表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第三章
48/77

48 迎えた朝

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

ヘンリー・マクスウェル:イーリンの父、公爵

ソフィア・マクスウェル:イーリンの母、公爵夫人

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ファン:イーリンの兄クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

ノーマン:ボンベルグ領の軍医

シルウァ:『昏き森』に存在する森の主

 短い夜はあっという間に過ぎ、朝の涼しい空気の中で、イーリンは目を覚ました。


(ここは……。)


 マクスウェル城の、見慣れた自分の部屋だ。薄暗い中でも、どこに何があるかは大体わかる。


 イーリンは身体を起こし、ベッドから出て窓の方に向かった。空は晴れているようで、板戸の隙間からは、まぶしい光がさしこんでいた。板戸を開き、いっぱいに広げると、気持ちの良い風が部屋を通り抜けた。


 窓から外を覗くと、眼下に見える三重の城壁の向こうに、シルウァのいる森が見えた。

 自分たちは、あそこを通ってきたのだ。森の主であるシルウァの協力がなければ、イーリンはここまでたどり着くことができなかっただろう。


(シルウァ様、ありがとうございます。)


 心の中でシルウァに感謝の気持ちを伝えると、指輪から、シルウァの香りがふわりと漂った。シルウァの喜んでいるような感情とともに、頭の中に声が聞こえてきた。


 ⦅指輪を、外してはいけないよ。⦆


「えっ……。」


 基本的に、シルウァの力は森の外には届かない。一部を指輪に宿しているので、指輪を通して様子を見たり、感情を伝えたりすることはできるようだったが、言葉が聞こえたのは初めてだった。


「わかりました、シルウァ様。」


 おそらく、これはとても重要なことで、シルウァがどうしても伝えたかったことなのだろう。イーリンは指輪にそっと手を当て、シルウァに約束した。



 朝の支度をしていると、アンナがノックをして、そっと部屋に入ってきた。すでに起きているイーリンを見て、アンナは驚いて言った。


「まあ、イーリン様。もう起きられるのですか? もう少しお休みになっていてもいいのでは。」

「だって私、帰って来られて嬉しいのよ。じっとしていられないわ。」


 イーリンが笑って言うと、アンナも笑った。


「そうですね。私も同じです。」


 そして、アンナは支度を手伝ってくれた。



 朝食は、久しぶりの家族水入らずでとった。ノーマンやファンたちは、気楽にしてもらいたい、という理由で、別の場所に食事が準備されているようだった。


「よく眠れたかい? イーリン。」

「ええ、お兄様。」


 兄のクリスは、上機嫌だった。イーリンがちゃんと食事がとれているのを見ると、にこにことしていた。

 ボンベルグ領でも、医者のノーマンの指示のもとに、イーリンの体調に合わせた食事を用意してもらっていたし、森で過ごしてからは、毒が抜けたように体が楽になっていた。


 父ヘンリーや母ソフィアも、イーリンが思ったよりも元気そうにしていることで、安心した様子だった。


 食事が終わると、クリスとイーリンはそのまま広間に残るように言われた。座ったまま待っていると、ファンたちが入ってきた。ノーマンやボンベルグ兵たちも呼ばれたようで、緊張した面持ちで扉をくぐっていた。


 ファンは、イーリンの隣の席に案内されて座った。

 全員が席に着くと、ヘンリーは人払いをした。


「皆、まだ疲れがとれていないところを、集まってもらってすまない。取り急ぎ、教えてもらいたいことが多くあるのだ。」


 ヘンリーは、筆頭貴族マクスウェル公爵として、当然の威厳は備えている人物であった。しかし、元々の性質が温厚で義理堅く、身分に寄らず、人を人として扱うところがあった。


「公爵閣下、問題ありません。」

「ええ、我々もご報告できていないことが、まだ多くございます。」


 ファンやアンナが答えた。


「アルバートの書状には目を通した。まずは、ノーマン殿。イーリンの命を救ってくれて感謝する。」


 ヘンリーだけでなく、ソフィアやクリスにまで頭を下げられ、ノーマンは恐縮した。


「いえ、当然のことをしたまでです。」

「……あと、ウェナムという薬について、あなたから詳しいことをお伺いしたいのだが。」

「分かりました。」


 ノーマンは、マクスウェル家の人々に、ウェナムについての説明をした。

 正しく使えば良い薬であるが、悪用された場合、人の理性を失わせること。また、身体が慣れると『癖』になるため、切れたときの苦痛が強く、ウェナムを渇望するようになること。


「ふむ……。それが、バクスター家にあるということか……。」


 アルバートの書状には、かつてバクスター家がウェナムの製造を試み、失敗に終わったことも記してあった。


「ウェナムについては、言われてすぐに調べましたがね。記録上、我が家でもいくつかの取り扱いはありましたが、まとまった量を購入したのは、ボンベルグ家くらいです。」


 クリスが言った。ウェナムは、そもそもが高価な薬であり、ほとんどが少量ずつの取り扱いなのだそうだ。末期の病気の痛みから逃れるため、裕福な貴族がたまに購入するのだが、量は知れているし、誰が使っているかも把握できているという。


「うちが関わっていない以上、あの娘が手に入れられるのは、そのウェナムくらいしか心当たりはないな。」


 ヘンリーは難しい顔をした。ノーマンも、「やはり」と一言言うと、嘆息をもらした。


「私からも、聞きたいことがあるのだけど。」


 クリスが、イーリンの方を向いて尋ねた。


「叔父上の書状には、イーリンたちがボンベルグ領を出て、森へ向かったと書いてあった。本当に、森を抜けてきたのかい?」


 クリスは、にわかには信じられない様子だった。街道は王家の兵がいて危険だが、普通に考えると、森も安全だとは言えない。


「ええ。お兄様。」

「その……、森の主がいるとか。」

「その通りです。森の主様はおられました。」


 イーリンが、森に入ってからのことを話した。『昏き森』には、森の主であるシルウァがおり、そのそばで数名の人々が生活していること。彼らはシルウァに『美しい人』と呼ばれ、悪意の少ない清らかな人間たちであること。


 ピーターが、イーリンの話につけ加えて言った。

 イーリンは『美しい人』の中でも格別で、シルウァに愛されている様子であったこと。森で暮らすように誘われたが、イーリンは断ったこと。


「何度も、お嬢様を助けたいと言われていたのですよ。」

「森の主が、自らイーリンを……。」


 イーリン自身は、自分が『美しい人』と言われてもぴんとこないのではあるが、ピーターがあまりに熱をもって話すので、何となく面映ゆい気持ちであった。


「これが、シルウァ様にいただいた指輪です。」


 イーリンは手を差し出し、自分の指にはめられた、木の指輪を見せた。ヘンリーを始め、ソフィアやクリスが、指輪を覗き込む。


「これは……。飾りはないが、美しい。それに、心が洗われるような香りだな。」

「それに、なんだか存在感があるわ。なぜかしら。」

「シルウァ様は、自分の一部を込めた、とおっしゃっていました。」

「まあ、そばで見守ってくださっているのね。」


 ソフィアが目を丸くした。自分の娘が清らかで愛される性質なのは知っていたが、森の主までに愛されるとは、想像もしていなかったことだった。


「シルウァ様には、多くのことを教えていただきました。」


 ファンが口を開いた。そして、シルウァに教えてもらったことを、ひとつひとつヘンリーたちに説明した。


「シルウァ様によると、世の中には、人に対する愛や思いやりを『持たない人々』がいるそうです。彼らには、良心がありません。」


 シルウァは言った。彼らにとって、人は支配されるか、支配するかだ。その欲求を満たすため、人の世の決まりは守れない。


「彼らは『悪魔』を作り出して崇拝します。そのために、恐ろしい儀式を隠れて行うことがあるそうです。……王都で殺された人々は、その犠牲になったのだと言われていました。」

「なんと……。」

「それだけではないのです。」


 シルウァは、『美しい人』たちが壊されていくことを悲しんでいた。『美しい人』たちは、相手を恨むことがない。自分のために、人を攻撃することなど考えられない。だから、他者の悪意に対して、戦う力がきわめて弱い。


 シルウァは、イーリンはその中でも『ひときわ美しい』と言った。そして、『戦う力を持たない』と。


「なんと……。イーリンは、その性質ゆえに、身を守れないというのか。」


 しかし、ヘンリーやソフィアにも心当たりはあった。


 ヘンリーに泣きながら相談したときでも、イーリンは身を削るまで我慢していた。そして、マクスウェル領で療養していたときでも、一言もアーサーやキャサリンへの恨み言を言わなかった。


 そして、殺されそうになった今でもなお、イーリンは相手を怖がることはあっても、攻撃しようとはしない。家族は、彼らに対して、殺したいほどの強い憎しみを抱いているというのに。


 ヘンリーは、片手を額に当て、天を仰いだ。


「私は、失敗したのだな。やはり、あの男との婚約など結ぶべきではなかった。イーリンには、ふさわしい相手をちゃんと選ぶべきだったのだ。」

「お父様、そんな。」


 ヘンリーの言葉に、イーリンは慌てた。アーサーとイーリンの婚約には、多くの政治的な意図が絡んでいた。ヘンリーの一存でどうにかなる話ではなかったはずだ。


(私が、至らないせいで……。)


 自分が、抵抗できる能力を持って生まれてくればよかったのだ。父親は何も悪くない。


 ──自分に『持たない人々』を責める資格があるのだろうか? 大事なものを持っていないのは、自分も同じではないのか。


 イーリンの頭の中には、そんな考えがぐるぐると回っていた。

 そこに、ソフィアの声が飛び込んできた。


「あら、そんなに難しく考えることじゃないわ。あなた。」

お読みいただいてありがとうございます。次回は、ファンの話に移っていきます。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ