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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第二章
32/77

32 恋する乙女

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ファン:イーリンの兄クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ

ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹

アルバート・ボンベルグ:ルイーゼの父、辺境伯

ノーマン:ボンベルグ領の軍医

 ──ボンベルグ領も、噂が回るのが早いのか。


 皆で話し合い、いざマクスウェル領に行くときには、森を抜けていくことが決まった。

 出発前に、出来る限りの情報は得ておきたい。バクスター領へ調査に行ったノーマンを待つ間、イーリンたちはそれぞれ必要な準備をしていた。


 イーリンは体力を戻すために、少しずつ運動を、アンナとピーターはできる限りの情報収集を、そして、ファンは今後の戦いに備え、ボンベルグ領の兵士たちと訓練を行っていた。


 その中でファンは、自分が出会うボンベルグ城の人々の視線が気になっていた。


 最初は、外見がこの国の者とは違っているからだと思っていた。


 ファンの顔は、ギーベル王国や隣国ハーフェンの人々に比べると彫りが浅い。目も細いから、表情が乏しいと、何を考えているか分かりにくいと言われることがあった。

 だからファンは、できるだけ丁寧な言葉を使い、笑顔を浮かべて愛想良くするようにしていた。


 しかし、どうもそういうことではないらしい。

 表現しづらいが、あえて言うと『生温(なまぬる)い』目を感じていた。


「ははは、それはあなたが、イーリンに気に入られているからです。」


 いかにもおかしそうに、アルバートは笑って言った。アルバートも一緒に訓練に参加しており、今は休憩中である。


 この城の主であるアルバートには、イーリンとのことを、根堀り葉掘り聞かれた。

 娘のルイーゼが、親切にもアンナやピーターから聞いた話を事細かに説明してくれたため、しっかりと興味を持たれてしまったのだ。


 (まあ、アルバート様にとって、彼女は大事な姪なので、それは仕方がないのだが。)


 イーリンと心を通わせることができたのは、ファンにとって、非常に嬉しいことだった。しかし、一つ誤算があった。


 イーリンが意外に、表情豊かだったのだ。


 イーリンは、ファンと目が合うと、すぐに笑顔になる。といっても、イーリンも周りの目を気にしているので、微笑む程度ではある。

 しかし、目の緊張がとろりとゆるみ、陶器のような頬にやさしい桜色が昇ってくる様子は、それが恋する乙女のものであると、周りに分からせてしまう。その笑顔はまるで花が咲くかのようで、まことに愛らしい。


 ルイーゼやアンナを筆頭に、イーリンを愛する者たちはその顔を見たがって、イーリンにファンの場所をすぐ知らせてしまう。


「ほら、あそこにファン様がいらっしゃいますよ。」


 そう言われたら、イーリンはすぐにファンの方を見てしまう。そして、ファンの視線が向くと、手を振り、なんとも言えず嬉しそうに笑うのだ。


 もちろん、手を振り返すのだが、その後の周囲の視線がやや痛い。


 それに、やたらにボンベルグの兵たちに、手合わせを頼まれる。彼らはなぜか、少し涙目だ。

 そして手合わせが終わると、さわやかな笑顔で「これじゃあ、しょうがないな!」と言う。


「イーリンはあの通り、お姫様みたいでしょう。若い者は大概、お姫様を守る騎士に憧れていますから。ルイーゼも彼らと仲は良いのですが、どちらかと言うと大切な友人のような扱いです。」


 兵士たちの中には、彼女を女神のように崇めるものもいるのだと言う。失礼な話だ。彼女は、か弱い1人の女性だというのに。


「まあでも、あなたはお強いから。彼らもそろそろ納得したでしょう。」


 ──納得するのは、勝手にしてもらえればいいのだが。


(この状態は、彼女にとっていいのだろうか?)


 ファンは悩む。


 そもそも、彼女に気持ちを返してもらえると期待をしていなかったし、そうなったとしても、こんなに大っぴらになるとは想像していなかった。


 令嬢の恋を周りが応援するなど、聞いたことがない。そもそもイーリン自身にも、政略的に決められた婚約者がいたのだから。

 彼女が、彼女を応援したくなるように、周囲の人々を変えてしまうのだろうか。


 しかし、彼女が本来の名誉を回復すれば、彼女は王妃候補にまでなった、押しも押されもせぬ公爵令嬢だ。王太子が勝手に言った婚約解消にしても、今後どういう扱いになるか分からない。


「イーリンにはあなたが必要なのに、あなたがそんなことを考えていては悲しみますよ。」


 アルバートは笑っていたが、ファンは真面目な顔をしていた。


「お側を離れる気はありませんが、彼女の幸せを第一に考えたいのです。」

「……あなたは意外に、不器用な人なのですね。」

「そうかもしれません。」


 訓練場の向こうにボンベルグ城が見える。

 彼女は今も、あの回廊のときのように、アンナと一緒に健気に歩いているのだろうか。


「さて、そろそろ休憩は終わりですが……。ファン殿、ちょっと頼み事があるのですが。」

「何でしょうか?」

「私にも、あなたの使う『気』というものについて、少し教えていただけませんか?」

「簡単に、でよろしいでしょうか。」

「ええ。」


 ファンは立ち上がり、左手を空中に差し出した。手のひらを上に向け、何かをふわりと載せているような手つきをしている。


「気というものを信じ、感じる。これが基本です。」


 ふむ、とアルバートは座ったまま、真剣に聞いている。


「気は目に見えませんが、感じることができます。いい気も、悪い気もあります。人によりますが、いい気のときはあたたかく、心地よく感じます。悪い気のときは、ビリビリとしたりして不快です。」


 ファンは、大きく両手を広げ、目を閉じた。


「ボンベルグの気は、アルバート様、あなたのように強くて爽やかです。」

「はは、それはいいですね。」


 アルバートはファンが言ったような、爽やかな笑顔を浮かべた。ファンは静かに目を開け、アルバートに向き直った。


「私たちの身体にも、自然の中にも、気は流れています。私たちは、大きな流れの中でそれを利用するだけなのです。」

「面白い考え方ですね。……あなたのお国のものですか。」


 ファンは微笑んだ。


「……そうです。小さな頃から仕込まれました。今、役に立っています。」

「……そのようですね。」


 アルバートは、それ以上余計なことは言わなかった。そして、あなたに確認しておきたいことがあるのですが、と言った。


「ファン殿、あなたから見て、(くら)き森の『気』は悪くないものでしたか。」


 ファンはイーリンを救出する際に、実際に(くら)き森まで行っている。


「はい。清浄なものを好むという言い伝えが出るのも、不思議ではありません。強く、清らかで濃い気が満ちていました。」

「なるほど。だから、あなたはイーリンが森を通っていくことを反対されなかったのですね。」

「もちろん自然のことですから、何が起きるかは分かりませんが……。街道で戦いながら向かうよりはいいと思いました。」


 アルバートは立ち上がり、ファンの肩をぽんと叩いた。


「あなたがついていれば安心だ。イーリンを頼みますよ、ファン殿。」

「ありがとうございます。」


 そして2人は、訓練に戻った。



 その夜。


 イーリンの意識が戻ってから、イーリンとファンは、眠る前に少しだけ、2人で話をする時間をとるようになっていた。


「あの、お願いがあるのですが。」


 イーリンはもじもじとしている。


「何でしょうか?」

「お名前を、ファン、とお呼びしてもいいですか……?」

「構いませんよ。あなたは私の主君である、クリス様の妹君ですから。むしろ当然です。」


 ファンはにっこりと笑ったが、イーリンは、ちょっと寂しそうな顔をした。


「……それでは、私のことも、イーリンとお呼びくださいませんか?」


 紫色の瞳をきらきらとさせて、イーリンはファンを見つめた。アンナやピーターと、名前で呼び合う姿を見て、イーリンは自分も同じようになりたい、と思っていた。


 ファンは心が揺らぎそうになったが、ボンベルグ城の人々のことを思い出し、心を鬼にして言う。


「……いけません。それでは、立場がおかしくなります。」

「……そう、ですよね。」


 イーリンは、肩をすくめてしゅんとした。

 ファンは焦る。彼女を悲しませたいわけではない。


「ええと……、じゃあ、こうしましょう。2人だけのときなら構いませんよ。」

「いいのですか?」


 イーリンの顔が、ぱっと明るくなった。笑顔がとても可愛らしい。2人だけのときは、彼女はとても素直に感情を出す。


「ありがとうございます。」


 イーリンはにこにことしていたが、ふと何かを思い出したかのように、真面目な表情となった。


「ええと……あの。今日は、もう一つお聞きしたいことがあったのです。」

「いくつでも構いませんよ。」

「その……ウェナムのことなのですが。」

「……。」


 イーリンは、一瞬目を伏せた。そして、思い切った様子で顔を上げ、ファンを見つめた。


「何か、あったのですか。その、以前に。」


 ──この国に来る前に。


 ノーマンがウェナムの話をしていたとき、ファンはいつもと違う様子だった。そして、ノーマンは、ファンの()()()()、「あなたは、ウェナムのことを聞いたことはないのですか。」と言った。


 おそらくノーマンは、ファンがハーフェンにいたことや、マクスウェル領にいたことを知っていて、そう言ったわけではない。ファンの()()()で判断したのだ。


 それはつまり、ファンの出自に関係することなのではないか。


 ファンは、少し目を閉じて考えている様子だった。それから、おもむろに椅子から立ちあがり、イーリンの足元に跪いた。


「イーリン。」

「はい。」


 そして、どきどきしながら待つイーリンに、優しく笑って言った。


「イーリン、あなたには、いずれ全てを伝えます。でも、今はまだ、その時期ではないと思います。……申し訳ありませんが、待っていてもらえますか?」


 イーリンは、ファンの顔をじっと見た。ファンの目の奥には、イーリンの知らない寂しさがあるように思えた。


「……分かりました。私、ファンが教えてくれるまで待ちますわ。」


(今は、言いたくない事情があるのでしょう。私は、この方を困らせたいわけではないわ。)


「ありがとうございます。」


 ファンは、にっこりと笑った。そして、扉の方に視線を向けた。


「……さて、2人きりのときとは言いましたが、今のように、盗み聞きがあるときはどうしましょうね。」

「えっ?」


 扉から人の気配が遠ざかる。どうせ、アンナとピーターだろう、とファンは思った。

 ファンは席を立った。


「今日はもう休みましょう。また、お見舞いに来ます。待っていてくださいね、イーリン。」


 イーリンは頬を染めた。そして、ファンに微笑んだ。


「はい、待っています。ファン。」

お読みいただいてありがとうございます。次回は舞台がボンベルグから離れ、久々にキャサリンが出てきます。

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