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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第二章
40/77

40 離れたくない

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ファン:イーリンの兄クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

マデライン・ギーベル:王妃、アーサー達の母

ブラム・バクスター:侯爵、王妃マデラインの兄

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

リーデン伯爵:キャサリンの後見

エリザ・リーデン:リーデン伯爵夫人

ノーマン:ボンベルグ領の軍医

シルウァ:『昏き森』に存在する森の主

『私はあなたに、ここにいてほしいのだ。』


 森の主シルウァは、イーリンにそう願った。しかし、イーリンは、シルウァをしっかりと見つめ返して答えた。


「シルウァ様、申し訳ありません。私は、ここにはいられません。」

「どうして?」


 シルウァは、微笑んでイーリンに問うた。


「私は、マクスウェル領に帰らなくては。」


 家族が心配しているし、色々な情報を伝える役目もある。自分だけが守られているわけにはいかない。


「帰ってもいいんだよ。一度帰って役目を果たしたら、またここに戻ってくればいい。そうしたら、あなたは安全だ。」

「でも……。」


 今度は、イーリンは少し動揺した。イーリンの心には、役目のことだけではなく、別の考えもあった。


「その……。」


 ──離れたくない人がいる。


 シルウァに手を取られたまま、イーリンは真っ赤になっていく。シルウァは、それに気づき、くすくすと笑った。

 シルウァは、ファンの方にくるりと向き直った。


「ねえ、君。ファンと言ったかな。」

「はい?」


 シルウァが急に自分の名前を呼んだので、ファンは驚いた。シルウァは、にこにことして言う。


「イーリンは、君とよほど離れたくないようだよ。君はどうしたい?」

「……。」


 この国は、森の主までがお節介なのか、とファンは思った。イーリンは、もう耳まで赤くなっている。

 アンナやピーター、ノーマンまでが、ファンの方を向いて、何か言いたげな視線を送ってくる。ファンは、軽くため息をついた。


「私は、イーリン様にお供しますよ。」


 ファンは、はっきりと答えた。彼女が森にいたいと言うのなら、自分も一緒にいよう。それは、もうすでに決めたことだ。


 しかし、当のイーリンは驚いた顔をして、首をふるふると振った。


「いけません。それならば、私はなおのこと、ここにはいられません。シルウァ様、ありがたいお話だとは思いますが、私はマクスウェル領に帰ります。」

「ここを出たら、また捕まって、恐ろしい目に遭うかもしれないのだよ。」

「分かっております。でも……。」


 ──ファンに、外の世界を捨てさせるわけには。


「……イーリンらしい答えだ。仕方ないね。」


 シルウァは、少し寂しそうに笑った。


「でもね、気が変わったら、いつでもここにおいで。歓迎するから。」


 シルウァは、優しくイーリンに言った。森の人々も、穏やかな顔で頷いている。

 では、この話は終わりだね、とシルウァは言った。



「そうだ。イーリンたちに、渡したいものがあるんだよ。ねえ、君たち。悪いけど、持ってきてくれるかな。」


 シルウァが森の人々に声をかけると、彼らは親指くらいの大きさの木の珠を、いくつか持ってきた。そして、1人ずつに配っていく。


「これはね、この森の木でできた珠だよ。これを持っていれば、君たちなら通してあげるから、なくさないでね。」

「すみません、これ、ちょっとびりびりするんですけど。」


 手のひらに珠を乗せてもらったまま、ピーターが言う。


「ふふ。ここと同じ性質を持っているからね。君たちの悪意が増えたら、嫌がって消えてしまうよ。」

「うわあ……。」


 ピーターは、自信なさげだ。

 シルウァは、森の人々から何かを受け取り、イーリンのところに歩いてきた。


「イーリンにはこれも。私の枝で作った指輪だよ。」

「指輪……ですか?」


 シルウァは、イーリンがそれ以上何かを言う前に、すっとその指に指輪をはめた。なめらかに磨かれた指輪は、吸い付くようにイーリンの指におさまった。


「まあ。」


 単純な形だけれど、深みのある優しい色をしていて、まるでシルウァの肌の色のようだった。また、指輪からは、シルウァと同じ清爽な香りがした。


「ありがとうございます。」


 イーリンがシルウァにお礼を言うと、シルウァは、そのままイーリンの手を持ち、指輪に口づけをした。


「あの……。」


 シルウァが唇を離すと、指輪の香りが強くなり、その存在感が増したようだった。


「私の一部を吹き込んでおいたよ。これで、私はいつもあなたのそばにいる。何かあったら、指輪に話しかけてね。」


 ピーターは、少し離れて見守るファンの脇腹を、肘でそっとつついた。


「おい。いいのか、あれ。」

「……いつか、外します。」


 ファンは、真顔のまま、表情を変えずに答えた。



 木の珠を全員がしまい終わると、シルウァは皆を見渡した。


「さあ、他に聞きたいことはないかな。」

「私から、よろしいでしょうか。」


 ノーマンが手を挙げ、発言した。


「もちろんだ。何かな?」

「我々が、かつて作った薬のことです。」


 ノーマンは、ウェナムの試作品について聞きたいようだった。


「ああ、あれか。今、あれを使って悪さをしているものがいるのだったね。」

「ご存知なのですか。」

「この国のことくらいなら、知ろうとすれば大体はね。」


 シルウァの力の及ぶ範囲は、昏き森の中くらいにとどまるらしいが、知識や情報などは、植物や動物などの生き物を通して入ってくるのだという。


「あの薬は、なぜ失敗したのでしょうか。」

「……早すぎたのだよ。君たちが間違えたわけじゃない。」

「早すぎた……。」

「生き物というのはね、馴染むのに時間がかかるものだ。別の国から持ってきたものが、まだこの国の土に馴染んでいなかっただけなのだよ。」


 慣れない苦しさは、ノーマンたちも、昨日嫌というほど体験した。あんな状態であれば、植物は毒をも吐き出すかもしれない。


「だから、時間をかけることができていれば、この国の人に合った薬ができていただろう。……あの領主は、急ぎすぎてしまったようだが。」


 シルウァは、その後の顛末も知っているのだろう。少し悲しそうな顔をした。イーリンの指輪からも、同じような感情が感じられた。


「あの薬は、今どこにあるのでしょうか。」

「王都にあるみたいだね。あの娘が一部を持っている。」


 ノーマンは、額に手を当て、天を仰いだ。やはりキャサリンは、バクスター家からウェナムを手に入れていたのだ。

 かつてノーマンは、医術の発展のため、ウェナムの製作に関わった。しかし、その試作品を悪用されたことは、ノーマンにとって、非常に悔しいことだった。


 しかし、イーリンたちには、まだ疑問があった。


 キャサリンは、どうやってバクスター家とつながったのだろう? 

 没落しかけているとはいえ、現王妃の生家である侯爵家だ。キャサリンがウェナムを使い始めたのは、伯爵家の養女となる前である。男爵令嬢が、高位の貴族とつながりを持つことは、きわめて難しい。おまけにバクスター侯爵は、社交界にほとんど出てこない。


「王妃陛下……?でも、王妃陛下も、ほとんど出てこられないわ……。」


 王太子の婚約者であったイーリンですら、ほとんど王妃と会ったことがないのだ。少なくともここ1年くらいは、王妃は全く表に出てきていない。

 そんな状態で、ただの男爵令嬢であったキャサリンと、会う機会があったとは思えない。


 イーリンの言葉を聞いて、シルウァが何かを思い出したように言った。


「王妃……? ああ、マデラインか。可哀想な子だったね。周りがもっと優しければ、あんなことにはならなかったのに。」

「王妃陛下に、何かあったのですか?」


 シルウァの言葉に違和感を感じ、イーリンは尋ねた。アンナやピーターも、にわかに緊張している。

 シルウァは、不思議そうな顔をして言った。


「おや、イーリンたちは知らないのかい? マデラインは、自ら命を絶っただろう。」

「えっ……。」


 全員が言葉を失った。

 王妃が崩御されたなど、聞いたことがない。しかも、そのような形で。

 しかし、シルウァははっきりと、『マデライン』と言った。


「それは、いつ、いつのことなのですか。」


 イーリンの知る王妃マデラインは、線の細い、物静かな女性だった。いつもうつむき加減で、憂いを帯びた瞳をしていた。


「君たちの時間でも、そんなに最近の話ではないよ。ええと……。季節が一巡りするくらい前ではないかな。」


 ──1年前。


 それは、王妃が全く姿を現さなくなった時期と重なる。そしてそのころ、キャサリンは、あの薔薇園の前に現れた。

 その後、リーデン伯爵はおかしくなり、イーリンが黒幕だと叫ぶ男が現れ、エリザは亡くなった……。


 イーリンの顔色が悪くなったのを見て、ファンが駆け寄ってきた。


「ふむ。イーリンたちには、知らされていないことだったのだね。……おや。」


 シルウァは、しばらく目を閉じてじっとしていたが、何かに気づいたように、ふと目を開けた。


「マデラインの魂は、まだこちら側にあるみたいだね。」

お読みいただいてありがとうございます。次は、王妃の話に入っていきます。次もお付き合いいただけると嬉しいです。

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