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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第二章
41/77

41 王妃マデライン

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ファン:イーリンの兄クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

フィリップ・ギーベル:国王、アーサー達の父

マデライン・ギーベル:王妃、アーサー達の母

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

エリザ・リーデン:リーデン伯爵夫人

ノーマン:ボンベルグ領の軍医

シルウァ:『昏き森』に存在する森の主

「マデライン様の魂は、まだこちらにある……?」


 シルウァは先程、マデラインは亡くなったと言った。それなのに、魂はこの世にあるという。


「それは、どうしてなのでしょうか……?」


 イーリンの問いに、シルウァは寂しそうな顔をして答えた。


「……彼女は、可哀想な子でね。若くして王家に嫁いだ後、ずっと嘆き続けていた。」


 マデラインは、12歳の若さで、今の国王フィリップに輿入れした。当時、フィリップはまだ王太子であった。

 まだうら若い少女だったマデラインは、家族から引き離されることに寂しさを、1人で王家に入ることに強い不安を感じていた。


 そんな中、王太子フィリップは、若き妻を愛さなかった。バクスター家は名家であったが、有力貴族の中では財産が少なく、力が弱かった。野心のあるフィリップは、バクスター家との婚姻に不満を持っていた。

 結婚してから、フィリップの考えに気づいたマデラインは絶望した。


 森の中から国を眺めていたシルウァには、マデラインの悲しみの感情が届いていたという。


「あの子は病弱でよく薬を使っていたし、何となく気になっていてね。時々、彼女のことを見ていたのだよ。」


 マデラインは『美しい人』ではなかったが、どちらかと言えば、それに近い性質の人間だった。それゆえに、強くはなかった。


「マデラインは、王家に入った後、あまり大事にされなかったみたいだった。おまけに、父親が自ら命を絶ち、ついで母親も亡くなった。」


 先代のバクスター侯爵の死には、ウェナムの製作がうまくいかなかったことが関わっている。ノーマンは、苦しそうな表情をした。


「……だけど、あの子の心に寄り添う者は、誰もいなかったのだ。」


 跡を継いだ兄は、没落していく家を嘆いて引きこもった。夫である王太子フィリップは、自分の後ろ盾となるべきバクスター家が、さらに力を失ったことを責めた。


「それでもマデラインは、夫に、自分の家を助けてくれるように頼んだ。床に膝をつけ、頭を下げて。」


 王城の花瓶に美しく活けられた花たちが、その様子を見ていた。


「その頭を、フィリップは蹴った。そして、マデラインに言ったのだ。」


 ──お前は、跡継ぎを産むことだけを考えろ。それ以外に、もうお前の価値などない。


 イーリンは、あまりにも心無い国王の行動と、マデラインの置かれていた悲惨な状況に、胸が強く痛んだ。アンナは怒りの表情を浮かべ、わなないている。


「……気分が悪かった。だから、しばらくはマデラインの様子を見なかった。」


 シルウァの力は、王城までは届かない。助けてやりたくても、どうすることもできなかった。


「久しぶりに様子を見ると、マデラインに子供が生まれていた。しかし、彼女の心は、前に見た時よりふさぎこんでいた。」


 シルウァは、少し眉をひそめた。


「……いや、それだけではない。どす黒い……悪意が生まれてきていた。」


 ──マデラインの、悪意。それが生まれるのは、何ら不思議なことではない。


「マデラインは、自分を取り巻くすべてのものを、憎み、恨んでいたよ。」


 両親はマデラインを置いていった。兄は家を建て直そうともせず逃げた。夫はマデラインを愛さず、そのために、周囲は王太子妃であるマデラインを軽んじた。やっと生まれた子のアーサーは癇癪がひどく、それもまたマデラインのせいにされた。


「マデラインは、子供を次々と産んだが、悪意は膨れ上がっていくばかりだった。マデライン自身も、それに気づいていたのだろう。」


 だから引きこもり、表に出なくなった。そうすることでしか、悪意の制御ができなくなっていたから。


 月日は経ち、王太子フィリップは国王となり、マデラインは王妃となった。アーサーは王太子となり、婚約者を選定する年頃になった。


「そして、イーリン。君が現れた。」

「私が……。」


 アーサーの相手に選ばれたのは、イーリンだった。王家にとって、国内ではこれ以上は望むべくもない、最高の縁談だった。


「フィリップは、イーリンの家を欲しがっただろう。マデラインの家が弱かったから。」


 国王フィリップは、筆頭貴族であるマクスウェル家を取り込むことに腐心した。自分の息子であるアーサーの行状には関心をもたなかったが、イーリンには執着し、手放したがらなかった。

 イーリンは、フィリップの関心を得て、夢中にさせた。それは、マデラインが望んでも手に入らなかったものだった。


「それにね、美しく、皆に愛される君を見るのも、つらかったようだ。」


 筆頭貴族の家に生まれ、自然に人々に愛されるイーリンは、何もかもがマデラインの心を刺激した。


「マデラインはね、それでも、イーリンに何かしようとは思わなかったのだよ。イーリンが悪いわけじゃないからね。ただ、その悪意を、最後には自分に向けてしまった。」


 マデラインは、部屋の扉をかたく閉め、自分の心にも蓋をしようとした。しかし、あふれ出す恨みや妬みの気持ちは、行き場がなく、マデラインの心も身体も(むしば)んだ。


「そして、マデラインは、悪意を抱く自分自身を止めることを、選んだのだ。」


 マデラインは、ある日、治療のために置かれていた薬を一瓶、飲み干したのだという。その薬には刺激があり、マデラインの弱った心臓を止めるには十分だった。そこで、マデラインは、この世から去るはずだった。


「なんと……。」


 医者であるノーマンは、痛ましい表情を浮かべた。



 イーリンは、シルウァの話を聞き、マデラインに申し訳ない気持ちになった。


(私がいなければ、マデライン様は亡くならずにすんだのではないかしら……。)


 シルウァが、そんなつもりで言ったわけではないのは分かっている。しかし、どうしても考えてしまう。エリザのように、亡くなるべきではなかった人が亡くなるのは悲しい。

 ぽろぽろと涙が、イーリンの頬を伝った。


「ああ、イーリン。すまないね。君は、そう考えてしまうのだったね。」


 シルウァの指輪が、慰めるように、優しい光を放った。イーリンは、手で涙を拭いながら答える。


「いいえ。シルウァ様は、本当のことをお話されたのですもの。私こそ……。」


 そこまで言うと、イーリンは、ふわりと肩があたたかくなるのを感じた。乗せられていたのは、ファンの手だった。ファンは、穏やかな笑顔をしている。


「大丈夫です。あなたのせいではありません。」

「ファン……。」


 ファンのあたたかさを感じて落ち着くと、イーリンは、皆が心配そうに見ているのに気が付いた。

 イーリンは慌てて涙を拭き、皆の方に向かって言った。


「シルウァ様、皆様。申し訳ありません。取り乱して……。」


 皆が口々に、「大丈夫ですよ。」「しかし、驚きましたね。」などと話し始めた。

 その中で、シルウァは、イーリンとファンの方を向いたまま、少し目を丸くして驚いていた。


「へえ、すごいね。これは。」

「シルウァ様、どうされたのですか。」


 アンナがシルウァの様子に気づき、声をかけた。


「君たちは、()()をいつも見ているのかい? いいなあ。あの2人は美しいね。本当に、森に2人で来てくれたらいいのにと思うよ。」

「すごいでしょう。そのときは、私達もまいりますので。」

「なんで、アンナが自慢するんだよ。……シルウァ様は、指輪でいつでも見られるじゃないですか。」


 シルウァは、ピーターの言葉を聞いて、いいことに気づいたと言わんばかりに、にっこりとした。


「ああ、そうだね。これからの楽しみが増えたよ。」


 シルウァは、イーリンとファンを見ながら、嬉しそうに笑っていた。ピーターは、余計なことを言ってしまったことを後悔し、また、ファンに怒られるかなあ、と思った。



 マデラインの話で動揺していた人々は、しばらくすると、落ち着きを取り戻した。

 シルウァの話から、マデラインが亡くなるまでの経緯は分かった。おそらく、何らかの理由で、その死は隠されているのだろう。

 しかし、1年も前に亡くなった王妃の魂が、未だこの世にいるのはなぜなのか、という疑問はとけなかった。


 イーリンがシルウァに尋ねた。


「マデライン様がこの世にとどまっておられるのは、悪意を抱いておられたからなのですか。」

「そうとも言えるし、そうでないとも言えるね。」

「それは、……どういうことなのでしょうか。」

「マデラインがこの世に縛られているのは、髪の黒い……あの娘が関わったためのようだ。」


 そこまで言うと、シルウァの眉が寄せられ、いつも浮かべている微笑みが口元から消えた。それは、シルウァが初めて見せる嫌悪の表情だった。巨木は震えるように枝をざわめかせ、シルウァの香りがひときわ強くなった。

 アンナやピーター達は、また昨日のようなシルウァの威圧感を感じはじめているようで、倒れないように身構えていた。


 イーリンには、シルウァの中に、強い怒りが渦巻いているのが伝わってきた。


(あの娘……、キャサリン様のことかしら。シルウァ様は、何をご存知で、こんなにお怒りなのかしら。)


 ──キャサリンは、いったいマデラインに何をしたのか。シルウァをここまで怒らせるほどに。


 この国の者として、王家に関わった者として、聞かなければならないだろう。

 イーリンは、シルウァの方を見つめたまま、ファンにそっと寄り添った。そばで感じるファンのあたたかさは、「ここにいますよ。」と言ってくれているようだった。


 イーリンは、シルウァをしっかりと見据えて言った。


「教えてください、シルウァ様。マデライン様が亡くなられたあと、何があったのでしょうか。」

お読みいただいてありがとうございます。次回はやっと「魔女」的な話に入っていきます。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

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