25 ボンベルグ領
イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢
クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り
アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候
ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候
ファン:クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ
アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者
キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女
リリー・ストラスタ:イーリンの友人、侯爵令嬢、第二王子ルイスの婚約者
ストラスタ侯爵:リリーの父、マクスウェル公爵と同様の穏健派
ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹
アルバート・ボンベルグ:ルイーゼの父、辺境伯
セリーナ・ボンベルグ:ルイーゼの母、辺境伯夫人
ボンベルグ領に到着すると、領主であるアルバート・ボンベルグ辺境伯が出迎えてくれた。
「よく来てくださいました。詳細は妻から聞いております。さあ、まずはお休みください。」
ボンベルグ領は、国境沿いに大きな砦を持ち、そこから離れた、中心地に近いところに領主の城をもうけている。普段は砦にいることが多いようだが、今日はアルバートはわざわざ城の方まで来てくれたらしい。
アルバートは、ファンに抱きかかえられたイーリンの様子を見て、眉をひそめた。イーリンは赤い顔をしていて、息も荒い。
「……イーリンは、ずいぶん具合が悪そうですね。ここは怪我人もよく出ますので、医療体制もできるだけよいものを整えているつもりです。うちで一番の医者をつけましょう。」
申し訳ありませんが、寝床までは運んでやってくれますか、とアルバートがファンに頼んだ。もちろんです、とファンは答える。
「イーリンに何かあっては、私が姉に殺されてしまいます。」
さもありなん、とアンナとピーターが頷いた。
アルバートは、ボンベルグ城の離れにファンたちを案内してくれた。
ファンはイーリンを寝床に寝かせると、アンナとボンベルグ城の侍女たちにあとを任せ、ピーターと共にアルバートの所へ戻った。
アルバートのそばには、ルイーゼも控えていた。
「色々と急がねばならないこともありますので、お疲れのところ申し訳ありませんが、情報の共有だけお願いいたします。」
アルバートは、本当にすまなそうな表情で言った。
ボンベルグ領は、関係の比較的良いハーフェンと違い、緊張関係にある国と接していた。そのため、国境に堅牢な砦が築かれており、常に多数の兵が配置されていた。
アルバートは辺境伯として、彼らを統率する立場にあった。アルバートもまた武人であり、自らを鍛え、立派な体躯をしていた。
また、ボンベルグ領は、いざ戦争となったときには、独自で判断し動く必要があるため、ギーベル王国の中でも自治区のような扱いになっていた。
アルバートは、いわば小国の王であった。
そんな彼だが、本来使用人であるピーターにも礼を尽くし、丁寧に対応してくれていた。「戦う者」としての敬意を払ってくれているのだろう。ファンは、ピーターの言っていた「ボンベルグらしさ」を好ましく思った。
ファンとピーターは、自分たちの知っていることをアルバートに伝えた。
公爵家の館の者が裏切り、イーリンが王城に拉致されたこと。
ピーターがマクスウェル領に走り、アンナが王都で状況を探っていたこと。
ファンがクリスの依頼で、マクスウェル領から同行したこと。
王城では晩餐会が開かれ、王太子がイーリンとの婚約解消と、キャサリンとの婚約を宣言したこと。
イーリンが地下牢に入れられたこと。
イーリンが言い渡された刑は、「昏き森への追放」であること。
正規の執行人たちが去った後、刺客が現れたこと。
「おお、では、ピーターがイーリンの命の恩人なのですね。」
「やめてください、アルバート様。イーリン様にも言いましたけど……、未然に動くのが俺たちの仕事なんですから。」
ピーターは嫌そうな顔をしている。
「いえ、ピーター殿が動いてくれなければ、我々のように領地にいた者は動くことができませんでした。クリス様もお礼を言っていたではないですか。」
ファンも言うが、ピーターは頭を抱えた。
「調子に乗ったら、アンナにめちゃくちゃ叱られるんですよ……。」
「はは、そんな謙遜するピーターには、いいベッドを用意してやろう。」
実際、ピーターは、イーリンが連れ去られてから動きっぱなしだった。目の下には隈があり、疲れが見てとれた。
「あの、そうしたら、私の方の話もよろしいですか。」
ルイーゼが発言した。
「そうだな。セリーナからあらかた話は聞いているが、ルイーゼが直接聞いた話もあるだろう。話してくれるか。」
「もちろんですわ。」
セリーナ、というのは、王都にいる辺境伯夫人、セリーナ・ボンベルグのことである。アルバートはあまり領地を離れられないので、ルイーゼが王都に滞在するときは、セリーナが一緒についていくことが多かった。
ルイーゼは話し始めた。
「私、あのとき何もできなくて……。」
晩餐会の際、あまりの王太子の横暴に、ルイーゼは口や手を出しかけたのだという。それを、一緒に出席していた母セリーナが、無言で肩を押さえ、止めた。
「お母様の力には、まだ勝てないのですわ。」
ルイーゼは、片手で自分の肩を押さえながら言った。
それに、近衛兵に引き立てられていくとき、イーリンはルイーゼたちに対して、首を横に振ったのだと言う。それは、下手に自分に関係して、巻き込まれないでほしいというサインだった。
イーリンらしい行動に、ピーターは少し涙ぐんでいる。
「確かに、あの場で殿下たちに逆らっても、できることはありませんでした。」
しかし、このまま手をこまねいているわけにはいかない。晩餐会の後、数名の貴族たちがひそかにストラスタ家に集まった。その中には、セリーナの姿もあった。
集まった貴族たちの第一の目的は、イーリンの身を保護することであった。
王太子アーサーたちは、イーリンを「魔女」と断罪した。昔からの慣例で、魔女とされるものへの刑は火あぶりである。通常、貴人の犯罪については、よほど政治的なことが絡まない限りは幽閉までではあるが、彼らにその常識が通じるかどうか。
いや、通じるとは考えない方がいいだろう。今さっき、その愚かさを目にしたばかりではないか。
アーサーは、自分の評価には敏感だ。何とかそこをくすぐり、イーリンの処刑に手心を加えられないだろうか?
彼らは、とりあえずアーサーに対し、
『王太子のおっしゃることはもっともである。魔女は通例では火あぶりである。しかし、表立って、元婚約者を処刑しては、アーサーの評判を落としかねない。ゆえに、別の方法をとられてはいかがか。』
といった内容の書簡を、すぐに送ることにした。
翌日になり、イーリンに「昏き森」への追放が言い渡された。
再びストラスタ家に貴族たちは集まった。セリーナは、今回はルイーゼを連れてきていた。
「ルイーゼ、あなたはボンベルグ領に戻りなさい。」
皆の前で、セリーナはルイーゼに言った。
「なぜですか、お母様。私王都に残り、何かお手伝いを……。」
「黙りなさい。いいですか、あなたがここにいても、できることはありません。イーリン様と仲の良かったあなたを、王太子殿下がいつまでお許しくださるか分からないのですよ。」
「……。」
ルイーゼは、自分が役立たずだと言われたような気がして落ち込んだ。
「……あなたは、ボンベルグ領に戻る途中で、『困っている方』を探して、必ずお助けしなさい。人には、親切にするものよ。」
ルイーゼはすぐに母の意図に気づいた。
昏き森は、王都からボンベルグ領に至る道の近くにある。イーリンが獣に襲われず、運よく助かることができれば、その周辺で保護することができるかもしれない。少なくとも、イーリンの生死を確認する必要があった。
「皆様方も、ご令嬢はいったん領地に帰した方がよろしくてよ。いつ、殿下の勘気に触れて、イーリン嬢と同じ目に遭うか分からないのですから。」
貴族たちは頷いた。ルイーゼだけが動いては目立ってしまう。同時に自分たちの令嬢も動かすことで、「王都が不穏なので、心配した貴族たちが、こぞって娘を領地に戻すことにした。」という流れを作ることにしたのだ。
その後もいくつかの打ち合わせをし、貴族たちは解散した。あとは、なるようにしかなるまい。
貴族たちが去った後、セリーナは、静かにルイーゼに言った。
「マクスウェル家の恩を忘れてはなりません。彼らが外交で努力してくれているからこそ、我がボンベルグ家は、多くの兵を失わずに済んでいるのですよ。」
そう言うと、セリーナは、片手で扇子の骨を握りつぶした。ルイーゼは、母が見た目より、ずいぶん怒っていることを感じ取った。
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