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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第三章
51/77

51 反逆者

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

ヘンリー・マクスウェル:イーリンの父、公爵

ソフィア・マクスウェル:イーリンの母、公爵夫人

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ファン・イン:クリスの従者、イン国元皇子、イーリンの現婚約者

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

マデライン・ギーベル:王妃、アーサー達の母

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

ノーマン:ボンベルグ領の軍医

シルウァ:『昏き森』に存在する森の主

 マクスウェル家は、ファンを正式なイーリンの婚約者と認めた。


「お父様、でも、その……。殿下のことは、大丈夫なのでしょうか。」


 イーリンは、おずおずと父ヘンリーに尋ねた。


 イーリンは、アーサーの一方的な宣言により、婚約を解消された。しかし、正式な手続きによるものではない。元々国王は、婚約の継続に固執していた。


 アーサーの専横が止み、国王が正気を取り戻したなら、王政は「元通り」となる。しかし、そのために、アーサーとの婚約までもが「元通り」になってしまうのではないだろうか、とイーリンは心配していた。


 イーリンは、もう、ファンとは離れたくなかった。この気持ちに気づいてしまった今、アーサーとの結婚は、とうてい受け入れられるものではなかった。


「いや、イーリン。そんな心配はしなくていいのだよ。」


 不安になるイーリンに対し、優しい顔でヘンリーは言った。


()()()()と、お前が結婚することはない。」


 ──アーサー?


「アーサーはもう、王太子ではない。ただの罪人だ。罪人とお前を結婚などさせない。」

「お父様……。」

「そして、アーサーが王家に入れようとしている、あの娘もまた、罪人だ。」


 ヘンリーの声が一段階低くなり、顔つきが厳しくなった。


「アーサーは、婚約者以外の娘にうつつを抜かしただけでなく、怪しげな薬を王城に持ち込み、あろうことか、それを陛下に使用した。」


 ウェナム自体は薬として作られたものだ。しかし、アーサーは、自分の欲求を満たすためだけに、ウェナムの特性を利用した。治療のためではなく、意のままに操るために使われたのなら、それはもはや毒だ。

 そして、ウェナムをアーサーに渡し、使い方を教えたのはキャサリンだ。


 国王に毒を盛る、それは、どこの国においても大罪である。それを、彼らは愚かにも犯した。


「アーサーは王太子だったが、そのような手段で王権を奪うことは許されない。」


 そんなことをしなくても、順当にいけば、アーサーは国王となるはずであった。しかし、それはイーリンを王妃とし、第二王子のルイスや、有力貴族たちと協調していくことが前提であった。


 アーサーは、自分の後ろ盾となるべきマクスウェル家を、最悪の形で裏切った。


「アーサーは、イーリンを国を呪った魔女だと断じ、我々を罪人だと非難した。」


 ヘンリーは、だん、と机に拳を打ちつけた。そして、筆頭貴族としてふさわしい、力ある声が広間に響き渡った。


「我々は、アーサーこそが、反逆者であると糾弾する。」


 皆がしんとして、その言葉を聞いていた。


「そう。そして、反逆者は罰されないといけないね。」


 クリスが静寂を破って口を開き、満面の笑みで言った。


「……反逆者に対して、マクスウェル家としては、これからどうしていくのですか。」


 ファンが、静かにヘンリーに尋ねた。ヘンリーは、すでにその答えを用意していた。


「現在の王都は、反逆者によって乗っ取られている。それをまず奪還する。」

「軍を、動かす……。」

「その通りだ。」


 ファンが、気遣うようにイーリンの方を見た。それに気づいて、イーリンはファンに微笑みを返した。そして、少し目を伏せた。


「やはり、戦は起こるのですね。」


 ヘンリーはイーリンの方を向き、少し優しい顔に戻った。


「イーリン、もう避けられないのだ。」

「ええ、承知しております。」


 戦になれば、誰かが死ぬ。しかし、今のままでも、アーサーたちの犠牲になっていく人たちはいる。

 父親が苦渋の決断をしたことは、イーリンにも分かっていた。


「イーリンが帰ってきた今、うちとしては、王都に遠慮するものは何もないからね。」


 ヘンリーと比べると、クリスの声は明るい。


 元々マクスウェル家は、イーリンの居場所と生死が分からなかったために、籠城したままで事態を静観していた。


 イーリンを王家に人質に取られたままであれば、最悪の状況だった。イーリンの命を助けるために、マクスウェル家は王家の言いなりにならないといけないからだ。


 しかし、今や最善の形で、その問題が解決した。


「王都を動かしているのは、あの2人のままだろう。」


 それは、王都にいるボンベルグ家のセリーナから、ボンベルグ領のアルバートに伝えられた情報だった。


 それに、国王が元の状態に戻っていないことは、王家の兵の様子で分かる。彼らは、マクスウェル領の石塀の外で、ただ待機しているだけだからだ。国王ならば、そんな生ぬるいことはしない。


「世間知らずのお坊ちゃんと、生意気な小娘なんか、敵じゃないよ。」

「クリス。あなた口が悪くなっているわよ。」

「申し訳ありません。母上。」


 クリスは、なぜか楽しそうだった。



「王都を制圧したならば、しなければならないことが、いくつかある。」


 ヘンリーは、皆を見渡して言った。


「まずは国王陛下と、王妃陛下の御身を保護することだ。」


 イーリンたちは、息を呑んだ。王妃マデラインは、もういないのだ。


「お父様、その……。」

「どうした? イーリン。」

「シルウァ様は、王妃陛下はすでに亡くなっておられると。」

「……!」


 ヘンリーとソフィアは、驚き、言葉を失った。


「もう、1年も前のことだと、おっしゃっていました。」

「そんな……。まさか。」

「にわかには、信じられないが……。そうなのか。」


 ヘンリーは信じられない気持ちではあったが、そう言われると納得できる面もあった。


 確かに、王妃は、1年前から全く公的な場に姿を見せなくなった。それについて、王家は不自然なくらい、何の対応もしなかった。


 王妃が病に倒れているのなら、その情報が多少は貴族たちにも流れてくる。そうでなければ、公務を果たさない王妃に対して、国王から不満の一つくらいは出てもおかしくない。


 しかし国王は、姿を現さない王妃について、何も言わなかった。不満を言う相手が、すでにこの世に存在していないのならば、言いようもなかったということか。


「……ならば、それも確かめねばなるまい。」


 ヘンリーは、ふうと息を吐き出した。


「次に、反逆者アーサーと、キャサリンを捕らえることだ。」


 クリスが手を挙げた。


「父上。そこは、私に任せてほしいのですが。」

「……いいだろう。王都での指揮はお前に任せる。それから、ウェナムという薬の確保だ。」


 ノーマンは、少し身体を乗り出した。


「公爵閣下、質問をお許しください。ウェナムを確保して、閣下はどうされるのですか。」


 ノーマンたちが作り出したウェナムは、『癖』になりやすく、まともな薬として使えたものではない。ノーマンは、これ以上ウェナムが悪用されることを恐れていた。


 ヘンリーは、申し訳なさそうな顔をして答えた。


「ノーマン殿。あなたに聞いた限りでは、ウェナムというのは取り扱いに注意を要する薬だ。しかも、バクスター家のものは、特に難しいようだ。作成は大変だったと聞いているが……、しかるべき形で、処分せねばならない、と思っている。」

「おお……。ありがとうございます。」


 ヘンリーの人道的な考え方に、ノーマンは安心したようだった。


「ノーマン殿。ウェナムを知っているあなたにも、王都での捜索に協力していただきたいのだが。もちろん、護衛はつけよう。」

「仰せのままに。私は軍医ですから、戦場は慣れております。兵の治療にも使ってください。」

「かたじけない。」


 ただ、マクスウェル家がウェナムを確保する理由は、これ以上悪用されないためだけではない。ウェナムそのものを手に入れることで、アーサーたちの悪事の証拠として利用するねらいもある。


「では、彼らが気づき、処分してしまう前に確保しなければなりませんな。」

「そうだ、短期決戦で決めないとならない。」


 ヘンリーは、ファンの方を向いた。


「ファン。マクスウェル……、いや、イーリンのために、力を貸してくれるか。」

「もちろんです。」


(いよいよなのね……。)


 マクスウェル家は、これから王都に攻め込む。反逆者である、アーサーたちを捕らえるために。


「……明日の朝一番から動き出す。少し、作戦会議をしよう。クリス、ファン、ピーター、アンナは残ってくれ。」

「分かりました。」



 イーリンとアンナは、広間を出たあと、ソフィアの部屋に呼ばれた。


「マデライン様のことを、もう少し教えてくれる?」


 ソフィアは、イーリンをソファに座らせ、自分も隣に座って言った。 


 歳下のマデラインは、ソフィアにとって、可愛らしい妹のような令嬢だった。

 マデラインが王家に輿入れしたころには、ソフィアは、すでにマクスウェル家に嫁いでいた。そのため、王太子妃、王妃になってからは、あまり顔を見る機会がなかった。


 バクスター家が没落し、あまり国王とうまくいっていないという噂は聞いていたが、ソフィアの覚えているマデラインは、輿入れ前のあどけない姿のままであった。


 マデラインについて、シルウァから聞いた話を伝えると、ソフィアの目に涙が滲んだ。


「痛ましいこと……。」


(マデライン様の魂が囚われているところを探して、早く解放してさしあげないと……。)


「お母様。私も、ウェナムの捜索に加わってはいけないでしょうか。」

「イーリン、どうして? 危ないわ。」


 ソフィアは驚いて言った。アンナもびっくりした表情をしている。


「ウェナムというよりは、マデライン様を探したいのです。」

「マデライン様を……。」

「私、シルウァ様と約束をしたのです。マデライン様に出会ったら、その魂を解放して差し上げると……。」


 シルウァから預かった、小さな枝。使うべき時のために、今は肌身離さず持っている。


「……。」  


 ソフィアは、悩んでいる様子だった。そして、イーリンのそばに寄り、肩に手を置いた。


「お母様……。」

「……必ず、ファンと一緒に行動するのよ。離れてはだめよ。」

「はい。」

「自分を大事にするのよ。」

「はい。約束します。」


 ソフィアは、イーリンをぎゅっと抱きしめた。


「もう、あんな思いはしたくないわ。」


 イーリンには、母親が自分を心配してくれていることが、痛いほど分かった。


(果たさなければならないことはあるけれど、心配してくれる皆のためにも、ちゃんと自分の身は守らなくてはいけないわ。)


 イーリンがそう決意すると、ふわりと、シルウァの指輪の香りが強くなった気がした。


お読みいただいてありがとうございます。次の話では、戦が始まっていきます。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

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