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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第二章
44/77

44 決意

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ファン:イーリンの兄クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

マデライン・ギーベル:王妃、アーサー達の母

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

ノーマン:ボンベルグ領の軍医

シルウァ:『昏き森』に存在する森の主

「シルウァ様、マデライン様の魂は、今も苦しまれているのでしょうか。」


 イーリンは悲しかった。マデラインの晩年は、不遇だった。それなのになぜ、亡くなった後までも苦しまなければならないのか。


 シルウァは、イーリンの言葉に微笑み、答えてくれた。


「……そうだね。復讐に支配された人の心を想像してみるといい。」

「怒りと、相手を傷つけたいという気持ち……。」


 イーリンには、その感情は分からないが、頭で理解することはできる。それは、心の安らかさとは真逆のものだろう。


「マデラインは、悪魔の中に囚われてしまったため、生きていた時よりも、悪意が強くなっている。」


 復讐に燃えるマデラインは、キャサリンたちに、バクスター家にあるウェナムの存在を教えてしまったのだろうか。実家を没落させ、家族をバラバラにした悪魔の薬。それを使い、全てを破滅させよ、と。


 シルウァは立ち上がり、イーリンの前まで静かに歩いてきた。そして、シルウァの指輪をはめた手を取った。シルウァの清爽な香りが、鼻を通り抜ける。


「イーリン。私は、君まで犠牲になってほしくはない。君は、必ず狙われる。彼らにとって、君はまぶしすぎるから。」

「……。」


 シルウァは、『持たない人々』の犠牲になった者を大勢見てきた。見守ってきた少年は、無惨にも彼らに殺された。

 シルウァの話を聞いた今では、シルウァのイーリンを引きとめたいという思いが、痛いほど皆にも分かった。イーリンは、ひとりでは彼らから身を守ることができない。今回、処刑にまで至ってしまったように。


 イーリン自身も、悩んでいた。


 ──力のない自分が、森の外に出ても、まわりに迷惑をかけるだけなのでは?


 シルウァの申し出は、大変ありがたいことなのだ。外に出れば、怖い思いをするだけではなく、今度こそ殺されてしまうかもしれない。

 自分が危険な目に遭うだけではなく、周りも巻き込んでしまったら? アンナは? ピーターは? そして、ファンは?


「イーリンの、思う通りでいいのですよ。」


 ファンの声が響く。慌てて声の方を向くと、ファンの顔は、穏やかに微笑んでいた。アンナやピーターを見ると、同じように微笑んでいた。


 ──そう、彼らに外の世界を捨てさせないだけではない。シルウァの話を聞いた今だからこそ、自分は、人のため、国のために、できるだけのことをやりたい。


 心を決め、イーリンは、シルウァの方に顔を戻した。


「申し訳ありません……。やはり私は、皆と一緒に立ち向かい、この国の行く末を、最後まで見届けたいのです。」

「そうか。やはりね。」


 シルウァは、少し寂しそうな顔をしたが、また、いつもの微笑みに戻った。そして、イーリンの指輪に目を落とすと言った。


「ただね、この指輪は、しばらく外さないでおくれよ。役に立つこともあるだろうから。」

「……? はい、分かりました。」

「……。」


 イーリンが、不思議そうな顔をしている横で、シルウァは、ファンの方を見てにっこりと笑った。


「しっかり、牽制されてるなあ。」


 ピーターが、小さな声でつぶやいた。




「大分、話が長くなってしまったね。明日、道案内をさせるから、今日も泊まっていくといい。」

「ありがとうございます。」


 明日は、また狼さんに会えるのかしら、とイーリンは思った。


「しかし、悪魔などというのは、別の世界にあるものかと思っていました……。」


 ピーターは、まだ自分が聞いたことが信じられないといった様子だった。


「ふふ、私のような者と違って、神に近い存在は、人に干渉することはされないよ。」


 シルウァは大きな力を持つが、この世に生きるものの一つだ。だからこそ、自分の意志で人に干渉する。


「マデラインが王家に嫁ぐことになったり、イーリンを私と引き合わせたり、そういったことを決めておられるのが『神』だよ。」


 それ以上は私にもわからない、とシルウァは言った。



 イーリンたちは、森の中で2度目の夜を過ごした。

 翌日の朝、世話をしてくれた森の人々にお礼を言いながら、一行は出発の準備をしていた。


 朝の光で、泉はきらきらと輝き、外が晴れていることを教えていた。皆は、すっかり森に慣れ、その清浄さと居心地の良さに、離れたくないとさえ思ってしまうようになっていた。


 支度を終えると、シルウァや森の人々は、見送りに出てきてくれた。


「気をつけて行くのだよ。森の中までなら、私が守ってあげられるけど。」

「ありがとうございます。シルウァ様。」


 シルウァが呼ぶと、ここまで道案内をしてくれた狼が現れた。


「おはよう、狼さん。」


 イーリンは、狼のそばに駆け寄り、改めて「ありがとう。」と伝えた。狼は喜ぶように、イーリンに身体をすりつけ、イーリンは優しく、ふかふかしたその頭を撫でた。


「すっかり、仲良しになったね。」


 シルウァは、穏やかに笑った。


「そうだ、イーリン。持って行ってほしいものがあるのだけど。」

「はい。何でしょうか。」


 シルウァは、葉のついた小さな枝をイーリンに渡した。それは、巨木から伸びるものと同じ形をしていた。


「イーリン、()()()()()()()()()()、これを使ってあげて。」

「これは……。」

「私の枝だ。火にくべれば、浄化の炎となる。マデラインたちの悪意を消し去り、行くべきところに行きやすくするだろう。」

「分かりました。シルウァ様。」


 マデラインや少年の魂を解放することができれば、シルウァの心の痛みも、少しは減るのだろうか。イーリンは、心の中で、シルウァの悲しみを思いやった。


 シルウァは、次に、くるりとファンの方を向いて言った。


「君は、面白い子だね。その呼吸は、自分の国で学んだの?」

「え、はい。」


 ファンは、急にシルウァが自分に話しかけてきたので、驚いた様子だった。その後、何か考えるそぶりをしたかと思うと、口をつぐんだ。

 シルウァは、屈託なく笑い、話を続けた。


「ふふ、余計なことは言わないよ。ただ、ここの空気と、君はすぐに馴染んだ。それを教えてもらえれば、ここに来る人は、もう少し早く身体が馴染むのかと思ってね。」


 ファンは、「余計なことは言わない」とシルウァに言われ、少し安心した様子だった。


「……そうかもしれません。ゆっくりと時間がとれるようになれば、皆さんにお教えしますよ。」

「ははは、待っているよ。そのときは、イーリンも一緒においでね。」

「はい、もちろん。」


 シルウァが笑うと、一行や、森の人々も穏やかに笑った。このような平和を、外の世界にも取り戻したい、とイーリンは思った。



 そうしているうちに、出発の時となり、狼が先導に立った。


「さあ、行くがいい。ファン、アンナ、ピーター、イーリンを頼んだよ。ノーマンたちも気をつけて。」

「ありがとうございます。シルウァ様、森の皆様、お世話になりました。」


 彼らは、姿が見えなくなるまで、手を振ってくれた。


 泉を離れると、周りは暗くなった。行きと同じように、狼の毛は暗がりの中で銀色に光り、一行はそれを追っていった。


「行きよりも、何だか楽だなあ。」


 ピーターが言うように、今はびりびりとした抵抗感は感じず、呼吸も乱れることはなかった。イーリンは、行きと同じく、疲れを感じない様子で歩いていた。


 次第に前の方が明るくなり、一行は、『昏き森』の端まで着いたのが分かった。狼の道案内は、そこまでのようだった。

『昏き森』側に立つ狼の首を両腕で抱き、イーリンは狼にお礼を言った。


「ありがとう。また、会いましょうね。」


 狼は、頭をイーリンに擦り付けて尻尾を振り、嬉しそうな感情を伝えてきた。


 ⦅そこから伸びる道を進めば、マクスウェル領だ。木や動物たちには言い聞かせておくから、そのまま進みなさい。⦆


 シルウァの声が聞こえた。目の前に、細い道がつながっていた。


「ありがとうございます。シルウァ様。」


 イーリンたちが『昏き森』の方を振り向くと、狼は、いつの間にか姿を消していた。一行は前を向き、シルウァに言われた道に向かった。



 この先に、マクスウェル領がある。戻ったとて、平穏な日が待っているわけではない。


 ファンが振り返って、イーリンに「一緒に、行きましょう。」と手を差し出した。イーリンは、「はい。」と返し、その手をしっかりと取った。


(私は、ひとりではないわ。)


 ──自分の力は弱い。だからこそ、皆と協力するのだ。


 支えてくれる人々に感謝しながら、イーリンは前に進んでいった。

お読みいただいてありがとうございます。次の話以降は、マクスウェル領に舞台が移りますので、この話でいったん第二章を終了とさせていただきます。よろしければ、これまでのご感想やご評価をいただけたら幸いです。第三章もお付き合いいただけると嬉しいです。

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