41 王妃マデライン
イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢
アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候
ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候
ファン:イーリンの兄クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ
アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者
フィリップ・ギーベル:国王、アーサー達の父
マデライン・ギーベル:王妃、アーサー達の母
キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女
エリザ・リーデン:リーデン伯爵夫人
ノーマン:ボンベルグ領の軍医
シルウァ:『昏き森』に存在する森の主
「マデライン様の魂は、まだこちらにある……?」
シルウァは先程、マデラインは亡くなったと言った。それなのに、魂はこの世にあるという。
「それは、どうしてなのでしょうか……?」
イーリンの問いに、シルウァは寂しそうな顔をして答えた。
「……彼女は、可哀想な子でね。若くして王家に嫁いだ後、ずっと嘆き続けていた。」
マデラインは、12歳の若さで、今の国王フィリップに輿入れした。当時、フィリップはまだ王太子であった。
まだうら若い少女だったマデラインは、家族から引き離されることに寂しさを、1人で王家に入ることに強い不安を感じていた。
そんな中、王太子フィリップは、若き妻を愛さなかった。バクスター家は名家であったが、有力貴族の中では財産が少なく、力が弱かった。野心のあるフィリップは、バクスター家との婚姻に不満を持っていた。
結婚してから、フィリップの考えに気づいたマデラインは絶望した。
森の中から国を眺めていたシルウァには、マデラインの悲しみの感情が届いていたという。
「あの子は病弱でよく薬を使っていたし、何となく気になっていてね。時々、彼女のことを見ていたのだよ。」
マデラインは『美しい人』ではなかったが、どちらかと言えば、それに近い性質の人間だった。それゆえに、強くはなかった。
「マデラインは、王家に入った後、あまり大事にされなかったみたいだった。おまけに、父親が自ら命を絶ち、ついで母親も亡くなった。」
先代のバクスター侯爵の死には、ウェナムの製作がうまくいかなかったことが関わっている。ノーマンは、苦しそうな表情をした。
「……だけど、あの子の心に寄り添う者は、誰もいなかったのだ。」
跡を継いだ兄は、没落していく家を嘆いて引きこもった。夫である王太子フィリップは、自分の後ろ盾となるべきバクスター家が、さらに力を失ったことを責めた。
「それでもマデラインは、夫に、自分の家を助けてくれるように頼んだ。床に膝をつけ、頭を下げて。」
王城の花瓶に美しく活けられた花たちが、その様子を見ていた。
「その頭を、フィリップは蹴った。そして、マデラインに言ったのだ。」
──お前は、跡継ぎを産むことだけを考えろ。それ以外に、もうお前の価値などない。
イーリンは、あまりにも心無い国王の行動と、マデラインの置かれていた悲惨な状況に、胸が強く痛んだ。アンナは怒りの表情を浮かべ、わなないている。
「……気分が悪かった。だから、しばらくはマデラインの様子を見なかった。」
シルウァの力は、王城までは届かない。助けてやりたくても、どうすることもできなかった。
「久しぶりに様子を見ると、マデラインに子供が生まれていた。しかし、彼女の心は、前に見た時よりふさぎこんでいた。」
シルウァは、少し眉をひそめた。
「……いや、それだけではない。どす黒い……悪意が生まれてきていた。」
──マデラインの、悪意。それが生まれるのは、何ら不思議なことではない。
「マデラインは、自分を取り巻くすべてのものを、憎み、恨んでいたよ。」
両親はマデラインを置いていった。兄は家を建て直そうともせず逃げた。夫はマデラインを愛さず、そのために、周囲は王太子妃であるマデラインを軽んじた。やっと生まれた子のアーサーは癇癪がひどく、それもまたマデラインのせいにされた。
「マデラインは、子供を次々と産んだが、悪意は膨れ上がっていくばかりだった。マデライン自身も、それに気づいていたのだろう。」
だから引きこもり、表に出なくなった。そうすることでしか、悪意の制御ができなくなっていたから。
月日は経ち、王太子フィリップは国王となり、マデラインは王妃となった。アーサーは王太子となり、婚約者を選定する年頃になった。
「そして、イーリン。君が現れた。」
「私が……。」
アーサーの相手に選ばれたのは、イーリンだった。王家にとって、国内ではこれ以上は望むべくもない、最高の縁談だった。
「フィリップは、イーリンの家を欲しがっただろう。マデラインの家が弱かったから。」
国王フィリップは、筆頭貴族であるマクスウェル家を取り込むことに腐心した。自分の息子であるアーサーの行状には関心をもたなかったが、イーリンには執着し、手放したがらなかった。
イーリンは、フィリップの関心を得て、夢中にさせた。それは、マデラインが望んでも手に入らなかったものだった。
「それにね、美しく、皆に愛される君を見るのも、つらかったようだ。」
筆頭貴族の家に生まれ、自然に人々に愛されるイーリンは、何もかもがマデラインの心を刺激した。
「マデラインはね、それでも、イーリンに何かしようとは思わなかったのだよ。イーリンが悪いわけじゃないからね。ただ、その悪意を、最後には自分に向けてしまった。」
マデラインは、部屋の扉をかたく閉め、自分の心にも蓋をしようとした。しかし、あふれ出す恨みや妬みの気持ちは、行き場がなく、マデラインの心も身体も蝕んだ。
「そして、マデラインは、悪意を抱く自分自身を止めることを、選んだのだ。」
マデラインは、ある日、治療のために置かれていた薬を一瓶、飲み干したのだという。その薬には刺激があり、マデラインの弱った心臓を止めるには十分だった。そこで、マデラインは、この世から去るはずだった。
「なんと……。」
医者であるノーマンは、痛ましい表情を浮かべた。
イーリンは、シルウァの話を聞き、マデラインに申し訳ない気持ちになった。
(私がいなければ、マデライン様は亡くならずにすんだのではないかしら……。)
シルウァが、そんなつもりで言ったわけではないのは分かっている。しかし、どうしても考えてしまう。エリザのように、亡くなるべきではなかった人が亡くなるのは悲しい。
ぽろぽろと涙が、イーリンの頬を伝った。
「ああ、イーリン。すまないね。君は、そう考えてしまうのだったね。」
シルウァの指輪が、慰めるように、優しい光を放った。イーリンは、手で涙を拭いながら答える。
「いいえ。シルウァ様は、本当のことをお話されたのですもの。私こそ……。」
そこまで言うと、イーリンは、ふわりと肩があたたかくなるのを感じた。乗せられていたのは、ファンの手だった。ファンは、穏やかな笑顔をしている。
「大丈夫です。あなたのせいではありません。」
「ファン……。」
ファンのあたたかさを感じて落ち着くと、イーリンは、皆が心配そうに見ているのに気が付いた。
イーリンは慌てて涙を拭き、皆の方に向かって言った。
「シルウァ様、皆様。申し訳ありません。取り乱して……。」
皆が口々に、「大丈夫ですよ。」「しかし、驚きましたね。」などと話し始めた。
その中で、シルウァは、イーリンとファンの方を向いたまま、少し目を丸くして驚いていた。
「へえ、すごいね。これは。」
「シルウァ様、どうされたのですか。」
アンナがシルウァの様子に気づき、声をかけた。
「君たちは、あれをいつも見ているのかい? いいなあ。あの2人は美しいね。本当に、森に2人で来てくれたらいいのにと思うよ。」
「すごいでしょう。そのときは、私達もまいりますので。」
「なんで、アンナが自慢するんだよ。……シルウァ様は、指輪でいつでも見られるじゃないですか。」
シルウァは、ピーターの言葉を聞いて、いいことに気づいたと言わんばかりに、にっこりとした。
「ああ、そうだね。これからの楽しみが増えたよ。」
シルウァは、イーリンとファンを見ながら、嬉しそうに笑っていた。ピーターは、余計なことを言ってしまったことを後悔し、また、ファンに怒られるかなあ、と思った。
マデラインの話で動揺していた人々は、しばらくすると、落ち着きを取り戻した。
シルウァの話から、マデラインが亡くなるまでの経緯は分かった。おそらく、何らかの理由で、その死は隠されているのだろう。
しかし、1年も前に亡くなった王妃の魂が、未だこの世にいるのはなぜなのか、という疑問はとけなかった。
イーリンがシルウァに尋ねた。
「マデライン様がこの世にとどまっておられるのは、悪意を抱いておられたからなのですか。」
「そうとも言えるし、そうでないとも言えるね。」
「それは、……どういうことなのでしょうか。」
「マデラインがこの世に縛られているのは、髪の黒い……あの娘が関わったためのようだ。」
そこまで言うと、シルウァの眉が寄せられ、いつも浮かべている微笑みが口元から消えた。それは、シルウァが初めて見せる嫌悪の表情だった。巨木は震えるように枝をざわめかせ、シルウァの香りがひときわ強くなった。
アンナやピーター達は、また昨日のようなシルウァの威圧感を感じはじめているようで、倒れないように身構えていた。
イーリンには、シルウァの中に、強い怒りが渦巻いているのが伝わってきた。
(あの娘……、キャサリン様のことかしら。シルウァ様は、何をご存知で、こんなにお怒りなのかしら。)
──キャサリンは、いったいマデラインに何をしたのか。シルウァをここまで怒らせるほどに。
この国の者として、王家に関わった者として、聞かなければならないだろう。
イーリンは、シルウァの方を見つめたまま、ファンにそっと寄り添った。そばで感じるファンのあたたかさは、「ここにいますよ。」と言ってくれているようだった。
イーリンは、シルウァをしっかりと見据えて言った。
「教えてください、シルウァ様。マデライン様が亡くなられたあと、何があったのでしょうか。」
お読みいただいてありがとうございます。次回はやっと「魔女」的な話に入っていきます。次もお付き合いいただけると嬉しいです。




