29 どうやって
イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢
クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り
アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候
ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候
ファン:イーリンの兄クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ
アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者
キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女
リーデン伯爵:キャサリンの後見
エリザ・リーデン:リーデン伯爵夫人
ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹
アルバート・ボンベルグ:ルイーゼの父、辺境伯
ノーマン:ボンベルグ領の軍医
──リーデン伯爵や証言した男は、ウェナムを使われたのかもしれない。
ピーターが、ノーマンに尋ねる。
「しかし、先生。ウェナムをそんな簡単に、他人に飲ませることができるものなんですか。けっこう臭……独特な香りなんで、いくら甘くても、そんなに素直に飲むような気がしないんですが。お嬢様も、寝ながらでも気づいたくらいですし。」
医者のノーマンから説明を聞き、どうやらキャサリンが、ウェナムを悪事に利用していることは見当がついた。しかし、どうやって、リーデン伯爵たちに飲ませたのだろう?
実際にウェナムの香りを嗅いだピーターは、そこを疑問に思ったようだ。ピーターの言葉を聞き、他の者も次々にウェナムを嗅がせてもらい、口々に「確かに……」と言っている。
ノーマンは、その質問を想定していたようだった。
「その通りです。ただ、ウェナムはブドウと相性がいいようで、特にワインに混ぜると香りが分かりにくくなるのです。『癖』になってくると、どうでもよくなるみたいですがね。」
「ワインに……ですか。」
ルイーゼが、片手を口に当て、考え込む。
ノーマンはイーリンの方を向き、頭を下げた。
「ただ、イーリン様に関しては、ワインはあまりお身体に合わないとお聞きしまして、水で薄めて用意をしたのですが……。やはり、きつかったようですね。申し訳ありません。」
恐縮しながら言うノーマンに、イーリンは微笑む。
「何も問題ありませんわ、先生。先生は、私のためにしてくださったんですもの。そんなことはお気になさらないでください。」
「俺はそんなつもりで言ったわけでは……、すみません、先生。余計なことを言いました。」
今度はピーターが、ノーマンに頭を下げた。ノーマンは、大丈夫です、と言う。
すると、考え込んでいたルイーゼが、普段と違った様子で、おずおずと発言した。
「あの、あの晩餐会の時、国王陛下はアーサー殿下から、ワインを……。」
イーリンも思い出した。
あの晩餐会の時、アーサーは国王にしきりにワインを勧め、話しかけていた。
──いつもと違って、呂律が回らず、覇気のない国王……。そして、普段なら言うはずのない言葉。
「……それに、キャサリン様自身がおっしゃいましたわ。エリザ様は、ワインを飲んだあと、亡くなられたと。」
『死因は、ワインに入っていた毒だということですわ。』
先程、ノーマンは言った。
『ウェナムも量を過ぎれば、息が止まって死ぬこともあります。』
──エリザは、まさか。
今度は、全員が考え込んでしまった。
想像の通りなら、キャサリンはリーデン伯爵に薬を盛り、伯爵夫人を殺した。さらに、国王にも同じ薬を飲ませ、意のままに操ろうとしている。
それは、とてつもない大罪である。さらに悪いことに、王太子までが、それに関与してしまっているようだ。
少しの沈黙の後、アルバートが口を開いた。
「……しかし、おかしいじゃないか。ウェナムはただの男爵令嬢が、簡単に手に入れられるものじゃないぞ。」
そう、ウェナムは希少な薬なのだ。まず手に入れることが難しいし、希少なぶん値段も高い。アルバートは、マクスウェル家に頼んで手に入れたという。
「ここは義兄上にお願いすることができたからいいが、つてもない小娘がどうやって……。しかも、話を聞くに、けっこうな量を使っていそうじゃないか。」
「そうですね。おまけに、正しくはないが、使い方まで知っているようです。」
ノーマンは苦々しい顔をして言う。
キャサリンは、どこでウェナムを手に入れ、どうやって使い方を知ったのか。
「王家が元々持っていて、アーサー殿下が使い方を教えた、という可能性はないか。」
「持っていたとしても、少量でしょうな。王都の方でウェナムを使える医者がいる、と聞いたことはないですし、戦のないところでは、あまり使いません。」
勉強嫌いのアーサーが、医者でも知っている者が限られるような薬のことを、詳しく知っていたとは考えにくい。
ノーマンは、他国に修行に出た際に、ウェナムの使い方を学んだという。
ボンベルグ領では怪我人がよく出るため、患者の痛みがあまりにひどいときなどに、たびたびウェナムの出番が来るのだそうだ。
そこまで言うと、ノーマンは、ファンの方に顔を向けた。
「あなたは、ウェナムのことを聞いたことはないのですか。」
ファンはそれまで、イーリンのそばでじっと黙っていた。いつも浮かべている笑顔はなく、厳しい顔をしている。
「……まあ、少し、ですね。あまり詳しいわけではないのです。」
ファンはそれだけ言うと、また黙り込んだ。
(ウェナムをご存知だった……?)
ファンは、イーリンの兄クリスの従者として、領地の仕事を手伝っていたという。それに、ギーベル王国に来る前は、ハーフェンに滞在していた。どこかでウェナムの話を聞いたことがあっても、おかしくはない。
しかし、ファンはさほど物怖じする方ではなく、疑問があれば、わりとすぐに質問する。こうやって、ただ黙り込んでいる様子は、普段のファンとは違っていた。
イーリンが心配して顔を見ると、ファンはそれに気づき、ふ、とイーリンに笑いかけた。しかし、それは寂しそうな笑顔であり、イーリンの胸はずきんと痛んだ。
「そうなのですね。」
ノーマンは、それ以上は聞かなかった。
ピーターが手を挙げ、ノーマンに尋ねた。
「先生、ウェナムは、どこで作られているのですか?」
「近くだと、質の良いものを作るのはハーフェンですな。それに、ハーフェン産以外のものは、まずこの国には入ってきません。」
「そうすると、ウェナムを手に入れるには、アルバート様と同じように、マクスウェル家を通すしかないんですね。」
ハーフェンは、マクスウェル領と国境を接する、ギーベル王国の隣国である。そのため、ハーフェンと貿易を行うマクスウェル家なら、比較的ウェナムを手に入れやすいのだ。
しかし、マクスウェル家が、キャサリンと取り引きをするわけがない。マクスウェル家とキャサリンは、当初から敵対関係にあったからだ。
王家にウェナムを納めたことがあるかどうかは、マクスウェル家の記録を調べれば分かるだろう。
「自分で作るというわけにはいかないのですか?」
「うーむ、素人にはまず無理でしょうな。元となる液を採取するにも、やはり知識のある者と、専門の職人が必要です。それに、設備も用意しなければなりません。この辺りで手に入れるなら、ハーフェンのものになるでしょう。」
「国内では作られていないのですか。」
「ええ、今はもう。」
ノーマンの言葉に、イーリンが反応する。
「……今? 先生、『今は』と、おっしゃいましたか?」
はい、とノーマンが答える。
「それでは、昔は国内でも作られていたのですか?」
「作られていた、というのは、正確に言うと違いますな。かつてはこの国で、ウェナムの製造を試されたことがあったのです。しかし、今ではもう、それもされておりません。」
それを聞いたアルバートが、身を乗り出す。
「ノーマン、そのことを、もっと詳しく教えてくれないか。」
「もちろんですとも。およそ、20年ほど前のことでしたかな、この国でウェナムを作ろうとした家があったのです。あのときは、我々医者は期待したものでした。しかし、あまりうまくいかず、結局作るのをやめてしまったのです。」
「家? というと、国内の貴族のうちの誰かが?」
「まあ、そうですな。」
ノーマンは、少し言葉を濁した。しかし、アルバートとルイーゼが、つかみかからん勢いでノーマンに迫った。
「ノーマン。それは、どこなんだ。」
「そ、そうですわ、どこの家の方なんでしょうか。」
さすが親子だな、仕草がそっくりですねえ、と、ピーターが言う。
ノーマンは、アルバートたちの勢いに気圧され、たじたじとしていたが、覚悟を決めた様子で答えてくれた。
「今の王妃様のご生家、バクスター家ですよ。」
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