26 信頼
イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢
ソフィア・マクスウェル:イーリンの母、公爵夫人
マリア・マクスウェル(クリークス):イーリンの姉、隣国の貴族ヴィルターと結婚
アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候
ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候
ファン:イーリンの兄クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ
アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者
ルイス・ギーベル:第二王子、リリーの婚約者
キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女
リーデン伯爵:キャサリンの後見
エリザ・リーデン:リーデン伯爵夫人
マーガレット・リーデン:伯爵令嬢
リリー・ストラスタ:イーリンの友人、侯爵令嬢、第二王子ルイスの婚約者
ストラスタ侯爵:リリーの父、マクスウェル公爵と同様の穏健派
ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹
アルバート・ボンベルグ:ルイーゼの父、辺境伯
セリーナ・ボンベルグ:ルイーゼの母、辺境伯夫人
「え? 扇子? 片手?」
ルイーゼの母、セリーナが扇子を片手で握りつぶしたという話を聞き、ピーターが思わず口をはさむ。しかし、ルイーゼは構わずに話を続けた。
「その後も、大事なお話を伺ったのですわ。」
ストラスタ家に集まった貴族たちが帰ったあと、セリーナとルイーゼは、ストラスタ侯爵にこっそりと別室に呼ばれた。そして、「これは、まだ内密の話なのですが。」とストラスタ侯爵は話し出した。
その場には第二王子の婚約者である、ストラスタ家の娘リリーもいた。リリーもまた、イーリンの友人であった。リリーもルイーゼと同様、イーリンに対するむごい仕打ちにショックを受けていた。
昨夜の晩餐会の後、リリーは急いで、婚約者である第二王子ルイスのところへ話に行ったのだという。ルイスも今回の断罪劇は全く聞かされておらず、ただ困惑していた。そして、「国王陛下の様子がおかしい。」と教えてくれた。
「いつもの父上ではない。兄上が『体調が優れない』と言っていたから、病気なのかと思ったが……。そうではなさそうだ。」
ルイスが何を言っても、「王太子にまかせる。」と同じことを繰り返して言うばかりだ。まるで、怪しい術でもかけられたかのように。
館に戻ったあと、リリーは、ルイスから聞いた話を、父親のストラスタ侯爵に報告した。
セリーナは思案し、ストラスタ侯爵にたずねる。
「あの、小娘の仕業でしょうか。」
「ううむ……。昨晩、殿下はしきりに陛下へワインを勧めていましたな。」
今までにも、機嫌のよくなった国王が飲みすぎて酔ったことはある。しかし、あのような姿は見たことがない。
どういった手を使ったのかは分からないが、とにかく今は、陛下には期待できないということだ。王家の権力は、今は王太子アーサーとキャサリンのもとにある。
「私にできたのは、執行人たちに働きかけたくらいだ。」
侯爵は、処刑を止められなかったことに、強く責任を感じていた。そして、一か八かの賭けとして、執行人に金を握らせ、できるだけイーリンに手心を加えてくれるよう頼んだとのことだった。
しかしそれも、執行人たちの気分しだいだ。イーリンに同情的な様子はあったが、王家に逆らうようなことまでをしてくれるかどうか。
「ルイーゼ殿、本当に申し訳ないが、よろしくお願いする。」
ストラスタ侯爵は、セリーナとルイーゼに頭を下げた。
リリーも、ルイーゼの手を握って頼んだ。第二王子の婚約者であるリリーは、王都からは動けない。
「ルイーゼ様、何とぞお願いいたします。きっと、イーリン様は見つかりますわ。だから……。」
期待と懇願が混じりあった言い方であった。リリーの目からあふれる涙は、はらはらと頬を伝っていた。
「わかりましたわ。私、きっとお役目を果たしてまいります。」
ボンベルグの館に戻り、セリーナとルイーゼは出発の準備を始めた。
ルイーゼは、何かあったときのために、ボンベルグ領の精鋭たちを数名連れていくことにした。彼らは事情を聞くと、喜んで従ってくれた。イーリンは、彼が忠誠を誓う大事な主君の、優しく美しい姪御様なのだから。
イーリンが衰弱しているか、怪我を負っていることを想定し、寝台をしつらえた馬車も用意した。誰かに聞かれたら、ルイーゼは「私が寝るためですわ!」と答えるつもりだった。
ただ、王太子たちに必要以上に怪しまれないため、ルイーゼの出発は処刑の翌日にせざるを得なかった。貴族たちが、『公爵令嬢であるイーリンが、実際に処刑された』という状況に慌てたふりをするためである。
そして、次々と王都を出る令嬢たちに紛れ、ルイーゼも出発した。
セリーナは、状況を伝える早馬をボンベルグ領にいち早く走らせた。そして、王都に残り、ストラスタ侯爵たちと協力して、王家と対峙していくこととなった。
「できるだけ急いだのですが、途中で戻ってくる馬車を見かけまして……。」
ルイーゼたちが昏き森に近づいたころ、王都の方へと戻る処刑の馬車とすれ違ったのだという。そこで、すでに処刑が終わってしまったことが分かった。
「私たち、慌てて昏き森の周辺を調べたのですわ。」
周囲に漂う血の臭い、イーリンが着ていたと思われる処刑服の切れ端を見つけ、いったんは絶望した。
しかし、イーリンらしき死体は見当たらない。捜索すると、最近埋められたと思われる男たちの死体が見つかった。
ルイーゼたちは首をひねり、一応切れ端や死体を元に戻しておいた。イーリンが男たちを返り討ちにしたとは考えられない。誰か、助けたものがいるのではないか?という期待をもった。
そして、周辺の村で、「最近やってきた、困っていそうな人はいないか。」と聞きまわっていたのだ。
そうして、やっとあの小屋にたどり着いたのだった。
「よくやったね、ルイーゼ。あきらめずに、イーリンを探し出してくれてありがとう。」
「いいえ、もう……。運が良かったとしかいいようがありませんわ。アンナやピーター……、ファン様が間に合ってなければ、どうなっていたことか。」
「確かにそうだ。ファン殿、ピーター、改めてお礼を言うよ。」
「当たり前のことをしただけです。」
ファンとピーターは、声を揃えて言った。それを聞き、アルバートがちょっと驚いた顔をする。
ピーターは、少しうかがってもいいですか、とルイーゼに尋ねた。
「こういってはなんですが、セリーナ様は、すぐにイーリン様を信じて動いてくださったのですね。公爵家の使用人が、イーリン様を魔女だと証言したのに。」
「ああ……、それは。お母様は、リーデン伯爵夫人のエリザ様と仲が良かったのです。」
「エリザ様ですか……。」
領主の妻は、領地から動かない者がほとんどである。マクスウェル公爵夫人ソフィアも、忙しい夫の代理として、領地にいることが多かった。
しかし、エリザやセリーナは、家の事情からたびたび王都に出てくることがあり、数少ない仲間として、以前から親交があった。
エリザは、晩餐会の2日前に突然亡くなったという。晩餐会でリーデン伯爵は、イーリンの持ってきたワインが原因だと叫んでいた。
「エリザ様は、生前お母様におっしゃったそうです。」
『賭けでしたけれど、イーリン様はマリア様と一緒に、私のお茶会に来てくださいましたのよ。おいしいお菓子も持ってきてくださったわ。何より、マーガレットにお二人ともお優しくてね。マーガレットは、すぐにお二人のことが大好きになってしまったの。』
エリザは、嬉しそうに笑って言ったという。
『夫は、あの方にひどいことをしているのに、あの方は、私のことをお疑いにならないの。綺麗な目で、私をじっと見つめられてね。あんな清らかなイーリン様が、魔女なわけないわ。私、とても失礼なことをしたわと思って。セリーナ様にはご報告しておきますわね。』
ワインをイーリンが持ってきた、という話は出てこなかった。それは、イーリンの訴えとも一致する。
それに、セリーナの知っている限り、イーリンにリーデン家を害する理由はなかった。イーリンは、ただただアーサーとの婚約解消を望んでいただけなのだから。
セリーナはまた、エリザの「見る目」を信用していた。エリザは、キャサリンに騙されず、夫から彼女を養女にするように執拗に言われても、頑としてはねつけてきた女性である。
ここまでくると、公爵家の使用人がどう言おうと、イーリンを疑う理由はなかった。
イーリンは、陥れられたのだ。そして、エリザは殺された。
おそらく、王太子たちによって。
「私、その話を聞いた後、お母様の扇子が粉々になっていくのを見ましたわ。」
「……なるほど。」
ピーターは、扇子の件については、もう何も言うつもりはないようだった。
セリーナの判断をアルバートが信じたからこそ、今イーリンたちは、ここで保護を受けることができている。ルイーゼの話を聞き、ファンとピーターは、ボンベルグ家の判断に心から感謝した。
一通り話し終わると、ルイーゼは少女らしい笑顔を浮かべ、ファンの方を見た。
「でも、よかったですわ。イーリン様も、何とかお助けすることができましたし……。イーリン様も、いつの間にか素敵な方に出会えたみたいで、私、本当に嬉しいのですわ。あんな身も心も腐った王太子より、ファン様の方がずっと立派ですわね。」
「え。」
「な、なんですか、急に。」
アルバートは目を丸くして、ファンの方を見る。ファンは、ルイーゼの突然の言葉に焦っているようだ。
どういうことか、とファンはピーターの方を向く。しかし、ピーターは、「ごめん。」と言って、ファンから目をそらした。
アルバートが興味を示し、「疲れているのは分かっているんだけど、あとちょっとだけ、話を聞いてもいいかな?」とファンに言っている。ルイーゼも乗り気で、「私の知っていることは……。」などと話し始めていた。
「いや、別に何かがあるわけでは……。あの、ピーター? 私がいないうちに、どういう話を……。」
と、ファンが言っているのが聞こえたが、ピーターは、「お先に休ませていただきます。」と言って、部屋から早々に退出した。
後でアンナと一緒に謝ろう、と心に決めて。
お読みいただいてありがとうございます。主人公が弱っていてなかなか出てきませんが、次回くらいからまた出てくる予定です。




