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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第二章
28/77

28 薬と毒

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ファン:イーリンの兄クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

リーデン伯爵:キャサリンの後見

エリザ・リーデン:リーデン伯爵夫人

ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹

アルバート・ボンベルグ:ルイーゼの父、辺境伯

セリーナ・ボンベルグ:ルイーゼの母、辺境伯夫人

ノーマン:ボンベルグ領の軍医

 イーリン回復の知らせを聞いたルイーゼは、すぐに病室に飛び込んできた。

 ベッドで身体を起こし、微笑むイーリンを見て、その膝に突っ伏し、ぽろぽろと泣きながら喜んでいる。


「うう……、イーリンさまああ。よかったですうう。」

「本当にありがとうございます、ルイーゼ様。皆様のおかげですっかり良くなりましたわ。」

「まだ、だめですうう。次は、しっかりと栄養をとってくださいましいい。」


 断罪からの数日間、イーリンは水分を取るのが精一杯で、まともに食事をとれていなかった。そのため、また痩せてしまっていた。


「そして、元気になられたらああ、私と馬に乗るのですうう。お弁当を持って、皆でお花畑まで行くのですうう。」


 なぜか、遊びの予定まで入っている。

 イーリンにとって、ルイーゼは可愛い妹のようなものだ。自分の膝で泣くルイーゼの頭を優しく撫でながら、イーリンは言った。


「ふふふ。そうね、早く身体を戻さなくてはね。」


 こうしている間にも、王都では動きがあるはずだ。イーリンが死んだと確認できなければ、捜索が始まる。

 アルバートは心配するなと言ってくれたが、アーサー達がこのまま放っておいてくれるはずもない。自分たちが、ボンベルグ領にいつまでも滞在しているわけにはいかないのだ。



 医者のノーマンは、回復期のイーリンの身体に合った食べ物を指示してくれた。まだ病室から出られないイーリンのために、アンナが用意された食事を運んできた。


 ピーターが食事をのぞき込む。そして、顔をしかめた。


「俺さあ、これはダメなんだけど。ボンベルグの人たちって、結構これ好きなんだよな。」

「分かるわ。私も、匂いがちょっと……。」


 アンナとピーターが言っているのは、発酵した豆である。混ぜるとねばねばとしていて、同じ豆から作ったソースをかけて食べるらしい。ボンベルグ領では、朝食によく出てくるという。


「あら、ふふふ。先生が、栄養は豊かだっておっしゃっていたわ。」


 イーリンが、難しい顔をしたピーターを見て笑う。

 イーリンは大丈夫らしい。以前、ルイーゼがお見舞いに持ってきてくれたときから、わりと気に入っている。


「おいしいですよ、これ。私は好きです。」


 ファンも平気なようで、ボンベルグの兵士たちと一緒に普通に食べている。


「もう、あんたたちお似合いだよ……。」


 げんなりした顔で、ピーターが言った。



 数日経つと、イーリンはベッドから出て歩けるほどに回復してきた。そこで、ノーマンに時間を作ってもらい、話を聞くことになった。


「さて、ウェナムの話でしたな。」


 部屋に集まったのは、イーリンとノーマンの他に、アンナ、ピーター、ファン、ルイーゼ、アルバートがいた。情報を共有しておくことは大事だということで、アルバートも忙しい中、時間をとった。


「まず、お嬢様は、どこでこの香りを嗅いだのでしょうか?」


 ウェナムは王国にあまり流通しておらず、珍しいものだという。ノーマンは、なぜイーリンがウェナムの香りを知っているのかが気になる様子だった。


 イーリンは目を伏せ、唇をきゅっと噛んでから話し出した。


「……王都の、キャサリン様からです。晩餐会のときに……。」

「……!」

「キャサリン様から?」


 皆がイーリンの言葉に驚く。


「キャサリン? 今、王太子が婚約者だと言っている娘か。」


 アルバートは、ほとんど王都に行くことがないので、キャサリンを見たことがない。

 ルイーゼが、「元男爵令嬢で、黒髪の失礼な女性ですわ……」などと、アルバートに説明した。


「かすかな香りでしたので、何も知らなければ気づかなかったと思います。」


 イーリンは、両手をぎゅっと握りしめ、話を続けた。そばで立っているファンが、心配そうな視線を向ける。


「私、以前にエリザ様から、同じような香りの話を聞いていたのです。」

「エリザ殿、というと……。この前突然亡くなられたという、リーデン伯爵夫人のことかい?」


 アルバートが尋ねる。


「はい。亡くなられたエリザ様は、リーデン伯爵とキャサリン様から、妙な香りがしたとおっしゃっていました。」


『夫から、妙な香りがするのです。』

『甘いような、少し……臭いような。身体から匂うこともあれば、服から匂うこともあります。』


 イーリンは、エリザから聞いた話を、ひとつずつ皆に話した。そして、悲痛な表情で顔を上げた。


「私、確かにお姉様と一緒に、エリザ様に会いにゆきました。でも、あの日、ワインなど持っていっておりません。そんな、エリザ様に何かしようなどと……。」


 イーリンは、頭をふるふると振る。 

 公爵家の使用人は、「イーリンがワインを持って行った」と証言したらしい。しかし、そもそも招待されたのはお茶会であるし、イーリンはワインをあまり飲まない。体質的に強くないからだ。


「わかっているよ、イーリン。セリーナからも聞いている。エリザ殿が受け取ったのは、菓子だったと。」

「セリーナ叔母様が……。」

「セリーナは、直接エリザ殿から話を聞いたみたいだ。イーリンが魔女であるわけがないと言ってくれていたらしいよ。」


 と、アルバートは言った。ルイーゼは、「最初から疑ってなどおりませんわ。」とイーリンの手を取って言う。イーリンは、アルバートたちが自分のことを信じてくれたのが嬉しかった。

 そして、賢明で優しかったエリザのことを思い出し、もう一度お会いしたかった、と思った。


 アルバートは、イーリンが安心した様子を見て微笑んだ。それから、少し難しい顔になり、首をひねった。


「しかし、イーリンの話からすると、キャサリン嬢は、以前からリーデン伯爵にウェナムを使用していたということになるが……。」

「そういえば、あの日の伯爵は異様な様子でしたわ。まるで、獣のようでした。」


 晩餐会の日、ルイーゼはリーデン伯爵と席が近かった。自分のそばで唾を飛ばしながらイーリンを糾弾する様子は、高位貴族のふるまいとは思えず、ルイーゼは恐怖を感じたという。野心を抱いている人物ではあったが、そのような粗野な行動は今まで見られたことがなかった。


 イーリンは、近衛兵に拘束されながらその様子を見ていた。思い出して震え出すイーリンに、ファンがそっと「今はもう、大丈夫ですよ。」とささやく。ファンの顔は優しく笑っており、イーリンは胸のあたたかさを感じ、落ち着いた。


 アンナが小さな声で「鎮静剤……。」とつぶやいている。


 ノーマンが、少し身を乗り出してきた。


「ふむ、その辺りをもっと詳しくお聞かせいただけますかな。もしかすると、ウェナムの悪い作用かもしれません。」

「悪い作用、というのがあるのですか。」

「ええ、それがウェナムを使うのに、難しいところなのです。」


 ノーマンは、ウェナムの作用について説明してくれた。


 ウェナムは、ある植物から抽出される。

 しかし、そのままだと非常に臭い。そのため、砂糖水や蜂蜜などに溶かすのだという。そうすると、飲みやすくなるし、長く保存もできるのだそうだ。


 ノーマンに促され、ピーターが試しに匂いを嗅ぐ。


「うわっ。甘いんだけど、奥に臭いのが隠れてる。この臭さが濃くなったら無理ですね。これならあの、ねばねば豆の方がましだ。」

「こら、うちの誇る郷土料理を。」と、アルバート。

「しまった。」と、ピーターが口を押さえた。


 こほん、と咳払いをして、ノーマンは続けた。


「まあ、薬にしたらましな方です。しかし、これの問題は匂いだけではないのです。」

「と、いうと?」

「少量を適度に使えば、素晴らしい鎮痛薬や鎮静剤として働きます。しかし、それは痛みが激しいときや、強く興奮しているときに限られます。」


 だから、使うタイミングは熟練した者でないと見極めが難しいという。ノーマンはアルバートに、ここでは、私が指導しているので安心してください、と言った。


「先生、普通の状態の人間に使うと、どうなるのでしょうか。」


 アンナがノーマンに尋ねる。


「普通の者に使えば、精神的な症状が出るのです。頭がぼんやりとしたり、妙に気が大きくなったり、興奮しやすくなったり……。まぼろしを見ることもあります。」


 イーリンは、エリザの言葉を思い出した。


 ──『その香りが強いときは、夫はぼんやりとしたり……


「そして、薬が切れてくると、イライラとして、落ち着かなくなるのです。」


 ──……怒りっぽくなったりします。』


「いわゆる、『癖』になる状態ですな。ウェナムが切れてくると非常に苦しく、次々に欲しがるようになります。」

「苦しいのですか……。」

「ええ、しっかりと『癖』になってしまった者は、ウェナムを手に入れるためなら、()()()()()()()()()でしょうな。慣れていない医者が量を間違え、その状態になった者を何人も見たことがあります。だから、普通の店には並びませんし、使い方も難しいのです。」


 ──犯罪でも、平気でやる……


 ノーマンの言葉を聞き、イーリンの頭に、地下牢で聞いた声が響いた。


『いくらでも言う!だから、()()をくれ! ()()を渡すよう、黒髪の女に言ってくれ!』


「あれは、まさか……。」

「何か、思い出されたのですか。」


 顔色が悪くなったイーリンに、アンナが心配そうに声をかける。イーリンは、地下牢で叫んでいた男の話をした。


「それは、まさか、王都の殺人事件にイーリン様が関わっていると証言したという……。」

「ええ、その人だと思うの……。」


 王都で殺人事件が起こった時期に、イーリンは領地にいた。それなのに、その証言をした男のせいで、一時期イーリンは犯人扱いをされ、魔女だという噂が立ち始めたのだ。


「では、キャサリン嬢は、その男にもウェナムを使っていた可能性があるということか。」


 アルバートは難しい顔をしたまま考え込んでいる。イーリンがノーマンに質問した。


「先生、ウェナムを使って、人にむりやり言うことを聞かせることはできるのでしょうか。」

「ウェナムを使った頭に理性はありません。そこに繰り返し同じことを言われれば、刷り込まれてしまうこともあるでしょう。それに、『癖』になった者は、ウェナムをくれる者に逆らえないでしょうな。」

「まあ……。」


 キャサリンは、人の心をつかむのがうまい。ぼんやりとした頭の中、あの赤い唇で、繰り返し甘い言葉をささやかれたら。


「恐ろしい薬だなあ。」


 ピーターがそう言うと、ノーマンは少し厳しい顔になり、息をひとつ吐いて言った。


「……薬はもともと、毒でもあるのです。ウェナムも量を過ぎれば、息が止まって死ぬこともあります。医者になるか、人でなしになるかは、使う者の心が決めるのです。」


 ノーマンは、医者であることに強い誇りがあるようだ。それゆえに、ウェナムを悪用するキャサリンへの静かな怒りがあるようだった。

 

お読みいただいてありがとうございます。次もお楽しみいただけると嬉しいです。

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