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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第二章
42/77

42 魔女

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

ヘンリー・マクスウェル:イーリンの父、公爵

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ファン:イーリンの兄クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ

ファン:イーリンの兄クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

マデライン・ギーベル:王妃、アーサー達の母

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

ノーマン:ボンベルグ領の軍医

シルウァ:『昏き森』に存在する森の主

「イーリン。聞いてくれるかい。」


 怒れるシルウァは、寄り添うイーリンとファンの二人を見て、厳しくなっていた表情を緩め、いつもの微笑みを取り戻した。

 周囲に満ちていた威圧感も、徐々におさまっていき、アンナたちも身体が楽になったようで、ほう、と息をついた。


 シルウァは、岩の一つに座ると、静かに話し始めた。


「……マデラインが死者となった後、私は、しばらく王都の方を見なかった。」


 マデラインのたどった結末は悲しいものだったが、通常であれば、その魂はそのまま冥府へ行き、長い時間をかけて浄化されていく。

 シルウァは、マデラインがその道のりへと旅立ったものだと思っていた。


「マデラインのことだけではない。そのころ、王都には悪意が満ちてきていたから。」


 シルウァの性質は、悪意を受けつけない。森の中ならシルウァの力が勝るが、力の及ばない範囲で強い悪意を受けすぎると、シルウァ自身を弱らせてしまうのだそうだ。


「イーリンの様子を見るだけで、私は精一杯だったよ。」

「私を……。」


 シルウァは、イーリンに微笑んで言った。


 温厚で平和を好むマクスウェル家のまわりであれば、シルウァにも見ることができた。それに、『美しい人』であるイーリンは、シルウァに力を与えてくれた。


「しかし、あの娘の周りや王城は、悪意が特にひどくてね。気分が悪くなるから、見れたものではなかった。」


 キャサリンが現れ、アーサーの癇癪がますますひどくなっていったころだ。イーリンはいわれのないことで罵倒され、脅された。


「あの娘というのは、キャサリン様の……。」

「ああ、すまないね、イーリン。その名前は、あまり言いたくないのだ。気分が悪くなるから。」

「まあ……、申し訳ありません。シルウァ様。」


 シルウァは、よほどキャサリンのことが受け入れられないようだった。


「見るたびに、イーリンはどんどん弱っていっていたし……。マクスウェルに戻ってくれて、本当にほっとしたよ。」


 イーリンは、父ヘンリーに相談した後、しばらくマクスウェル領に帰っていた。『美しい人』であるイーリンは、攻撃されてもやり返す力を持たない。マクスウェル家の力が強かったからこそ、イーリンを守ることができたのだった。


 そこまで言うと、シルウァは、ピーターの方を向いた。


「ねえ、君。」

「は、はい。 俺ですか?」

「イーリンがマクスウェルに戻ってからのことは、君の方が詳しいだろう? 何があったか、教えてくれるかい。」


 アンナは、イーリンに付き添って領地に戻っていたが、ピーターは王都に残っていた。

 ピーターはシルウァに言われ、そのときのことを思い出しながら話した。


「そうですね。……お嬢様が領地に戻られてから、少ししたころでした。館に動物の死骸が、投げ込まれることがあって……。俺は誰より早く起きるんで、見つけたら、さっさと処理していたんです。嫌なことをするやつがいるもんだ、と思っていました。」


 イーリンは、領地で父親が言っていた話を思い出した。


『王都のうちの館に、何度か犬や猫の死骸が投げ込まれることがあった。』


「そのうちに、王都の若い子が、次々とひどい状態で死んで見つかって……。」


『ここ最近、王都で何件か人死にがあったんだ。少年や少女が行方不明になったあと、街中で無惨な状態で見つかった。』


 ピーターは、イーリンをちらりと見ると、申し訳なさそうに言った。


「……それが、お嬢様のしわざだという、噂が流れ始めました。」

「なんと……。」


 ボンベルグ領にいたノーマンやボンベルグ兵たちは、イーリンの噂のことを知らなかったようだ。イーリンは、エリザの死に関与した罪で処刑を受けたと聞いていた。


「しかし、そのころイーリン様が王都にいないことは、有名だったはずです。それなのに、なぜイーリン様がやったことにしようとしたのでしょうか。筋が通らないではないですか。」


 ファンが首をひねりながら言った。イーリンは、当時王太子の婚約者であり、王都にいることが定められていた。それなのに、病気療養で領地に戻った。それは、異例中の異例で、否が応でも周囲には知られていたはずだ。

 ファンは、そのころはマクスウェル領にいた。イーリンの兄ルイスから、イーリンが魔女の疑いがかけられていると聞いてはいたが、詳しいことは知らなかった。キャサリンのことも、見たことがなかった。


 シルウァが、ふう、と息を吐いて言った。


「……イーリンを、ただ、(おとし)めるためだ。それが、あの娘の手口なのだよ。ああいった者にとって、真実や筋などどうでもいいのだ。嘘を平気でつくし、相手を(おとし)められればそれでいい。」


 イーリンは思い出した。イーリンがアーサーとのことを相談したとき、父であるマクスウェル公爵は、キャサリンについて言っていた。


『あの嘘は生来のものだ。あの娘にとって、嘘は自分の欲しいものを手に入れるための、ただの道具だ。嘘を吐くことに、良心の呵責などないだろう。』


(お父様は、キャサリン様の性質を看破されていたのだわ。)


「……いやな、人間ですね。」


 ファンは、眉をひそめて言った。


「そして、館に動物を投げ込んだのは、マクスウェル家を(けが)すためだ。ああいった者は、自分より恵まれた者が気に入らず、目障りだと感じる。そして、少しでも自分たちに近づけるため、できるだけ汚そうとする。」

「迷惑な話だなあ。」


 ピーターも嫌そうな顔をした。死骸を片付けるのは、気分のいい仕事ではなかっただろう。


「同じように、あの娘はここを穢そうとしただろう? イーリンを使って。」

「あっ……。」


 清らかな少女であるイーリンを森の中で無惨に殺し、血と悪意で、森を(けが)そうとしたのだ。だから、イーリンは『昏き森』への追放を言い渡されたのだ。


「私はあのような者たちと相容れないが、彼らもまた、私を受け入れられない。だから、彼らには、私が目障りなのだよ。」


 どんなにここの水を飲み、森のものを食べたとしても、私の前でただ苦しむだけだろう、とシルウァは言った。


 シルウァの言葉を聞き、イーリンはまた、アーサーの言葉を思い出した。


『森の魔物は魔女が嫌いだそうじゃないか。』


「森の魔物は、魔女が嫌い……。アーサー殿下は、あのとき、そうおっしゃいましたわ。」


 イーリンの言葉を受けて、アンナが怪訝な顔をした。


「なんで、殿下がそんなことをご存知だったんでしょうね。ルイス殿下ならともかく、アーサー殿下は、ボンベルグの伝承に興味なんてない方でしょう。森に近いマクスウェルの我々でも、『魔物が住む』くらいの噂しか知りませんでしたよ。」


『……嫌い()()()()()()()()。』


「誰かに聞いたような……話し方をされていたわ。」


 ふむ、とシルウァは言った。


「アーサーは、あの娘から聞いたのだろうな。あの娘は、私への(おそ)れを、肌で感じているだろうから。」


 イーリンたちは、シルウァのいる森に惹かれる。しかし、キャサリンは、森への畏れをおのずと感じるという。


「シルウァ様、あの方は、いったい……。」

「あの娘こそが、いわば『魔女』なのだ。」

「魔女……。」


 イーリンを「魔女」だと断罪したキャサリン本人が、魔女そのものだというのか。


「シルウァ様、『魔女』とは、どういったものなのでしょうか。」

「あの娘には、もともと『美しさ』がない。」

「『美しさ』が、ない……。」


 シルウァは、愛や思いやりのような、人が人を慈しむ心を美しいと感じる。そういった心が、キャサリンには全くないという。


「人の痛みが分からず、人を踏みつけ、支配することに悦びを感じる。人を裏切ることも、何とも思わない。人を愛することもない。」

「まあ……。」


(それでは、キャサリン様は、殿下を愛してはおられないの……?)


「それでもね、人との関わりの中で、徐々に『美しさ』が芽生えてくる者もいるのだ。しかし、あの娘は、同じような性質の者とつながり、悪魔を()()()()ようになった。」

「悪魔を、作り出す……?」


 皆が、シルウァの言葉が理解できず、ざわざわとし始めた。悪魔を作り出す、などという行為は、誰も聞いたこともなかった。


「マデラインはね、どうやら彼らの作り出した悪魔の中に、囚われているみたいなのだよ。」


 シルウァは、また、悲しそうな顔をして言った。

お読みいただいてありがとうございます。今回、慌てて0時前に投稿してしまいました。次は、魔女や悪魔についての話に入ります。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

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