47 マクスウェル城
イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢
ヘンリー・マクスウェル:イーリンの父、公爵
ソフィア・マクスウェル:イーリンの母、公爵夫人
クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り
アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候
ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候
ファン:イーリンの兄クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ
ノーマン:ボンベルグ領の軍医
「お兄様!」
クリスに抱きとめられたイーリンは、自分もクリスの背中に手を回した。久しぶりの家族のぬくもり、家族のにおい。
「良かった。本当に、無事に帰ってきてくれて。」
「お兄様……。」
クリスはイーリンをぎゅうっと抱きしめ、声を震わせていた。イーリンも、自然に涙があふれてきた。でも、クリスがあまりに力を入れているので、ちょっと苦しい。
「クリス様、お嬢様つぶれちゃいますよ。少しゆるめてあげてください。」
ピーターが心配して言ってくれた。
クリスが腕をゆるめてくれたので、イーリンは少し身体を離して、クリスの顔を改めて見た。
「ふふ、お兄様、また泣いているわ。」
「当たり前だよ。可愛い妹が、無事に戻ってきたんだ。イーリンだってそうだろう。」
「私、泣きすぎて目が溶けてしまいそうだわ。」
兄と妹は、2人で涙を流しながら笑い合っていた。
ファンとアンナも穴から出てきて、2人の様子を見守っていた。アンナも、少し目が潤んでいる。
イーリンとクリスがもう一度抱き合って、2人がひとしきり泣いて落ち着くと、ファンがクリスに尋ねた。
「クリス様、どうしてここが分かったのですか。」
「ああ、ファン! 本当にありがとう! ……一応、隠し通路の出入り口は見張らせていたからね。」
クリスはにっこりと笑った。クリスの言葉を聞いて、ボンベルグ兵は驚いている。そんな気配は全く感じなかった。
「最初は、アンナかピーターだと思ったのだけど。やたら人数が多くて、その中に少女がいるみたいだって聞いたから。もしやと思って、来てみたんだ。」
「だからって、クリス様が直接来ますか?」
ピーターが、あきれたように言った。クリスは、口をとがらせて言い返す。
「何言っているんだ。可愛いイーリンが帰ってきているかも知れないんだぞ。城の中なんかにいられるか。」
相変わらずだ、とファンは思った。
ファンがマクスウェル領に来たころは、イーリンはまだ王都にいた。クリスが、妹が可愛いだの心配だのとしょっちゅう言っているのを、仕事中に聞かされていた。
イーリンが療養のために戻ってきてからは、毎日可愛いだの王都に戻したくないだのと言うのに加え、お前もそう思うだろう、と同意を求められるようになった。
まあ、今となっては、否定することもないのだが。
クリスの話を聞き、洞窟の中でアンナと話していた、年上のボンベルグ兵が苦笑した。
「やっぱり、マクスウェル領は一筋縄ではいかないみたいですね。すでに見つかってしまっていたとは。」
「情報を得るのは、うちの得意分野だからね。」
クリスは、ふふ、と笑った。
「でも、ピーターたちの判断は正解だったよ。今の時期、正面から来られたら、ややこしかったから。イーリンに傷でもついたらたまらないしね。」
「無駄に兵の命を散らすわけにはいきませんから。」
ピーターたちは、クリスのことをよく分かっているようだった。
隠し通路がつながっていたのは、城壁の内側にある、小さな家の中だった。
クリスに促され、一行は家の外に出た。そこには、クリスが連れてきたであろう兵士が数名と、彼らに引かれた馬たちがいた。
「疲れていると思ったから、馬を用意したよ。でも、人数分はないから、分かれて乗ってくれるかな。」
クリスに言われ、アンナが、てきぱきと一行に指示を始めた。
「あの……。」
イーリンはアンナに、ファンと一緒に乗るようにと言われた。そうなると、ファンの前に座り、その身体にしっかりとつかまっていないといけない。
今までのような旅先ではなく、これから城壁内を、城まで突っ切っていくのだが……。
「お嬢様。馬が限られているのです。お嬢様の場所はそこです。そこしかありません。」
アンナが真面目な顔で言った。
「そ、そうなの……?」
兄やアンナと一緒でもいい気がしたが、イーリンは逆らうのをやめた。
「アンナさあ。あからさますぎないかなあ。久しぶりなんだから、私と一緒でもいいと思うのだけど。」
クリスが不満を言う。
「クリス様は、城に戻ってからにしてください。」
しぶしぶとクリスが引き下がり、イーリンは、ファンに手伝ってもらって、大人しく馬に乗った。
「お願いします。」
「はい。もちろん私も気をつけますが、イーリンもしっかりつかまっていてくださいね。」
ファンは優しく微笑んだ。ぎゅっとその身体につかまると、あたたかさが伝わってきた。
家族であるクリスとはまた違った、ファンのにおいが、イーリンの鼻腔をくすぐった。
「さあ、行こうか。」
イーリンたちを乗せた馬は、マクスウェル城へと歩み出した。
夜も更けてきており、城壁内の家々はしんとしていたが、あちらこちらで兵士を見かけた。
クリスは兵士たちに会うたびに、「ご苦労」と声をかけていた。
2つめの城壁を越えると、兵士の数はさらに多くなった。
イーリンは、自分たちの前を馬に乗って歩く、クリスの後ろ姿を見た。クリスが着ているシャツは、いつもの絹のものよりもぶ厚く、しっかりとしたものだった。まるで、上に鎧を着ても耐えられるような。
(やっぱり……。)
戦は、起こるのだ。少なくとも、マクスウェル家はそのつもりだ。
イーリンの、ファンの身体に回した手に、思わず力がこもった。ファンは、イーリンの思いを知ってか知らずか、「大丈夫です。」と言った。
最後の城壁、マクスウェル城が近くなると、イーリンやファンの顔を知っている者も出てきたようで、「おお……」と言う声が漏れてきた。
大きな木の扉を持つ、マクスウェル城の門に到着すると、一行は馬から降りた。普段より多くの警備の兵がいたが、クリスの顔を見ると、すぐに脇に避けた。
クリスが門の前に立つと、扉はぎぎぎ……と重い音を立てて、中から開いた。クリスに続いて、イーリンたちも城の中へと入っていった。
(ああ……、やっと……。)
夢にまで見た故郷。やっと、生きて帰って来られたのだ。
真夜中に近くなっているのに、城の中には灯りがともっていた。クリスと、それに続く顔を見た使用人たちが、バタバタと慌てた様子で奥の方へ走っていった。
そしてすぐに、奥から2人の人間が急いだ様子でやってきた。
「ほら。父上も、母上も、人のことを言えないじゃないか。」
クリスがぶつぶつと言った。出てきたのは、イーリンとクリスの両親、マクスウェル公爵夫妻だった。
「イーリン!」
「お父様! お母様!」
イーリンは、懐かしい両親のもとに走っていった。父ヘンリーと母ソフィアは、イーリンをしっかりと抱きしめた。
「無事でいたのね!」
「よく帰ってきた……。」
「はい。皆様のおかげで……。」
イーリンは、また泣いてしまった。ぽろぽろと涙が頬を伝う。子どもみたいだと思うが、止めることができない。ヘンリーやソフィアが無事でいたことも、イーリンには嬉しかった。
少しイーリンが落ち着いてくると、ヘンリーは、クリスとファンたちの方を向いた。
「クリスもご苦労だった。」
「慌てすぎだ、とか言っておられましたよね。」
ヘンリーはクリスの抗議を無視し、ファンたちに頭を下げた。
「ファン殿、ピーター、アンナ。イーリンを助けてくれて感謝する。」
「いえ、当たり前のことをさせていただいただけです。」
ファンたちは跪き、頭を下げた。ピーターたちは、主君に頭を下げられ恐縮している。
ファンは、顔を上げてヘンリーに言った。
「ヘンリー様。イーリン様をお助けするのに、ボンベルグ家のアルバート様に、大変お世話になりました。」
ピーターがつけ加える。
「あと、森の主に。」
「……森?」
ヘンリーは少し訝しげな顔をしたが、ファンたちと一緒に跪いているノーマンたちをみとめ、詳しく聞くことはやめたようだった。ノーマンは、ヘンリーの視線に気がつき、顔を上げて口を開いた。
「私共は、ボンベルグ領よりまいりました。私はノーマンと申します。ボンベルグ領で医者をしておりました。」
「アルバート辺境伯より、マクスウェル公爵への書状を預かっております。こちらを。」
年上のボンベルグ兵が、ヘンリーに書状を渡した。ヘンリーは、書状にさっと目を通すと言った。
「ご苦労だった。詳しいことは、また明日聞かせていただきたいのだが、よろしいか。」
「もちろんでございます。」
ソフィアは、イーリンが着ている少年のような服装をまじまじと見た。
「イーリンはボンベルグ領にいたの? それに、ずいぶんと苦労したようね。この服はルイーゼのかしら?」
「はい、お貸しいただきました。」
広い森を越え、隠し通路も通ってきたイーリンの服は、さすがに薄汚れ、あちこちがひきつれていた。
「……アルバートには、十分にお礼をしないといけないみたいだな。アルバートが欲しがるのは、やはり薬か?」
「そうねえ、あそこは、よく怪我人が出るから。」
ヘンリーとソフィアの話を聞き、ノーマンがぴくりと反応したようだった。
「色々と聞きたいことはあるが……。しかし、まずは皆休んでほしい。用意をさせよう。」
ヘンリーの一声で、使用人たちが準備を始めた。
イーリンは、侍女たちに連れられて、着替えに行くことになった。振り返ると、ファンが微笑んで見守ってくれていた。
ファンたちのおかげで、自分はここまで戻ってくることができた。この感謝に、この恩に、どうやって報いればいいのかしら、とイーリンは思った。
お読みいただいてありがとうございます。次回も、城の中で話が進んでいきます。次もお付き合いいただけると嬉しいです。




