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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第二章
31/77

31 森の主

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

マリア・マクスウェル(クリークス):イーリンの姉、隣国の貴族ヴィルターと結婚

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ファン:イーリンの兄クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

ストラスタ侯爵:リリーの父、マクスウェル公爵と同様の穏健派

ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹

アルバート・ボンベルグ:ルイーゼの父、辺境伯

セリーナ・ボンベルグ:ルイーゼの母、辺境伯夫人

ノーマン:ボンベルグ領の軍医


 ノーマンたちは、アルバートの命令で、すぐにバクスター領の調査へと出発した。


 ノーマンたちがボンベルグ領を出た後、入れ替わりのように、王都にいる辺境伯夫人セリーナからの便りが届いた。手紙はボンベルグの暗号を混ぜてあり、おおむね次のような内容が書いてあった。


 ルイーゼ()()が、無事領地について何よりであること。

 国王が、晩餐会以来表に出てこなくなったこと。

 王城ではアーサーとキャサリンが自由奔放にふるまっており、人心が離れていっていること。

 マクスウェル家はじっと沈黙しており、まだ動きはないこと。

 ストラスタ家とともに、マクスウェル家に何とか連絡を取ろうとしているが、マクスウェル領に入る道は全て王家の兵がおり、難しいこと。


「お父様たちは、もう領地に戻られたとは思うのですが。」

「ああ、そうだな。今は出方を探っているのだろう。」


 イーリンの言葉に、アルバートが答える。


 ボンベルグ城の一室にイーリンたちは集まり、手紙の内容をふまえて、今後のことを話し合っていた。


 マクスウェル公爵夫妻は、イーリンの姉マリアの結婚式のため、隣国ハーフェンに滞在していた。しかし、イーリンの処刑の情報は、王家から正式に伝えられる前に、ピーターが領地の兄クリスに報告している。

 処刑から数日が過ぎた今、公爵もまた報告を受けて、とっくに領地に戻っているはずである。


 マクスウェル家の沈黙は、イーリンの生死が確認できていないためだと思われた。



「我々なら、領地の近くまで行ければ、何とか城まではたどり着くことができるのですが。」


 と、ピーターが言った。

 いくつかある秘密の抜け道を使えば、領内に入ることはできるのだという。


 イーリンも、城に通じる隠し通路の話は聞いたことがあった。アンナやピーターは、斥候(せっこう)という役目柄、何度も利用したことがあるのだろう。


 アンナやピーターは、一刻も早く、イーリンの無事をマクスウェル家に報告したいと思っていた。そのため、アルバートに、何度かマクスウェル領に行かせてくれと頼んでいたようだ。


「しかし、お前たちに何かあったら、それこそ義兄上たちやイーリンに顔向けができない。それに、お前たちは事情を知りすぎている。1人で捕まったら、相手に全てを知られてしまうかもしれないのだぞ。」


 と、アルバートは止めていた。


 マクスウェル領に近くなればなるほど、王家の兵は増える。それは、危険も増すということだ。

 おまけに、捕まった者が、キャサリンにウェナムを使われてしまったら、あらいざらいを話してしまうことにもなりかねない。



 そう考える一方、アルバートとしては、できれば早く、マクスウェル家にイーリンを送り届けたいところだった。


 現在のボンベルグ領は落ち着いているが、隣国の出方しだいでは戦地になりかねない。特に、今のギーベル王国の状況を知られれば、すぐにでも攻め込まれる可能性はあった。

 マクスウェル家であれば、領地に接する隣国ハーフェンに、イーリンを逃がすこともできる。


 ただ、表立って、ボンベルグ領からマクスウェル領に人を動かせば目立つ。イーリンのような貴人ならなおさらだ。街道周辺に王家の兵がいることは確認されている。


「ここから、街道を通らずにマクスウェル領に行くには、()を通るしか……。」


 アンナがため息をつく。


『森』とは、ボンベルグ領の北からマクスウェル領の南にかけて、国境地帯に広がる森林のことを指す。そしてそれは、イーリンの処刑地である『昏き森』を含んでいた。


「何事もなく森を抜けることができれば、2日ほどでマクスウェル領に着けるはずですが……。いかんせん、普段人が入らない森ですからね。」


 獣道を通り、森の獣を避け、ときに戦う。ましてや、体力の戻り切っていないイーリンを連れて行かなくてはならない。たとえ連れて行くのが元気なルイーゼだとしても、令嬢には過酷な道のりであった。


 兵と戦いながら行くか、森の獣と戦いながら行くか。どちらも安全とは言えないため、アルバートたちは悩んでいた。


(森……。)


 イーリンは、皆の話を聞きながら、『昏き森』で聞いた声を思い出していた。


(あの声は、どなたのものなのかしら……。)


 ──あのとき、狼は自分を守ってくれた。森の中も、怖い感じはしなかった……。


「アルバート叔父様、『森の魔物』というのはいるのですか?」

「どうしたんだい、イーリン?」


 アルバートは、突然イーリンが不思議な質問をしたので、面食らったようだ。


「イーリン様、それは、『昏き森』に住む、『()()()』のことでしょうか。」


 ルイーゼが代わりに答える。


「魔物ではなく、『森の主』と言うのですか。」


 王都では、昏き森には「魔物が住む」と言われていた。

 しかし、ルイーゼによると、ボンベルグ領では、魔物ではなく、『森の主』というものがいると言われているらしい。


 周辺に狼や野犬が生息しているものの、豊富な森林資源に魅せられ、近くの村から森に入るものは年に数人はいるそうだ。しかし、ことごとく森の中で道に迷い、あげくに何も得られず出てくることがほとんどだった。時に、森の中で行方知れずになり、二度と出てこない者もいた。


 そのため、『森の主』が森に入られることを好まず、人を迷わせるという伝説があった。 


「この領地に伝わるおとぎ話のようなものですが……。なぜ、イーリン様は『森の主』の話を?」

「……私、あそこで声を聞いたのです。とても、優しい声を……。」


 ⦅美しい人、こちらへおいで。⦆


「私、その声を聞いて、森に逃げ込んだのです。そうしたら、銀色の毛をもつ狼が現れて、私を助けてくれました。」


 アンナたちは思い出した。イーリンは確かに、森で助け出された後にそのようなことを言っていた。熱に浮かされているだけだと思っていたのだが、イーリンが実際に声を聞いていたとは。


「最後にその声はおっしゃったのです。


 ⦅また、あなたはここに来る。その時まで待っているよ。⦆


 と……。」


 皆がしんとして、イーリンの話に聞き入っている。


「叔父様。あれが『森の主』様のお声なら、私は森に行ってみたいのです。」


 イーリンはまっすぐにアルバートを見つめて言った。凛とした声が、部屋の中に響いた。


「……『森の主』は、清浄なものを好むという。イーリンが気に入られたとしても、おかしくはないな。」


 アルバートは、軽く笑って言った。自分の姪は、その清らかな美しさで周りのものを魅了する。森の主も、例外ではないかもしれない。


「そのような話があるのですか。」


 アンナが、アルバートに尋ねる。


「そうだ。だからこそ、『森の主』は不浄なものを嫌い、人を森に入れたがらないと言われている。」


 なるほど、と皆が頷く。


「……そういえば、私に刑を宣告されたとき、殿下もそのようなことをおっしゃっていましたわ。」


 イーリンは、昏き森への追放を言い渡したときの、アーサーの言葉を思い出した。


『ちょうどいいだろう。()()()()()()()()()()だそうじゃないか。魔女だったら殺されてしまうが、お前が無実なら、森の魔物に殺されることもない。』


「まあ、そんなことを。もしそうなのであれば、イーリン様が嫌われるわけがないじゃありませんか。」


 その場にいなかったルイーゼは怒っている。アンナやピーターも、うんうんと頷いている。


 アーサーは、イーリンが3日生き延びたら、全ての処分を撤回すると言った。

 万が一、3日を過ぎてイーリンが生き残っていれば、魔女ではないということになってしまう。だからこそ、わざわざ刺客を用意したのだろう。


 ──しかし、なぜそんなことをアーサーは知っていたのだろう? イーリンたちも知らず、ボンベルグの人々に聞いて、初めて知ったようなことを。



 アルバートは、しばらく考えこんでいたが、やがて顔を上げ、アンナ、ピーター、ファンの3人と、順に目を合わせていった。そして、最後にイーリンの方を向き、言った。


「わかった、イーリン。ここがお前にとって危なくなるようだったら、森を通ってマクスウェル領まで行きなさい。そのときは、うちからも兵をつけてあげるから。」

「ありがとうございます。叔父様。」

「しかし、今の身体では、たとえ森の主がお前を守ってくれたとしても、森を抜けられないだろう。時間の許す限り、ここで療養していきなさい。」

「はい。」


 イーリンは、アルバートの心遣いに感謝した。そして、アンナたちが自分についてきてくれることも、本当にありがたかった。


 ルイーゼはイーリンの方を向き、その手を取って言った。


「イーリン様、それまで私と一緒にお散歩しましょうね。」

「ええ、ありがとうございます。ルイーゼ様。」


 うふふ、と少女たちの笑う声が、部屋の空気を少し明るくした。


 今はつかの間の平和であり、近いうちにまた、イーリンは危険に身をさらすことになるだろう。それは、イーリン自身も痛いほどわかっていた。


 その中での、アルバートたちの好意は身に沁みた。


 自分たちに味方をするということは、彼らにも危険が迫る可能性がある。

 それなのに、純粋に助けてくれようとする姿は、アーサーたちを始め、公爵家の使用人にまで裏切られたイーリンの心を、ひとつずつ、ひとつずつ、満たしてくれるものだった。

お読みいただいてありがとうございます。やっと森の話がでてまいりました。次もお楽しみいただけると嬉しいです。

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