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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第二章
29/77

29 どうやって

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ファン:イーリンの兄クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

リーデン伯爵:キャサリンの後見

エリザ・リーデン:リーデン伯爵夫人

ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹

アルバート・ボンベルグ:ルイーゼの父、辺境伯

ノーマン:ボンベルグ領の軍医


 ──リーデン伯爵や証言した男は、ウェナムを使われたのかもしれない。


 ピーターが、ノーマンに尋ねる。


「しかし、先生。ウェナムをそんな簡単に、他人に飲ませることができるものなんですか。けっこう(くさ)……独特な香りなんで、いくら甘くても、そんなに素直に飲むような気がしないんですが。お嬢様も、寝ながらでも気づいたくらいですし。」


 医者のノーマンから説明を聞き、どうやらキャサリンが、ウェナムを悪事に利用していることは見当がついた。しかし、どうやって、リーデン伯爵たちに飲ませたのだろう?


 実際にウェナムの香りを嗅いだピーターは、そこを疑問に思ったようだ。ピーターの言葉を聞き、他の者も次々にウェナムを嗅がせてもらい、口々に「確かに……」と言っている。


 ノーマンは、その質問を想定していたようだった。


「その通りです。ただ、ウェナムはブドウと相性がいいようで、特に()()()()()()()と香りが分かりにくくなるのです。『癖』になってくると、どうでもよくなるみたいですがね。」

「ワインに……ですか。」


 ルイーゼが、片手を口に当て、考え込む。

 ノーマンはイーリンの方を向き、頭を下げた。


「ただ、イーリン様に関しては、ワインはあまりお身体に合わないとお聞きしまして、水で薄めて用意をしたのですが……。やはり、きつかったようですね。申し訳ありません。」


 恐縮しながら言うノーマンに、イーリンは微笑む。


「何も問題ありませんわ、先生。先生は、私のためにしてくださったんですもの。そんなことはお気になさらないでください。」

「俺はそんなつもりで言ったわけでは……、すみません、先生。余計なことを言いました。」


 今度はピーターが、ノーマンに頭を下げた。ノーマンは、大丈夫です、と言う。


 すると、考え込んでいたルイーゼが、普段と違った様子で、おずおずと発言した。


「あの、あの晩餐会の時、国王陛下はアーサー殿下から、ワインを……。」


 イーリンも思い出した。

 あの晩餐会の時、アーサーは国王に()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ──いつもと違って、呂律が回らず、覇気のない国王……。そして、普段なら言うはずのない言葉。


「……それに、キャサリン様自身がおっしゃいましたわ。エリザ様は、()()()()()()()()()、亡くなられたと。」


『死因は、()()()()()()()()()()だということですわ。』


 先程、ノーマンは言った。


『ウェナムも量を過ぎれば、()()()()()()()()こともあります。』


 ──エリザは、まさか。


 今度は、全員が考え込んでしまった。


 想像の通りなら、キャサリンはリーデン伯爵に薬を盛り、伯爵夫人を殺した。さらに、国王にも同じ薬を飲ませ、意のままに操ろうとしている。

 それは、とてつもない大罪である。さらに悪いことに、王太子までが、それに関与してしまっているようだ。



 少しの沈黙の後、アルバートが口を開いた。


「……しかし、おかしいじゃないか。ウェナムはただの男爵令嬢が、簡単に手に入れられるものじゃないぞ。」


 そう、ウェナムは希少な薬なのだ。まず手に入れることが難しいし、希少なぶん値段も高い。アルバートは、マクスウェル家に頼んで手に入れたという。


「ここは義兄上にお願いすることができたからいいが、つてもない小娘がどうやって……。しかも、話を聞くに、けっこうな量を使っていそうじゃないか。」

「そうですね。おまけに、正しくはないが、使い方まで知っているようです。」


 ノーマンは苦々しい顔をして言う。

 キャサリンは、どこでウェナムを手に入れ、どうやって使い方を知ったのか。


「王家が元々持っていて、アーサー殿下が使い方を教えた、という可能性はないか。」

「持っていたとしても、少量でしょうな。王都の方でウェナムを使える医者がいる、と聞いたことはないですし、戦のないところでは、あまり使いません。」


 勉強嫌いのアーサーが、医者でも知っている者が限られるような薬のことを、詳しく知っていたとは考えにくい。


 ノーマンは、他国に修行に出た際に、ウェナムの使い方を学んだという。

 ボンベルグ領では怪我人がよく出るため、患者の痛みがあまりにひどいときなどに、たびたびウェナムの出番が来るのだそうだ。


 そこまで言うと、ノーマンは、ファンの方に顔を向けた。


「あなたは、ウェナムのことを聞いたことはないのですか。」


 ファンはそれまで、イーリンのそばでじっと黙っていた。いつも浮かべている笑顔はなく、厳しい顔をしている。


「……まあ、少し、ですね。あまり詳しいわけではないのです。」


 ファンはそれだけ言うと、また黙り込んだ。


(ウェナムをご存知だった……?)


 ファンは、イーリンの兄クリスの従者として、領地の仕事を手伝っていたという。それに、ギーベル王国に来る前は、ハーフェンに滞在していた。どこかでウェナムの話を聞いたことがあっても、おかしくはない。


 しかし、ファンはさほど物怖じする方ではなく、疑問があれば、わりとすぐに質問する。こうやって、ただ黙り込んでいる様子は、普段のファンとは違っていた。


 イーリンが心配して顔を見ると、ファンはそれに気づき、ふ、とイーリンに笑いかけた。しかし、それは寂しそうな笑顔であり、イーリンの胸はずきんと痛んだ。


「そうなのですね。」


 ノーマンは、それ以上は聞かなかった。


 ピーターが手を挙げ、ノーマンに尋ねた。


「先生、ウェナムは、どこで作られているのですか?」

「近くだと、質の良いものを作るのはハーフェンですな。それに、ハーフェン産以外のものは、まずこの国には入ってきません。」

「そうすると、ウェナムを手に入れるには、アルバート様と同じように、マクスウェル家を通すしかないんですね。」


 ハーフェンは、マクスウェル領と国境を接する、ギーベル王国の隣国である。そのため、ハーフェンと貿易を行うマクスウェル家なら、比較的ウェナムを手に入れやすいのだ。


 しかし、マクスウェル家が、キャサリンと取り引きをするわけがない。マクスウェル家とキャサリンは、当初から敵対関係にあったからだ。

 王家にウェナムを納めたことがあるかどうかは、マクスウェル家の記録を調べれば分かるだろう。


「自分で作るというわけにはいかないのですか?」

「うーむ、素人にはまず無理でしょうな。元となる液を採取するにも、やはり知識のある者と、専門の職人が必要です。それに、設備も用意しなければなりません。この辺りで手に入れるなら、ハーフェンのものになるでしょう。」

「国内では作られていないのですか。」

「ええ、()()()()。」


 ノーマンの言葉に、イーリンが反応する。


「……今? 先生、『今は』と、おっしゃいましたか?」


 はい、とノーマンが答える。


「それでは、昔は国内でも作られていたのですか?」

「作られていた、というのは、正確に言うと違いますな。かつてはこの国で、ウェナムの製造を試されたことがあったのです。しかし、今ではもう、それもされておりません。」


 それを聞いたアルバートが、身を乗り出す。


「ノーマン、そのことを、もっと詳しく教えてくれないか。」

「もちろんですとも。およそ、20年ほど前のことでしたかな、この国でウェナムを作ろうとした家があったのです。あのときは、我々医者は期待したものでした。しかし、あまりうまくいかず、結局作るのをやめてしまったのです。」

「家? というと、国内の貴族のうちの誰かが?」

「まあ、そうですな。」


 ノーマンは、少し言葉を濁した。しかし、アルバートとルイーゼが、つかみかからん勢いでノーマンに迫った。


「ノーマン。それは、どこなんだ。」

「そ、そうですわ、どこの家の方なんでしょうか。」


 さすが親子だな、仕草がそっくりですねえ、と、ピーターが言う。


 ノーマンは、アルバートたちの勢いに気圧され、たじたじとしていたが、覚悟を決めた様子で答えてくれた。


「今の王妃様のご生家、バクスター家ですよ。」

 

お読みいただいてありがとうございます。次回もお楽しみいただけると嬉しいです。

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