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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第三章
52/77

52 開戦

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

ヘンリー・マクスウェル:イーリンの父、公爵

ソフィア・マクスウェル:イーリンの母、公爵夫人

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ファン・イン:クリスの従者、イン国元皇子、イーリンの現婚約者

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

 その日、夜明け前からマクスウェル領では、大勢の人が動いていた。


 昨日のうちに、イーリンがマクスウェル城に戻ったという噂が、領内に広まった。

 領主の末娘である、美しく優しいお嬢様の無事に、領民たちは大いに喜んだ。そして、可憐な少女に対して行った王家の心無い仕打ちに、改めて怒りを感じていた。


 太陽が昇り始めたころ、イーリンはクリスと共に、城の前にずらりと並んだ兵たちの前に姿を見せた。


「皆様、私は無事に戻りました。今まで、苦労をおかけしました。」


 様々な経験を経たイーリンは、これまでの儚げな雰囲気とは異なり、穏やかだが、芯の強さを垣間見せていた。それは、兵たちにとって、かしずきたくなるような神々しさすら感じさせた。


「……皆様の無事を、お祈りしております。」


 兵士たちは、一斉にイーリンに対して敬礼をした。ファンは少し離れたところで、その様子を見守っていた。



「兵たちの士気が下がるから、婚約のお披露目は戦が終わってからだね。」


 いったん城の中に戻ったあと、クリスがファンに耳打ちした。


「……あまり、大々的にはやりたくないのですが。」

「ははは、そういうわけにもいかないだろう。」


 開戦前の城は、緊張感が漂っていた。後方でイーリンに同行するファンと違って、クリスは前線の指揮を取る。これから、最も危険な場所に行くのだ。


「ちゃんと、その時は出席してくださいよ。」

「当たり前だ。イーリンの可愛い姿と、ファンの緩んだ顔をこの目に焼き付けるつもりなんだから。」


 ふふ、とファンは笑った。そのためなら、クリスは何としてでも無事に戻ってくるだろう。


「ご武運を。」

「ありがとう。」


 クリスは、ファンと握手を交わし、また外へと戻っていった。




 戦は、太陽がすっかりと昇り、周りが明るくなった頃に始まった。


 クリスが出撃の命令を出すと、耳をつんざくようなラッパの音が響き渡った。そして、マクスウェル城の高台から、一気に5本の狼煙(のろし)が上がった。


 それから、内側の城壁から順に5本ずつの狼煙(のろし)が上がり、最後に、西の石壁のそばからも狼煙が上がったかと思うと、いきなり門の跳ね橋が下ろされた。


 何事かと王家の兵が戸惑っているところに、石壁の内側で、兵士たちの(とき)の声が響き渡った。すると、門から大量の兵士たちが、次々に橋を渡って飛び出していった。


 統制のとれていない王家の兵は、すぐに次々と倒されていった。石壁の外が静かになると、門からは続々と歩兵に続いて騎兵も現れ、隊列を組んで王都の方向に進んでいった。




 まず、クリスが王都へ向かい、ヘンリーはマクスウェル城に残って、領内の指揮を取ることとなっていた。

 イーリンたちは遅れて王都に向かい、ウェナムなどを捜索する予定であった。


 クリスが出発した後、ヘンリーは、残ったファンとイーリンを自分の部屋に呼んだ。


「ファン。イーリンを頼んだ。」

「はい。」

「イーリンは、無理をしないように。ファンから離れず、安全なところにいるんだぞ。」

「はい。」


 イーリンの王都行きについては、ソフィアが、ヘンリーに口をきいてくれた。ファンだけでなく、アンナやピーターも、イーリンに同行する予定であった。


「……それから……。」


 ヘンリーは、少しためらったが続けた。


「王都に行ったら、お前たち2人で、クリスを支えてやってほしい。あの子はあれで、()()()()ところがあるから。」


 ファンは、その言葉にぴくりと反応した。


 ──ヘンリー様は、ご存知なのだ。クリスのことを。


 だから、イーリンのことが心配ではあるものの、王都に行かせることを許した。クリスには、イーリンが必要だと考えているのだ。


「承知しました。」

「分かりました。お父様。」


 おそらく、イーリンがそばにいれば、クリスは()()()なままでいられるのだろう、とファンは思った。



 ヘンリーの部屋を出ると、イーリンはファンに言った。


「ファン。お兄様とは、無事に会えますよね?」

「もちろんです。」


 ファンが答えると、イーリンは、ファンの顔を見上げ、じっと見つめた。


「私、ファンのそばにいます。あなたも、どこかに行ってしまっては嫌。」


 イーリンの目は、潤んでいた。ファンは、震えるイーリンの身体を、そっと抱いた。


「大丈夫です。私は、どこにも行きません。」

「怖いのです。大事な人を失うのは嫌です。」


(ファンがお兄様たちを失ったときも、こんな気持ちだったのかしら。私がいなくなったときも、皆にこんな気持ちをさせていたのかしら。)


 イーリンは、ファンの腕の中で、ぽろぽろと涙を流した。


 残された者がこれほど辛いのなら、簡単に命を棄てるなどと考えてはいけないのだ。これまでの自分の愚かさが、情けない。


「あなたのそばが、私の居場所です。イーリン。」

「はい。一緒にいてくださいね、ファン……。」


 ファンは、イーリンが泣き止むまで、優しく言葉をかけ続けた。




 城を出発したクリスは、王都に向かう馬上で、色々と考えを巡らせていた。


 ──初めての戦なのに、恐怖を感じない。


 傷を負ったり、死んでしまったりする可能性があることは分かっている。先程も、斬られた王家の兵士たちを見てきたばかりだ。

 それなのに、全く恐れを感じないのだ。


(そもそも、生きている意味もあまり感じないしな。)


 クリスは、周りの兵士たちに目をやった。皆、一様に緊張した顔つきをしている。それに比べて、自分はいつもの涼しい顔だ。

 イーリンを探しに行ったときの方が、よっぽど焦った顔をしていただろう。


(やっと、イーリンを安心して任せられる相手が見つかったから……。)


 クリスとしては、イーリンを守れるなら、相手が森の主だって構わない。

 ただ、ファンは信頼できる人間であるし、何よりイーリンがファンを愛している。


 ファンは、不思議な人間だった。


 ふらりとやってきて、みるみるうちに、マクスウェル家の信頼を勝ち取ってしまった。しまいには、マクスウェル家の宝であるイーリンの心までも、すっかり掴んでしまった。

 腕も立つし、仕事もできる。おまけに、自国では、きわめて高貴な生まれだときた。


 それなのに、本人は無欲で、いつも飄々(ひょうひょう)とした顔をしている。


 あまり他人に興味のないクリスだが、ファンのことは面白いと思っていた。それに、ファンといるのは、なんだか居心地がよかった。


(兄妹だから、感覚も似ているのかな。)


 クリスは、今さらながら、イーリンとファンの2人と離れてしまったことが寂しくなった。


(せっかく、2人と再会できたのに。……離れたくなかったなあ。)


 中庭で話しているイーリンとファンを見たとき、今まで自分になかったものが湧いて出て、空っぽだった何かが満たされていくような気がした。その感覚がどういうものかは分からなかったけれど、とてもあたたかで、大事にしたいと思った。


 だからこそ、クリスはイーリンとファンに幸せになってもらいたかった。それなのに、アーサーたちに、無惨に壊されそうになった。


 クリスは、自分の大事なものに手を出した彼らに対して、激怒していた。秀麗で一見優し気に見える顔からは、想像できないほどに。


(そういえば、あいつらを捕まえたら……。)


 ()()()な父親は、「然るべき」処分を下そうとするだろう。まあ、それでも極刑に近い形になるだろうが。

 ただ、自分としては、それでは足りない。


 この湧き上がる怒りの衝動を、余すことなく相手にぶつけたい。絶望の中、泣き喚いて許しを乞い、縋ってくる手を踏み潰したい。鼻を削ぎ、耳を引きちぎり、あいつらの誇る美しさなど、なんの意味もないようにしてやりたい。

 最後には、生きながら獣に食わせようか、その身を裂いてやろうか、炎で炙ってやろうか。


(はてさて、どうしたものか。)


 とはいえ、()()()()()()としては、そんなことはできない。マクスウェル家は、「王家を解放する」という大義のために戦うのだ。


 この衝動に身を任せれば、全てを失う。信頼や大義だけでなく、イーリンたちによって満たされた、あたたかなものまで失ってしまうだろう。

 しかし、これから戦で血が流れる中で、どれだけ自分はこの衝動を抑えられるのだろうか。


 ──当たり前の恐怖すら感じず、怒りだけが自分を支配しているというのに。


(ごめんね、イーリン、ファン。なるべく時間をかけずに終わらせるから、できたら早く来てほしいかな。)


 クリスは、ちらりと一度、城の方に目を向けた。そして、ふう、と息を吐くと、また前を向いて馬に揺られ続けた。




 王都にいる貴族たちは、マクスウェル家や王家の出方を探るため、それぞれがマクスウェル領の様子を見張らせていた。


 そのため、マクスウェル領から大量の狼煙が上がったという知らせは、早くに貴族たちの館にもたらされた。


「狼煙は、5本だったか。」

「はっ。5本の狼煙が、次々に上がったと聞いております。」


 館で報告を受けたストラスタ侯爵は、そのまま、娘リリーの部屋に向かった。


 自分の部屋に、急に厳しい顔つきの父親が訪れ、リリーは驚いた。


「お父様。どうされたのですか?」

「リリー、きょうは登城しなくていい。館にいなさい。」


 リリーは、今日もキャサリンに呼び出され、登城する準備をしていたところであった。


「でも、お父様。王家からの命令が……。」

「いや、もういいんだ。」


 ストラスタ侯爵は、リリーの言葉をさえぎって言った。そして、窓から、マクスウェル領の方角を眺めた。リリーは、父親の様子に戸惑っている。


 ──もうすぐ、大量の兵がやってくる。


「……戦が、始まったのだ。」

お読みいただいてありがとうございます。次は、久しぶりにアーサーとキャサリンが出てきます。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

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