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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第三章
53/77

53 聖女

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

ルイス・ギーベル:第二王子、リリーの婚約者

マデライン・ギーベル:王妃、アーサー達の母

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

リリー・ストラスタ:イーリンの友人、侯爵令嬢、第二王子ルイスの婚約者

ストラスタ侯爵:リリーの父、マクスウェル公爵と同様の穏健派

(何が聖女だ、まったく。)


 アーサーは、面白くない様子で、王城の中を歩いていた。苛立って、大きな足音を立てる王太子を見て、侍女たちは焦って廊下の端に避けた。


 つまらないのだ。王としての権限を手に入れたはずなのに、何もかも思い通りにならない。


 宴を催そうとすれば、食料が乏しいと言われる。憂さ晴らしに狐狩りにでも行こうかとすれば、今はその時期でないと言われる。


 魔女を処刑したはずなのに、王都では、変わらず人間が行方不明になる。

 おまけに、魔女を『聖女』だと言い出す輩が出た。

 多少雨が続き、雷が鳴っただけでも、聖女を迫害したからでは、などという噂が流れる。


 表立っては、あの女は幽閉されたことになっている。それを解放せよ、という声が聞こえてくる。


 ばかばかしい。


 あのつまらない女が、聖女などであるものか。

 あの女の死骸こそないが、王城にしつらえたキャサリンの部屋には、血塗れの処刑服が飾られている。それこそが、あの女のたどった運命を示しているのだ。


 生意気なあの女は、『天が私に味方したならば、生き延びるやもしれません。』と言った。しかしどうだ。結局、あいつは助かることなく、死んだのだ。


「殿下! 殿下!」


 年配の侍従が、アーサーのもとに走ってきた。大声を出し、息切れをしている。


「うるさいな。何だ。今から妃のもとに行くんだぞ。」


 アーサーは、キャサリンを「妃」と呼んでいた。ただし、正式には何の手続きもされてはいなかった。


「も、申し訳ありません。ですが……。」

「さっさと言え。」

「戦です。戦が始まりました。マクスウェル家から、兵がこちらに向かっております。」


 アーサーは、きょとんとした表情をした。


「なぜ戦になどなるのだ。マクスウェル家には、処罰を言い渡したはずだろう。」

「殿下。そういうわけにはいきません。爵位を返上させたとて、マクスウェル家の力は変わりません。」

「公爵でもないのに、どうして力があるのだ。領地をさっさと取り上げればいいだろう。」

「それこそ戦になります。あそこには、後ろにハーフェンも控えているのですから……。」


 アーサーは、ため息をついた。また、話が通じない。


「だいたい、なぜ王家に逆らおうなどと思うのだ。」

「……イーリン嬢を、処刑なされたからでは。」


 イーリンの名前を聞くと、アーサーの表情がみるみる変わり、顔を真っ赤にして怒りの形相となった。アーサーが剣の柄に手をかけると、侍従は後退りした。


「馬鹿を言うな。魔女を処刑したからと言って、王家に逆らういわれがあるか。」

「し、しかし……。」


(ああ、愚か者ばっかりだ。もう、うんざりだ。)


「殿下。せめて、ご指示を。」

「何とかしろ。馬鹿な元公爵家に、王家の力を見せつけてやればいいだろう。」

「そんな……。もう、王都には……。」


 アーサーは踵を返し、キャサリンの部屋へ向かった。


「入るぞ、キャサリン。」


 アーサーが部屋に入ると、椅子に座っていたキャサリンは、嫣然(えんぜん)と微笑んだ。床には、侍女が這いつくばっている。


 アーサーは、その笑顔で満足した。自分の妃はいつも美しい。なぜ、皆はキャサリンの素晴らしさが分からないのだろう。


「今日はどうなさったの、殿下。お怒りの声が、ここまで聞こえてきましたわ。」


 キャサリンは立って、優雅にアーサーのところまで歩いてきた。アーサーは、ちらりと床の侍女に目をやった。侍女は震えながら、「申し訳ございません」と繰り返している。


 キャサリンは教育熱心だ。生意気な者、躾のなっていない者を、こうやって教育する。

 それは、甘いばかりのあの女や、全く何もしない王妃に比べて、よほど上に立つ者にふさわしい姿だと思う。


 身分などというつまらないものにこだわっているから、周りのやつらは愚かなままなのだ。

 優れた我々に従っていれば、それでうまくいくものを。


 近づいてきたキャサリンは、するりとアーサーの首に腕を絡めた。そして、少し斜めからの上目遣いで、微笑んだ。


「また、誰かが殿下を怒らせたのね。今度は、どんな愚か者だったのかしら?」

「戦が始まったなどと言われてな。」

「戦?」


 キャサリンが、珍しく眉を寄せた。


「マクスウェル家が、こちらに兵を向けていると言うんだ。」

「まあ。」


 部屋の中にいる、他の侍女たちが息を呑んだ。


「キャサリン、一体どうなっていると思う? なんで、戦なんか始まったんだ。」

「マクスウェルのおじさまにとっては、魔女でも可愛い娘ですもの。それが死んだので、怒っているだけですわ。」

「なるほど、そういうものか。」


 アーサーは、キャサリンの言葉に、素直に納得した。


「でも、すぐにやっつけてくださるのでしょう?」

「もちろんだ。王家の力を見せつけろと言っておいた。」

「まあ、頼もしいこと。」


 うふふふ、とキャサリンは楽しそうに笑った。アーサーは、キャサリンの期待に応えられる自分が誇らしかった。



 一方、アーサーに追い払われた侍従は、そのまま第二王子ルイスのところへ向かった。

 ルイスは報告を聞いて、顔色を失った。父親も兄も、今は頼りにならない。


 しかし、ルイスには気になることがあった。


「なんと。狼煙は、5本だったというのか。」

「はい。5本の狼煙が、次々と上がっていったと……。」


 5本の狼煙には、おそらく意味がある。


 マクスウェル公爵家、ストラスタ侯爵家、バクスター侯爵家、ボンベルグ辺境伯家。この4つの家は、今のギーベル王国で重要な位置を占める貴族たちだ。

 かつて、彼らと王家との間で、取り交わされた約束がある。


 有事の際には、5つの家が力を合わせること。


 ──国よ、(まと)まれと。


 マクスウェル家が、何かを伝えようとしている。マクスウェル家は、まだギーベル王国を見捨てていないのかもしれない。交渉の余地があるのなら、その可能性を探らねば。


「使いを……いや、私が向かおう。準備をしてくれ。」


 ルイスの命を受け、侍従は部屋を辞すると、すぐにやるべき仕事に取り掛かった。




 ──本当に、どいつもこいつも無能だ。


「兵がいないとは、どういうことだ。」


 戦の報告を受けた翌日、アーサーは、また苛立った様子で侍従の報告を聞いていた。アーサーのそばには、昔からの取り巻きである、貴族の次男がいた。その男が顔色を悪くして震えているのも、気に食わなかった。


「その……。国中を見張らせるため、王家の兵は出払っております。ボンベルグ家にも一団をやりましたし、マクスウェル家を見張らせていた部隊は全滅しました。」

「直轄の兵がいないなら、貴族たちに出させればいいだろうが。」

「召集はかけましたが……。」


 ほとんどの貴族たちは、王家からの使いを丁重に扱い、帰した。そして、それだけだった。


「集まったのは、わずかな兵のみです。これでは、マクスウェル家の軍隊にはとうてい勝てません。」


 汗を拭きながら報告する侍従に対して、お前たちが何とかしろと言い放ち、アーサーは部屋を出た。そして、キャサリンの部屋に向かった。


 アーサーが部屋に入ると、キャサリンは待ってましたとばかりに微笑み、アーサーをソファに座らせた。そして、隣に座ると、その肩にしなだれかかった。


「殿下。ストラスタ家のリリー様は、そろそろ処罰を受けた方がいいのではないかしら?」


 キャサリンは笑い、白い指でアーサーの胸をくすぐる。


「私、殿下に忠誠を誓うよう、再三お伝えしておりますのよ。でも、昨日も今日も、王城に来られなかったわ。ストラスタ家は、王家に反抗的ですのね。」


 そこまで言うと、キャサリンは、アーサーの反応が鈍いことに気がついたようだった。一瞬、面白くなさそうな顔を浮かべたが、キャサリンはすぐに笑顔になった。


「あら、殿下。どうかなさったの?」

「兵が、集まらないらしい。」

「……何ですって?」

「このままでは勝てない、と言うんだ。」


 キャサリンは、不満そうな顔をした。


「いやだ。そんなことになったら、どうなるのよ。すぐに、やっつけてくれるって言ったじゃないの。」


 キャサリンは、ぐいっとアーサーの服を引いた。アーサーはその仕草にいらっとし、思わずキャサリンを突き飛ばした。


「うるさい!」

「きゃっ。」


 キャサリンに、初めて乱暴をしてしまったことに気がつき、アーサーは我に返った。


「す、すまない。キャサリン。」

「……。」


 キャサリンは、少し黙っていたが、にっこりと笑顔を浮かべた。


「……大丈夫ですわ、アーサー殿下。このくらいのことで、私が殿下をお慕いする気持ちは変わりませんわ。」

「あ、ああ……。」

「殿下。仲直りをしましょう。私も言い過ぎましたわ。」


 キャサリンは、侍女に言いつけて、飲み物の用意をさせた。そして、それを受け取ると、自らグラスに注いだ。


「心配いりませんわ、殿下。私にお任せくださいませ。」 

「キャサリン。いい考えがあるのか。」

「もちろんですわ。さあ、仲直りのしるしでございます。お飲みになって。」

「ああ。」


 アーサーは、キャサリンが差し出したグラスをあおった。キャサリンは、それを見ながら、アーサーの隣で美しく笑っていた。


「殿下。」


 キャサリンは、侍女を下がらせ、人払いをした。


「……そろそろ、いい心持ちじゃありませんこと?」


 アーサーは、頭がぼんやりしてくるのを感じた。頭の中に、霞がかかったようだった。

 身体に力が入らず、ソファの背に寄りかかるが、姿勢を保てずに、ずるずると崩れ落ちてしまった。


(何だ、これは……。)


「アーサー。あなただけは、私の味方でいてくれなくちゃ。」


 アーサーは、ソファの上に寝転がる形になった。その顔を、上からキャサリンが覗き込む。赤い唇から、キャサリンの少し低い声がこぼれ、動きを止めた頭の中に響いてくる。


 いや、どうなのだろう。あれは、本当にキャサリンなのだろうか。もしかして、あの女性は……。


「母上……?」


 うつろな目で宙を見ながら、アーサーは言った。小さなころに熱を出したとき、母親はこのように自分を覗き込んでいたような気がする。


 アーサーの言葉を聞き、キャサリンは吹き出した。


「ふふっ、あはははは。アーサー、あなたやっぱり面白いわ。あなたったら、()()だったの?」


「母上。私は……。」


 熱に浮かされたように、アーサーはぶつぶつと言っている。

 キャサリンはにい、と笑って優し気な声を作り、アーサーに話しかけた。


「そうよ。私はマデライン。可愛いアーサー、元気にしていたかしら?」

「母上……。なぜ、部屋から……。」


 笑いをこらえながら、キャサリンは続ける。


「もう、これからは一緒よ。あなたはいい子だから、私の言うことを聞いてくれるわよね?」

「はい……。」


 キャサリンは、しばらくアーサーの耳元で話しかけ続けた。アーサーがそのまま眠りにつくと、満足げな顔をして、そっと離れた。


お読みいただいてありがとうございます。次回は、王都での話となっていきます。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

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