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魔女と呼ばれた令嬢  作者: 梨花むす
第二章
25/77

25 ボンベルグ領

イーリン・マクスウェル:主人公、公爵令嬢

クリス・マクスウェル:イーリンの兄、マクスウェル家跡取り

アンナ:イーリン付きの侍女兼マクスウェル家の斥候

ピーター:マクスウェル家の庭師兼斥候

ファン:クリスの従者、隣国の公爵ヴィルターの紹介でギーベル王国へ

アーサー・ギーベル:王太子、イーリンの元婚約者

キャサリン・パー(リーデン):王太子の現婚約者、元男爵令嬢、現在はリーデン伯爵の養女

リリー・ストラスタ:イーリンの友人、侯爵令嬢、第二王子ルイスの婚約者

ストラスタ侯爵:リリーの父、マクスウェル公爵と同様の穏健派

ルイーゼ・ボンベルグ:イーリンの友人、辺境伯令嬢、実はイーリンの従妹

アルバート・ボンベルグ:ルイーゼの父、辺境伯

セリーナ・ボンベルグ:ルイーゼの母、辺境伯夫人

 ボンベルグ領に到着すると、領主であるアルバート・ボンベルグ辺境伯が出迎えてくれた。


「よく来てくださいました。詳細は妻から聞いております。さあ、まずはお休みください。」


 ボンベルグ領は、国境沿いに大きな砦を持ち、そこから離れた、中心地に近いところに領主の城をもうけている。普段は砦にいることが多いようだが、今日はアルバートはわざわざ城の方まで来てくれたらしい。


 アルバートは、ファンに抱きかかえられたイーリンの様子を見て、眉をひそめた。イーリンは赤い顔をしていて、息も荒い。


「……イーリンは、ずいぶん具合が悪そうですね。ここは怪我人もよく出ますので、医療体制もできるだけよいものを整えているつもりです。うちで一番の医者をつけましょう。」


 申し訳ありませんが、寝床までは運んでやってくれますか、とアルバートがファンに頼んだ。もちろんです、とファンは答える。


「イーリンに何かあっては、私が姉に殺されてしまいます。」


 さもありなん、とアンナとピーターが頷いた。



 アルバートは、ボンベルグ城の離れにファンたちを案内してくれた。

 ファンはイーリンを寝床に寝かせると、アンナとボンベルグ城の侍女たちにあとを任せ、ピーターと共にアルバートの所へ戻った。

 アルバートのそばには、ルイーゼも控えていた。


「色々と急がねばならないこともありますので、お疲れのところ申し訳ありませんが、情報の共有だけお願いいたします。」


 アルバートは、本当にすまなそうな表情で言った。


 ボンベルグ領は、関係の比較的良いハーフェンと違い、緊張関係にある国と接していた。そのため、国境に堅牢な砦が築かれており、常に多数の兵が配置されていた。

 アルバートは辺境伯として、彼らを統率する立場にあった。アルバートもまた武人であり、自らを鍛え、立派な体躯をしていた。


 また、ボンベルグ領は、いざ戦争となったときには、独自で判断し動く必要があるため、ギーベル王国の中でも自治区のような扱いになっていた。

 アルバートは、いわば小国の王であった。


 そんな彼だが、本来使用人であるピーターにも礼を尽くし、丁寧に対応してくれていた。「戦う者」としての敬意を払ってくれているのだろう。ファンは、ピーターの言っていた「ボンベルグらしさ」を好ましく思った。


 ファンとピーターは、自分たちの知っていることをアルバートに伝えた。


 公爵家の館の者が裏切り、イーリンが王城に拉致されたこと。

 ピーターがマクスウェル領に走り、アンナが王都で状況を探っていたこと。

 ファンがクリスの依頼で、マクスウェル領から同行したこと。

 王城では晩餐会が開かれ、王太子がイーリンとの婚約解消と、キャサリンとの婚約を宣言したこと。

 イーリンが地下牢に入れられたこと。

 イーリンが言い渡された刑は、「昏き森への追放」であること。

 正規の執行人たちが去った後、刺客が現れたこと。


「おお、では、ピーターがイーリンの命の恩人なのですね。」

「やめてください、アルバート様。イーリン様にも言いましたけど……、未然に動くのが俺たちの仕事なんですから。」


 ピーターは嫌そうな顔をしている。


「いえ、ピーター殿が動いてくれなければ、我々のように領地にいた者は動くことができませんでした。クリス様もお礼を言っていたではないですか。」


 ファンも言うが、ピーターは頭を抱えた。


「調子に乗ったら、アンナにめちゃくちゃ叱られるんですよ……。」

「はは、そんな謙遜するピーターには、いいベッドを用意してやろう。」


 実際、ピーターは、イーリンが連れ去られてから動きっぱなしだった。目の下には隈があり、疲れが見てとれた。


「あの、そうしたら、私の方の話もよろしいですか。」


 ルイーゼが発言した。


「そうだな。セリーナからあらかた話は聞いているが、ルイーゼが直接聞いた話もあるだろう。話してくれるか。」

「もちろんですわ。」


 セリーナ、というのは、王都にいる辺境伯夫人、セリーナ・ボンベルグのことである。アルバートはあまり領地を離れられないので、ルイーゼが王都に滞在するときは、セリーナが一緒についていくことが多かった。


 ルイーゼは話し始めた。


「私、あのとき何もできなくて……。」


 晩餐会の際、あまりの王太子の横暴に、ルイーゼは口や手を出しかけたのだという。それを、一緒に出席していた母セリーナが、無言で肩を押さえ、止めた。


「お母様の力には、まだ勝てないのですわ。」


 ルイーゼは、片手で自分の肩を押さえながら言った。

 それに、近衛兵に引き立てられていくとき、イーリンはルイーゼたちに対して、首を横に振ったのだと言う。それは、下手に自分に関係して、巻き込まれないでほしいというサインだった。


 イーリンらしい行動に、ピーターは少し涙ぐんでいる。


「確かに、あの場で殿下たちに逆らっても、できることはありませんでした。」


 しかし、このまま手をこまねいているわけにはいかない。晩餐会の後、数名の貴族たちがひそかにストラスタ家に集まった。その中には、セリーナの姿もあった。


 集まった貴族たちの第一の目的は、イーリンの身を保護することであった。

 王太子アーサーたちは、イーリンを「魔女」と断罪した。昔からの慣例で、魔女とされるものへの刑は火あぶりである。通常、貴人の犯罪については、よほど政治的なことが絡まない限りは幽閉までではあるが、彼らにその常識が通じるかどうか。


 いや、通じるとは考えない方がいいだろう。今さっき、その愚かさを目にしたばかりではないか。


 アーサーは、自分の評価には敏感だ。何とかそこをくすぐり、イーリンの処刑に手心を加えられないだろうか?


 彼らは、とりあえずアーサーに対し、


『王太子のおっしゃることはもっともである。魔女は通例では火あぶりである。しかし、表立って、元婚約者を処刑しては、アーサーの評判を落としかねない。ゆえに、別の方法をとられてはいかがか。』


 といった内容の書簡を、すぐに送ることにした。



 翌日になり、イーリンに「昏き森」への追放が言い渡された。



 再びストラスタ家に貴族たちは集まった。セリーナは、今回はルイーゼを連れてきていた。


「ルイーゼ、あなたはボンベルグ領に戻りなさい。」


 皆の前で、セリーナはルイーゼに言った。


「なぜですか、お母様。私王都に残り、何かお手伝いを……。」

「黙りなさい。いいですか、あなたがここにいても、できることはありません。イーリン様と仲の良かったあなたを、王太子殿下がいつまでお許しくださるか分からないのですよ。」

「……。」


 ルイーゼは、自分が役立たずだと言われたような気がして落ち込んだ。


「……あなたは、ボンベルグ領に戻る途中で、『困っている方』を探して、必ずお助けしなさい。人には、親切にするものよ。」


 ルイーゼはすぐに母の意図に気づいた。

 昏き森は、王都からボンベルグ領に至る道の近くにある。イーリンが獣に襲われず、運よく助かることができれば、その周辺で保護することができるかもしれない。少なくとも、イーリンの生死を確認する必要があった。


「皆様方も、ご令嬢はいったん領地に帰した方がよろしくてよ。いつ、殿下の勘気に触れて、イーリン嬢と同じ目に遭うか分からないのですから。」


 貴族たちは頷いた。ルイーゼだけが動いては目立ってしまう。同時に自分たちの令嬢も動かすことで、「王都が不穏なので、心配した貴族たちが、こぞって娘を領地に戻すことにした。」という流れを作ることにしたのだ。


 その後もいくつかの打ち合わせをし、貴族たちは解散した。あとは、なるようにしかなるまい。



 貴族たちが去った後、セリーナは、静かにルイーゼに言った。


「マクスウェル家の恩を忘れてはなりません。彼らが外交で努力してくれているからこそ、我がボンベルグ家は、多くの兵を失わずに済んでいるのですよ。」


 そう言うと、セリーナは、片手で扇子の骨を握りつぶした。ルイーゼは、母が見た目より、ずいぶん怒っていることを感じ取った。

お読みいただいてありがとうございます。ここから第2章となります。引き続きよろしくお願いいたします。

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