父、マクスウェル公爵と同様の穏健派

ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹

セリーナ・ボンベルグ:ルイーゼの母、辺境伯夫人

シルウァ:『昏き森』に存在する森の主

(まあ、順調だな。)


 王都の石壁が遠くに見えてきたころ、クリスは思った。


 王都は、中心に王城を構え、周囲を石壁で囲まれた都市である。遠い昔には戦を経験しているが、国境からは遠く離れているため、最近になっては攻め込まれたことがない。


 ボンベルグ領を筆頭に、領地が他国と接する貴族たちは、常に軍の鍛錬を怠らない。しかし、王都は華やかな生活が広がる一方で、武力とは長らく遠ざかっていた。


 王都に向かうまでの間、王家の兵がぱらぱらといたが、全てこちらの兵が蹴散らすか、相手が逃げ出していった。


 頭の中がお花畑の王太子と、軍など動かしたこともない娘が指揮をとっているのでは、こんなものだろう。騎兵たちなどは、あまりに出番がなくて退屈している。


(出番がないほうがいい。)


 分かってはいるが、自分自身も(たぎ)る血を抑えられずにいる。


 石壁が近づくと、クリスは軍を展開した。正門の前と、石壁の脆そうな場所に兵を配置する。長年手入れされていない壁は、破城槌(はじょうつい)で簡単に壊せそうだった。


「中の人たちには、どれだけ伝わっているだろうね。」


 クリスは、笑顔で隣にいる従者の1人に話しかけた。従者は王都を睨んだまま、静かな声で答えた。


「伝わっていなければ、彼らの犠牲が増えるだけです。」

「まあ、その通りだねえ。」


 小さなころからそばにいる従者は、クリスのことをよく分かっていた。クリスはいつも美しい顔に笑顔を浮かべているので、優しい人間だと誤解されやすい。しかし、その表情を崩さず、人の命を奪うことができるのがクリスだ。


 ただし、家族、特にイーリンを見るときには、クリスの笑顔が変わる。それはいつもの貼りついたような笑みではなく、人が愛しいものを慈しむときに、自然に現れる笑みだった。その笑顔のクリスは、あまりにも弱く、冷静さを失いやすかった。


 どちらのクリスが領主としてふさわしいのか、従者には分からなかった。しかし、従者としては、後者のクリスの方が好ましかった。



 クリスたちが着く前に、兵が向かっている知らせは届いたのだろう。クリスが王都の正門の前に到着したとき、扉はぴったりと閉ざされていた。


 マクスウェル家の主力部隊は、正門の前に陣取り、大きな天幕を張った。クリスは、その中に用意された椅子に腰かけ、正門の様子を確認することにした。


「……おや。」


 とりあえず、門の前で用件だけでも叫ばせるか、とクリスが考えていると、正門の扉が動いた。

 そのまま見ていると、中からゆっくりと開いていき、兵士たちがぱらぱらと出てきた。彼らはこちらを警戒するものの、戦いを仕掛けてくる様子はなかった。


(王家の兵だけじゃないな。)


 兵士たちの鎧の紋章は、複数のものが入り混じっていた。門が開ききると、兵士たちに囲まれて、馬に乗った人物が3人現れた。

 それを見ると、クリスは腰を上げた。


「これは、私が行かないといけないね。」


 3人の人物は、ストラスタ侯爵、ボンベルグ辺境伯夫人セリーナ、そして、第二王子ルイスであった。




「……クリス様は、そろそろ王都に着いた頃かな。」


 ピーターは、隣で準備をしているファンに話しかけた。クリスが王都を攻略したという知らせを受けたら、イーリンたちはすぐに出発する予定であった。


「まあ、そろそろでしょうね。」

「長期の攻城戦なんかにならなきゃいいけどなあ。狼煙(のろし)の合図に、どれだけ気づいてくれるか。」

狼煙(のろし)?」

「ああ、ファンは知らないか。最初に、5本ずつ狼煙(のろし)が上がっただろ? あれだけしつこく5本で上げていたのには、意味があるんだよ。」


 王家と、貴族4家が力を合わせるときである、自分たちは敵ではない、というメッセージなのだ、とピーターは言った。


「……ストラスタ家と、ボンベルグ家は気づくと思うけど……。バクスター家は引きこもりだし、王家はどうかなあ。気づけるのって、ルイス殿下くらいだろうな。アーサーは無理だろ。アホだし。」


 ピーターは、大分歯に衣着せぬようになってきている。


「ルイス殿下というと……、第二王子の?」

「そ。今の王家で、まともなのはあの人くらい。王女様は、まだ子供だし。ルイス殿下は、たぶん、かなり苦労なさっているだろうなあ。」


 なるほど、王家にも協力してくれる可能性のある人物がいるわけか、とファンは思った。




 クリスは、ルイス、ストラスタ侯爵、セリーナを、天幕に呼び込んだ。


「お久しぶりです。ご無沙汰しておりまして。」


 笑顔で迎えるクリスに対して、3人は戸惑っているようであった。


「クリス殿、イーリン嬢は……。」

「これは、申し遅れました。イーリンは、先日我が家に無事に戻ってきました。皆さまにご尽力いただいたことについては、報告を受けております。マクスウェル家を代表して、お礼を申し上げます。」


 クリスは、頭を下げた。


「おお……。」


 3人は、安堵の息をもらした。


 ルイスやストラスタ侯爵は、『昏き森』での処刑から先、イーリンがどうなったかを知らなかった。また、セリーナは、ボンベルグ領までのことは把握していても、森に向かってからのことは分からず、やきもきとしていた。


 その後、ルイスは表情を暗くし、頭を垂れた。


「……しかし、イーリン嬢のことは、王家の落ち度だ。大変申し訳ない。」

「いいのですよ、殿下。殿下のお立場は十分に理解しております。」

「彼女が助かって、本当に良かった……。」


 ルイスが全く何もしていなかったわけではないだろうし、どちらにしても、ルイスの力では止められなかっただろう。役に立たない状態とはいえ、王城の中には、国王がまだ厳然と存在しており、アーサーは正式な王太子のままであるのだから。


 ルイスは顔を上げ、クリスを見据えた。


「正直に申し上げましょう、クリス殿。今、王城の中は、2つに割れております。」


 1つは、現在の身分に沿って、王太子アーサーに従う者。もう1つは、第二王子ルイスを擁立し、王家の立て直しを図る者。


 ストラスタ家も、ボンベルグ家も、こうなっては後者しかないと考えている。

 しかし、国王を退位させ、アーサーを王太子から下ろす大義名分がない。下手をすると、自分も家族も反逆者として処刑されてしまいかねないため、表立っては動けず、時機が来るのを待っていた。


 そこまで聞くと、クリスはふふ、と微笑んだ。


「それについては、我々がご協力できると思います。我々は、アーサーを断罪するつもりなのですよ。」

「断罪……?」


 クリスは、3人にウェナムの話をした。ウェナムの存在で、全てに説明がつくこと、また、それを王城に持ちこんだキャサリンと、国王に使用したアーサーは、大罪人であること。


「なるほど……。」

「ですので、皆様にはウェナムの捜索にご協力いただきたいのですが。」

「わかったわ。」

「ふむ……。」


 ルイスは、異常な国王の様子を思い出した。晩餐会の日から、急に人が変わったようになった父親。妙な薬を使われたというのなら、その方が納得がいく。


「わかりました。では、私は王城の中を……。」


 すると、ストラスタ侯爵が、ルイスの言葉をさえぎった。


「いえ、ルイス殿下。あなたは王城に帰らないほうがよろしかろう。よければ、このまま我が家へおいでくださいませ。」

「しかし、私だけが……。」


 クリスも横から言う。


「王家にとっては、あなたが最後の希望だ。あなたにウェナムを使われてしまっては、王家は滅びますよ。」


 セリーナが、扇子で口元を隠しながら言った。


「いいではありませんか。ストラスタ家に行かれれば、リリー嬢もお喜びになるかと。」

「えっ。」

「……失礼。大変仲がよろしいと、伺っておりましたので。」


 ルイスが頬を赤く染める。こういう表情は、年相応の少年の様子だ。喋ったのはルイーゼだろうなあ、とクリスは、お節介な従妹のことを思った。


「し、しかし。王城にはまだ、母上も、シャーロットもいる。」

「できるだけ早く、お助けするようにはいたしますが……。」


 兵が王都を囲んでいることを知れば、さすがにアーサーたちも籠城の態勢には入るだろう。そして、自分たちが逃げ出す方法を探るに違いない。

 早いうちに、ルイスが王城から出てこられたのは幸いであった。


 そこに、クリスが事も無げに言った。


「ああ、言い忘れていました。説明がややこしいので情報源は伏せますが、王妃陛下はすでに亡くなられているそうですよ。」


 3人は、クリスの言葉に、目を丸くした。


「クリス殿。それはまことか。」

「おそらく真実ですよ。嘘を吐く必要のない方がおっしゃったそうですから。」


 森の主であるシルウァが、くだらない嘘をつく理由はない。ただ、それを説明している時間はない。


「いや……。そうであれば、納得はいく……。」


 ルイスがつぶやいた。王妃の侍従に、何度も追い返されたことを思い出した。あれは、自分に会わせる相手などおらず、その死を隠蔽しているだけだったのだ。


「父上は、どこまで……。」


 なぜ母親の死が隠蔽されたのかは分からない。しかし、国王である父親が、妻である王妃の死を知らなかったわけはない。


「……どこまで、冷たいのだ。」


 ルイスは、ぐっと膝に置いた手を握りしめた。王家には多くの責務があるのに、家の中はばらばらだ。ストラスタ侯爵が、ルイスの様子を心配そうに見守っていた。


「シャーロット王女は、幼いゆえに手を出されることはありますまい。」


 婚約者もおらず、人質としての価値も低い。おそらく放っておかれるだろう。しぶしぶとルイスも納得し、ルイスはストラスタ家の館に身を寄せることとなった。


 クリスは、ストラスタ侯爵に尋ねた。


「バクスター家は、来られなかったのですね。」

「殿下がお訪ねされたのですが……、怖がって出てこられなかったようで。」


 バクスター侯爵であるブラムは、領地の管理も人に任せてしまっており、自分で動かす兵を持たない。戦が始まることは理解していたようだが、関わることは拒否した。


「申し訳ない。」

「いや、その方が都合がいいので、よいのです。」

「……そうなのですか?」


 クリスは、ウェナムがバクスター家にあるであろうことは、あえて3人に伝えていなかった。

 バクスター家には、真っ先に捜索に入る予定だ。それならば、怯えてどこにも行ってくれない方がよい。



 その後、クリスたちは天幕の中で、今後の計画を話し合った。


 マクスウェル家の軍はこのまま王都を取り囲み、王城を牽制する。ストラスタ家とボンベルグ家は、王都の貴族たちに根回しし、余計な動きをしないよう見張る。


 ウェナムの捜索は、ウェナムの香りを知っている人間たちが到着してから、始めることとなった。

お読みいただいてありがとうございます。次回は、イーリンたちも参加していきます。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

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